65 閑話 とある安酒場の冒険者たち
長いです。
1万字あります。
「酒と、豆煮込みをくれ」
言ってキールはくたびれた椅子を引きドカッと腰を下ろす。
魔の森に接した町、通称南町の裏道にある大衆酒場、アックス亭。冒険者や職人と言った労働者階級を相手に、少し背は低いががっしりした体格の親父が一人で商売している店で、キールにとっては毎日のように通う馴染みの店だ。アックス亭は元冒険者の店主が開いた店だけに、安くそれでいて腹にたまる料理が売りの店として冒険者仲間には知られている。まあ酒は最低級といっても良い安酒ではあるが、それでもおかしな混ぜ物をしない辺り、安いが良心的な店として、キールたち中級下位冒険者にとっては安心して飲める憩いの場所だ。
「なんだ、キール。随分荒れてるじゃないか」
不意にキールに声がかけられる。共にこの安酒の常連であり、キールの幼馴染である、ウスカだ。ウスカとの付き合いは10年以上前からになるだろうか、共にこの町で暮らす冒険者であり、何度か命を助けあった間だ。
「荒れてるじゃねえか、じゃねえよ、依頼を受けた臨時PTに持ち逃げされたんだ、くっそ、お前が居ればこんなこと無かったのによ」
「マジか、そいつは災難だったな。俺もちいと知り合いからのはずせない依頼があったんでな、今回はすまなかったな」
「うん、まあ、俺の見る目が無かったんだろうけど今回はちと、凹んだぜ。なんせあいつら俺の装備までかっぱらいやがったんだ」
「そりゃひでえな、どこのやつだ」
「わかんねえ。最近流れてきたと言ってたが、所詮は糞みたいなやつらだよ、まあ俺も大差ないけどな」
「そりゃ違いないな」
言って二人は笑いあう。
キールとウスカは共に20を少し回った年頃だが、本人たちも正確な年齢を知らない。何故ならら、二人は共にスラムの出身で、物心ついたころから親は無く己の才覚といくつかの幸運だけで生きてきた。親の居ない二人は幼い頃に浮浪児の集団に、囲われ養われ育ったが、それが第一の幸運だった。
通常、浮浪児の集団はスリや置き引きなど犯罪行為を行いながら生きる糧を得ることが多いが、二人を保護した集団は少々毛色が違っていた。
集団のリーダーは元大工の見習いという多少なりとも技術を持った少年だった。そんな彼はいくつかの偶然で浮浪児たちのリーダーとなり、街の雑用を請け負って日々の糧を得ていた。
リーダーの少年が、そうした雑用で糧を得るなら、彼に付き従う者たちも自然とそれに習うことになる。一人前の職人の技術には及ばないが、低額で些細な修繕や片付け物などを請け負う少年たちの集団は、それなりに重宝された。
時折、大工の棟梁などから少年に声がかかることもあったが、彼は自分ではなく年長の舎弟を職につかせ、それが更に信頼を生んだ。
キールとウスカはそんな少年グループの中で育ち、親のない浮浪児としては極めて異例ではあったが、一切の犯罪行為をすることなく、育った。
だが、そんな彼らの兄貴分であるリーダーが、流行り病で倒れてからは状況が変わった。日々の糧を得るのもままならず、職人の弟子となった兄貴分の支援はあったものの、それでも彼らのグループが裏社会へ落ちるのも時間の問題と思われていた。
しかし、それは杞憂に終わった。
彼らは、とある冒険者グループに出会い、彼らのポーター(荷物持ち)を経ていっぱしの冒険者となり、今日を生きている。
