92 同族
方言は現地の田舎言葉です
地球とは関係ありません
地龍に限らず龍種の生態には謎が多い。
いや、むしろ龍種は謎の固まりとも言えるだろう。まず龍種は食料を必要とせず、生涯単独で生き、繁殖行為も確認されていない。さらに、その誕生に際して親や卵の殻などがあったかすら、不明とされている。これらは魔法王国時代の生物学者、チャールズ・ダウトンの著書に記されている。ダウトンは実際にいくつかの龍種との接触を行い、龍の生活や龍の誕生についての意見を求め、これに自信の考察を含めて、まとめたものが『龍の起源』である。
ダウトンは龍種研究の後に、この世界の生物が何らかの条件を満たしたとき、短期間に大きな変化をとげ、それは種としての枠を容易く越え、新たなる種への進化を可能にしているとといった説を唱えていたが、これらの説を著書にする前に、魔物に襲われこの世を去っている。
そして今、オーガの住みかを壊滅させた地龍は、混乱のあまりただひたすら地中を逃げていた。
彼が自我を得てから最初に得た感想は“狭い”であり、その状況を脱するため、上と思える方向に向かって、闇雲に手を動かした。努力のかいあって、無事に地上へと出たのだが、気がつけば異形の集団に囲まれ、鋭い棒で突かれ太い棒で殴られた。しかし、異形とは言え二足歩行のその生物に対し不思議と悪感情はなく、粗末ながらも家をたて暮らしている様子に、現住知的生物なのだろうと好意的な判断をしたほどだ。
龍である彼は、棒で突かれ殴られる程度のことでは痛痒を感じなかったが、鬱陶しくはあったので、その場から逃げることにした。しかし、途中でオーガの食料を見てしまった。
それは、いくつもの人の遺体であり、その中にあった小さな子供の遺体を見たとき、彼のなかでなにかが弾けた。
そして、地龍はオーガを根絶やしにする勢いで暴れ、逃げ出したオーガすらも追いかけ狩り尽くし、周囲に動くものがなくなって落ち着きを取り戻した時、自己への恐怖、状況を把握できぬ恐怖、口内に広がる血臭への恐怖、様々な恐怖に混乱し逃げ出した。最初は地上を走っていたが、途中で小汚ない人型生物に遭遇すると、地に潜り地中を進んでいった。
遭遇した生物はゴブリンであったが、相手が何者であっても戦いになることを恐れた結果だった。
地龍は一時森の範囲から出たが、魔力が薄くなったさいに感じた脱力感から、森の外周付近の地中にとどまり、眠りについた。
「その後、地龍の手がかりは?」
「八咫烏からの情報はなにもありません。おそらく地に潜って出てこないのでしょう」
「困ったな。いったいどうすれば良いものか」
「我々はダンジョンのおかげで、森に入らなくても生活できますから、困ることもないと思いますけど」
「まあな。森にいた種族のほとんどがダンジョンの草原や山付近の森に、半ば移住した感じだからな」
人族相手なら、徹底抗戦で命をかけることも辞さないと、意気込んでいた者たちもいたわけだが、彼らも龍相手に戦うよりはと避難を選択した結果、森の街とダンジョン街に加えて各地の種族村がゲートで常時接続される、変則的な街になった。
だが、そんな会話をしていたところに、新たな報告がもたらされた。
「帝国から、兵士を伴った一団が、南下してきました」
「兵士を伴った? 輜重部隊や工兵を同行した軍隊じゃないのか」
「現地の映像が送られて来ていますので、こちらの映像をご確認ください」
タブレットPCが運ばれてきて映像が再生される。スマホだと画面が小さいからな。
「・・・難民?」
森へと向かってきた一団を見れば、老人から子供まで幅広い世代が、荷物を抱えて疲れた表情で座り込んでいる。服装もそこそこ上等な物から粗末なものまで様々で、難民を取り囲んでいる兵士もまた疲れた表情をしていた。
「なんだ、この連中は。今、どの辺りに居る」
「まだ、森の手前10キロほどの場所のようです」
「帝都のケット・シーからの連絡は?」
「特にありません」
「帝都を離れて難民になる者が出るのは理解できる。しかし、それがなぜ森に向かってくるんだ? 仮にも敵対国に逃げてくるとか、あり得ないだろう」
「・・・いや、公式には敵対しとらんのでは?」
「え」
思いがけない言葉を発した、ドルトンへと視線を向ける。どういうことだ?
「帝国と魔法王国の関係は周知の事実じゃが、森の現状と帝国の関係を理解しているのは、一部の者だけではないのか? 帝都で起きた様々な異常事態の原因がわしらだということも知らんじゃろう」
・・・確かに!
