48 街開きと襲撃者の素性
新たな種族が移住し、街の人口は倍近くになった。
移住してきた人間たちには、当初混乱も見られたが、俺やヨルン、アルケニーの上の人とモーブ(見た目人)が普通に暮らしている様子を見てか、次第に落ち着いていった。移住してきた人間に聞けば、オークやケンタウロスのような見た目が厳つい種族であっても、外見から感じる恐怖や嫌悪程度では会話の妨げになることもなく、そして言葉が通じてみれば、彼らは勤勉で実直だったという。力仕事や泥にまみれる仕事を嫌がることもなく、共に汗をかきながら仕事をしているうちに種族差は些細なものと思えてきたそうだ。
だが、それでも移住者全員が問題なしというわけではなく、どうしてもケンタウロスやオーク、アルケニーなどの特定種族への忌避感から対象種族と言葉が通じない者も居た。しかしそれ以外の種族とは言葉が通じるなど、外見や何らかのトラウマに起因すると考えられる。要観察対象とはなるが移住を許可したので、時間をかけてでも彼らの理解が深まることを願う。
「そろそろ良いにゃか」
「・・・もうですか・・・まだ早くないですかね。商店の店員の教育や、宿屋、飲み屋、食事処、など教育を始めたばかりですよ」
「いや、もう十分にゃよ。にゃーが知る限り、店員が並んで“いらっしゃいませ”と声をそろえて言ったり、店員全てが四則演算できたりするような店は無いにゃ。それに化粧品店?最近ニャルタニャンが毛並みはどうか、爪はどうかとうるさいにゃ、だいたい猫の爪にマニキュアとか意味がわからんにゃ」
あ~マニキュアとか売るにも意味不明なものだから、適当にサービスで塗って広めれば良いとは言った。・・・確かに猫の爪にマニキュアは意味が無いかもしれない。
「では、街開きいたしますか。・・・そもそも、通知とかどうなってるんです?」
この世界にはTVもラジオも新聞も無いだろうから、広告宣伝とか出来ないと思うんだけど、何か手があるのかな。
「うちの運送担当と、お客への通知で宣伝してるにゃ。実は、品揃えが良いにゃから結構期待されてるにゃよ」
「品揃え良いですか? 結構絞り込んだのですけど」
販売方針としては、現在の文明に対しあまりにもかけ離れた機械・家電類は販売をせずに、生活用品や珍味・ペットフードなどを販売していくことにした。また合成洗剤なども正しい知識がないと環境を一気に破壊しかねないと言うことで、販売を見合わせた。洗剤類としては天然素材系洗剤のみを販売することにしたが、それでも誤飲などに対する注意を行いながら少量ずつ販売することにしている。
「何を言うにゃ、あの、ふかふかの布団セットだけでも、革命にゃよ?にゃーは最初、何時間でも寝れそうなあの布団セットには眠りの魔法がかかっていると思っていたにゃ。それにひっくり返しても漏れない水入れや、大荷物を楽に運べる猫車(一輪車)や各種おやつとか、菓子とか、スナックとか甘味とか、食の革命大行進にゃー」
そんなに食い物ばかり力説されても、疑問しかないんだけど、殿下が言うならそうなのかねえ・・・。
「あ~~、では殿下、こちら新商品の若草色の菓子にございますが、是非ご賞味いただけますか」
少し前に収穫されて干し終えた粟と枝豆、砂糖を使った、すんだ餅もどき(ずんだと搗いて餅にしたあわ)だ。甘いずんだのなかにもちもちした粟餅が入っているこの世界になかった甘味だ。
「ほう・・・これは世に二つと無い菓子にゃ。ケント公、おぬしも美食家よのう」
「いえいえ、殿下には及びませぬ」
「「はっはっはっは」と、そうじゃないにゃ、危うく菓子で誤魔化されるところだったにゃ」
ちっ、笑って街開きをうやむやにと思ったが駄目か。
「わかりました。開きます。街開きますよ、開いたら塞がりませんからね? 止めるなら今のうちですよ、あ~開いたら閉めるのが大変だなあ」
「止めないにゃ、それにそのキャラは、ウザいにゃ」
ぐむう。
「分かりました。では街開きということで、国民に通知いたしましょう」