ゆえに、キールやウスカは冒険者となった今、冒険者仲間を騙す者達が嫌いだった。
カランカランカラン
ドアベルが軽やかな音色を立て、数人の客が店に入ってくる。
店の酔客たちはベルの音を聞き、反射的に視線を向け、皆一様に眉を寄せた。
入ってきた客は皆男。こんな裏道の安酒場なら当たり前のことだが、しかし安酒場に来る客としては男たちの身なりは整っていた。それは決して貴族や大商人の着飾った服装では無いが、さりとて自分たちと同じ貧乏人には見えない。この場の冒険者とは天と地ほどの差があるのではないかとさえ思えた。
鎧は皮ベースに金属補強でそこそこ使い込まれた感があるが、その質感の違いは使い込まれて尚、そこらの粗悪品とは比べようも無い質感を感じさせ、また彼らが羽織る外套も極めて上質ものに見える。
キールはちらりと入ってきた大男に視線をやるが、特に気にすることも無く、ウスカとの談笑に戻る。
多少嫌なことがあっても、腹いっぱい食べ酒を飲み友と語らえば、忘れられる。そんな気持ちのリセットをしている最中に、見知らぬ場違いな大男がなじみの店に入ってきたからと言って、興味は無かった。むしろ見なかったふりをしたのだ。・・・・・が、その男から聞こえた声にキールとそしてウスカは目を見張ることになる。
「よう、キールにウスカ、久しぶりだな」
見知らぬ大男からかつて聞いた恩人の声が聞こえた。
「よ、ヨルンさん?」
声の主は正しくは大男の後ろにいた。
「二人とも元気そうで何よりだな」
ヨルンは勝手に椅子を引きキールたちのテーブルに腰をかける。遅れて、大男と同じくヒゲもじゃのがっしりした男が近くの椅子を持って席に座る。二人用のテーブルに無理やり5人座ったような感じだが、店主は特に何を言うわけでもなく、只注文を聞いてくる。
「ナッツの盛り合わせとワインを三人分」
ヨルンは料理ではなく、酒とつまみを注文する。この店のメニューの中では味はマシな方だろう。だが、そのオーダーなどよりも、キールには気になることがあった。ヨルンは自分たちを含め兄貴分たちもポーターとして雇ってくれた恩人であり、キールが知る冒険者としては数少ない成功者で、無事に引退したはずの人物なのだ。
「急にどうされたんですか?まさかまた冒険者になったわけじゃないですよね」
「嫁さんに捨てられたんですか?それならいくらでもおごりますよ」
二人はヨルンの結婚による冒険者引退を、心底祝福していた。そのヨルンが冒険者のいでたちでこの安酒場にいる。彼らにとっては、嫌な想像を掻き立るには十分だ。
ヨルンはエルフ女性と結婚した。エルフは森の中の隠里に住み、ヨルンがエルフの隠里に移住したことを二人は知っていた。噂では時折ケット・シーの町に出入りしているとは聞いていたが、隠里の秘密を守るためにも、おそらく生涯ヨルンとの再会は無いと思っていた。
「ばっか、俺は、子供が二人できて、今も嫁とはラブラブだよ。三人目だって考えてるんだぞ」
「うわーリア充はぜろ」
「美人の嫁とかもったいないわ、もげちまえ」
「おう良い度胸だ、俺の剣のさびになるか」
軽口を言ってはいたが、二人は心底安堵していた。
目の前の恩人は、何か不幸に見舞われたわけでもなく、今も幸せに暮らしている。
今何故ここにいるのかという疑問は残るが、それでもヨルンの様子には悲壮感など微塵も感じらない。何か里の使いとして町に来たついでに顔を出してくれたのだろうか?