「じゃあなにか、あの連中はなにも知らずにここへ、向かっているのか? 森はあの連中が住めるほど甘くないだろう」
俺の街付近はデスベアの影響で、あまり魔物がいなかったが、外周部に行けば今は亡きオーガや、狼の上位種に繁殖力旺盛なゴブリンといった魔物が徘徊する危険地帯だ。
「ブルクス伯を襲った連中は、帝都の外を知らぬようだったぞ。あてにしていた町がなくて、こっちまで来てしまったんじゃないか」
「下調べも無くか? いくら内戦中でも、計画性が無さすぎるだろ」
「まあ、その辺りはわからんが、問題は連中がそのまま真っ直ぐ向かってき場合、進路上に村があることじゃな」
「襲う可能性があるのか」
「大分疲弊していますが、彼らが自力で食料を得るのは、難しいでしょうから、餓死か村を襲うかになるでしょう」
集団の規模は数百人を越えている。おそらく村の人口よりも多いだろうな。食料を求められても村が支援できる量は限られている。となれば強奪や村の乗っ取りもあるだろうな。
「村は助けるべきか」
「情報がありませんので・・・ですが位置的に魔法王国から、出た者の子孫かと思います」
「ならば、途中に廃村を置いてみるか。北の村を複製して適当に保存食や畑を用意しておけば、しばらく留まるだろう。その間に近隣の村に接触してみようか」
「わかりました。村への交渉はお任せください」
使節団を任せてから、クシミールが若返った気がするな。
「じゃあ、俺は村を設置しにいこう」
元からある村よりも数キロ帝国よりに、廃村を設置して程ほどに整備する。長時間放置された廃村に食料があるはずないから、まだ廃村になって間がないという演出だ。井戸も同様に底を掘り下げて水脈につないでおく。汲み上げようのつるべには、滑車と手巻き式の巻き取り機をつけておく。巻き取り機は木製で歯車にストッパーをつけた簡易な物だが逆回転しないので、力の無いものでも扱えるだろう。
そして計画通り廃村に入った難民は、休息をし保存食を食べて腰を落ち着けたようだったが・・・。
「お館様、廃村から兵士が村へ向かいました」
「もう向かったのか、早すぎるぞ」
クシミールからは、まだなにも連絡がない。立ち退きが終わる前では戦闘になるかもしれない。
「いつでも出られる用意をしてくれ」
その頃クシミールはというと、村人の説得に難航していた。
「ここに帝国の難民が迫っているんです。危険ですから避難をしましょう」
「だめだ、おらたちはここを、動くわけにはいかねえだ」
「なぜです、きちんとした代替え地を用意して、生活の保証もします。我が王は決して皆さんを無下には致しません」
「おらたちは、ここがええだ。他の人が大勢居るところや、商人が通るような場所には住みたくねえだ」
「難民が来れば食料を根こそぎ奪われるかもしれないんですよ」
「食料は隠すだ。足りねえと言われて争いになったら戦うだ」
「おい、帝国兵が来る。のんびり交渉している暇はないぞ、一時身を隠すだけで、何をいやがって・・・・・・ん?」
健人の指示を受けたモーブがクシミールのもとへ来て急かすが、途中で言葉を止め村人を凝視する。
「なんと言われようとも、おらたち・・・・・・おやあ?」
村人とモーブは互いに顔を見つめて黙りこむ。
「え、あの、どうしたんです?」
クシミールを始め周囲の者が、訳がわからずオロオロと狼狽し始めたとき、モーブが動いた。
「お前、同族か?」
問いつつ村人に近寄っていく。
「やあ、どうだべな? んでも近いんじゃねえべか」
「そうか、そういうことなら安心しろ、俺は王の護衛もしている。絶対に悪いようにはせん」
「おお、それは安心だべ。それならお世話になっても良いだべか」
「かまわん。最初からそういう話だしな。ならば、急いで村中に伝えてくれ」
「わかっただ」
言って男は家を飛び出していった。
「モーブ殿、いったいどういうことです」
誰もが思っていた疑問を、クシミールがモーブに聞く。
「今の男はゴブリン混じりだ。多分、俺の前段階と人族との混血か、前段階からゆっくり人族化しているとか、そんな感じだろう」
「では、モーブ殿と同じゴブリンからの、進化個体であると?」
「そうだ。そして多分あの男は上位種で、他に外見が微妙な者が居るのだろう」
「そう言うことですか・・・しかし、よくわかりましたね」
「何となく感じるものがあった。そうビビっと来た感じだ」
この場に健人がいれば、『言葉の使い方が違う』と突っ込んだかもしれないが、残念ながらモーブが使った“ビビっと”は、宇宙世紀で頭に走る雷光のごとき表現として、定着してしまうのだが、それはまだ先の話だろう。
場に和やかな空気が流れ、これで移住問題は解決かと思われたその時。
「誰か、誰か娘を助けて」
外から聞こえた叫び声が、新たな問題を告げた。




