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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第二章 博士の葬列
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アルセナーレにようこそ!

 カルロが初仕事を任されるまで、数週間かかった。それまでに、彼は日常的に使う文字の読み書きと算術を中心に、博士や修道士たちと学ぶ。なんとか基礎を築いたといったタイミングで、彼はアルセナーレで正式に雇用されることになった。


 胸を弾ませて出発するカルロを、モイラが見送る。彼は手を振って「行ってきます!」と言い、ゴンドラにに乗り込む。よく見れば、漕手は初めに乗船したゴンドラ乗りだった。


「お願いします!」


「お、君か。よかったなー!とんぼ返りする金も無かったろう?」


 船頭がおちょくると、カルロははにかむ。誤魔化すように水面に視線を下すと、生まれて初めて身だしなみと言うものを学んだ彼の整えられた顔が映る。船頭が漕ぐたびに水面は揺らぎ、薄暗い街路に入ると、半円型の橋が彼を出迎えた。風向きは航海には不向きだが、巡礼者たちもすっかりこの町に満足しきっており、道行く彼らの歓談も町に彩を沿える。


アルセナーレに近づいてくると、カルロは深呼吸をする。いつか憧れた場所に職員として降り立つという喜びで、胸が満たされていた。彼の満足げな笑みに船頭も思わず吹き出す。カルロが見上げると、船頭はばつが悪そうにそっぽを向き、鼻歌などを歌って誤魔化した。

 船は正確に広場の乗降口に寄せられ、安定した船体は微かな水面の揺れ以外に左右されなかった。


「ほら、ついたぞ」


「行ってきます!」


 カルロはバランスを崩しながら立ち上がり、慎重に上陸する。その初々しさに船頭は顔が綻ぶ。カルロは離れていく船に手を振り、見えなくなるとアルセナーレに入った。



「お、きたな小僧」


 フェデナンドの野太い声。腕を組み、工員達にも声をかける。道具の手入れなどをして暇をつぶしていた彼らが顔を上げた。フェデナンドの一声で静まり返った工場に、咳払いが響く。


「えー、先日工場を騒がせたこいつが、何と新入りになった。技術も知識もてんで駄目だが、まぁやる気だけは十分だから、根気よく教えてやってくれ」


「カルロ・ジョアンです!宜しくお願いします!」


 工員からの拍手の音。海水に浮かぶ待機所の船が揺れる。開業を告げる教会の鐘が鳴る。ほぼ同時にアルセナーレでもベルが響いたフェデナンドの「よし、はじめ!」という声と共に、工員は各々の作業を再開した。


「じゃあ、お前は工具の勉強からだな」


「よろしくお願いします!」


 カルロはフェデナンドの指示に従い、一番奥で造られていた、移動用ゴンドラの補佐を任された。


「カルロだったか?じゃあまずはかりだ。はかりもってこい」


 船上で若い工員が指示を出す。カルロは「はかり?」と工具名を復唱した。船上の工員は顔を見合わせて、片方が船から降りた。


「はかりはこれな」


 工員が大きな工具箱から差し出したのは所謂差し金であったが、かなり大きめの材木を測るためのものらしく、一般的なそれより長いものだった。


「同じ形のものがいくつもありますね……」


「角材にもいろいろあるからなぁ。ゴンドラは一番初めに任される仕事なんだが、ひとしきり作らされるせいで普通の工員がやらないようなことまでやらされるんだぜ?困ったもんだよなぁ」


そう言って工員は差し金をもう一人に差し渡す。若い工員はそれを受け取り、船上の何かを測っている。


「これやっぱ短いっすよ。えっと、3くらいですかねぇ」


「結構ずれてんな……。何やってんだ前の奴は。カルロ、板持ってきてくれ。えっと、30の奴」


「板ですね!」


 カルロは周囲を見回し、手近にあった長い板に手をかける。船から降りていた工員が首を振ったので、カルロは板から手を離す。工員は鼻で小さい板を指しながら、壁に掛けられた鋸を持ち出した。カルロは示された板材を運ぶ。彼はそれを指示された台の上に乗せ、船上の工員から差し金を受け取る。


「うーっし。カルロ、ちょっと危ないから離れてろ」


「はい」


 カルロは言われた通り壁際まで下がった。船上の工員が「離れすぎ」と笑う。板を差し金で測りながら、船から降りた工員が呟く。


「俺はメルク・ガラッタ、名前の通りなんだがギャラッツォ区……えーっと、北東の方の小さい島だな、司教座があるとこ。あそこに住んでる」


 メルクは差し金で程よい位置に鋸で傷をつける。その間に船上の男が板を持ち上げながら続ける。


「カウレス・ガラッタ。先に言っておくが、生まれた区画が同じだけで、別に家族とかではないぞ」


 鋸を引く騒々しい音が響く中、船から降りたカウレスが板を持ってカルロに近づく。


「よろしくお願いします……っと」


 カウレスはカルロに板を手渡す。カルロはそれを受け取り、壁に立てかけた。合う板がなかったため、どの板とも合わせていない。カウレスはそのまま差し金を戻し、船の上に戻る。カルロが戻ってくるころには、既に板は綺麗に切断されていた。メルクは軽く削った部分を鑢でかけ、板をカウレスに手渡す。カウレスは板を取り付ける。小声で「ん、大丈夫ですね」と言い、板の上に乗りなおした。


「釘と槌はわかるな?」


「はい!」


 カルロは釘と槌を持ってくる。メルクは受け取り、カウレスも船内から板の接合を始める。槌と板のぶつかる高い音が響く中、カルロは背伸びをしたりしながら離れたところで釘打ちの様子を確認した。メルクがそれに気づくと、ちょっと楽しそうに手招きをする。カルロはメルクの助けを借り、船上に上った。


「釘打ちはできるのか?」


「村でも雨漏りとかは直していました」


 カルロが答えると、メルクは持っていた槌を放る。カルロはそれを取り、メルクに目を向けた。


「よし、やれ」


「はい!」


 二人分の釘打ちの音は中々に凄まじかったが、周囲から響く音にかき消される。


 板張りの作業が終わると、三人はゴンドラを黒く塗る。カルロは塗料を丁寧になじませる。全体を塗り終えると、三人は船の周りをまわりながら出来栄えを確認した。カルロの塗った部分だけが若干薄かったため、再び塗りなおす。


「まぁ、こんなところか」


 カウレスとメルクはゴンドラの細部を確認すると、満足げに息を吐く。


「何というか、大変ですね……」


 カルロは自身が取り付けた客用の椅子を見ながら、小さく息を吐いた。


「まぁ、あれだぞ?人乗せるものだから、気は使うよな?」


「そうですね……。上手くできないなぁ」


 カルロが呟くと、メルクは楽しそうに笑う。


「いきなりうまくやられても困るしなぁ」


 メルクは表情を緩めて笑う。ともあれ完成したゴンドラを眺めながら、カルロは何となく誇らしい気持ちになった。


 教会の鐘が鳴る。気づけば太陽も南にのぼっている。工員たちが次々と持ち場を離れ、冗談を飛ばしあいながら食堂へ向かって行く。カウレスとメルクも背伸びをし、彼らの後を追う。


「腹減ったし、休憩しようぜー」


 カルロは暫くゴンドラを見つめる。途中参加だったとはいえ、たまたま首尾よく手伝いに参加できたことを嬉しく思った。同時に、ゴンドラの形を眺めながら、違和感の様なものを感じていた。


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