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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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兄と弟のビス3

 食卓の料理が片付くと、ドガレッサと騎士はそそくさと自室へ戻っていった。

 カルロはカタリーナが食器を片付けるのを手伝う。フェデリコは皿を洗いながら大きな欠伸をし、エンリコは席を立たずに仕訳けた資料の一部を確認しながらメモを取る。各々の作業は井戸水が白くなるまで続き、乾かすために立てられた皿は水滴を薄く纏いながら、光を反射する。


「いやぁ、頂きました」


 カルロは皿を拭きながら、カタリーナに話しかける。彼女は嬉しそうに頷き、「お粗末様でした」と答えた。

 カタリーナが最後の皿を洗い終えると、手を拭い、丁寧に礼をして部屋を後にする。全員でそれを見送ると、フェデリコは名残惜しそうにため息を吐く。机上の燭台はエンリコの方へ寄せられ、台所はやや薄暗い。


「……行かなくていいのか?」


「あぁ、今日はちょっと、二人に相談があって」


 フェデリコは手を振って水を飛ばし、手を揉みながら台所を離れると、エンリコの隣に座る。カルロは手を拭い、彼らの向かいに座る。カルロからは、二人の顔が蝋燭の火に焼けて見える。においの少ない蜜蝋が蕩けて燭台の受け皿に零れる。


 フェデリコはポケットから手書きの手紙を取り出す。まだ封はされておらず、獅子もダンドロの家紋も残されていない。エンリコはそれを一瞥し、穏やかに訊ねる。


「それは?」


「兄さん、僕、これをカタリーナのお父様に送ろうと思っている」


 フェデリコは真剣な表情で答える。茜色の光を受けるエンリコは、その赤を映した目を鋭くする。彼はフェデリコが差し出す前に、その手紙を取り上げるように持ち、二つ折りの中身を開く。彼はそのまま暫く蝋燭に手紙を透かすようにしながら、手紙に集中する。


 賑やかさを失った食卓は城のテーブルクロスを真っ赤に染め、辺りを深淵に囲まれる。台所の皿も素知らぬ顔で彼らに背を向ける。カルロの服にこびりついた木屑も、個々では全く目立たなくなっていた。


「これは、駄目だな……」


 エンリコは蝋燭に手紙を透かしたままで呟く。フェデリコはただ俯く。隣り合う二人の席は少しの距離があり、その奥には暗い煉瓦と小さな窓がかろうじて確認できるだけだった。


「うん、これは駄目だ。とてもまずい」


 エンリコはカルロに手紙を渡す。テーブルの上を擦れた手紙は、サァ、という音を立て、机のほぼ中央に置かれた。カルロは腰を上げてそれを手に取る。


 内容はいたってシンプルであり、時制の挨拶から始まり、フェデリコの子供っぽさを感じさせない流暢な言葉で、カタリーナの父ジローラモ・ディ・メディスを食事へ誘うものだった。結びに記されたサインも相当に端正な文字で書かれており、努力の跡が窺える。

 カルロはエンリコに説明を乞う為に視線を送る。エンリコはカルロの方は向かず、険しい表情でフェデリコを見た。


「いきなり敵国の、しかも打ち負かされた国の支配者に、食事の誘いが来たら、相手はどう思うかな。僕なら、挑発しているようにしか見えない。『こっちにはお前の娘もいるんだぞ』ってね」


「じゃあ、どうすればいい?」


 フェデリコは前のめりになる。エンリコは、手で顎を支えながら沈黙する。一同は言葉を待った。


「……例えば、戦後処理のついでに、食事会をするとか。これはとても自然な流れだ。どちらも互いの利益になるように食事会を利用しようとするだろうしね。あるいは、少し品がないかもしれないけれど、不都合な真実を理由にするとか」


「不都合な真実?」


 フェデリコとカルロは復唱する。エンリコは蝋燭の火を見つめながら、手を組み直し、そこに鼻を乗せた。


「協力するなら今しかない。そう相手に思わせるんだよ」


「新航路か?」


 カルロの言葉にエンリコは静かに頷く。


「それもある。あと、もう一つある。カルロは彼の右腕を切り落としたいだろう?ならば、好都合なことに、カタリーナさんが使える。フェデリコ、少し一緒に部屋に来なさい。今から一筆したためようじゃないか」


 エンリコは立ち上がる。椅子を引く音が暗闇に響くと、蝋燭の火がひとりでに消え、煙を闇の中に隠す。フェデリコが席を立つ音が続き、カルロも立ち上がった。

 暫くして、闇の中にエンリコの顔がくっきりと浮かぶ。蝋燭がカンテラに立てられて点火されたためだった。エンリコは去り際に、カルロに向けて微笑んだ。


「ごめんよ、今日は帰ってくれるかな?」


 カルロはやや急ぎがちに彼に近づく。


「分かった。カタリーナさんによろしく言っておいて」


 エンリコ、フェデリコ、カルロの順に部屋を出る。カルロは手を挙げて別れを告げ、足早に出口へ向かった。

 二人は遠ざかる彼の背中を見送ると、カンテラに導かれ、エンリコの部屋へと向かった。夜の帳も完全に降りると、曇天もさして目立たずに、砂嵐の雑音が微かに屋内に響くだけだった。


「カルロがいるとやりづらいなぁ……」


 エンリコは一人呟く。後を追うフェデリコは言葉に気付くこともない。カンテラの光が中庭の向こうを照らす。浮き上がったように窓に映る二人の陰は、いずれも真剣な表情で、次の窓へと移動していった。

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