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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
最終章 限りない願いをもって
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黒犬の輪舞10

 カルロは帰還と共に、アーカテニアの船の詳細を会議の中で報告する。既に報告された情報も多くあったが、新たな発見もあった。

 それは、船首角がないということ、そして、銀の杯の存在であった。ジローラモ以外の貴族達がざわつく。その恐ろしさは、利用したジロード自身も、把握している事であった。


「以上で報告を終えます。詳細は、追って兵士達のメモと共に送られることとなりますが、正直、とても危険な状態だと思います」


「そうか、奴が同船しているか……。迂闊に近づくべきではないな……」


「船自体は決して珍しいものではありませんね。敵船舶の研究は一旦これで終わりとして、今後は巨大な土塊の破壊に尽力しましょう」


 貴族の一人が冷静に言う。軍人上がりの武官らしいその貴族はがたいもよく、帯びた剣が小型剣に見えるほどであった。


「土塊の観察もしておきました。内側から見ると、中央部分に四角形が描かれ、その中に文字らしきものが書かれているのが確認できました。見立て通り、ゴーレムクラフトで間違いないと思います」


「法陣を破壊すれば崩せるか」


 がたいのいい貴族がカルロに訊ねる。カルロは言いにくそうに答えた。 


「えぇ、その様ですが……。かなり深く刻まれておりましたし、内側から見たその厚さも尋常ではありませんので、他の部分よりも突破は難しいかと思われます」


「内部からでは届かないのですか?」


 別の貴族が訊ねる。


「法陣の書かれた場所は中心部分なので、一度海に出なければ難しいと思います」


 唸り声が沈黙を運ぶ。カルロも雰囲気に合わせて黙り込んだ。ジローラモが足を組みかえる。内側の貴族から順に、そのしぐさに注目した。


「……敵船力は少数。巨大な土塊は貫通すれば突破できる。これだけわかれば、此方にも方法がないではない。教皇庁の特使も来る。少し荒療治だが、あれを使うとしよう」


「……あれとは何ですか?」


 カルロが訊ねる。ジローラモはカルロに向けて笑顔で返した。


「カルロ君、君の使ったあれだよ、あれ」


 カルロは驚き、硬直した。周囲がざわつく。ジローラモの言葉の意味を理解したものの、それは困難であろうと、カルロは確信していた。


「つまり、小型船を外側から出して、法陣に近づき、破壊するという事ですよね?それは流石に難しいと思います。今回は移動距離が多いだけでなく、地の利を生かせません。逃げることがとても難しい」


「……そうかね。では、何か代案を考えてくれ。私は、あれが一番迅速に包囲を抜け出す方法だと思うのだがね」


 カルロは口を開けたまま、立ち尽くした。


「あぁ、もう去っていいよ、海賊君。ご苦労だったね」


 カルロは周囲の腫れものを見るような視線を受け、部屋を後にした。彼の脳裏には、その作戦を決行することへの諦めと、仮に生き残る場合の、逃走のための手段がぐるぐると巡っていた。



 自室に戻ったカルロは、海上の様子を確かめる。今も砲撃は鳴りやまず、ジロード船は一切外に出ていない。そして、それに乗じて、アーカテニアの砲撃の方向は、完全に桟橋、そして港へと近づいていた。これは、通常であれば船舶が陸地に近づいている証拠であり、駐屯地からも砲撃の用意が着々と進んでいるという報告を受けている。


 カルロの脳裏に銀の杯がよぎる。カルロは首を振り、机上のメモを捲った。

 彼のジロードでの記録のすべてが、そこに記されている。大量輸送の可能な巨大商用帆船は、護身用の武器の外には特別な装備を持っていない。彼は護衛のガレー船団を引き連れる、中規模帆船を中心とした公開を行うウネッザの船は、ジロードの民からすると過保護に見えるのではないか、と漠然と考え始めた。

 同時に、船の形質が、その地形によって大きく異なることも、改めて学ぶことになった。ウネッザの低い水深では簡単に航行できない船が、ジロードでは簡単に利用できる。また、一応陸路を確保されているジロードでは、ウネッザでは顕著にみられた飢えの恐怖は、それほど感じられない。逆に、直近に迫る砲撃の恐怖に晒され続ける。そのせいか、国家の中枢である元首官邸は、中央に存在する。

 カルロはジロードの船に関する情報を纏めたメモを捲り終えると、脳裏をよぎる炎上する船舶を振り払うため、整備士マニュアルを開く。その中で、一つの頁で手が止まった。


(壊血病……?)


 カルロはマニュアルの最後に「その他注意事項」として纏められた頁の中にある、「健康に関する諸注意」を読む。そこには、長期航海の際、余りに長期間に渡って、寄港地に行くことが出来ない場合に生じる病が記されていた。それによれば、陸伝いの航海を行うことの多いウネッザ船ではそれほど多くないが、アーカテニア船では稀に、或いは頻繁に生じる症例として、壊血病が紹介されていた。

 マニュアルによると、壊血病(別名として、離陸病・航海症との表記がある)とは、皮膚や歯肉からの出血や斑点の出現、また、動悸や息切れをしやすくなり、体力が低下する、傷の治癒が遅延し、歯が抜ける、などと言った症状が報告されていた。さらに、その対処法としては、ザワークラウトや、檸檬、蜜柑などの果実を摂取することが例示されていたものの、いずれも定説ではない事が付記されていた。


(アーカテニアの病気まで調べているのか……)


 カルロは、ウネッザの勤勉さに少々驚いた。ウネッザでの症例は多くはないが、海上の病気についてはかなり注意深く記載されており、そこには祈祷による治療などは、聖職者によるものでなければ意味がないという記述があり、一切紹介されていなかった。


(これはたぶん申し訳程度の信仰アピールだろうな……)


 カルロはカペレッタ教会の様子を思い出し、噴き出した。彼らは信仰とはかけ離れた目的で、神に縋っていた。初めて見たカルロにとっては信じられない光景であったが、その奇妙な俗っぽさに笑いをこらえられなかったことをよく覚えていた。そして、信仰アピールという奇妙な言葉がすぐに浮かんだ自分にも、驚きを隠せなかった。


 彼はふと、静けさに満たされた部屋の天井を見上げた。美しい模様と絵画で彩られた客室は、ジロードの「信仰の形」をこれでもかと見せつけ、その教養の高さと、芸術に賭ける熱い姿勢を示している。そして、彼はその目で荘厳な教会の乱立する中心街を見下ろすと、宙に浮いたような違和感を覚えた。


(ウネッザに染まったんだな……)


 ウネッザでの新鮮な記憶が常態化し、当たり前が通り過ぎる感覚は、ジロードの美しい景色を見ることで、カルロの中に自然と芽生えていた。


―大丈夫だ、君にはアルセナーレのどの人よりも、瑞々しい経験が待っている。


 カルロは博士の言葉を思い出す。


(瑞々しい経験。これも、その一つなのかな)


 博士は言った、学問とは、問いを学ぶことであると。そして、カルロは窓の外を見た。解きようのない包囲が、目の前にある。その裏をかこうと身構えるジロードの兵士達は、今も命令を待って塹壕の中に身を潜めている。

 そして、彼は閃いた。


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