黒犬の輪舞12
この船舶は堅牢な要塞と、航行不能な森に守られた、海上の城である。敵兵の奇襲に備え、本陣を動かすことなく、中央の防御と監視に特化させ、少数の船舶を壁の両端に寄せ、辛抱強く砲撃を加える。これを三方に散開させ、少数の砲撃で敵の行動を牽制する。ジロード船の位置は下準備によって把握しているため、あとはピンポイントに敵船舶を砲撃するのみである。ジロードは競争相手になりうる位置にいるため、完膚なきまでに、徹底的に叩く。
ウネッザはオマーン側の商業路を妨害すれば、自然と脱落する。この強敵オマーンへ対抗するためには、此方に人員は割けないので、ジロードには文字通り徹底的な防御で迎え撃つ。
聳え立つ土塊は秘跡の魔術、ルシウス卿が大成させたゴーレムクラフトの軍事転用品である、「再生する壁」である。法陣を傷付けられなければよいので、その部分に分厚い壁を作り、内外の攻撃を防衛する。アーカテニアに集った英知の結晶である。
アーカテニアの潤沢な資金と新航路より齎される恩恵を最大限に活用する為に、我々が成すべきことは全て成している。
私はこの巨大な英知を見るたびに、思わず堪えられない感嘆が漏れる。人類の進歩とは漸進的な物であり、時に劣化し、時に忘却されゆく。この英知の結晶は新たなる時代のための古き技術の再興を示しており、私の生きた現世の言葉を借りれば、それは「再生」と呼ばれるものであろう。新たなる時代の門出の為に、古き知識を利用すること、それは時代遅れなものではなく、学問と言うものは得てしてそのような踏み台が必要なのである。
そうであれば、古代の、異端の技術を現代の技術に蘇らせたこのルシウス卿なる男は、間違いなく天才であり、称賛に値する。
私は空を見上げる。空は澄み切った青色をしており、縮れた薄い雲が所々を隠す。しかし雲は眩い青の光を阻むことなく、白色の輝きとなって漂いゆく。さて、我々を祝福したもうた快晴は、如何なる神の物であろうか。
艦隊の船首を彩る祈りの像はアーカテニアの先例に倣い、淑女のヴェールに身を包む女神像である。月桂冠で長髪を纏め上げ、勝利の微笑みを浮かべる。現世に置いてはアルカイック・スマイルとでも呼ぶべきその微笑は慈愛に満ち、私の理想国家に相応しいものである。
「ジロード船が出撃を開始しました!」
船員の一人が叫ぶ。私は船楼から各甲板に伸びる通信用のパイプに口を当てる。鉄製のパイプはその身から冷気を放ち、触った手を、近づけた唇を心地よく冷やす。私は目を細め、無数の銀の針山に刺された針の先から放たれる、地図上に浮かび上がる敵の位置を示す光を頼りに、静かに言葉を放った。
「十数隻のジロード船籍が、造船所から出港しております。各員、準備をするように」
砲撃甲板が忙しなく動き始める。私は不快な音を上げる拡声器の電源を入れ、よく他の戦艦にもよく聞き取れるように、はっきりと語る。
「ジロードの皆様、ようこそいらっしゃいました。私の心ばかりの御礼にお答え頂きましたこと、不肖ニッコロ、感涙の至りで御座います。それでは、威勢よくご参加くださいました、十四の戦艦を操る皆様方、我々よりのささやかなプレゼントを、心行くまでお楽しみくださいませ」
言葉を合図に、全ての船がゆっくりと旋回する。火砲の照準を彼らの針山を頼りに合わせ、近づく船舶に狙いを定める。ゆっくりと動く砲口は、正確に壁ごしの敵戦艦をとらえる。私は発射の音頭を取るべく、拡声器から口を放し、パイプに口を近づけた。
