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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
最終章 限りない願いをもって
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黒犬の輪舞8

「まず、ジローラモ様。異界の悪魔については御存じですか?」


 カルロは確認もかねて訊ねる。ジローラモは顎を摩るながら答えた。


「知っているとも。確かウネッザにはグレモリーとかいうのが記憶しているが」


「そうです。ご理解頂けているならば、話が速い。アーカテニアにも悪魔がおります。より正確に言いますと、それはジロードにいたニッコロ・マキャヴェッリなる人物……正確には、ヨハン・ゲオルグ・ファウストという人物の連れていた黒い犬なのです」


 カルロの言葉に、ジローラモは驚く。暫く身を乗り出して硬直していたが、我に返ってすとんと席に着きなおした。


「なんと、ではあれはアーカテニアのスパイだったという事か。してやられたわ……」


 ジローラモは怒りというよりは絶望の色が目立つ表情で返す。カルロは黙って頷いた。


「この黒い悪魔は、メフィスト=フェレスと言います。彼らは何らかの陰謀の為に、各地で暗躍しているようです。その目的というのが、自由統一国家の確立のようです」


 フェデリコは黙って聞き入る。彼もこの辺りまでは既に承知しており、反応は非常に薄い。ジローラモは大層驚き、自分がひどい騙され方をしていたのだと臍を噛んだ。


「しかし、自由国家そのものが、この世界の秩序を破壊するものなのだと、ウネッザを訪れた悪魔が述べたのです。それはつまり……」


「神の不在か、あるいは「神」の侵食かな」


 ジローラモは呟く。カルロは一瞬面食らったが、直ぐに頷いた。


「ファウストは、理想の自由国家、個々が輝くための自由を認める統一国家の創造にこそ正義を見出しているようです。その過程で、彼らの価値観が必ず何らかの形で侵入してくることは疑い有りません。しかし、他の悪魔たちはあくまでこの世界を別者として区別し、基本的には別の進化を追求することを善しとしています。どちらが正しいかはわかりませんが、俺は、後者の味方に付きたい、と考えて行動しているのです。もし、俺達に協力してくれるのならば、彼らの考えを否定することになると思ってください」


 カルロは言い終えると、水を口に含む。通り抜ける冷たい井戸水が、張り付いた喉を剥した。

 フェデリコは何かを言うでもなく、成り行きに任せている。彼は砲撃の音がするたびに肩を持ち上げる仕草をする。話に集中できない様子の彼の向かいで、ジローラモは平然としながら水を飲む。彼の前には、節約のためにその蓋を閉ざした砂糖瓶が置かれている。


「そんなものは、抑圧される民を引き付けるための詭弁に過ぎぬよ」


 ジローラモは答える。彼は静かにコップを揺らす。水は波打ちながら何度もコップの内側に当たり、また元の場所へと戻っていった。


「いつの世も、君主は人を詭弁で導き、真実から遠ざけようとするものだ。それは私も同じ。真に自由な国家を作ろうとするならば、それは国家、いや、集団そのものの不在を意味するだろう。即ち、力による暴力こそが、真に自由な国家なのだよ。国家とは、縛り付けるための枷だ、それはいつの時代も変わらぬ。ある限りは枷から逃れられぬ。押しつけがましい自由と理想の国家など、身勝手な人間社会にそぐわない。私は支配者として、この国を縛り上げる。それこそが、自由による恐怖から逃れる、最上の方法だ」


「そこまで言いますか」


 カルロの言葉に、ジローラモは当然のように頷く。


「少なくとも、一つの国・家系による統一が成されることによって秩序が保たれている現状では、それが正解なのだよ」


 ジローラモは立ち上がり、窓の外を眺める。会議室からは海戦の様子は把握できないものの、中心街のすべてを把握することが出来る。閑散とした美しいジロードは、種々雑多な服の色は見られず、ただ、煙たい火薬のにおいが彼方に漂うだけである。ウネッザの包囲の際と比べると、町への被害が少ないことも手伝って、祈りの日の静けさに近いものだった。彼は振り返り、小さく微笑む。


「仮に、真に自由な国家を作れるとすれば、それは全ての人間がその魂に篤信と知識を抱くようになり、一定の統一された正義の下に統治が完成する時だろう。そしてそれは、どこにも訪れないし、訪れた時には、それは、一つの正義に縛られる以上、自由な国家ではない」


 ジローラモは眉を持ち上げる。逆光を受けて翳る彼の顔は、まるで悲観的なものだった。


「何をしている。君たちがアーカテニアを潰す策を考えてくれなければ、私はずっとここで足踏みすることになるのだがね」


 二人は立ち上がり、深く頭を下げた。そして、殺風景な会議室を立ち去る。ジローラモは静まり返った室内で再び窓から外を見る。


「自由国家か。本当にあるのなら見てみたいものだね」


 海の自由を奪われた支配者は、椅子を戻すと足早に会議室を去る。先に返答が来るのは教会であろうことから、彼は神に祈りを捧げるために、祈りの日のような静けさの町の中へと繰り出した。

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