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74 新しい料理

分けるほどでもない6100字です

「お館様、春小麦が入荷してきました」

「お、やっと来たか」


商業担当のバラルが、南町から春小麦(春に蒔き秋収穫)が入荷したことを知らせてくれた。南町の小麦は殆どが冬蒔き小麦らしいが、極少量だけ春蒔きの小麦があるとヨルンから教えられたので、今回仕入れてみたわけだ。


「これ、冬小麦と何か違うのですか」

「うん。春小麦は冬には蒔かないし、その逆もしないそうだから、たぶん品種自体が少し違うと思うんだ。そしてヨルンの話じゃ春小麦はあまりパンに向かないので、他の小麦に混ぜて焼いたり、かゆにして食べたりしているらしいんだけど、それなら他の食べ方が出来るんじゃないかと思ってね」


今、街で食べられている食事の主食は、料理屋では米や粟、ジャガイモにパンだな、一般家庭では粟やジャガイモにタロイモ、豆類などだが、森に居た時よりは食生活が向上しているそうだ。粟については脱穀前と脱穀後で値段が大きく違ったため、貧しかった種族が自分で脱穀して食べているうちに、主食として定着したそうだ。人族は週に何度か、自分でパンを焼いて食べる者も居る。まあ焼くといっても、現代日本のパンではなく、こねて丸くしただけの所謂いわゆる丸パンで、かまどの中で少数焼くという感じだな。それも、日本人の連想するふかふかのパンとは似ても似つかない、固いパンなのだが、それでも長年育てた自作の天然酵母を絶やさないためと、ある種のごちそうであったパンを捨てられず、定期的に焼いているらしい。以前住んでいた村では、酵母を含んだパン種が共有財産になっていた程で、村の厳格な決まりと管理の元、焼かれたパンは順番製で食べられていたと言う話だ。

うちの街は、森の中にあって薪が安価で販売されているから、パン種を増やせば各家庭で独自に焼けるようになったのだろう。それは生活に余力が生まれたということであり、為政者としてはうれしい限りだ。

だが、畑を広げ主食となる食料を提供しているものの、人口が増えているためにホムセンからの食料供給量自体は増えている。南町から輸入した冬小麦の小麦粉についは、商品化で供給しているので、俺のダンジョンでも購入可能になったが、あちらは少々値段が高い。森の外と比較すれば同じ程度なのだが、現在調整して販売している値段とは開きがある。解決策は、食料自給率の向上しかないので、今後も開墾していくしかないだろう。


「先ずは小麦を鑑定・・・なるほど、思ったとおりだぞ」

「それは冬小麦と、どう違うんです」

「いいか、バラル。一見同じ小麦に見えるけど、これを粉にすると冬小麦とは大きな違いが現れる。だがそれは、質が良いとか粗悪だとかいう事じゃ無い。言ってみれば向き不向きだ、それによってパンに向くか別の料理に向くかが決まる。この春小麦は麺料理に向いている」


一部挽いてもらっていた小麦を、篩いにかけてから手で握って放すと、手の形が残ったままになっている。これは小麦粉が柔らかい軟質小麦だ。軟質小麦はたんぱく質が少ないので日本では薄力粉とされている。日本では小麦粉を強・中・簿の三段階で分けているが、これは小麦粉に含まれるたんぱく質であるグルテン量の差となる。一般的には強力粉はパンやラーメンなどに向き、中力粉や薄力粉はうどんやお好み焼きなどに向くとされている。ただ、これはあくまでも日本式の仕分けで、外国ではこの限りでは無い。例えばイタリアだが、硬質小麦を一度挽いたものがパスタなどに使われるセモリナ粉で、ナポリピッツァに使われるのは軟質小麦を挽いた精度00(00・0・1・2と等級があり、日本酒で言えば精米歩合にあたる)としている。軟質小麦なので結果として、日本の薄力粉に近くなるが、小麦の品種によっては違うので、必ずしも薄力粉ではない。


