兄と弟のビス2
食卓には、カルロが見たことのないような料理の数々が並べられていた。焼き、煮て、真っ白に湯搔き、黄色いソースで皿に彩を付けた脂を濯ぎ切った鶏に、毒々しい真っ赤な果物のような野菜、溶け切ったのか、固形物が塗されたバジルしかないスープ、ゼリー状の物体に閉じ込められた野菜が並ぶ。
カルロからすれば、食べ物とは思えないような不可思議な、然し色鮮やかな食事が並ぶ。パンは勿論小麦であり、白と小麦色のコントラストに干しブドウが散りばめられる。
囲まれた机は勿論分厚く丈夫なもので、テーブルクロスの下から覗く塗装された脚はてかてかと輝く。椅子の背凭れにはクッションが付けられ、どの椅子にも繊細な細工の施された肘掛けがある。
当然のように着座するフェデリコとエンリコは、口を半開きにして立ち尽くすカルロを不思議そうに見つめる。そしてカルロは初対面のおっとりとしたドガレッサ、その隣に座る若き奉仕する騎士は、突然の客人に対してエンリコに耳打ちする。
カルロは不釣り合いな食卓の雰囲気に急ぎ服装の乱れや汚れを確認し、恐る恐る席に着く。最後の料理を運び込んだカタリーナがフェデリコの隣に座ると、フェデリコは相変わらず緊張した様子で彼女の顔をちらちらと見つめる。カタリーナが手を叩き、満面の笑みを浮かべた。
「さぁ、いただきます!」
「いただきます」
カルロが同じように手を合わせると、他の全員は既に給仕された食事に手をつけていた。硬直したカルロを見ながら、フェデリコは咀嚼する。
「何だおまえ?食べないのか?」
「頂きます」
カルロは困惑しながら食器に視線をおろす。彼はぎこちなくナイフとフォークを手に取ると、取りあえず目の前の食材を片っ端から切り始めた。
その様子を見たドガレッサが笑いをこらえる。騎士もカルロの挙動に興味津々の様子で、食事どころではなかった。
(何だこれ、何だこれ!?だってナイフって切るものだろう?俺おかしくないよな?切るものだよな!?)
カルロは全く使ったことがないわけではないナイフ、フォークとスプーンの扱いに途端に不安を覚え、助けを求めてエンリコに視線を送る。
しかし、当のエンリコはカルロの不器用な挙動を不思議そうに見つめながら、器用に肉を食べる。蜘蛛の糸を切られたかのように不安に押しつぶされるカルロは、そのままぎこちなく食事を口に運ぶ。
(味うっす!!)
彼は脂を削ぎ落としたような肉を口に含み、驚きの余り必死に舌の上で滑らせた。探せども絞り出せども肉汁は絞りつくされ、パサパサになった肉に水分を奪われていく。
「ソース付けないのか?」
フェデリコは不思議そうに訊ねる。カルロは混乱する頭を整理し、言葉を探す。
「そ、素材の味を楽しんでからな!」
「ふぅん……」
いまいちピンとこない様子でカルロに応えたフェデリコは、自分の食事に集中する。カタリーナに味をたずねられても詳細に答え、総じて満足げに食事を口に運ぶ。
しかし、カルロを苦しめたのはむしろ彼の挙動を興味深そうに見る騎士の純粋な瞳であった。彼の視線はカルロの挙動と同時に使われていない食器にも向けられ、興味深そうに頷く。ドガレッサの言葉もやや上の空で受け流し、カルロの不可思議な挙動を漏らさず観察していた。
(ぅぅぅ、なんか死にたくなってきた……!)
カルロはもとより薄味の料理の味が益々感じられなくなるほど混乱した顎を動かす。奇妙なゼリー状の料理に至ってはいつ食べるべきかに困り、白くふっくらとしたパンばかりに手が向かう。
「あの、カルロさん。お口にあいませんでしたか?」
「いやいやいや、美味しいですよ、ホント」
カルロは無理に笑顔を作り、答える。不安そうなカタリーナは右手を胸元に置く。フェデリコは視線はそのままに、咀嚼しながら開いた手で机の上にある彼女の左手をそっと握る。彼女の切なそうな視線が彼の方に向くと、今度は彼が顔を真っ赤にして目を逸らした。
カルロは言いようのない罪悪感と混乱の渦の中でひとまず一気に食事を口に運んだ。騎士が思わず歓声を上げる。その声は、カルロまでは届かなかった。
「無理しなくていいよ、カルロ」
エンリコが合間に入る。カルロはどう応じていいのか分からず、如何にも元気そうに食事の手を速めた。エンリコは引き気味に笑う。
「いや、そうじゃなくてね。マナーとかは気にしなくていいよって」
「え、いや、でもさ……」
「初めから庶民にはマナーなんて期待してないから大丈夫だって」
フェデリコが何気なく続けると、エンリコは刺すような視線を彼に送る。視線を受けたフェデリコは視線を外す。カルロは一旦気持ちを落ち着かせるために、食卓に視線をおろす。自分の食べた料理の跡は彼らのそれと比べるとやや乱雑なものに思えた。特別に零した跡などはないが、切った部分が歪に見える。カルロは一旦深呼吸をすると、ナイフとフォークをおろし、ため息を吐いた。
「じゃあ、遠慮なく!」
カルロは肩を回すと、再びフォークを手に取り、料理に対して直角に突き刺して口に運ぶ。咀嚼も普段通りの汚くない程度のものに戻る。カルロは口の中に入れた料理の味が戻ってきたように感じた。
「なんか食べたことない味だなぁ」
「どうですか!!美味しいですか!!」
自然と漏れた言葉に、カタリーナが詰め寄る。フェデリコが彼女をあやすという、冗談のような状況に、カルロはつい笑みを零した。
「いや、美味しいです。でも俺は塩が欲しいな!」
「十分だろ!」
フェデリコが顔を赤くしてカルロに詰め寄る。今度はカタリーナが彼を止める。カルロは肩を揺らして笑った。




