ジローラモと教会1
カルロは直ぐにメディス宮へ戻る。ほとんど同時に、フェデリコは良くわからないものを大量に買い込み、それを警備兵に預けて宮殿前に到着した。警備員は息を切らせながら、世にも珍しい商品の数々を大事そうに抱えている。両手が塞がっているため、これでは警備のしようもないだろう。兵士達は警備を厳重にし、誰一人寄せ付けないために槍を構える。
中央市場で押し合う市民たちはメディス教会に逃げ込もうと重い扉を叩く。扉が開かれると同時に、彼らは教会の中へと雪崩れこむ。彼らが教会に逃げ込むと、人の波に押しつぶされた子供が教会の前で倒れ込む姿が現れる。その親が急いで戻り、彼を担ぎ上げて教会へ戻っていった。それを最後に、教会の扉は大きな音を立てて閉ざされる。
「カルロ、見たか!」
「見るなって言われても見えるからな!」
カルロは光の差さなくなった空を見上げる。
「とりあえず、報告に行くぞ。着いてこい」
フェデリコは自らの乱れた服と髪を整え、カルロの服について砂を払うと、足早に宮殿に入った。
メディス宮の中もパニック状態になっていた。使用人は城の中というのに駆け回り、ジロードの貴族達は忙しなく兵士や使用人に指示を飛ばす。彼は一つの部屋に向かって消えて行った。
二人は一旦その場で立ち止まり、貴族達の消えて行った部屋を見る。そのまま暫く彼らが姿を見せない事、近衛兵がその部屋を警備していることから、二人は目を合わせて頷き、自室へと戻った。
「アーカテニアは海運業を掌握する気でいるんだな」
「……あぁ、中間コストがなくなるから得られると思っていた利益が、案外振るわなかったんだろうな。仮に自国の商品を原価で売っても、安定供給を妨害しつつ、出口を塞いでしまえば、ジロードとウネッザの力は一気に低下する」
フェデリコは早足で進む。カルロも顔を並べて歩きながら、頷いた。絢爛な調度品や吊るされた立派なシャンデリアも、今はただ効率の悪いバリケードにしかならない。二人は自室に入り、鍵を閉めると、直ぐに椅子に腰かける。太陽光の阻まれた部屋は、殆ど夜のような薄暗さとなっていた。
「どうする」
「とりあえず、義父上の仕事を邪魔しちゃだめだからな、ここで待機して、情報の共有と、義父上を落とす戦略を練ろう」
カルロは黙って頷く。薄暗く静まり返った窓の向こうには、砲弾の音が響く。やっと船出した軍船たちも、一定間隔で正確に放たれる砲撃に逡巡し、多くが中甲板を露わにして造船所へと撤退する。
「……カルロ、あれが浮上する瞬間見たか?」
カルロは首を横に振る。
「地響きに驚いてから振り返ったから、多分お前と同じものしか見ていない」
「そうか。仕方ないな」
フェデリコは足を組み、右の肘掛けに体を預ける。彼はこめかみを抑えるようにしながら唸り、小さなテーブルに視線をおろしていた。
「……ただ、あの岩壁、再生するみたいだ。相手側の砲撃は受け入れるのに、ジロードからの砲撃は受け止めて、砲弾を一体化させてしまう」
「それは、外側からの攻撃しか受け入れないってことか……」
「どうもそうらしい。なぁ、あんなことできるのか?魔法にだって限界はあるだろう。海底から城壁を浮上させるくらいはまだ理解の範疇だ、出来るかどうかはともかくな。あんな、攻撃を自在に防ぐことは可能なのか?」
カルロは前のめりになり、フェデリコに訊ねる。カルロは魔法を使えるが、目の前にある事象は彼の理解を完全に超えていた。すなわち、城壁を維持するためにもかなりの労力が必要であるうえに、さらに砲撃を防ぎ、自分たちの攻撃だけを通すことのできる魔法などと言うものは、常人の力では凡そできないものだ。
「……ゴーレムクラフトだろうな」
「ごーれむくらふと?」
カルロはさらに身を屈め、顔を近づける。フェデリコは言葉を選びながら、慎重に答えた。
「各学問の分野には、『秘跡』っていうものがあってな。聖典に載っていない、いわれの隙間にある技術を解き明かし、神の教えや英知を解き明かす試みなんだが。この『秘跡』の一つとして数えられるものが、ゴーレムクラフトだ。ユウキ先生の研究分野も『星の秘跡』と関わりがあるらしいんだが、その師匠、ムスコール大公国のルシウス卿が現代に蘇らせたとされるのが、土塊の人形を自在に動かし、手足のように自在に操る法陣術の一種だそうだ」
「……博士の師匠の魔法か……。でも、人型じゃなくてもできるのか?」
「できるさ。法陣術は数式、絵画、言語を利用して、あるきっかけで一定の現象を発現させるものだ。ただその為には法陣の中に一定の現象を、またある程度の幅を利かせるためには相当の式を組み込まないといけない。ゴーレムクラフトが実現不可能とされていたのは、ファジーな指示に対応させること、または学習能力を式が複雑かつ困難で、解読できなかったからだ。「変形」程度なら初歩的なゴーレムでできるだろうから、あれはゴーレムクラフトの応用なんだろう」
フェデリコの話を聞き、ある程度情報を整理したカルロは、眉を顰めて首を傾げる。腕を組み、思考の段階に入ろうとすると、フェデリコはフォローを入れる。
「正直僕にもよくわからない。ルシウス卿がいかに優れた学者だったのか……という事だけだ。」
二人は大きなため息を吐いた。何かをしようにも何一つ対応できそうなヒントが掴めないまま、ゆっくりと日は傾いていった。
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