97 進化の謎
倒木から手頃な枝を折って、穴を掘るための道具を作る。
道具と言っても長さが30cm程の単なる棒だが、これをスコップがわりにして地面に穴を掘る。
だが、考えなしに穴を掘ってはいけない。家を建てるには、事前の計画が大事だからだ。
言っていることが難しくてわからない?
そうか、よし、じゃあそこのお前、この長い枝の端を、ここで地面に当てて押さえて。枝をゆっくり回す・・・そうじゃない、お前が一緒に回っちゃダメだ、地面に押さえて・・・枝を回しながら円をかくから程ほどに・・・円が何かって?円というのは丸だよ。わからない?じゃあ、輪は分かるか?輪もわからない?なら、今から書くから覚えるように。
そんなにむきになって押さえなくていいんだ。
この丸いのが、円だ。この丸にそって小さく穴を掘る。
こら、そこ、手で掘るな、道具を使え。木の枝より爪の方が鋭くてもダメだ、枝を使え。お前たちは、道具を使うことを覚える必要があるんだよ。
この穴に長い枝を刺して埋める。輪にそってあけた穴に同じような長さの枝を刺して並べていく、出入り口部分だけは、枝を立てないから少し開けておく。根本は確り土を押さえて抜けないようにな。
そうしたら、あの木に巻き付いてる細い蔓草・・・そう、それをむしりとって集めて。
地面に指した枝の先端を中央に、寄せて柔らかい蔓で縛る。
確り縛れよ。
円の枝に、こうやって編むように蔓を通して。一周したら、蔓を差す位置を変えて、また一周する。
そこ、枝を二本も飛ばしてるぞ。ちゃんと編んでいかないと、すぐに壊れてしまうんだぞ、それでいいのか?
あとそこ、確かに一周したらとは言ったが、出入り口を塞ぐんじゃない。どこから入るんだよ・・・穴を掘って地面から?
それでお前は何処に住むんだよ。
地中に住む?
それじゃ家の意味が無いと思わないか。
・・・まあいい、次は壁だ。骨組みの上に葉の付いた枝を重ねて・・・はい、そこ。説明はちゃんの聞こうな。葉を下から重ねていかないと、雨が降ったらびしょ濡れだぞ。
ん?
上の方で手が届かないのは、どうすればいいかって?
外側からは無理でも中からは届くだろ。
天辺は傘を作って最後に乗せる。
これで、家の完成だ。
待てまて、家が一軒できたからって終わりじゃないぞ、お前ら自分が作っている家を完成させろ、それが終わったら、飯を食わせてやる。
「お疲れ様」
「ありがとう・・・うまい」
労いの言葉と共にレオノールから差し出されたカップを受け取り、一口すする。森で自生する植物から作った甘い香りのお茶で、精神疲労に効果があるらしい。
お茶を飲みながら、先程まで作業をしていた場所、ゴブリンの集落・・・と言うか巣穴付近の様子をながめる。俺は一足先にあがったが、今も多くのゴブリンが住居の建築を行い、その指導をホブ・ゴブリン村の者達が行っている。同様にゴブリン種から進化したモーブも指導に加わっている。
「無理を言ってすみません。しかし、本当に助かりました。ありがとうございます」
言って駆け寄ってきた老人が深々と頭を下げる。
「いや、構わないよ。それにまだ救えるなら、俺も救いたい。というか、転んだら怪我するから、走ってこなくても良いから」
目の前の老人は、過日の帝国人と地龍騒動で、保護したゴブリン種の村の住民だ。老人自身は人族らしいが、村には老人の子や孫がおり、ゴブリン種族の縁者も居るらしい。
「しかし、進化が早ければ、退化も早いとは」
「私どもは理由のわからない奇病、例えるなら魔物化病と考えておりました」
俺たちの認識は、モーブ同様にゴブリンが人族に進化するというものだったが、当事者であるホブ・ゴブリンの一族にはその辺りの知識がなく、むしろ人が魔物に堕ちるのだと考えられていたとか。モーブに出会ったとき、堕ちかけた者に通じるものを感じ、同胞とみなしながらも、外見も内面も人族と変わらない事に疑問を持ったらしい。
そして、俺たちとの交流のなかで、認識の誤りが正された結果、彼らの言うところの堕ちかけた者達について『何とかして人に戻せないか』と相談を受けたのだ。
「普通に進化を促すだけではダメなのでしょうか」
話を聞いていた別の村人が疑問を口にする。
「魔物を狩らせれば進化はするだろうが、正直言って思うように進化して、人としての思考力や身体を得られる保証は無い。むしろ、結果を急いで進化を進めれば、最悪の場合強力なゴブリンという方向に進化してしまうこともあり得る。時間はかかるだろうけど、人としての営みを教えながら進化させていくのが安全だろうな。村で普通に生活できていた者であれば、早期に人族化できるだろうから、そちらは別途対応しよう」
堕ちかけと見なされた者たちは、その程度により対処が違ったようだが、基本的に外見よりも内面を重視して対処していたという。見た目が多少違っても意思疏通ができ、村で暮らせるならば問題ないが、そうでない場合、温厚なら隔離して養い、狂暴であれば追放や処刑という対処をせざるを得なかったそうだ。
現在、家を建てさせている10名弱は、隔離組であるらしい。
人族への進化の正道はわからないが、とりあえず原始時代から体験させて、文明を理解させれば、魔物に堕ちる事もないだろうと考えたわけだ。
さて、木片や蔓を使った後は、石器だな。
