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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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悪魔の落とし子

-アーカテニア、王宮


 一段高い玉座に向かう赤絨毯の縁には金襴が施され、真っ直ぐに玉座に向かう。一定間隔をおいて設置されている支柱は銀細工で囲まれ、鮮やかな白の塗料が塗された中に、異国の幾何学文様を散りばめる。


 支柱を伝って辿り着く高い天井には壮大な征服の栄光が描かれている。勇ましく雄たけびを上げる男が先代の王サー・フェルナンドであり、彼の後ろには杖を掲げた騎兵が続き、彼らの杖から様々な魔術が放たれる。水を出すものは敵兵を飲み込み、火を纏った杖を振るう者はその火炎でサーベルを持った歩兵を追い立てる。その後ろには弓を連射する歩兵たち、そこに混ざって火砲兵が照準を合わせる。

 騎馬に乗った異教徒は皆狼狽えて逃げ惑う。馬から身を乗り出してその姿を見る異教の王は、長く整えられていない髭を携え、恐ろしい程に目を剥いて追い立てる騎兵たちを刮目する。驚きの表情の背後に広がるのは、身震いする異教徒の歩兵達の蹲る姿である。

 その下には地面に血の跡が点々と広がる。その様子を天から眺める天使達は、手に持ったラッパによってファンファーレを奏でる。彼らは至高天の周りを巡り、神の戦いを見届ける。


 天井を伝い、玉座側の壁を追いかけると、巨大な窓がある。ウネッザの硝子と比べると不純物の多いくすんだ窓であり、窓から射す陽の光を辿れば玉座に辿り着く。 


 最新の流行で囲まれた玉座には、近衛兵が十数人控えている。新生児を抱えた白髪の乙女は、玉座に跪く男を訝しんでみる。乙女の隣にいる男は、丸いものを布に覆い撫でる。

 跪く男は上目遣いで彼らの様子を窺った。


「そうか。では、そのまま続けろ」


 男は乙女に恭しく頭を下げる。

 光差す玉座にきらきらと埃が舞う。それは天使の梯子に導かれるように舞い上がり、布を覆ったものを摩る手に輝きを与える。その手は皺塗れで、赤い斑点を纏っている。袖より奥を隠すように纏われた上衣は、袖先を羽毛で包まれ、生地は青い。細い腕を隠すために余裕を持って作られた服はいずれも同時代の君主には見られないものだった。

 王は長い顎に涎を垂らし、口を広げる。乾燥した白い歯は異様に歯並びがよく、撫でまわす布よりも透き通っていた。


「もうすぐなんだね、私達は本当に海の支配者になれるんだね……?」


 白い歯が光る。突き出た顎と鉤鼻に不釣り合いな美しい歯を見ながら、男は恭しく礼をする。


「左様でございます。そして私も、人の痛みを知る貴方こそ、苦しむ民を救うに相応しい人と確信しております。あの、金にがめつい峡き海の覇者たちから船を奪い、辛き宝石を我が物といたしましょう」


 乙女は男を見下す。彼女は男に怒りや呆れの入り混じった軽蔑の視線を送り、手元の子供を撫でる。すやすやと眠る子は可愛らしく、しかし、王と同じ赤い斑点の跡が残っていた。

 王は布を解く。中から現れたのは、黄ばんだ女性の骸骨だった。


「ねぇ、聞いただろう?これで、やっと私はあの諸王に認められるんだ。君も、喜んでおくれ!!」


 王は目を潤ませ、慈しむように骸骨に頬ずりをする。乙女はそれを気味悪そうに見ながら、男に非難の籠った言葉を吐き捨てた。男は目を細め、乙女に言う。


「先のお妃様が憎く御座いますか?王妃殿下」


 乙女は舌打ちをして視線を逸らす。男はその始終を見届けると、王を見上げた。王は慈しみながら毛づくろいをするように先妻の頭を撫でる。


「では、つまらぬ報告はこの程度でとどめておきましょう。私はまた準備が御座いますので……」


 男は音もたてずに立ち上がると、丁寧な礼をして部屋を出る。輝く埃の柱は彼の後姿を憤るように見届けた。



-ウネッザ、アルドゥス印字商店

 からん、と客の入店を知らせる音がする。店の奥で印刷業務の手伝いをしていたアルドゥスは重い腰を上げ、店舗に出た。顧客の個人情報を守る為、店舗の鍵を閉める魔法を使う。鍵のかかった音を確かめつつ、受付に顔を出すと、彼は不快そうに顔を顰めた。


