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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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台風の目

 二人は揚げ鳥を齧りながら、不機嫌そうなグレモリーの顔色を窺う。周囲の呑気な笑い声も食事の為におさまり、店内には静寂な時間が流れた。


「カタリーナさんのこと思うとさ」


 フェデリコが口を開く。フォークを突き立てられた揚げ鳥から肉汁が溢れだし、皿の上に滴る。黄色の肉汁が如何にも金持ちの喜びそうな泡のような膜となり、皿をコーティングする。


「ジロードが酷い扱いを受けていることが、やっぱり気になるんだよな」


「コイン型のクッキーも、如何にもな侮辱だよな」


 カルロは揚げ鳥を飲み込み、答える。フェデリコは肉汁を見つめながら、小さなため息を吐いた。グレモリーも悲しそうに机の上を見つめ、項垂れる。


「分かるよ。でも、それはやっぱり戦争の結果なんだよね。奪われてしまった人の命を考えると、そうやって報復したい気持ちもわかる」


「でも、これからも続くとしたら、僕は彼女にどう声を掛ければいいんだろう」


 暫くの沈黙が起こる。硝子を積んだ船は三角帆を斜めに揺らしながら蛇行し、本島へ向かって進んでいく。町は賑わいを取り戻し、悪魔の歓声と狂気が包み込む。それを俯瞰するムラーノの雲は、漂う煙と共に本島へと流れていく。


「ちゃんと、傍にいてあげてね」


 グレモリーは静かに言う。フェデリコは不安そうに眉を寄せながら、頷いた。


「父上も、頑張ってくれているんだ。ウネッザの人々からの反発がないように、賠償金を支払わせる、土地を返させる。でも、あくまでジロードの立場を奪いすぎないようにって。拠出金がなければ、結婚できない。カタリーナのお父さんも、娘を渡すのに納得してもらえるように、どこかでウネッザの市民と折り合いを付けなくちゃいけない」


 フェデリコは奇声を上げ、頭を掻きむしった。揚げ鳥から零れた肉汁は皿の上を寂しそうに滑る。白い皿の上に一点の染みのように残り、また一つの揚げ鳥のもとへと進んでいく。しかし、油は皿の途中で止まってしまった。


「仲直りをする、きっかけが欲しい」


 グレモリーは静かに揚げ鳥を油のもとに動かす。転がった揚げ鳥は苦しそうに身を翻しながら、油を避けて皿の上を転がった。


「ずっとライバル同士だったジロードと、仲直りか」


 カルロは呟く。店内に注ぐ青空は、疎らに雲を纏いながら、ゆっくりと駆動する。天球が回るように、貼り付けられた青空が太陽を引っ張ろうとした。

 煉瓦造りの壁に取り付けられた蝋燭に火が灯されると、明るい光の加護を受けた窓際の席の象徴的な明るさもくすんでしまった。カルロは沈んだ表情のフェデリコに視線を送る。フェデリコは顔を上げ、カルロと目を合わせた。


「その鍵を握っているのは、お前だけなんじゃないか?」


「僕が、鍵?」


 突き刺された揚げ鳥が持ち上がる。カルロは零れた油の上を軽く滑らせた。


「ジロードの権力者の娘、カタリーナさんと親交があって、ウネッザの元首の次男坊、これ以上にない逸材だろう」


「そんな大役を僕に任せて大丈夫なのか……?」


「おまえ以外の誰が出来るんだ?まさか田舎者の俺にやれっていうのか?」


 フェデリコはグレモリーに助けを乞う。グレモリーは小さく頷くだけだった。

 カルロは舌打ちをすると、突き刺した揚げ鳥をフェデリコに見せつけるように掲げながら、言い放った。


「さっきも言ったが、お前は面倒なだけでポンコツじゃない。やってやれないことはないんだよ」


「待てよ、まずジロードとどうやって連絡を取るんだ?喧嘩しているうえに、あっちには例の天文室を狙っている奴もいるんだろう?もしも天文室の視察をしたいとでも言われたら、断れなくなるんじゃないのか?」


 カルロは頷く。掲げた肉を噛みちぎり、少ない咀嚼で飲み込むと、眉を持ち上げ、笑顔を浮かべて見せた。


「おまえの周りには、その手のプロがうじゃうじゃいるじゃないか」


 フェデリコが目を見開く。煉瓦に包まれた喧騒が周囲に溢れ、彼の耳を通り過ぎていく。その中でも、カルロの言葉は酷くはっきりと捉えられた。


「一人では何もできないとか、わかりきったことを言うなよ?お前の兄さんも親父さんも、天文室の意地悪な博士も、カタリーナさんも、余すことなく使え。俺の人脈も頼れ。どうせお前ひとりでできる事なんて、計算と泣き寝入りぐらいだ。どのチャンスも逃すな。お前にできる事はそれだけだし、それで十分だ」


 カルロはまくし立てる。フェデリコに一言も反論を許さないように、言葉を遮ろうとする唇からの声は全てかき消す。

 あらゆる反論を押し殺されたフェデリコは、唇を噛み、唸り声を上げる。カルロははっきりと、揺るぎない確信を持った瞳でそれを見る。迷いなく、最後に言い放った。


()()()()()、出来ないんだよ」


 店内が静まり返る。会計を終えた騎士と夫人が、入り口のベルを鳴らし、港へと消えて行く。暫くの沈黙の後、フェデリコは顔を上げた。


「どうなっても、知らないからな」


 カルロは小さく笑う。


「前にもこんなことがあったな」


「カルロ君も、ちゃんと見届けてくれるってことだね」


 グレモリーが笑う。三人だけになった客席に新たな客人が来たのは、揚げ鳥を盛りつけた皿が空になった後だった。


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