「積もる話の前に、連れを紹介しておく、こっちの大男がモーブで、こっちの小さいのがドワーフの・・・」
「ガルフじゃ」
「そうガルフだ」
「「・・・・」」
「えっと、お二人はヨルンさんのパーティー仲間ではないのですか」
まるで仲間の名前を今知ったか、思い出したかのようなヨルンの反応に、違和感を覚えたキールは思い切って尋ねた。
「いや仲間ではあるが、冒険者の仲間じゃないな。どっちかと言えばモーブは同僚で、ガルフは応援・・・臨時の仲間みたいなもので、組むのは今回が初めてだ」
「「同僚?」」
「細かい話はここではちょっと出来ないんだけど、変な話じゃ・・・変と言えば変な話なんだが、官憲に如何こうされる類じゃないから安心しろ」
「いや、いや、兄貴、心配しかないですよ。変なことしてないですよね」
「そうですよ、一体何をやってるんですか、嫁さんや子供が居るんでしょうに」
「いや、嫁や子供に胸を張れる仕事をしているぞ。今朝もちゃんと見送ってもらったし」
「今朝?今朝って何ですか」
「もう兄貴が何を言ってるのか、分けがわかんないですよ」
リールとウスカは混乱するばかりだった。彼らははっきりと場所を知っているわけでは無いがエルフの村は森の奥、何十キロも歩いた先にあり、そこはこの町とは容易に行き来できる場所ではないはずだ。それにエルフであるヨルンの嫁が人里に出てくるはずも無い。だが、ヨルンは今朝家族に見送られてきたと言う、一体何を言っているのかと混乱する二人に、新たな爆弾が投下された。
「ヨルンよ、面倒だから、猫の詰め所に行って話さぬか」
「「ね・・・」」
猫の詰め所、それはケット・シーの兵がつめる場所であるが、彼らに対し猫などと言える存在を彼らは知らない。確かに外見は猫のそれであるが、人語を解し、人より長寿で人より遥かに高度な魔法を操る猫と似て非なる者、それがケット・シーだ。二人の感覚としてはケット・シーの機嫌を損ねれば、自分たちなどまず命が無い。
「そうあせらなくても良いじゃないですか」
「しかし、その方が手っ取り早く話しが進むだろう」
「同感じゃ、豆や種ばかりではかえって腹が空くし、酒もあまりうまくない」
ドワーフがモーブと言う男に同意を示し、小声で酒がまずいと付け足した。
「わかった、今日は二人に相談があって来たんだ、悪い話じゃないからちょっと付き合ってくれ」
すっかり日の落ちた街の中を、5人が歩く。
結局キールとウスカはヨルンの話を聞くことにした。それは行き先がケット・シーの詰め所という、治安維持にかかわる場所であることと、ヨルンへの信頼が二人を支えていた。
やがて、ケット・シーの詰め所が見えてくる。どうやら行き先に間違いは無いようだとほっとしながらも、これからどうなるのかと考える。難しい事は分からないが、ケット・シーの国はこの町に大きな影響力を持っている。詰め所とは言え気安く尋ねられる場所ではないし、相手は兵士だ、対応を間違えばその場で捕まることもありえる。いざと言う時は逃げられるように彼らは三人の後ろを静かに歩いた。
「ご苦労さん。部屋を借りるよ」
「にゃ、どうぞお通り下さいにゃ」
「「え?」」
「どうした、行くぞ」
驚きで立ち止まる二人に声をかけた後、ヨルンたちはさっさと建物へと入ってしまう。ケット・シーの兵士に視線を送れば敬礼をされ、詰め所に入るよう促された。
「腹が減ったぞ、先ずは飯と酒じゃ」
ドワーフはいそいそと腰から袋を取り外し、中身を取り出す。出てきたものは見たことも無い、奇妙な容器だった。
「ぼうっとしていないで、お前たちも座れ。うまい飯と酒を飲ませてやる」
そしてヨルンもまた自分の袋から次々に取り出す。そのひとつにキールは見覚えがあった。
「ウイスキー!?」
それはつい最近キールが依頼を請けた仕事相手、依頼人の金持ち商人が持っていた高級酒だった。