粉に塩水を加えながら練る。小さな塊が出来始めたら、周囲の粉を巻き込み出来るだけ早く、大きな塊になるように、一つにまとめながら練って行く。これは小麦に含まれるグルテンの作用によって粉同士が、鎖が絡むように絡み合って密着し、うどん特有のコシを生むためだ。小さな塊のままだと、その絡みつきが小さいままになってしまい、一つの塊にまとめても、その実、小さな団子がくっついただけになってしまう。こうなると延ばして麺にしても、途中で切れてしまう。

よく似た麺として蕎麦があるが、そばの捏ね方は真逆だ。蕎麦にはグルテンが無いため、粉を強固にまとめる力が無い。蕎麦を捏ねる時は蕎麦粉に、均一に水が行き渡るようにしてから捏ねると良い。


「と言う感じで、こうやって練ってから、少し寝かせるんだ」

「いや、分かりますけど、念話で説明をしないでください。漏れ聞こえてくると、聞いていて良い話なのかどうかと、悩みますし途中で説明と気がついても、それまで聞き流していたので凄くあせりました。正直“わかった?”みたいな顔を向けられても困ります」


むう。ままならないものだな。


「そうですね、ですが出来れば言葉でお願いします」


麺を茹でて商品化したのでこれからは、いつでも食べられるが、今日はどうやって食べようかな。


「打ってみたは良いけどどうやって食べるかな」

「どうやってとは?」

「料理法で色々食べ方がな・・・そうだ、焼肉店に行ってみよう」


焼肉屋に入り、店主に肉と野菜を出してもらい、鉄板で炒めていく。うどんを加えて醤油、酒、水、フリーズドライのお吸い物で作った、調味液を加えて焼き上げる。おお、醤油のこげる匂いが中々いいな。


「出来た。これは焼きうどんだ」


出来上がった焼きうどんを、味見する。うん、悪くない。焼きうどんを小皿に取り分け、店主に話して、店主と他の客にも味見してもらう。分けると、ほんの一口程度になるので、営業の妨げにはならないだろう。評判がよければ、店のメニューに出来るし。


「ほう、これは中々うまいですね、お店で売っているカップラーメンに似た料理でしょうか」

「出汁の代わりに、お吸い物を使ったけど、味もまあ悪くないよな」

「これから寒くなるので、暖かい料理はいいですね」

「いや、このうどんの真価は、冬は他の具材と共に熱々のスープに浸した状態で、夏はきりりと冷やした状態でと、季節に応じてアレンジできるのだよ」

「おお、それは良いですね」

「焼きうどんは、鉄板のあるこの店の方が良いが、どんぶりやざるで提供する、うどん屋が他にあっても良いな」

「それは美味しそうですね、今度は私もご一緒できますか」


後ろからレオノールの声がかかる。だが、問題は無い。俺はちゃんと学習している。


「そろそろ、来るかと思って、取り分けておいたよ。ほら、熱々だから気をつけなよ」

「あら、ありがとうございます。何故来るのが分かったのですか」


ふ、愚問だな。それはもちろん。


「最近は、俺が何か変わったことを始めれば、だいたいレオノールかモーブ、黒足のところに連絡が行くようになっているだろ、とは言え今回は俺一人じゃないから、そのうち様子見に来るぐらいかなって思ってな」