その時、唐突に森の中から砲声が響く。私は思わず地図を見た。敵戦艦は森伝いには現れておらず、それが何のために生じたのか、一瞬の迷いが生じる。次の瞬間、最も森に近い、南の戦艦が大きく揺れ動く。木片を巻き上げ左右に動くその戦艦は舵を切り、陸側に旋回を始める。私は出来る限り冷静に、拡声器に戻った。
「構いません。第一区南艦は、そのまま森を砲撃なさい。本陣で対処いたします」
ジロード船は既に捉えている。私は気を取り直し、口を近づけた。
「ジロードの皆様、とくとご賞味ください!」
砲撃の嵐が壁ごしのジロード船を襲う。南北に広がりながら中央の壁を狙った敵艦隊は、その四分の一が巨大な音を上げて崩れ落ちる。それらは轟沈の瞬間まで、無益な砲撃を中央に放つ。他の戦艦も、次々に砲声を上げ、壁に砲弾をめり込ませた。
「嗚呼、何という事でしょう!土壁が抉れております!嗚呼!何という事でしょう!」
私は内心ほくそ笑みながら、恐慌の声を上げる。訓練されたアーカテニア兵達は、構わず砲撃を加える。ジロード船は無防備な船腹を抉り取られ、途轍もない破裂音と共にその身を横倒しにしていく。めり込んだ砲弾をとどめたままの土塊は当然再生をはじめ、最早やけくそのジロードには余力などないように思えた。
次の瞬間、土塊に不気味な破裂音が響く。私達を守った巨大な壁の外側が、法陣を描いた外側が、少し捲れ始めた。
私は絶句する。そんなことはあり得ないからである。敵の砲撃でめり込むほど、法陣を描いたこの絶壁は弱くはない。そして、捲れかけた壁は、再生をしながら砲弾を飲み込もうとする。しかし、さらに「ありえない場所からの」砲弾が、めり込んだ砲弾を後ろから押し出そうとする。
「もう一隻……存在する?」
ふいに漏れた私の声は電源を入れたままの拡声器から外に漏れたらしい。そして、薄くなった壁の内側から、不快なスピーカー音のない、澄み切った肉声が響いた。
「悪いな!三隻だ!!」
砲撃が止んだかと思うと、今度は何らかの物質が、土塊に衝突する。そして、それはめり込んだ砲弾を一気に押し進めたらしく、法陣の中にひびを入れる。
私は聞き覚えのある声の正体に気付き、みるみる顔を引き攣らせた。
砲弾が土壁を貫く。その背後には、突き出た幅広の角材と、その上で丸太を持つ屈強な海の男達があった。
角材に強引に押し込まれた砲弾は、土塊の上を回転し、真下に落下する。砲弾が着水すると同時に巨大な水しぶきを上げ、法陣に出来たひびは一気にその勢力を強める。
穴を開けた櫂船は再びゆっくりと後退する。それが何者かの仕業かはすぐに分かったが、私は驚愕の余り開いた口を塞ぐことが出来なかった。なぜならば、それは本来「いるはずのない」者たちだったからだ。
ジロードの残り艦隊が砲撃を再開する。土壁は再生する力を失い、次々と穴を開けていく。私は急ぎ、拡声器に向かった。
「全艦、穴からジロードの船を狙撃しなさい!安全のため、直ぐに退避もしなさい!」
ひびは次々に増えていく。艦隊はジロードの開けた風穴から砲撃を加え、ゆっくりと後退した。
穴だらけになった鉄壁は、グラグラと揺れ始め、ジロード側の砲撃で静かに崩れ去った。海上に沈み込んだ土塊のパズルは、物凄い破裂音を上げて荒波を作る。吹き上がった水が飛び上がり、波紋となって両陣を襲う。我々の船も大いに揺れ、大破していた一隻は轟沈した。土塊の向こう側から姿を現した船に、私は驚きを通り越して、思わず引き笑いを零した。
古典的な「動く橋」の上で屈み込み、丸太を持つ男達。ずんぐりとしたガレー船、火砲は船首にわずかに四門。もはや時代遅れのその兵器が、この英知の結晶を貫いたのだ。