「そんな顔しなくていいじゃないか、アルドゥス君。君のお得意様だよ?」


「お得意様だからいい顔をしてもらえると思われるのは心外ですね、特にあなたに関しては」


 アルドゥスは大きなため息をついて席に着く。彼には、もとより相当に散らかった店内も、チコの登場により益々散らかっているように錯覚された。

 彼はチコの持ち込んだ学術論文と本の原稿、そして番号の書かれた用紙に目をやる。それらは、いずれも名前の異なる同一人物(チコ・ブラーエ)の書いたものであり、学生達がそれらを購入させられていることは直ぐに理解できた。

 アルドゥスは中身を論文と原稿の中身を簡単に確認し、落丁・乱丁がないことを確認すると、小さなため息をついて小僧に手渡した。受け取った小僧はアルドゥスよりも拙い様子で中身を確認する。


「それで、何冊ですか?」


「うーん、研究室に一冊と、大学の図書館に一冊でしょう?あと、金のない学生が貸せといってくるだろうから……12あれば大丈夫だと思うけどなぁ」


「わかりました各50部刷りますね」


「ほほう、強気だねぇ」


 チコはニヤつく。アルドゥスは小さく息を吐く。彼は実際にチコの論文がこれまでにかなり売れたことを知っており、しかもそれは主に羽振りのいい有識者たちにより購入されることも知っていた。それ程精緻に、また巧妙に作り込まれた詩文のような美しい論文は、彼の主力商品の一つであることは認めざるを得なかった。勝ち誇った顔のチコに内心に湧き上がる不快感を抑え、彼は無表情を決め込む。


「それで?君が目に付けたジョージは上手くやっているのかい?」


 確認を終えた小僧は数をメモし、店舗の奥へと消えて行った。アルドゥスはさり気なく自らの肩を払う。


「イネスからも順調そのものだという報せが入っております。今度彼の本もうちから出すよう決まっていますよ」


「ふぅん。然し楽しいねぇ、法螺吹きの詐欺師に騙される権力者諸兄というのは」


「……まぁ、そうですね。面白い人物だと思います。我ながら悪趣味なほどの逸材ではあります」


 アルドゥスはチコが広げたサンプルの本を片付け、本立てに立てる。チコは楽しそうに本立てを倒し、再び本を受付の上にばらまいた。

 アルドゥスの時が一旦制止する。


「それより、貴方のパトロンは大丈夫ですか?」


 チコは目を細めてニヤついた。


「そろそろ一問題起こりそうだけどねぇ。まぁ、『役目が終わった人』には関係のない話さ」


 アルドゥスは険しい表情を見せる。チコは両肘をついて楽しそうに左右に揺れる。


「そもそも、あそこに到達された時点で、危険は目の前にあるのさ」


「……というと?」


「例えば、ひとりでに物価が上がっちゃったりとかね」


 チコは真剣な表情でアルドゥスを見る。アルドゥスは小さく鼻から息を吐き出す。チコは自ら本立てを持ち上げる。やや重そうに手を震わせ、完全にそれを立てると、前触れもなく立ち上がった。


「……多分ね、起こると思うよ。アーカテニアがそう動かないはずがない」


 チコは踵を返し、腰で手を合わせてリズミカルに出口へ向かう。アルドゥスは魔法で錠を開けた。

 チコは扉の前で立ち止まり、振り向かずに、低く悍ましい声で呟いた。


「……今回ばかりは、神様に喧嘩を売らなきゃいけないと思うよ」


 彼はスキップで店を後にする。その姿は閉められたカーテンが開くと同時に、窓にも映る。小僧が一人商品を手に持ちながら、窓の外を見つめた。


「最近来るあの人、綺麗ですよね……」


「馬鹿言え、あれは男だぞ」


 アルドゥスは無表情で答えた。

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