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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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神の休む大地、ジロード1

 本土の港町、ジロード。ウネッザではおよそ不可能な長い桟橋と停泊所を有し、それらを支えるに足る頑丈な大地が広がる。大小さまざまな建物は平らな屋根を持ち、染色した煉瓦で町に華やぎを与える。


 港からも見ることが出来る果ては三方を城壁で囲まれ、この関所を越える者は共和制を抜け出し、君主となったジローラモ・ディ・メディスの懐を潤わせる。その彼方には小高い丘があり、教皇庁が税を取る従来からの関所が存在する。

 内部に城壁を作ることによって税収が失われることを危惧する教皇庁との対立はあったものの、教会対立によってカペルからの税収が失われると、教皇庁の財政に打撃を受けた。これに伴い、もとより強力な海軍を持たない教皇庁は、主要陸軍をエストーラに頼るほかなくなり、その上東の海からの脅威に対し、海軍力の弱さから権勢をふるう事のできなかった教皇庁は、この建造を甘んじて受け入れざるを得なくなった。

 ジローラモ・ディ・メディスは彼の財布には労せずに大量の財が流れ込むようになり、ジロードでは優秀な君主として君臨することになった。


 教皇庁の政治的権力の低下は近年では著しくなり始めたものの、未だにジロードを含む主要教会派「ヨシュアの民」からの信頼は厚く、その宗教的権威は衰えてはいない。多くの破門者をだしたプロアニア王国の孤立は、「雷の民」と別称されるムスコール大公国との融和を待たなければならなかった程であり、ウネッザも時折異端の烙印を押されては禁輸を受けた。もっとも、禁輸についてはプロアニアへと北上する商業路のせいもあり、ウネッザ経済に決定的な打撃を与えることはできなかった。

 ジロード包囲戦において、ウネッザでは教皇庁がその潤沢な資金を振るったのではないかとまことしやかに囁かれているが、これは上記のような事情へ対するウネッザと教会双方の対立から起因するものである。


 このように、教皇庁と蜜月の仲にあるジロードは、やはり教会権力が強く、建築物から絵画までを含む芸術品もウネッザ以上に洗練された宗教美術を見ることが出来る。


 カルロは報告を終えると桟橋をゆっくりと歩きながら周囲を見回す。ウネッザよりもはるかに広い領地に所狭しと並ぶ色彩豊かな建物に目を輝かせていると、中央に見える小高い鐘楼が彼の目に止まった。


(教会は町の中心にあるものだからな。きっとあそこに行けば凄いものが見れるぞ!)


 カルロは徐々に歩む速度を速める。そんな彼の袖を何者かが引く。カルロが怪訝そうに眉を顰めて振り返ると、船内では豪華な服飾から目立っていたフェデリコが真顔で立っていた。


「おい、一応警戒しろ。ウネッザ人だとわかったら何されるか分からないからな。二人で行動するべきだろう」


「あぁ、そうか……。そうだな」


(何かあっても困るからな……)


 覆面の警備兵を両脇に携えるフェデリコを見て、カルロはそのお零れに与ることにした。


「決まり!じゃあ、行こう!」


 フェデリコは嬉しそうに笑い、今度は勢いよくカルロの手を引いて駆けだした。カルロは強引なフェデリコに引かれながら、非難の声を上げる。もっとも、その口調は穏やかなものであり、彼の腕を引く力に身を委ねていた。むしろ、従えていた警備兵の方が焦って追いかけている始末である。


 巨大なジロード籍の商用帆船の群れを抜けると、目の前に広がるのは色鮮やかな港町である。

 白を基調とした建築物から始まり、奥へ進むごとに色彩を強めていくウネッザとは異なり、ジロードは外部に行くほど質素な色をしていた。玄関口である港町は海鳥の飛ぶさまを鮮明に切り取るのに役に立ち、また、「大都会ジロード」をこれでもかと強調する。窓が多い建物群はどれも商業用であり、平たく海に面した建物が造船用の建造物であることが分かる。


「あれがジロードのアルセナーレか!滅茶苦茶大きいなぁ!フェデリコ!」


 カルロが感動して目を輝かせていると、フェデリコは呆れたように肩を持ち上げた。


「なんでそんなに仕事に熱くなれるんだ?」


「へ?かっこいいだろ?」


 カルロは振り返る。その笑顔はあまりにも興奮しており、鼻息も荒いものになっていた。


「……そうか」


 フェデリコは遠い目をしながら造船所を眺める。この平たい建物が背の高い帆船を吐き出す様子を、カルロは目を輝かせて観察し、時々角度や姿勢を変えながら、その内装を確かめようとする。フェデリコには、その建物は質素で巨大な建築物に過ぎず、やはり立ち尽くしてカルロの反応を見るだけであった。