「・・・正解です。分かっていたと得意げなところが少し癪ですが、取り置いて下さったなら、許してあげます」

「この麺、うどんですか、随分白いんですね」


白いといっても、醤油で茶色くなっているが、元の粉を推測してのことだろうか。


「わかるのか」

「はい、この切れたところは白いですね」

「南町から届いた粉は、ふすまが混ざっていたから、篩いにかけて取り除いた。でも、ふすまが混じっているほうが、食感は悪いけど栄養があるんだよ」


ふすま以外に小さなゴミも混じっていたけど、これは粉に引く前に送風機か何かで飛ばすか荒いふるいにかけるしかないかな。


「俺はこれ食べたら、次の料理の準備をするけど、バラルはどうする?」

「次もこの小麦を使った料理ですか」

「そうだよ、パンに近い食べ物になる予定」

「パン?それはパン屋に聞かせて良い話ですか」

「いいよ、料理屋で出すにはちょっと改修が必要だけど、パン屋ならそのまま焼けるし、協力してもらえれば、俺もありがたいよ」

「では、パン屋にも声をかけてみます」

「分かった、俺は具を買ってからパン屋に行く。よし、行こうレオノール」


俺たちは席を立ち、店を出て商店街へと向う。


「何故か、後ろに人がゾロゾロ付いてきている気がするんだけど、どう思う」

「ええ、さっきのお店のお客さんが後ろに居ますよ」

「分かるのか」

「はい、焼肉と醤油の匂いがします」


なるほど、それは確かにさっきの店の客だな。

途中何件かの店に立ち寄り、具を購入してパン屋に向う。


「さっきより、増えたんじゃないか」

「増えました。八百屋に居た買い物客の、臭いが付いてきてます」

「持ってるか?」

「はい、同じ物を買われたようですね」


・・・これは困ったな。試食目的に後をつけようが、ただの野次馬だろうが、俺たちの具や材料には限りがあるから『分け前は無いから散れ』と言えばすむ話だと思っていた。だが、どうやら後ろの追跡者たちは、俺たちが立ち寄った店で買ったものと、同じ物を買っていたらしい。レシピを覚えて自作するつもりなのだろう。隠す気は無いが、小麦粉がなあ・・・買った材料が無駄になったらかわいそうだよな・・・。


「まあ、出来ないことも無いだろうし、何とかなるかな。最悪ホームベーカリーの食パン用のミックス付属のドライイーストだけ売ればいいか」


「公王様、これは一体・・・」

「聞かないでくれ、俺たちにもわからない」


後ろにゾロゾロと、20人以上引き連れて、パン屋へとやってきた。バラルは何事かと警戒しているようだが、後ろに居るには、野次馬兼料理教室の生徒(勝手になった)なので、許してやって欲しい。


パン屋の店主と交渉し、使っている酵母の説明を受ける。店主はこの世界で自生している葡萄を採取し、干し葡萄を作って利用していたらしい。酵母の作成については人族の間で多少なりとも広まっているので、店主が使う材料と製法を秘匿する事を条件に教えてもらった。教えてもらうばかりでは店主が泣きそうだったので、代わりに地球のパン情報とドライイーストを提供する約束をした。当初はこれから作る物のレシピで十分だと思っていたが、製造過程がほぼ公開になるので、とても対価にはなりそうに無かった。


「じゃあ、先ずは湯むきしたトマトつぶして、にんにくと塩を加えて焦がさないように水分を飛ばす。これがソースになる。次に、パンと同じように作った生地を平たく伸ばしていく。今までの小麦粉だと厚い生地になって、今日使う小麦粉はやや薄い生地になるからな。広げたらホークでツンツン満遍なく生地を突いておく。突いておかないと膨らんでしまうからだな。この生地の上に先程のソースを塗り広げ、羊チーズを細かくしたもの、トマトの刻んだ物、バジルの葉をのせ、これを石釜に入れて焼く。生地が薄いので、数分だな。焼きむらがあるようなら適度に回転させると良い。表面のチーズに軽く焦げ目が入るころには食べ頃だ」


この世界のパン用のかまどは、地球の中世の物とほぼ同じだ。現代でいえばピザ屋にあるような石釜の大きなものと思ってもらえればいいだろう。つまりパン屋で当たり前にピザが焼ける。

