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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第二章 博士の葬列
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ゴンドラって何?

 食堂。工員が入れ替わり立ち代わり、ひっきりなしに往来する。カルロのいる工場は勿論、その他の工場からも職員が集うそこは、異様な賑わいに満ちていた。食事を受け取り、4人席に腰かける。カルロはそわそわしながら、賑やかな食堂の風景に驚きを隠せないでいた。


「そうか、田舎生まれだったなお前」


「はい、ウネッザ来た時は本当に驚きました」


「まぁ、ここは土地も狭いからな。人の密集した光景はいくらでもみるよ」


 カルロは塩味の利いたスープを飲み、ふっくらとしたパンを頬張る。彼はコッペンは土地も傾斜があり、作物を育てるには些か苦労させられたことを思い出す。小麦がこれほどふっくらと仕上がるのは、相当な技術が必要なのだろうと思っていた。メルクも似たような献立だが、更に海の幸が一皿加えている。


「でも、ゴンドラってなんであんなに反ってるんですか?」


 カルロが口に物を詰め込んで言う。食物を口の中一杯に含んでいるため、どことなく頬袋に食材を詰め込んだ鼠の様な雰囲気がある。カウレスがやや不快そうに眉を顰める。彼が視線を下すと、皿にはぼろぼろとパンが零れていた。


「あぁ、あれはな、水面との接触をなるべく少なくするためだな。一人で漕ぐの大変だからな」


 カウレスがパンでスープを掬う。零すことなく丁寧に口に運ぶ。カルロはよく咀嚼した食物を飲み込むと、嬉しそうに返した。


「へぇー。じゃあちょっとバランスが悪いのもそういう理由ですか?」


 休憩時間をずらして食事を摂る物好きがやってくると、食堂がさらに賑やかになる。遅れてくるものはどれも老練な職人であり、何となく席にゆとりができた場所を探して腰かけていく。

 その一方で、カチャカチャと食器を片付ける音がちらほらと響き始めている。そんな中、三人は暢気に安い昼食を楽しんでいる。


「バランスが悪い……?あぁ、あれはな、船頭が立っているのとバランスを取るためだよ。あとは……先端の飾りには重りの役割があるな」


「あ、船頭が後ろに乗るからですね。色々考えられているんですね」


「まぁなぁ、日常的に使うしなぁ。色々工夫して作らなきゃやってられないんだろうよ」


 メルクがしみじみと言う。カウレスが食事を終えてスープを片付けに戻る。それに気づいたカルロは慌てて自分の分を口に放り込んだ。カウレスはさり気なく小突いた。


「はしたないからやめい」


「すいません」


 カウレスが溜息を吐きながら食器を片付ける。その様子を二人で追いかける。メルクはカウレス同様にパンでスープを掬うと、ポツリと呟いた。


「まぁ、あいつはああいう所あるから気を付けろ」


「はい」


「じゃあ、さっさと飯食って、仕事に戻るぞ」


 メルクは一気にスープを飲み干すと、げっぷをして片付けに入る。カルロもなるべく急ぎパンを口の中に放り込み、口をもぐもぐさせながら立ち上がった。


(あの二人そんなに仲良くないな?)


 食器を片付ける際、メルクはがさつに水を張った桶の中に滑り込ませ、カルロはカウレスの視線を気にしながらなるべく音を立てないように片付けた。



 カルロは工具箱をあちこちに運びながら、専門的な工具の名前を一つずつ記憶していった。端から端まで走ると相当な距離になるが、彼は元々が過酷な環境に耐えてきたため、何とか対応することが出来た。

 そういった仕事がひと段落して、一息つく間もなく水差しを運ぶ。その合間合間に、ゴンドラの先端に取り付けられた重りを注意深く確認した。


(……これは花。これは女神か……?形は結構まちまちなのか)


 カルロがちらちらとゴンドラの先を珍しそうに眺める様を、工員達は非常に不思議そうに見る。当の本人は、そのさまざまの形に時々声を上げながら、そちらにばかり目を奪われていた。相当に反り上がり、鋭くとがった先端に取り付けられた重りには相応の威圧感がある。黒で統一されていることも影響しているのか、どこか気難しい雰囲気が漂う。


 太陽が真南から傾き始めると、船に使った材料の報告書をまとめる仕事を任される。しかし、覚えたての文字を素早く書くのが困難なカルロは、用語の書き方などを適宜確認しながら記録する。工員の多くは尋ねられるときょとんとしたが、カルロが頭を下げれば比較的丁寧に教えた。そうして、午後の仕事は殆ど船に触れることなく終わった。


 教会の鐘が鳴ると、工員が背伸びをして腰を気遣いながら互いに声を掛け合う。カルロも丁寧に挨拶を交わし、彼らが置いて行った工具をすべて片付けて最後に工場を後にした。彼が帰ろうとすると、奥の部屋からフェデナンドが顔を出す。


「お疲れさん。帰る前にちょっといいか?」


「何かありましたか?」


 カルロは素早く駆け寄った。フェデナンドはカルロの書いた報告書を眺めながら、ウーン、と唸り声を上げ、言いにくそうに口を開いた。


「その、なんだ。この……蚯蚓が這ったような文字はちょっと……」


「ごめんなさい。馴れてなくて……」


 カルロは頭を下げる。フェデナンドは肩を叩き、頭を上げるように促した。カルロが頭を上げると、報告書を手渡される。カルロは指示を待った。


「いや、読めないから読み上げてくれないか?新しいのを書くわ」


「……はい」


 ひとまず初日はやり過ごせたと思っていたカルロは、最後の最後に疲れがこみ上げてくる感覚を初めて味わった。

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