依頼人の商人はその酒を売りに行くために、次の町までの護衛を雇ったのだと良い、自分の命の次にその酒を守れと護衛たちに厳命していた。その優先度は御者や商人の使用人よりも優先するとされ、『使用人と酒なら酒を守れ。酒とわし(商人)なら、お前が死んでも両方守れ』と言い、もし割れたら、損害は護衛が奴隷落ちして償えと言われたほどだ。幸い何事も無く次の町につけたが、安い料金で受けるにはリスクが高すぎると、早々に護衛契約を終了し南町へ戻った。
帰る途中、同道した冒険者の『依頼に協力したら分け前を払う』という言葉に騙され、依頼を手伝い野営中に荷物を持ち逃げされたという最悪の思い出がある酒だ。
「お、知ってんのか。飲んでみろ、美味いぞ」
「ヨルンさん、あんた何やってるんだよ、そんな酒俺たち冒険者が、手を出せる代物じゃないだろ!」
ウスカが椅子を蹴倒し立ち上がって叫ぶ。
キールも同感だ、そんな酒それこそ商人を襲って奪いでもしなければ手に入れられるはずが無い。
「いや、普通に稼いだ賃金から買えるぞ。まあ今回は必要経費として、費用は全額負担してもらってるから俺はかね出してないけどな」
詰め寄るウスカの叫びなど気にも留めず、まるで近所で買ったパンを説明するかのような気軽で、ヨルンはこたえる。
プシュ ゴクゴクゴク
「ふう、俺はやはりビールが一番だな。この喉越しがたまらん」
奇妙な音の後、大男が円筒形の金属に口をつけ、何かを飲んでいる。先程の話からすれば、それも酒なのだろうが、見たことも無い容器だ。
「わしもビールじゃな、鶏肉のから揚げとの相性は最高じゃ」
ドワーフが取り出した奇妙な容器には、茶色い塊がぎっしりつまっていた。彼が言う通りなら鶏肉なのだろうが、キールたちはとっては、見たことも聞いた事も無い料理だった。
「ほれ、お前たちも食え、そして飲め」
ドワーフが鶏肉とビールと言う酒を二人に突き出す。しかし、金属製らしき円筒形の容器はどこにも穴が無く蓋もついていない。
「蓋あけてやらないと、飲めないんじゃないか」
どうやって飲めば良いのかと戸惑うキールに大男から救いの声がかかった。
「お、すまんな、ほれこれで飲めるじゃろ。最初は少しだけにせんと咽るから気をつけるんじゃ」
キールは恐る恐る未知の酒に手を伸ばす。
冷たい。まるで氷のような冷たさだ。
しかし、男たちが魔法を使った様子は無かった。
ならば事前に冷やしていたのか?いや、それもおかしい。ありえないと言い切れるだろう。
魔法の袋はただ容積を増やす袋でも高額だが、中身の時間を停止する袋となれば、更に数倍の値段になる。だが、本当に驚くべきは値段では無い。その希少性こそが、この場にあるはず無いと言い切れる理由だ。
魔法の袋は500年も前に滅びた魔法王国が僅かに残したものだが、時間停止の袋は更に昔、古代魔法王国期に作られたものだと言われている。どれ程金を積もうとも、品物が無ければ買うことなど出来はしない。だが、目の前の男たちはそれを持っている。しかも三人全員が。
これはもう商隊を襲って如何こうと言う次元の話では無い。どこの国においても国宝級の品であり、帝国の貴族や王族に連なるものでさえ、気楽に腰に下げて持ち歩くなど、ありえない次元の話だ。
自分は幻覚を見ているのだろうか・・・いや、これが現実ならば、もう一つだけ考えられる可能性がある。ごくり、とつばを飲んでから、キールは静かに口を開いた。
「・・・・その魔法の袋・・・古代遺跡を見つけたんですか?」
その言葉をキールは恐る恐る口にする。
国宝級の魔道具は普通出回ってはいないが、ある場所には複数或いは多数あるのかもしれない。それは、古代遺跡。未発掘の古代遺跡なら、残っていたのかもしれない。そしてそれを手に入れ、一部をケット・シー王国へと献上すれば、彼らの庇護を受け、こうして施設を借りる事もできるだろう。たかが冒険者が富を得たところで、何の後ろ盾も無ければあっという間に裏社会や権力者に目を付けられ財産も命も奪われるだろう。
そして、逆に己の身を守るために、発掘の事を知った者を、口封じしようとすることすらありえる。
「いや、違う。古代遺跡を見つけたのは確かだが、この袋は無関係だ。なんせこの袋は最近作られたものだからな」
