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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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揺らぐ青雲2

 教皇のお膝元、ヨシュア神の祀られる地に最も近いとされる国が、ジロードである。地理的に言えばジロードよりも近い都市国家は多く存在し、教皇派と呼ばれる勢力はジロードだけではない。かつてウネッザ、ジロードとも海の覇権を争ったマアルフも教皇の恩寵に与っている。ヨシュア神の国から目を放せば、教皇対立には明確な意見を述べないが、ヨシュアの守護神であるオリエタスを信仰するエストーラ、アーカテニアも、基本的には敬虔なヨシュアの信徒である。

 その一方で、彼らと対立する大国も多くある。西には花の都ペアリスを持つカペル王国、この国は対立教皇を擁して教皇から離れようとする。少し東にあるプロアニアは、従来より魔術不能と呼ばれる魔法の素養のない人々の割合が非常に多く、信仰よりも技術を求める大国であった。そのため、彼らは新たな技術を求め、異教徒にも寛容であるために、教皇派と結果的に対立し、カペルの新教皇へも一定の理解を示す。

 外交的立場を明確にしないのは北のムスコール大公国である。数多の教会権力から離れ、独自の信仰を獲得した彼らは、ウネッザは勿論、その他諸国家との関わりとは全く異なる発展を始めている。プロアニアとは技術開発で協力し、エストーラと文化的協力を続ける、いわば「いいところ取り」の国である。


 そして、これらの国と全く対立する国が一つだけある。それこそが、ウネッザでさえ「異教徒」と呼ぶ大帝国オマーンである。最強の陸軍国家であり、異教徒との境界の国でもある。教皇庁との確執は強く、互いに覇権を争うこの国は、ウネッザなどの海洋国家との交流は盛んであり、香辛料、宝飾品、各地で大人気の亜人奴隷であるコボルトなど、主要商品はどれもこの国を通って西方へと至る。アーカテニアの新航路は、この交易によって生じる莫大な中間コストを省略し、東方地域の製品を獲得することに貢献するのである。

 つまり、オマーンとウネッザの利害は完全に一致している。西方へ至る中間コストとは、無論ウネッザもその中に含まれるのである。


 しかし、教皇庁の明礬も主力商品とする、教会と蜜月の関係にあるジロードは、例えこの大帝国との協力が不可避であったとしても、これを強行する力はない。教皇庁、カペル、エストーラ、そしてオマーンというウネッザ以上に微妙な力関係に挟まれたジロードは、今回の一件では「明確な立場を明かすこと」そのものがリスクとなってしまうのである。


「はぁ……」


 カルロは自分でも驚くほどの悲観的な検証結果を出してしまったことに、果てしない後悔の念を抱いた。


「でも、これらの事態について、僕らは無力だ。父上がどう判断するか、それだけが重要だ」


「うぅ~ん、そうだけど、さぁ……」


 カルロは頭を抱える。エンリコは姿勢を崩した際にくたびれた服を伸ばし、カルロとは対照的に確信を持った、毅然とした態度を取る。


「もしかしたら、僕たちウネッザは、死の商人になるべきかもしれない。僕はそれさえ視野に入れている」


 カルロは視線だけを上げる。エンリコの目は冷たいものだった。


「死の商人……?」


「アーカテニアはプロアニアの技術が欲しい。そして、オマーンはアーカテニアと対立する力が欲しい。双方の要求を満たすことが出来るのは、そのままプロアニアの軍事技術だ。その橋渡しをウネッザがする、という逃げ道もある。でも……もし、もしも双方の対立が終わった後に、どちらか、どちらでも同じだけれど、非難を受けることになれば、ウネッザはそのまま海の藻屑になって消えるかもしれない」


 エンリコの瞳は真っすぐに未来を見据えていた。それはカルロやフェデリコの持つ瞳の輝きとは全く異なる、危険なほど現実的な、鋭い目であった。


「最高のパターンも言っておこう。オマーンとジロードの協力を取り持ち、アーカテニアから海の覇権を引き戻す。しかし、やはり実現は難しいだろうね。ジロードが頷いても、異教徒がそれを許さないかもしれない。更にミクロに視線を合わせれば、メディスが許しても、ジロードの大衆が許さない。……こんなことを言うべきではないのかもしれないけれど、ジロードがもっと権力の集中に成功した後ならば、アーカテニアの妨害は解放できるだろう。でも……」


「それは必ずしも完成していない、と読んでいるんだな」


「だからこそ、ニッコロという人物が台頭したのではないか、と読んでいるよ」


  カルロは抜け落ちていたその名を再び脳内にインプットした。それは、彼にとっては殆ど反射的な物であり、悪魔たちとの会話の中で自然と刷り込まれた力だった。


 二人の会話に水を差すように、ノックの音が響く。彼らは同時にドアを振り向き、エンリコが小さなドアの窓から外を覗く。彼はカルロを見ると、申し訳なさそうに眉を垂らした。


「カルロ、ごめんね、大事な用事が出来たみたいだ……」


『その必要はない。カルロ君も来なさい』


 エンリコの言葉を遮るように、年老いた男の声が響く。カルロは聞き覚えのあるその声に、思わず背筋を伸ばした。


「ドージェ、ピアッツァ・ダンドロ……」


 蒸し暑い室内に、新たな空気が入る。ピアッツァはその後ろにチコを従え、整然と背筋を伸ばしていた。蝋燭は吹き消される。暗い室内から見上げるその男の姿は、カルロにはいかにも賢者のように映る。カルロは感じたことのない緊張感に、背筋を伸ばした。


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