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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
最終章 限りない願いをもって
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そして、叡智は蘇る1

今回、やむを得ず、グロテスクな表現・津波を思わせる表現があります。苦手な方は後書きまで読み飛ばして下されば幸いです。

また、海に何らかのトラウマがある方も、読み飛ばして頂きますよう、宜しくお願い申し上げます。

 砂埃が舞い上がり、それに混ざりあうように水飛沫が飛び跳ねる。巨大な壁は終に跡形もなく崩れ落ち、姿を露わしたアーカテニア船の中央にある、低い船楼を持つ、旗艦船が露わになった。アーカテニアの竜の国旗を掲げたその小ぶりな船は、森側の船を失い、ジロード船のすぐ向かい側に散開した船団を再び束ね始める。ジロードの残った艦隊は半分ほどになっていたが、向かい合うアーカテニアの船はより少数となっていた。


 甲高く不気味な音を響かせるその船は、巨大な笑い声をあげ始める。不気味な笑い声はジロード全土まで広がり、睨みあう船団は互いにゆっくりと旋回して砲口を向ける。笑い声が止むと、アーカテニアの船が一つ砲撃を受け、横転した。


「海賊の小僧!よくもやってくれたな!もう笑うよりほかにない!いいとも、君たちがその気であれば、此方も真打を出すほかない!見事な『再生』であったよ!人間はこれだからやめられない!君のような人間が、あのようなちっぽけな葦の原にいるのはとても惜しい!やはり理想国家の誕生を急がねばならないね!メフィスト!例の物を!」


 アーカテニアの旗艦船の真下を震源として、大地が揺れ動く。波は津波のように荒れ狂い、あちこちに動き回る。旗艦船を水が押し上げる。その水が海面に流れ落ちると、巨大な人の腕が旗艦船を握りつぶした。


「なんだ、あれは……!」


 カルロは思わず言葉を漏らした。動く橋の上から船員が転がり落ちる。彼らは丸太を先に海に放り、動く橋につかまると、綱渡りをするように慎重にマストに向かっていく。

 巨人の零した海水が波となって押し寄せ、次々と船を飲み込む。ウネッザの船もすべてが波に押し流され、船体はミンチのように砕け散った。

 多くの船が飲み込まれていく。カルロの船も例外なく破砕され、濁流の中に飲み込まれていった。

 カルロは濁流の中でファウストの高笑いを聞く。思考さえ飲み込まれる中で、カルロの前には走馬灯が巡り始める。波の渦に巻き込まれ砕けた船の材木が渦巻き、壊れた樽の中から、食料の屑が溢れ、散り散りなり、砕ける。


(あ、死ぬ……)


 カルロは朦朧とする意識の中で、やっと状況を把握した。彼が砕け散った船体の破片を水底から見上げると、太陽の光が乱反射してその半分開いた目に届く。美しい天使の梯子となった光は、身動きの取れない彼を持ち上げる。海面がゆっくりと近づく。彼はそのまま意識を失った。



 ジロードの港まで飲み込む巨大な津波は、傷だらけになった建物も纏めて破砕した。中心街に続く市場の半分以上が消えてなくなり、最早被害は簡単に修復が出来るものではない。引いた波の間から、変わり果てた姿のジロード水兵達が引き上げられ、ウネッザの船員たちもその多くに死亡確認がされていく。

 しかし、見つかった遺体は身元不明のものを含めても乗員の半数に届かず、生存確認がされた犠牲者の多くも、肉体の欠損が著しい。


 フェデリコはその隙間を駆け回り、懸命に親友の姿を探した。服装が特徴的な彼は直ぐに見つけることが出来そうなのだが、広場を埋める犠牲者の数が余りにも多く、彼の生来の泣き虫も手伝って、探し出すのは困難を極めていた。