「……そろそろ行こう?な?」


「あ、悪い悪い」


 カルロは頭を掻く。二人はジロードでもっとも太く長い街路を進んだ。

 市場の賑わいはウネッザと遜色ないものである。しかし、その規模の大きさのためか、ウネッザと比べると人口密度が若干低く、雑多な客寄せの声もよく通る割には、ウネッザのそれよりも穏やかなように思えた。


「あ、豚が何か食ってる」


 カルロは何気なく指を差す。フェデリコは信じられないという表情でカルロを見た。カルロは取り繕うように苦笑して、フェデリコの名を言う。フェデリコは豚を見ずに市場の商品に釣られていった。

 カルロは再度豚を見る。


(そうか、あいつ一応商会の子息だもんな……)


 カルロにとっては、故郷でも見た懐かしい光景でもあり、ウネッザでは水に流す糞を動物が啄む様と言うものは珍しいものであったために指さしたのだが、フェデリコにとっては単に不潔なだけだったようである。

 当のフェデリコは何やら魔除けの石や美しい音の鳴る鈴などを店で購入し、嬉しそうに戻ってきた。


「どうだ、あれより有意義で綺麗だろう?」


 フェデリコは既に去った豚を見ないで指さし、手一杯に握った土産物を見せつけた。


「凄いな、こんなものもあるのか!」

(うわ、高そう)


 カルロはまた諍いが起こるのを避けるために、その声は心の中にとどめておいた。


 華やかな声の反響する市場を抜けると、壮麗な教会が聳える中心外に出る。巨大な噴水が迎える円形の街路は、城壁の影とも建物の影とも無縁で陽光を独り占めにする。噴水は、堂々たる威勢を見せつけながら光を一身に受け、その高く壮麗な身を天に伸ばす。


「おぉ、おぉ!凄いなぁ!」


 カルロが歓声を上げると、フェデリコは自分の事のように自慢げに、人差し指を立てて指を振る。


「まだまだ、教会はもっとすごいぞ?」


 カルロは人の往来が余りにも多い中央広場に駆けだし、周囲を見回した。

 初めにバロックを思わせる芸術的な銀行が出迎える。そこから道を挟んで東に目を向ければ、クリーム色の建築物が姿を現す。中央にそびえる時計塔の上には鐘が確認でき、それが教会であることが分かる。教皇庁を小型化したような佇まいから、この町に住む人々の信仰の深さを窺うことが出来る。

 さらに反対側には今一つの教会が立つ。アーチ状の入り口を持つゴシック様式の教会の上部では、丸窓が広場を見守る。白と黒の独特の縞模様を持つ外壁は、ウネッザのどこにも見られない美しさがある。


「あっちの高い鐘楼がある教会がヨーシアン教会。ジロードの司教座教会で、ヨシュアの聖遺物、光の石を納めている。こっちの縞模様の教会は歴代メディス家の墓が納められる事から、聖メディス教会と呼ばれている。どちらも中はもっとすごいぞ?」


 カルロは呆然と立ち尽くし、その壮麗な建築群を見上げた。カルロは南方の建物を指さした。


「あれは?」


 フェデリコはしたり顔で答える。


「それが元首官邸、通称メディス宮だ」


「これが……」


 カルロは口を半開きにしたまま壮麗な宮殿を見上げる。コの字型の建物の中央入り口に、いくつもの支柱に支えられた、白い宮殿。一段高くされた入り口の左右には、対象の筋肉質な男の像が構え、その奥にある扉の前で警備兵が睨みを利かせている。


 カルロはその威容に見惚れ、時間を忘れて見入っていた。やがて我に返ったカルロは、フェデリコを見た。フェデリコはご満悦のままカルロを見下ろす。


「待てよ、お前がなんで中のこと知っているんだ?」


 エンリコの言葉によれば、フェデリコは外で交易をしたことがなかったはずである。カルロの素朴な疑問に対し、フェデリコは無邪気な笑みで返した。


「これから見るからだよ!」


 フェデリコはまず、クリーム色の教会へと入った。


「あ、待てよ!」


 カルロと警備兵は、同じ顔で彼の後を追った。

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