実は慧眼?
カルロは客人の使用人としては異例の待遇を受けた。それは、主人と同じ部屋で休む事が許されるという、文字通り破格の優遇措置である。
ジローラモが特別視していたというわけでは勿論なく、フェデリコ切っての願いを不思議に思いながら受け入れたための待遇だった。
部屋は豪華な天蓋付きベッドと額縁入りの繊細な風景画が飾られた部屋であり、大理石の上には虎の毛皮で作られた絨毯があり、異境からの贅沢品もふんだんに取り揃えている。君主としての威厳を見せつけるとともに、海商都市国家ジロードの宣伝にもなるという、抜かりない客室となっていた。
カルロは椅子に反対に座る。背もたれに手をかけ、その上に顎を乗せる楽な姿勢を取り、大きなため息を吐いた。
「ふぅー……疲れたぁ……」
「お疲れ様。僕も眠い……」
フェデリコは部屋に入るや否や、ベッドに体を放り込む。カルロはフェデリコの分しかないそのベッドを見つめながら、再び大きなため息を吐いた。
「なぁ、もっとガツンと言ってしまえばよかったんじゃないか?『ジロードが滅んでもいいのか―!』って」
カルロがフェデリコを諫めると、彼は拗ねたように身を翻し、シーツを構う。
「それは良くないだろ。そんなこと言えば追い出されるか晒し首ににされるかどっちかだ」
「そんなものなのか?権力者って面倒だなぁ……」
「義父上に限った話じゃないよ。目上の人に顔に泥を塗るような事はするべきじゃない。僕はそう思うけど?」
フェデリコの言葉に、カルロは不服そうに目を細める。フェデリコは「何だよ?」と言い、上体を起こした。
「いや、目下には偉そうにしていいのかって思って」
「はぁ!?当たり前だろそんなの!」
フェデリコは信じられないという顔で叫んだ。カルロは視線をそらし、小さく舌打ちをした。
「……それにな。今日は二つ収穫があった。第一に、義父上はウネッザの行動は嫌悪していても、僕の事は悪く思っていないことが分かったこと。第二に、この選択に多少の迷いがあることが分かったことだ」
フェデリコは身を起こし、ベッドの縁に腰かける。カルロも顎を持ち上げた。
「どこからそんなことわかったんだ?」
「お前なぁ、ちゃんと話聞いてたか?いいか、義父上は『君には会いたかった』って言っただろう?あれは僕の事だけを歓迎しているって意味だろ。それに、異教徒と結ぶことに関しては明らかに嫌悪していた。まぁ、そんなことは初めからわかっていたことなんだが、改めて確認が出来た。第二に、本題に入ってから歯切れが悪かっただろう?あれは多分、僕の事を慮っていたからだけでなく、自分の選択に自信がないからだ。教皇庁はアーカテニアに対しては好意的だ。しかも、やっていることは要は異教徒への妨害行為だろ?教皇としては嬉しいに決まっている。教皇にはちゃんと請願したが、ちゃんと自分の請願が認められるのか、それが心配なんだろうよ」
カルロは饒舌に話すフェデリコを呆然と見つめる。フェデリコは何か文句があるのだろうと勘繰り、険しい表情でカルロの言葉を待った。しかし、次にカルロから放たれた一言は、意外なものであった。
「……前から思っていたけど、お前、凄い他人のこと見てるよな……。そういう所、本当に尊敬するわ」
カルロは率直な感想を述べた。フェデリコは思わず固まり、言葉に詰まる。彼はそのまま赤面し、カルロから視線を逸らした。
「まぁ、なんだ……。これくらいはできないと、だな……」
(あ、滅茶苦茶照れてる。わかりやすっ)
「あ、お前!今、すぐ顔に出るわかりやすい奴だとか思っただろ!」
カルロは口角を持ち上げて静かに笑う。フェデリコはそれが正解の意思表示であることを察し、不服そうに頬を膨らませる。カルロは益々面白そうに口角だけを持ち上げた。
「その調子でカタリーナさんとメディスのおっさんの心しっかり掴むんだぞ」
フェデリコは腕を組んだままベッドに寝転がり、天蓋を見上げた。
「なんだよ、いきなり……。褒めても何も出ないからな?」
カルロは再び腕に顎を乗せ、目を細めてにやける。一拍置き、彼は独り言のように呟いた。
「でもさ、自信がないなら何で教皇庁に請願なんか出したんだろうな」
「ウネッザ育ちの僕だとちょっと詳しいことはわからないんだが……。まぁ、ジロードと教皇庁はずっと蜜月の仲だったからなぁ……。あ、そうだ。海軍力かもな。アーカテニアより近い海軍国家で、一番強いのはジロードだ」
フェデリコは手探りに言葉を探りながら答える。フェデリコは、天蓋の模様を確かめるように目を細めて唸る。天蓋は薄暗く模様は確認しづらい。刺繍によって作られたものは、何らかの伝承を伝えている事が把握できるだけであった。
「そうは言っても、教皇庁だってアーカテニアに協力してもらえるだろう?それに、関所の事でもめてそうじゃないか?」
「あー……」
カルロの思い付きの反論に、フェデリコは唸る。彼はそのまま首をゆっくり倒す。
反応が帰ってこないことを不審に思ったカルロは、フェデリコに近づく。彼は姿勢はそのままで、すぅすぅと寝息を立てていた。
「風邪ひくぞ馬鹿……」
カルロは手近にある毛布を掛ける。毛布は呼吸に合わせて上下し、その滑らかな肌触りを強調する。フェデリコは寝返りを打ち、その整った毛布の形状を自ら崩した。
「お疲れ」
カルロは一言添えると、自身も椅子にかけなおす。机の上に顔を委ね、眠りにつく。
異郷の地での夜空は、ウネッザと変わらず、穏やかに二人を見下ろしていた。