 いない、彼は唐突に奪われた者の重みを知る。周囲にある無機質な、グロテスクな、凄惨な広場の風景にすら気に留める余裕がない程、彼の中には恐怖と絶望が渦巻いていた。


「カルロ……!おい、カルロ……!どこだよ!返事しろ!」


 彼の声も、周囲の嗚咽に飲み込まれてしまう。美しい教会に光は戻ったにもかかわらず、この町には希望の色が戻らない。明るい陽射しが人々の心を焦がし、涙を乾かし、疲弊させる。メディス宮の前でジローラモがこぶしを握る。


「もはやこれまでなのか……」


 絶壁を開放した海から突如現れたのは、伝承に伝わる巨人のようだった。美しい筋骨隆々とした肉体を持ち、1000mを超える巨躯は、歩くだけで地響きを上げ、脚を持ち上げるたびにジロードの人々が宙に浮く。その巨人はゆっくりと体を馴染ませるように運動を始めており、その奇妙なほどの余裕がジローラモを益々急かした。

 巨人の口から洩れる言葉は拡声器も必要ない程の大声であり、呼吸の音すら丘の向こうまで響き渡る。


「嗚呼、私をこの地に舞い落された者共よ、見ておりますか!悪魔の血を借り、私はここに大願を成就いたしました!今再び叡智の庭を作るべく、叡智の結晶と一体となりました!おお、メフィストよ!改めて感謝しよう!君のお陰でこの研究を大成できた事を、これこそが錬金術師の夢である!これこそが魔術の粋を尽くした、永劫の肉体である!」


 超音波のように空気を揺らす巨人の言葉は、狂喜に満ちたファウストの声である。巨人は指を一本ずつ鳴らし、首を鳴らし、その乱れた髪を払いのけると、ジロードに視線をを向けた。


「嗚呼、憐れな、他人と相争う事でしかその肉体を維持できない憐れな子らよ。御安心なさい。この世界は必ずや、理想の世界となります!崇めなさい、新たなる時代の幕開けを。アーカテニアを中心として、如何なるものをも自由を享受する、理想の具現を、必ずや実現させてみせましょう!」


 巨人はジロードに向けて足を持ち上げる。先程まで悲しみに暮れていた人々が、一斉に逃げていく。兵士達も震えあがり、鎧をガチャガチャと鳴らした。


「武器を捨てろ、鎧を捨てろ!すぐに自由に逃げろ!お前たちまで二の舞になってしまうぞ!」


 ジローラモは声を荒げた。


「ドージェ、しかし、貴方は……!」


 近衛兵達が悲鳴のような声を上げる。ジローラモは静かに答えた。


「迷惑をかけたな。暇を与える。これは君主の命令だ」


 兵士達は震える体を持ち上げ、悲鳴を上げながら去っていく。取り残された槍を一本手に取ったジローラモは、歩幅の大きな巨人に向けて怒号を上げた。


「私の国は私の理想の国である!ジロードを、お前如きの好きなようにさせてたまるものか!」


 死屍累々の中を、フェデリコは涙を流し、震えあがりながら駆ける。その中にあるはずの彼の恩人を救い上げるために。


「カルロぉ!僕まで潰されたらどうするつもりだぁ……!」


 巨人が港町を押しつぶす。巨大な足跡が港に残った建物の残骸を粉々に砕いた。


「おい、カルロぉ!頼むよ、出て来いって……!踏みつぶされるのは御免だ!死んでてもいいから返事しろ!」


 巨人は高笑いをしながら文明を押しつぶす。市場の名残となっていた建物の土台が泥水の塊になった。


 フェデリコの脛を何かがつかむ。フェデリコは驚き悲鳴を上げ、足元を見た。


「おい。勝手に、殺すなって……」


 高貴な使用人服は泥水を吸い酷くくたびれているが、奇跡的に損傷はない。半開きの瞼、紫色の唇の他には、無傷のカルロが微笑んでいた。


「運んでくれ。疲れすぎて体が動かない」


「……世話のかかる馬鹿だなぁ!」


 フェデリコは涙を拭い、必死にカルロを持ち上げる。フェデリコは彼の足を引きずりながら、城門へと向かっていった。

本日の要約:海から巨人が出て来てカルロが流された(生きてはいた)。

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