快晴のウネッザ
「へぇ、グレモリーの後輩悪魔かぁ」
フェデリコは頬杖をつき、ビフロンスをまじまじと見つめる。穏やかな笑みを浮かべたビフロンスは、美しい姿勢のままで固まっていた。
フェデリコが崩した書物の山は再び修復作業が行われ、青白い腕は背表紙を確かめながら積み上げる。フェデリコはビフロンスの衣装を下から順番に見なおし、首を傾げて見せた。
「その服流行ってるの?」
「え、いえ、これは僕の趣味と言いますか、こだわりでして……。なるべく失礼のないようにと思って普段から着ているのですが、変でしょうか……?」
黒い上衣から少しだけはみ出す白いワイシャツの裾を気にしながら、ビフロンスは上目遣いに訊ねる。フェデリコは唸り声をあげ、難しい表情で襟元を中心に眺める。そして、再び足元を見ると、今度は怪訝そうな唸り声を上げ、カルロの方を向いた。
「なんというか、面白く無くないか?」
「なぜ俺に聞く」
「いや、カルロと僕は年も近いし、感性も近いと思うし……。実際、お前は中々センス良かったと思うぞ?だから聞いたんだが……」
フェデリコは特に悪びれるでもなく答える。呆れ顔のカルロはフェデリコに対してため息を吐くと、ビフロンスの衣装を見る。
黒を基調とした整然とした衣装であり、肩幅の狭いビフロンスには少々堅苦しいようにも思われる。白い手袋も如何にも紳士的で、彼は見た目に反して大人らしすぎるという印象を持った。しかし、同時にビフロンスの人となりや時折見せる真剣な表情はおよそ人間の子供とは比べようもなく大人びており、必ずしも似合っていない、という判断はできそうにない、という印象を抱いた。
「好みは人それぞれでいいだろ……」
カルロは吐き捨てるように言うと、残り物の炒り豆を齧る。口の中に広がる風味は豆以上のものでもなく、豆以下のものでもない。甘くもなく、辛くもなく、強いて言えば固くしっかりとした食感と独特の香りが特徴であった。
カルロの豆を齧る音を気にも留めず、フェデリコは再び唸り声を上げる。
「でもなぁ、脚とか、太腿とかさぁ、ラインがしっかりしていた方が今風?じゃないか。これだとウネッザの若い連中からも浮くだろう?あ、でも、線細いし、逆にはっきりラインを見せると情けない印象があるか……」
「うぅ……」
ビフロンスが不安そうにカルロを見る。カルロは炒り豆を齧りながら、次の炒り豆を取ると、フェデリコのでこめがけて弾いた。
フェデリコは「いてっ」と声を上げ、カルロを睨みつける。カルロは豆を飲み込んだ。
「人の気にしてそうなところを平気な顔で言うのは良くないぞ。お前も、ポンコツとか言われたら傷付くだろ?」
「だって事実じゃん」
フェデリコは視線をそらし、拗ねたように言った。
「俺はお前をポンコツとは思ってないぞ。確かに我儘で子供っぽくて面倒な奴だが、計算とかはびっくりするぐらい速いし、文字だって流暢に書くし、神聖文字だって読めるから論文読めるんだろう?」
フェデリコは目を逸らしたまま、まんざらでもなさそうに頬を赤らめる。
「そ、それはお前、長年やってきた賜物だろうが……」
「やっても商売の事はてんで出来なかったお前が、やってできるってことはそれはお前の実力だろうが」
フェデリコは面食らって先ほどとは違った感情に顔を赤くする。
「おまえ、なんでそんなこと知ってるんだ!」
「ん?おまえの兄ちゃんから聞いた」
カルロは悪びれるでもなく答える。フェデリコは真っ赤な顔を天井に向け、両手で顔を覆いながら奇声を上げる。カルロは慣れた様子で炒り豆を口に放り込む。ビフロンスは咄嗟にフォローを入れようとして、口をパクパクとさせた。
「だから、別にお前に才能がないって言ってるわけじゃないだろうが」
「そういう事じゃなくて、恥ずかしいの!!くっそぉ!兄さんめ!ぶっ飛ばしてやる!」
フェデリコは真っ赤な顔を振り回し、頭を掻きむしって叫んだ。カルロは小さく噴き出すと、背もたれにもたれ掛かる。
「軽い小言で足蹴にされるんだろうな」
「やっぱり馬鹿にしてるだろおまえ!船の事しか頭にない癖に!」
「職人舐めるなよ?箱庭育ちの坊ちゃん」
フェデリコが顔を真っ赤にして怒り、立ち上がる。机が悲鳴を上げ、豆が驚いて飛び上がる。カルロは静かに立ち上がり、フェデリコを睨む。静かなにらみ合いが続く中、それを遮ったのはビフロンスの小さな笑い声だった。
声に気付いた二人はビフロンスを見る。ビフロンスは大層幸せそうな笑顔をみせた。
「仲がいいんですね、二人とも。なんだか、兄弟みたいだ」
「「どうしてそうなる!!」」
二人の声が重なり、天文室に響く。ビフロンスはお腹を抱え、口を大きく開けて小さな声で笑う。フェデリコは怪訝そうにビフロンスを見たが、カルロは表情を緩め、優しい微笑でビフロンスを見た。
(ビフロンスが守ろうとしたものって、家族だったのかな……?)
フェデリコはカルロの表情が自分のそれとは異なることに気付いた。
「何だおまえ、面白いことあったか?」
「いや、人も悪魔も、帰る場所は一緒なんだなって」
フェデリコは意味を解しかねて首を傾げ、カルロは目を細める。ビフロンスは相変わらず、大層幸せそうに笑った。
「フェデリコ、仲直りになんか食べに行こうぜ」
「なんだ、なんだ?話が飲み込めないぞ」
賑やかな声を受け、モイラは微笑みながら散乱した花を片付ける。チコは一人、ガラスの向こう側を見つめる。水平線の向こうから現れたガレー船を引き連れた帆船が、ウネッザに幾つか近づいていた。




