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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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船出

 集まった手練れの水夫たちの太い腕は日焼けし、食料、水分、日用品、備品を詰めた箱や樽を中に積み込んでいる。船倉にはそれらの物品がきっちりと揃えて置かれ、カルロは荷物の数を数えて不足のないことを確認する。そして、積載量を越えていないことを確かめたうえで、別の船で同じ作業を手伝った。

 各々の船には緊急の修復キットが積まれる。替えの帆は勿論、完成済みの部品も積み込まれ、また、工具箱も、各甲板に置かれた。


 荷積みを終えた水夫たちは聖マッキオに祈りを捧げ、また、それぞれ遺言を文章で認め、さらに互いに読みあう事で確認しあう。

 これは船の沈没に備えての予備的な物であり、決して珍しい事ではない。遺言は公証人に預けられ、判を押されてウネッザに保管される。通常、7年以上行方不明だった場合には死亡として扱われるものの、航海の際に行方不明となった場合には2年を限度として、遺言の処理が行われる。

 カルロは自分がウネッザに勤めて慣れ始めていたと思い込んでいたが、このような儀式的な雑務を実際に見ることは殆ど無かっただけに、いざ目の当たりにすると言いようのない恐怖や居心地の悪さを感じた。


 一方で、熟練の工夫メルクは、お構いなしにカウレスと雑談を交わす。浮気や、遺産などと言った不吉な言葉を、冗談めかして言うメルクに対し、カウレスは鬱陶しそうに空返事をする。カウレスの手には船の設計図が握られ、メルクの唾が飛ばないように若干の距離を取る。

 カルロは二人の様子を見ていると、自然と緊張もほぐれ、安堵のため息を吐いた。


 いざ航海となった場合には、カルロ含む整備士三名は、別々の船に乗船し、航海中に会うことは非常に困難になる。そのため、カルロも叩き込んだ知識だけではなく、必然的に多くの資料を持たされ、また、設計図の写しも持たされた。

 カウレスが指示を出しているものの、責任者はメルクとなっており、トラブルが起きた際には応急措置の後に船長に報告し、そして船渡り用の板を利用してメルクに報告することとなっている。

 カルロから見ると、カウレスはやや慎重で杓子定規なきらいがあるため、指示を出す人物としては申し分なく思うが、責任者であるメルクは経験も実力もあり、また咄嗟の対応力も高いため、非常にバランスの取れた組み合わせのように思えた。


 すべての儀式じみた諸事が終わると、水夫たちは乗船し、出航の合図を待つ。船内が賑やかになり始めたところで、三人は一旦集まった。


「はい、そろそろ出港の時間なので、メルクさんも自分の船に戻ってください。あと、カルロは何かあったら必ずメルクさんに報告すること、いいな?」


「はい!」


 カルロは威勢よく返事をする。カウレスは仏頂面で頷く。


「よし、それじゃあ、また夕方に。よい航海を」


「船酔いするなよー、カルロ!」


 メルクがカルロにちょっかいを出す。カルロは苦笑して返す。二人はそのまま船を離れ、各々の船に戻っていった。


 二人が去ると、カルロは乗船人のリストを確認する。これは航海日誌を纏める船長のためのリストであるが、船毎に保管されており、有事の場合には残った船にあるこのリストが死亡確認のために利用される。

 一応大事を取り、暗号化されたそのリストには、責任者であるメルクは政府の要人を多く乗せる基幹船に乗っていることが分かる。外観上は分かりづらく、また、リスクも考えて全ての要人がそこに乗っているわけではないものの、この船が非常事態に遭った際にはウネッザ本島への連絡が最優先事項となる。

 前方を警護する船はカウレスが乗船している。アーカテニアの軍船と遭遇した場合には最も被害を被りやすいと考えられる船であり、カルロには荷が重いと判断された。

 後方の船をカルロは管理する。基幹船と比べればトラブルが多いものの、座礁や戦闘の際には、カウレスの船団ほどの危険度はない。むしろ、彼らはウネッザとの連絡窓口としての役割が多く、雑務の処理が多い船である。その重要度やカルロのキャリアを考えれば、妥当なものだろう。


 カルロは船上での整備は初の経験であり、マニュアルを片手にうろうろと歩き回ることしかできない。出港までの間は船の構造を確認し、指さし確認をしながら異常のないことを確かめる。


「おぉ、カルロだ」


 カルロは咄嗟顔を前に向ける。前方には、見馴れた幼い顔の男が立っていた。


「あぁ、フェデリコ。お前もここだったか」


「僕は特使としてではなく、あくまでメディスの客人として来ているからな」


 彼は自慢げに言う。


「へいへい、お坊ちゃまは気楽でいいですね」


「あ、お前、いま、面倒くさいと思っただろう!」


 フェデリコは不服そうに顔を顰める。


「……そんな事より、兄ちゃんは大丈夫なのか?」


 カルロは視線を逸らした。フェデリコは嬉しそうに頷く。


「あぁ、肉付きも戻ってきたし、仕事もバリバリ、元気になったよ」


「なら、よかった。あいつ一人だと無理しそうだからなぁ」


「もう懲りたってさ。何か、僕に任せると仕事が遅いとか笑っていたな」


 フェデリコは自慢げに言う。カルロは口の端で笑った。


「それはそれでどうよ……」


 出港の合図がする。高く響く太鼓の音が船倉まで届く。そして、錨が持ち上がり、水しぶきを上げて持ち上がる。


「おぉ、遂に出港だな」


 フェデリコは上甲板に出て、ウネッザに向けて手を振る。彼はゆっくりと離れていく故郷を名残惜しく眺め、潮風を大きく吸い込んだ。

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