神の休む大地、ジロード2
「天井高っ!」
カルロは首を思いきり上げ、天井を見た。クリーム色の教会では、まず聖堂が出迎える。陽光を受けて黄色に乱反射する白の壁は、細かな梁を境に細やかな壁画が並ぶ。天井一杯の青空に、ラッパを持つ天使達が自在に舞い、聖堂の中心に立つと人型をした光の輪郭が参拝者を見下ろす。そのうえ、丸窓から降り注ぐ光はほぼ中央に来るように設計されているらしく、正午にはヨシュアの真下を照らすように作られている。
カルロはゆっくりと中央に向かい、立ち止まる。少し飛び出した梁に隠されたヨシュアの姿が中央から見上げることによって現れる様は、教会の救いを信じさせるに足る神々しさを放つ。その瞬間には、カルロもフェデリコも思わず目を輝かせ、ただ光の輪郭を見上げた。
「すげぇ……」
カルロの呟きに、フェデリコはただ一つ頷いた。
教団の後ろにも像は無く、光の輪郭を示す太陽を象った中に、光の石がはめ込まれている。光の石は直に見ることは許されず、虹彩を放つ硝子に覆われていた。
花の女神カペラ、鍛治神ダイアロス、守護者オリエタス、最初の巡礼者聖マッキオ、果ては雷の神オリヴィエスの像が集い、その下に天使達が祈りを捧げる。聖なる像、参拝者、神父たち、光の石に全ての視線が向かう。カルロは極自然と財布を取り出し、神父に近づく。神父は丁寧に礼をして、カルロからささやかな気持ちを受け取ると、彼は祈りの言葉を述べる。フェデリコもカルロと同じように銀貨を渡す。神父は同様に祈りの言葉を唱えたが、それを見たカルロは始めて我に返り、それでもなおただため息を漏らした。
「皆様に、光の導きが在らんことを」
神父はカルロ達にそう告げると、聖典をなぞる。カルロ達は隅々に散りばめられた宗教画を見た後で、この教会、ヨーシアン教会を後にした。
続いて二人は縞模様の教会に向かう。カルロにとっては単なる巡礼だが、フェデリコにとっては単なる巡礼ではなく、カタリーナの先祖へ対する参拝でもある。
「おぉ、こっちも凄いな。独特の味がある」
カルロは先ほど上ばかり見ていた首を正面に向け、左右に振る。白黒模様の壁はこの世界のどこにもない独特の美しさが広がる。絵画等は殆ど無く、飾りは少ない。支柱は黒の大理石で統一され、窓から差す明かりを受けて黒光りする。所々にヒビのような白い模様があることも、絶妙なアクセントとして教会の美しさを引き立てた。
大量のアーチで彩られた礼拝堂は、その独特の美しさの中では最も薄暗く、窓からの光も通らない。その闇の中にあって、深い彫を作る聖なる像は、ウネッザの主神聖マッキオである。ジロードも海商国家らしく、旅人の神聖マッキオは高い人気を持つ。
商人として名を上げた建設者のメディス一族も、神に感謝をするだけの敬虔さを見せるというのは、ジロードらしさともいえる。聖遺物はマッキオの纏った布であり、美しさよりも荘厳さが目立つ。
「なんか、凄い落ち着くな」
「僕もこういう教会は好きかもしれない。なんというか、心が洗われる……」
二人は説教台の前に立ち、思わず声をあげた。
先程までその荘厳さと穏やかさを特徴としていたこの礼拝堂は、説教台の前に立つと鮮やかな天井画に彩られるようになる。その名状しがたい美しさもさる事ながら、光の当たらない、彫りの深かったはずの聖マッキオは鮮やかな天井画によって明るくうつり、先程よりも穏やかな印象を受ける微笑を浮かべていた。
カルロとフェデリコは先ほどよりも存分に礼拝堂を鑑賞し、神父の説教を受け、感謝の寄付をすると、晴れやかな気持ちで教会を後にした。
教会を巡り終わると、日は高かったが、傾き始めていた。
広場には、人の往来はまだ多く、流行の短いズボンにタイツを合わせた人々が、個性的な色で街を染め上げる。
教会を巡ったばかりの彼らには多少目に痛い光景であったが、それでも満足感は残り続けていた。
「あー、満足感がすごいなぁ」
カルロの言葉に、フェデリコは同意する。
「じゃあ、俺は部屋に戻るかな」
フェデリコが言うと、カルロは不思議そうに首を傾げた。
「部屋、もう取ったのか?」
「俺は義父上の客人だからなぁ、メディス邸に招待されているんだよ」
フェデリコは胸を張って答える。カルロは胸元で手を叩いた。
「へぇ、さすがだな!」
「そして、お前も紹介してやる」
フェデリコは胸を張ったまま答える。カルロの時が一瞬停止し、口を開けたままで固まった。
「……へ?なんだって?」
「だから、お前もメディス邸に泊まるんだよ」
「はぁぁぁ!?」
カルロは驚愕のあまり広場の隅まで響き渡る声をあげる。周囲の人々が彼に注目し、彼は申し訳なくなり体を丸くした。
「聞いてないぞ、フェデリコ!」
カルロは耳打ちする。フェデリコは二人の警備兵に目配せをした。フェデリコの指示に従い、警備兵はカルロを強引に拘束し、広場裏の呉服店に引きずり込んだ。
「おい、お前!ちょっと!心の準備もまだ!」
「粗相のないように着替えてもらおう!それが終わったら挨拶だ、行くぞ!」
カルロを引きずりこむ警備兵は、カルロの耳元で小声で「どうか付き合ってくださると幸いです」と囁く。カルロが観念し、大きなため息をつく。
警備兵の拘束は解除された。カルロは二人に連れられて、高級呉服店へと入店した。