「・・・・・・」
意味が分からなかった。言葉の意味は分かるが、ヨルンが何を言っているのか分からない。或いはその逆か。とにかく返す言葉も出なかった。
既に滅びた古代の技術はもちろん、500年前の魔法の袋さえ、再現できた者は居ないのだ。
「そろそろ、本題に入ろう。俺は今とある国に仕えている。こちらのモーブ様は、公式には俺よりも上役になる。そうだな、仕える方の直ぐ脇に立てる者と、数歩離れて仕えるものくらいの差かな」
「お前も十分近しくなったと思うぞ」
「わしは、部下の部下。二人とは違って下っ端じゃ」
「今日会いに来たのは、うちの国が新規事業として行う仕事を、手伝ってもらいたくて、会いに来たんだ。もちろん報酬はきちんと払うし舎弟たちがいるなら、そいつらの職も斡旋しよう」
「・・・し、仕事の内容・・・いやどこの国か、聞いてもいいですか」
キールは混乱しながらも、搾り出すように言葉を発した。今の話が本当なら、しばらくぶりに会った目の前の恩人は、とんでもなく出世していた。おそらく話に嘘は無いだろう。ここまで手の込んだ嘘で自分たちを騙しても、それでいったいどんな特があるのかと考えれば、子供でも分かることだ。しかし、同時に国家間で行われる調略の類で自分たちが利用されようとしているかもしれない。
「さっきも言ったが、古代遺跡を発見したが、問題はそれじゃない。遺跡の下には何の偶然か、ダンジョンが発生していた。そして、森にある俺たちの国は、このダンジョンの資源を集めるために冒険者を募集することにした。ここまではいいか?」
「「はい」」
あっさりと、目的と国の情報が告げられた。“森の国”ならばエルフもそれにかかわり、ケット・シーも無関係では無いだろう。そして、ダンジョン。ダンジョン探索の人手として冒険者を募るというのは、理解できる。そのために協力を求められているなら、現地を確認できるだろうから、変な調略に利用されていれば、わかるはずだ。
「よし、続けるぞ、ダンジョンはいくつかの階層に別れ、中には危険な魔物も跋扈しているが、俺たちはそのダンジョンに入り、多くの魔物と戦って攻略方法も確認している。より良い状態で倒して良質の素材を手に入れるためにも、その攻略方法を提示するつもりだ。集めた素材は国が適正な価格で買い取る。余程品質の劣化が無い限り、事前に提示した価格で必ず買い取る。買い叩くようなまねはしない」
「これを見てくれ、これはうちの鍛治職人が作った、劣化版ミスリルソードだ。本物のミスリルに比べれば質は劣るが、この剣ならば普通の鉄剣の2~3倍の値段で販売できる。この剣もダンジョン探索者向けに販売する」
キールはテーブルに置かれた剣を凝視する。劣化と言うが、ミスリルといえばドワーフなど多くの魔力を持つ妖精種で無ければ打てないと言う剣だ、当然キールは本物を見たことが無いし、ウスカも同じだろう。
「先ずは俺たちとダンジョンにもぐり、ダンジョンに慣れてくれ。そして俺たちの国がダンジョンを管理し、ダンジョン探索者向けに良質で低価格な装備を販売していること、多少の危険はあるが慎重に行動していれば、稼げる事などを広めて欲しいんだ、いわば宣伝担当だな」
「何故、この話を俺たちに?」
ウスカがヨルンに問う。
「俺は昔、お前らをポーターとして雇っていたが、お前たちの事はその前から知って居たんだよ。お前ら、ドブさらいや糞尿の処理なんかもやっていたろ?あれな、冒険者仲間では安いしきついし、受け手が無い仕事だったんだよ。とはいっても、他の仕事は請けても汚い臭い安い仕事はしませんじゃ、依頼してくる町や商人が良い顔をしない。だから、仲間内で順番を決めて交代でやっていたんだが、お前たちがやってくれるようになった。もちろん生活のためなのは知っているが、俺たちは感謝していたし、他の盗みやスリをしている連中と違って、お前らの仲間は真っ直ぐだったから街の者に働きかけ出来るだけ協力するようにしていたんだ。住処にしていた倉庫なんかも、自分たちで修繕していたろ、あの倉庫は取り壊される予定だったが、商店街が買い取って、そのまま黙認していたんだ。だからお前たちの事はよく知っていたし、今もお前らの舎弟たちだけは裏社会と無縁に、必死に働いている。そんなお前たちなら信頼できるから頼みたいんだ」