川原で拾った石を別の石で叩いて整形する。石器といったら、始め人間なあの一家が使用していた石斧だろう。斧部分と柄を・・・いかん、石に柄を通す穴が開けられない。鶴嘴やハンマーのようには無理か。
仕方がないので、先に火をおこさせよう。
棒を回転させて火をつける手本を見せたら、魔法で着火して見せられた。く、そんな目で俺を・・・とか思ったが、相手にはそんな気が全く無いようで、むしろ誉めてほしいという顔をしている。実にキラキラした目だな。しかし、考えようによっては、濡れたマッチで苦労していると、横から子供がライターで火をつけたような状況だ。自分で火がつけられると得意気な子供には、火の取り扱いについて十分な指導が必要だな。迂闊に誉めるわけにはいかない。
焚き火から引き出した細い枝を、斧の柄に当てて焦がしながら穴を開けていく。その穴に石斧の刃の逆側を差し込んで固定する。同様の方法で鍬的な道具も作成する。
小川で粘土質な土を削って水を含ませこね、さらに細い草などを加えてこねる。
こら、粘土を投げるんじゃない。
・・・粘土で、う○こを作って遊ぶな。
適度な固さにこねたら、平たい石の上に木の灰を広げてその上に粘土を丸く広げる。
粘土を手のひらで丸く伸ばし、○の縁にそって積み重ねて接合していく。少し水をつけ、表面を整えて乾燥させれば、土器の壺になる。乾燥させている間に炭を焼くぞ。
先ず適当な太さの枝を集める。
そうだな、二の腕ぐらいの長さ太さがいいだろう。
大物を見つけたって? 大きすぎると生焼けに成るからダメだ。
石斧で割りなさい。
枝を集めたら1m程の小山を作る。
枝はなるべく縦にして並べる事。
枝の回りに粘土を持って土のドームを作る。
何、魔法でできる?
魔法は抜きだ、これは手でこねて積みなさい。
足でも良いかって?
なるべく手を使いなさい。
変に足を使うと、猿みたいに足で木の枝にぶら下がったりとか、人と違う方向に進化しそうだから。
ドームの天辺だけ残して囲ったらしたの方に穴を開けて、火を投入。
十分な火力になったら穴を塞いで放置する。
次は日干し煉瓦を作るぞ。
煉瓦は家の材料にも成るから、大量に作る。
何、腹が減った?
飯はそこにあるジャガイモだ。
この芋は食えない?
そうだな、生では食えないな。
だがこれを見ろ。
この素焼きの壺に水をいれて、火にかける。
沸騰したら洗った芋をいれて茹でる。
ん?
いつもの粥が良いって?
今日はダメだ。
自分達で食べ物を料理することを覚えような。
ともかく、いもが煮えるまでは煉瓦を作るぞ。
作り方は壺とほぼ同じ。
違うのは、型わくを作ることだな。
木の皮剥いで折り目を作って枠にする。
平らな石に灰をうって、粘土を枠にはめ成形する。
四角く整えたら、草の葉の上に並べて干す。
乾いたら煙突のように積み上げて、内と外で火を焚き煉瓦を焼く。
同様に枠を作って、半分の厚みで二倍の大きさの板を作る。
板の一辺には突起をつけ、小さな穴をあけておく。(横から見たときL字)
地面に3m程の溝を掘って煉瓦を積んで四角い土管を作る。
さらに蓋になっている煉瓦の上に粘土を盛って乾かす。
土管の片側に粘土を盛って煙突を作る。
反対側を少し掘り下げ、土かまどを作り乾燥させたら、かまどに火をいれる。
煙突からは煙と熱が出るので注意すること。
土管の上に土を戻して、煉瓦を積んで小屋を作る。
屋根は、朽ち木を使って丸木足場を組んで乗せるぞ。
屋根は片流れにするので、合わせて壁の高さを変えておく。
こらそこ、足場は公園の遊具じゃないんだ、ぶら下がったり跳び跳ねたりするんじゃない。
枝をのせてその上に薄い煉瓦タイルを乗せていく。
突起を枝にひっかけるようにして重ねていくんだ。
一番高いところとなる板は穴に蔦を通して結んでおく。
最後に小屋のなかに寝藁代わりの枯れ葉と毛皮を敷いて完成だ。
どうだ、床暖房つきの寝室の出来上がりだ。
「どうした、モーブ」
小屋を眺めて感心している様子のモーブに問いかける。
「何もなくても家が作れるんだと感心していた。俺が穴を掘って隠れていた頃と比較すれば、ずっと文明的だし俺は家を建てるって発想がなかった」
「地球には岩肌に穴を掘って大きな町を作った例もあるし、穴暮らしが悪いとも言い切れないんだが・・・あれ? そういえば野生のゴブリンは武器を持ったり弓を使ったりする者までいるけど、それでも家は作らないな。偶然かそれとも何か関連があるのかな」
「あの、ゴブリンが退化するってお話、オーガの件となにか似てませんか」
「元は鬼族と交流があったけど、最近は話も通じなくなったっていうあれか」
「確かに似てるな」
「それと、あの、今思うとコボルトも少し、その、ダメだった感じが・・・」
「コボルトが? ハイ・コボルトは別として、コボルト時代だってそんなに悪くはないだろう」
「いえ、簡素な家を建ててましたが、当時家の必要性を説いていたのは叔父や母ぐらいで、多くの者は家など不要と・・・狩り場に合わせて移動していたという事情もありますが、何か通じるものがあるかと。熊に襲われてからは、安全な住みかと言うことで、家が見直された感じでした」
ゴブリンだけではなく、オーガやコボルトも退化しかけていた?
だとしたらオークは?
一度、鬼族とオーク族にも話を聞く必要があるか。




