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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第二章 博士の葬列
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博士の葬儀船1

 カルロがアルセナーレで下働きを始めてから一週間ほど経った頃、博士は正式に契約書に調印し、一括による一時間の支払いを済ませた。これにより、アルセナーレでは、本格的に博士の葬祭で使うための船舶を、作成することになった。それにあわせて、仕事を持ってきたカルロを含め、代表者たちが集まり、この「特別な船」の構想を練るために会議が開かれることになった。


 海上のウネッザでは、一般市民ならば生家のある教区、つまり都市内の教会が管轄する地域まで、彼らの遺体を船で運ぶ。しかし博士の場合には、生家は北方のムスコール大公国であるし、聖マッキオ教会にいわば居候のように暮らしている。一方で、航海技術の発展と星の運行には相当程度貢献していると言え、よりよい仕事を紹介されてもおかしくない人物であった。そこで、彼の葬儀はいわば名誉の関係で聖マッキオ教会に入棺されることを認め、更に教会から島を周回する、いわばパレードのようなものが企画されていた。元首さえ一目置く学者であるが故の、破格の待遇である。


 カルロは初めての会議室に驚き、きょろきょろと周囲を見回した。彼がこれまでに見てきたコッペンの集会場は、広場に舞台然とした大きく平らな石が置かれているにすぎず、雨の日には中止せざるを得ない。そのため、大人数が集会する「会議室」の様なものはなく、強いて言うならば教会がその役割が担っていた。


 それに比べて、高い天井を持つアルセナーレの中央に位置する数多の長椅子を並べる集会場は、狭くはあるが多くの人を集約できるようになっていた。薄暗い部屋には長椅子ごとに2つの蝋燭立てが置かれ、壁にも同様に多くの燭台が並ぶ。今回は壁の燭台だけが使われており、賑やかに揺らぐそれらの炎に対し、長椅子を囲う蝋燭立ては儀式のためにあるような鈍色の燭台は静まり返っていた。


 右手の壁には歴代の元首とアルセナーレ所長の肖像画が並ぶ。それらは一様に会場の賑わいを見届けるべく舞台に向く。それなりに熟練した者達が列席しているだけあり、会場は人数のわりに静まり返っている。


 カルロはもっとも末端の席に着いている。周囲には老練な職人や工場の親方たち、アルセナーレの所長、次席たちなど代表者が集う。そのほとんどが、博士の残した知識に命を預けてきた人々だった。


「……とすれば、やはり絢爛な船舶を作る必要があるであろう」


 企画を進行する一人が提案する。多くの工員がそれに賛成した。鼠が驚き逃げ出すほどの拍手が起こる。


「博士の仕事を労うならば、やはり黒塗りに金箔ではありませんか?」


 また一人の親方が発言した。静かに手を叩くのは名だたる次席たちであった。彼らにとってはその技術の贅を尽くして、多くの収入を得る事を目的としているのか、できる限り大きく壮麗なものに手を叩くようであった。

 カルロは寂し気に立ち尽くす蝋燭立てに視線を送る。それは寂しそうに主人を求め、静かに議事を進める議長を見つめていた。一方、壇上では副所長が手を挙げて発言をした。


「いい案ですが、私ならば、聖マッキオの加護の為に、教会に倣って白を基調とするのがよろしいかと存じます。かの偉大なるお方は、立派な博士を必ずや導いてくださることでしょう」


 それに対して多くの親方からは更なる提案が挙げられた。白を基調とするならば、銀の飾りをつけるべきだろうとか、棺が陸から伺えるように、船室には硝子を利用すべきだとか、洗練された赤の方がいいなど、派手さや美しさを強調するような発言が次々とあげられる。博士に対する信用とねぎらいの結果であるとは理解しつつも、カルロにはどれも納得が出来なかった。


(どうしてだろう……。どれも、違う気がする)


「どうした、カルロ」


 フェデナンドが小声で訊ねる。カルロは小さく微笑んで、首を横に振る。


「いえ、よく、分かりません。なんだか、違う気がして」


 フェデナンドは首を傾げた。カルロは頷くだけで、何も続けない。会議はどんどん進み、やがて彼らの中に幾つかの案が有力視され始めてきた。


「えぇ、これまでの意見を纏めますと、有力な案として第一に星の瞬きを金で彩った黒塗りの船、帆船がよろしいという案と、第二には死後の安息を願って聖マッキオ教会の如く白い地に美しい銀細工の重りと銀の縁で彩った眩い船、これも帆船がよいと。第三には我々の航海の助けとなったことを労い、とりわけ美しい木目の椛の木と、ムスコールブルクを思わせる香草の煙を焚く船で故郷の北方から南下するというものが出ました」


「第三のものは非常に具体的ですね。パレードの趣旨としても、相応しいもののように思われる」


 議長が言うと、親方たちは首を振る。彼らの多くは、博士はあくまで聖人ではないという事から、それの様な儀式的なパレードは相応しくないという考えだった。壇上からそれを一瞥する議長は、咳払いをした。


「……反対意見も多いと。第一のものが最も好評であったため、次回の会議ではこれをベースに具体的な船舶の規模や構想を練りましょう」


 喝采の拍手が上がる。彼らの中には立ち上がるものもあった。星の博士であるユウキ博士ならではの、よいアイデアであるという事だった。


「それでは、次回までに具体案を考えて来ていただきますよう。お疲れ様でした」


 一斉に「お疲れ様でした」と言い立ち上がる。カルロもそれに合わせた。各々が挨拶を交わして談笑しながら、それぞれの持ち場に戻っていく。カルロはフェデナンドの後ろについて、列席の最中に感じたもやもやとした感覚に終始難しい顔をして歩いた。フェデナンドはそれを見ながら首を傾げる。カルロが感じた違和感の正体を探ろうと色々と質問をしようとするが、カルロは上の空であった。

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