気がつけば、キールは泣いていた。目の前の恩人の言葉に、そして何も言わず自分たちを助け見守っていてくれていた街の人々の優しさに。
「キールとウスカには、早く慣れてもらわなきゃいけないから、この剣をやるよ。ロングソードだ」
「意外と重いですね」
「細身の鉄剣に朧ミスリルをかぶせてある。朧ミスリルってのは考案者の、うちの王様が付けた名前だ。刃の側面にしばらく手を当ててから、こっちの鉄剣に振り下ろしてみろ」
キールは言われた通りにした後、横向きにした鉄剣に朧ミスリル剣を振り下ろそうとする。
「何で横向きなんだ」
「え、刃に当てて新しい剣が欠けたらいやじゃないですか、それにこの鉄剣だって凄く良い物ですよ」
「・・・そうか、そういう考え方もあるか、まあやってみるんだな」
「じゃあいきますよ」
剣を振り上げ。
「振り切らずに止めろよ」
「あ、はい」
かけられた声に、慌てて止めるが既に剣は腰下まで振り下ろされていた。
切った感触は殆ど無かった。しかし鉄剣はすっぱり切れて半分の長さになっていた。その切り口は滑らかで、歪みすらない。金属劣化で折れたわけでは無いと一目で分かる。
「な、なな、なんですかこの剣は」
キールはたまらず叫んだ。切った自覚すらないのに鉄剣が切れていた。2か月分の生活費を投じて買った、自身の青銅の剣よりもずっと丈夫な鉄剣がだ。
「へえ、お前案外魔力あるな、ミスリルは魔力を吸って切れ味を増す剣だ、さっき刃に手を当てさせたのは、魔力を通すためだ」
ギン
「う、ちょっと手にきた」
「ウスカはキール程じゃねえな、でも初めてで切れるなら上出来だ。柄の部分からも魔力は流れるし、触ってりゃ蓄積されるからそんなに問題ないと思うが、連戦になると魔力不足になるから注意しろ。途中で魔力が足りなくなるようなら、魔力の注ぎ方を工夫しろ。いつでも全力の必要は無いからな」
それから一月後、全ての装備品を高品質に買い換えた二人の姿が、アックス亭にあった。馴染みの客たちは二人の様子に驚きなにがあったのかと詰め寄る。
そして二人は言う。
「ダンジョンで稼いで来た。ちゃんと指示を聞いてくれるなら、案内するぜ。だが、手ごわい魔物が多く居るダンジョンで勝手をされると俺たちも危険だ。指示に従えないやつは、案内できない。もちろん俺たち抜きでも行けるが、無謀と馬鹿をした対価は自分の命だぜ」
翌日、キールとウスカは馴染みの冒険者を三人連れ、ケット・シーの詰め所前にいた。周囲にはキールとウスカの話を聞いた冒険者が、野次馬となって集まっているが、他に同行するものは居ないようだ。
「2層探索者、キールとウスカだ、こっちは今回同行する新人三名だ」
「了解にゃ、キールとウスカの証明書を確認したにゃ。残りの三人は仮の許可証を渡すから、探索を終えたら向こうの担当者に渡すにゃ。では良い探索を祈っているにゃ、ゲートオープン」
ケット・シーの兵士の声と共に黒い穴が目の前の空間に開き、キールが入っていく。
「え?消えた!」
「おい、何だアレ」
「三人とも行くぞ」
ウスカは、周囲の声をまるっと無視して、三人に声をかけキールを追う。
他の三人もあわてて後を追い消える。
そして黒い穴が消えると、5人の姿はどこにも無かった。
「お、俺たちもダンジョンとやらにいけるのか」
野次馬の一人が、たまらずケット・シーに問う。
キールとウスカは明らかに上質の装備品を身につけていたが、あの二人の腕は自分とそう変わりない。二人が稼げるなら自分も稼げるはずだと男は思ったのだ。
しかし、ケット・シーの答えは。
「話にならないにゃ。二人は危険な場所だと言ったはずにゃ。何も知らない素人が引率抜きで行ったら、2時間後には死体にゃ。一人でこれを倒せるなら、行っても良いにゃけど、賭けの対価は命にゃよ」
