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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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新航路は疼く1

 カルロは朝の体操を終えると、食卓に着く。食卓には、朝食と共に、既に呼んだ後のある新聞が置かれていた。


(チコ先生かな……)


 カルロは乱雑に置かれた新聞を手に取り、「海事日報」の部分だけを確認する。特別に大々的な報告はなく、順調な航行と注意喚起が書かれているだけであった。カルロは胸を撫で下ろし、一面を向けて新聞を置きなおす。パンを手に取り、思わず巨大な一面記事のタイトルを二度見した。


「新航路……!?」


 記事には、『アーカテニア、新航路開拓 問われるウネッザの海上交易』というタイトルと共に、詳細な地図と共に新航路を示す道、ウネッザの交易路、加えて詳細な到達までの期間や費用の試算が記されており、ウネッザの従来の航路と香辛料の価格の相場までを事細かに比較していた。

 記事によると、アーカテニアの新航路は、現状では概ね従来の航路と同等かやや高額の販売額になることが示されており、極端に悲観視した記事とはなっていなかった。しかし、肥大化したアーカテニアの動向によっては、ウネッザの地位が揺らぐ懸念も指摘されており、カルロも思わず食い入るように記事を読み耽った。


 手に持ったパンをそのまま落とすほど集中力を使いながら、読み耽っていると、上機嫌で猫と戯れるチコが、かなり高いテンションでカルロに言った。


「こりゃあ大変なことになったねぇ!」


「笑い事じゃないですけどね!」


 カルロは新聞を畳みながら答える。どす黒い雲に覆われた空を低空で飛行する海鳥が岩肌を擦れるように飛び回る。カルロは、パンを口にねじ込むと、咀嚼したまま町へ繰り出した。


「いってらっしゃーい」


 チコがからからと笑いながら言う。カルロはポケットの多くついた上衣を羽織る。


「ひっへひはーふ」


 カルロは口の中のものを零さないようにしながら答える。階段を駆け下りる若々しく溌溂とした音は、途轍もないスピードで展望室を離れていった。



 カルロが造船所に駆け込むと、新聞を囲んだ工員たちが一斉に顔を上げる。カルロは息を切らせながら「おはようございます!」と言い、その集団の間に入り込んだ。中心に添えられた新聞は、ひどくくしゃりと折れ曲がっており、朝の衝撃にいくつもの手によって回し読みされたことがうかがえた。

 工員の誰もがカルロのただならぬ振る舞いを見て、説明をすることはなく、胡坐をかいて始業のベルまでの時間を食いつなごうとする。


「まじかよ……次から次へと、どうなってるんだ?」


「その前にアーカテニアってどこだよ」


「バーカ、カペルより西にある結構大きい国だよ。海に面していて、ウネッザとは別の航路をずっと探していたんだよ」


 始業のベルが高らかに鳴ると同時に、フェデナンドが現れる。工員は一同のっそりと立ち上がり、作業を始めようとした。しかし、フェデナンドの口から出た言葉は、彼らの行動を止めるには十分すぎる強さを持っていた。


「おまえたちも知っていると思うが、アーカテニアの新航路に関する調査が入るかもしれん。よって、上からの通達で、造船の続きを行うものと、快速船でアーカテニアの航路の尺度を試算するものと分けることになった。

 新航路の本格始動の前に、アーカテニアの快速船がウネッザのそれと同じ型かどうかを調べる。一度は海にに出たことのある奴じゃないとこの調査は難しいだろうから、造船を続けるものは今から言う者達とする。それ以外の者はアーカテニアの大航海が現実的な物かを含め、どの様な船でおこなわれたを調査する。いいな」


 同様の騒めきを遮るために、フェデナンドはかなり声を張り、名前を読み上げる。熟練の工員の多くが調査に乗り出すことが告げられる。海に出たことのないカルロは勿論、造船の為に残ることとなり、その他、カウレスも造船を続けることが告げられた。

 その間、調査に乗り出すものの叫喚と分厚い雲の重なる黒い空から降る雨の音が重なる。


 カルロは傍らに捨て置かれたくしゃくしゃの一面記事を見ながら、音を立てて唾を飲み込む。しかし、間断なく流れる汗と、動揺した唾液腺から次々に溢れる唾は、拭えど飲み込めど留まることがない。 

 ざぁ、と鳴く雨が海に落ちる音と揺する波紋は、益々にカルロの恐怖を掻き立てる。「今は大丈夫」という言葉を信頼する重要性も、また同じ響きの恐ろしさも、彼はよく理解していた。


「ほら、始業だ始業!調査班は俺についてこい。カウレス、後は頼んだぞ」


「はい」


 カウレスは短く返事を返し、すたすたと支度のされた工場に向かう。カルロはその後を追いかけ、それに続いて、各々がぞろぞろと普段の作業に取り掛かる。フェデナンドはのっそりと立ち上がるメルクを含めた調査班の尻を叩いて回りながら、別の工場へと消えて行った。


 半減した人員は急ピッチで造船作業を行う。先の戦いによって破壊されたガレー船が瓦礫のようになって牽引されており、これを修繕する為に、彼らはさらに半分に分けられた。カルロはキャリアを考慮して、ひとまず修理を任される。


 かつて工場に悠々と漂い、その雄姿を見せつけた船体は脆くも真っ二つに破壊され、修繕の見込みもないものもある。引き揚げられた際には船体の穴という穴から滝のように水が溢れだしたのか、穴の開いた船も破損が異様に激しく、その船体のほとんどを木材に解体せざるを得なかった。


 カルロは釘を抜き、古い板をはがし、肋骨を丸裸にする。彼はその板材のほとんどを傷口の部分だけ削り、一回り小さい材木に採寸し直し、鋸を引く。

 同様に、竜骨に破損のあるものはそのすべてを鋸で解体し、材木として再利用できるように措置を施された。いずれの作業も普段の工場と比べて遥かに静かに行われた。


「雨が、強くなってきたな……」


 カウレスが呟く。カルロはそれに従って曇天を見上げる。潮風というには些か強い風が頬をかすめ、解体した材木を揺らす。乾燥させるために立てかけられたこれらの材木は、風に揺すられて無様に身を震わせる。雨の降る先にある海は、波紋を広げ、円をいくつも作る。

 カルロは空から目を逸らし、自分の仕事に集中した。


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