今回は材料の少ないマルゲリータを作りたかったが、モッツァレラチーズが無いので、羊チーズで代用だ。かなりチーズが濃いけど仕方が無い。


「焼けました。こちらがお持ちいただいた生地で焼いた物、こちらは当店の生地になります」

「大きな違いは無いな」

「生地の厚みと若干の風味の差がありますが、どちらも美味しいですね」


レオノールは気に入ったようだな。


「店主、持ち込んだ材料で焼けるだけ焼いてくれ。それと今朝焼いたパンはまだ残っているか?」

「ええ、何個かありますが」

「じゃあ、それを買い取るから持ってきてくれ」


渡されたパンをスライスして、ソースとチーズ、バジルを載せて軽く焼いてもらう。


「家で作るならこんな感じでパンを使うと、生地から作らなくて済むぞ。店主が、具材無しの生地だけを素焼きして売っても良いけどな」


言いながらピザパンを近くに居た子供に渡してやる。小麦パンの割りに重めなパンだけど、トマトソースとチーズが乗っていれば、食べやすいだろう。後で店主に食パンの作り方も教えてやるかな。この店でパンを売って各家庭でアレンジすれば、この店も利益が出るし各家庭独自の工夫も生まれていいだろう。


「お館様、この石釜は簡単に作れるのですか」

「うん。土魔法でも作れるだろうけど、ホームセンターの商品に耐火煉瓦があるから、これを重ねてモルタルでつないでいけば、誰にでも作れるよ。家庭で使うなら小さくてすむから材料代も安く済むだろうね。作りたいなら後で説明するよ」


見物人に試食を振舞って解散した後、パン屋に別のレシピを教える。


「最初は、カルツォーネといってさっきの材料を使ったパンだ。生地に具を乗せた後に二つ折りして確り閉じた後、両面焼き上げる。具が見えないから、焼き加減は練習してもらうしかないが、このパンなら中身がこぼれることも無く食べられるだろ、店の前に椅子を置いておけば、客がその場で食べて宣伝にもなる。同じ半月型の物を油で揚げれば、パンツェロッティという揚げパンになる」


とりあえず、先程の残りでパンを焼かせてみる。


「売るときは、紙で軽く包んでやるといい。そのまま手に持って、がぶっとやると・・・火傷に注意しろよ、だがチーズが溶けてアッツ熱でうまいぞ。中の具材を工夫すれば様々な味が作れる。ハムや季節の野菜やジャガイモなんてのもいいな」

「パンというと、食堂で食べるか買って帰って家で食べるかでした。どうしても飲み物が必要でしたからね。しかし、これなら串焼きのように手軽に食べられるし、具が入っているのでパンと料理を同時に食べられる。その上、先程のピザと違ってテーブルも皿も必要ないですから、これは売りやすいです」

「そうか、それは良かった。後二つ別のパンを教えるよ、一つはバターロール。パンにバターの風味を加えて焼き上げるんだ」


最初はクロワッサンを考えたけど、シート状に薄く延ばしたバターの管理が難しいので、もっと簡単なバターロールにしてみた。パン生地に何かを混ぜるというパンもないようなので、クルミやドライフルーツを混ぜて焼く事も後で教えるかな。


「もう一つは、パンを型に入れて焼くものなんで、後で型を鍛治職人に作らせて持ってくるよ」


数日後、売り出された、カルツォーネ、バターロール、食パンは従来の丸パンのイメージしかなかったパンの常識を変えたということもあって、好評のようだ。ただ、売れすぎて生産が追いつかないため、急遽石釜の増設と店員の募集が必要になってしまったが、ヨルンが南町から連れて来た、孤児たちの希望者に住み込み店員として入ってもらった。俺としては、小中学生ほどの子供を働かせるのは気が引けたが、無償で養うより将来の仕事として今から覚えさせる方が、本人たちにとっても良いのだというので、許可をした。


そうか、森の外を探せば、いくらでも人手が見つかるかもしれないんだな。


次回29日です

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