ドサ
「「「「うわあああ」」」」
にべもなかった。そして魔法の袋から取り出されたものを見て、野次馬が一斉に引く。それはあの全長5mを超える百足だった。
「これは自分が狩った百足にゃ、これは硬かったにゃよ。鉄の剣は表面に疵を作るのがやっとにゃ、この口から剣を刺してやっと倒したにゃ」
これは嘘だった。無理に鉄剣で戦わなくとも魔法で倒せるし、ミスリルもあるので分断すらできるのだが、それでは恐ろしさが伝わらないので、わざと苦労したと言う話にしている。
「さっきの二人は、これを5分以内に倒せるにゃ。だから引率者の資格を与えられてるにゃ」
実際は朧ミスリルで2分足らずだ。それ以上かかるようなら怪我をする羽目になる。
「引率者資格?」
「ダンジョンを管理する国が定めた資格にゃ。資格者一人につき二人まで見習いの同行を許すにゃ。探索資格者は一人で見習い一人を同行させられるにゃ」
思った以上に確りした資格だった。しかもどこかの国が管理しているとなれば、文句を言っても捕まるだけだ。
「探索者が増えれば同行できる者も増えるにゃ。少しくらい遅くなったからといって、大きな影響は無いにゃ。いくらでも稼げる場所にゃよ」
いくらでも稼げる。それはつまり、狩りつくせないほど魔物が居るということだ。
三日後、5人は誰一人かけることなく帰ってきた。
早速酒場で5人は質問攻めにあったが、主な説明は初めてダンジョンに行った三人が行った。
最初は遺跡の中に出たこと。
遺跡の中には人によく似ているが、額に角の生えた種族がいて、ゲートの管理と食料や装備品、道具や薬の販売と宿の営業をしていたこと。
売られている武器は少し高いが、品質は今まで見たことが無いものだったこと。
遺跡はゴブリンやネズミの魔物がでるが、そこはダンジョンの入り口で、本当の戦いは遺跡の下の洞窟から始まること。
百足が恐ろしかったこと。
ダンジョンで言葉の通じない冒険者に襲われたこと
襲ってきた冒険者倒したら煙のように消え魔石を手に入れたこと
何度倒しても、同じ姿の冒険者が襲ってくること
魔石が良い値段で売れたこと
そして、更に地下二層もあるが、そこはまだ自分たちには許可が下りなかったこと
三人は興奮しながらも説明を続け、店に集まった冒険者は熱心に聴いていた。
最後にキールが口を開く。
自分たちを指導した引率者はダンジョンを管理する国から派遣された者たちだ、地下二層はまだ調査中で解放する準備が出来ていないが、実力者は調査隊に入る事もできるだろうが、何れ開放されるだろうからあせることは無い。今開放しないのは、ダンジョンの独占を考える権力者や他国に干渉させないためと、危険度調査のためだ。国は冒険者に死なれて素材が集まらないと困るから、無謀なものを望まない。それに、きちんと報酬をくれるから無理をする必要も無い。
そして最も大事なことは、ダンジョン内に居る他の冒険者や他種族に差別的な行為をすると、二度とダンジョンに入れなくなる魔法が自動でかかる。これは古代の魔道具に仕込まれた機能で、国側にはどうにも出来ないから、注意しろといっていたな。
やがて、冒険者たちは徐々にダンジョンへと入って行き、その活動を広げていった。
時に噂を聞きつけた、貴族が私兵を送り込んでくることがあったが、地下で横柄な態度をした瞬間、彼らはダンジョンから消えて居なくなり、南町に居たという。当然貴族と私兵はダンジョンへと戻ろうとしたが、彼らはゲートに弾き飛ばされるばかりで、二度とダンジョンへは行けなかった。
後に冒険者の町と言われ、周辺屈指の大都市になる南町ではあるが、今はまだその産声を上げたばかり。
裏路地の大衆酒場アックス亭。元冒険者で、少し大柄なドワーフが一人で切り盛りしているこの店には、今日もまたダンジョンを目指す若者達が集まり、先達の活躍を聞きながら明日の冒険に胸を躍らせている。
次回11日です
次話は従来のスタイルに戻ります