「モーブ、トラブルの情報は?」
「店の混雑による購入順番で少しもめたが、それ以外は問題ない。分かりやすく揃いの装備と腕章をつけた衛兵に、街中を巡回させているのが効果あるようだな」
なるほど、目に見える警備体制は、犯罪やトラブルの抑止力になるわけだな。
「宿区画では、水生系の種族から、少々クレームが入っていますが、どうしますか」
「水生系??まさか、半漁人とかセイレーンとかか?」
「いえ、今来ているのは水生系の・・・トカゲ?・・・ですかね。陸でも暮らせますが、出来たら水場が欲しいと・・・」
ワニっぽい生き物?それともリザードマン?はっきり言って想定外だぞ。
「どうしてもというなら、水路脇の遊水地で我慢してもらってくれ。正直水生系は予想外だけど、俺たちは陸生生物だから、そこは理解してもらうしかない」
「大変です、一部店舗の商品が完売しました」
水生生物について対応を指示していると、新たなトラブルが舞い込んできたが、もう売り切れか・・・いったい何が売り切れたんだ。
「報告ご苦労さま。それで、何が売り切れたんだい」
「はい医薬品店と、生理用品、化粧品の店です。ペットボトルの水やペットフードも飛ぶように売れています。」
「それ人族が買ってるわけでもないよな」
「はい、他の種族だったそうです。今店内は非常に殺伐とした雰囲気で残った商品の権利をめぐって正に一触即発状態です」
「分かった。本店倉庫にある同じ商品の在庫をすぐに増やすから、ちょっと一緒に来てくれ。その後在庫を放出するが、早い者勝ちではなく、ある程度購入数に制限をかけるぞ足りなければ抽選だ」
「大変じゃ、移住したいとごねるやつが居って話にならん。やつらいったい何者じゃ」
「あん?話にならんと言うのは言葉が通じないのか?」
「いや、言葉は通じるが、なんかワシらが住んでるなら自分たちが住んでも良いじゃろと・・・なんか、リリパットみたいなちっさいおやじが・・・」
それ言ったらお前らは、わりとちっさい爺なんだが。
「ノッカーとレプラコーンという種族らしいですが、分かりますか?」
ノッカー・・・ああ、鉱山でコツコツ叩いて鉱脈を教えてくれる種族と、靴を作ってくれるおっさんだったか。
「ノッカーは、鉱山で鉱脈を教えてくれると言う種族だな、人の姿をした精霊とか言われてるらしい。レプラコーンは童話の"小人の靴屋さん"に登場する1日に片足の靴一つだけ作ってくれる妖精だな。ここのルールに従ってくれるなら良いんじゃないか?ただ、あまり人前にでない種族だったと思うんだが、街中に住むのか・・・・心境の変化か?」
「そうか分かった、態度次第では許可すると伝えておく」
それだと、ニュアンスが違う気がするが・・・まあいっか。
「さて、怪しい者を街で見たという話や、門での目撃情報はあるったか」
「少々面倒ですが、門の出入りに際して自分らオークとコボルトで、入国する者の種族名と名前に加え宿泊などを全員に尋ねています。今のところ、この問答で会話が通じない者は出ていないので、思想的に敵対するような者は、森からは入っていないと思います」
「ケット·シー側からは、ケット·シーが商品の購入をして南町に卸す事にしたにゃ。魔法の鍵の管理は万全にゃし、ケット·シー側の出入りは衛兵の前で行われるにゃ。こちら側の出入口は門での対応と同じにゃ」
「街中の巡回では、不審者情報はありません」
ノブタ、殿下、黒足から、それぞれ報告される。
「殿下には報告済みだが、例の襲撃者について分かっていること話しておく。あの男の名前はロズー、出身は聖光神国で職業は宣教師だが、異端審議官を兼任していたらしい。聖光神国は聖光神教が統治する国らしいがだ、その教義は“不浄なる者を地上から滅する事で、聖光神が力を取り戻し、その御威光は世界を救済する”というものだ。簡単に言えば帝国の人族至上主義と違い、人族以外の知的生物は全て抹殺し世界を浄化すべしという、より厄介な思想だ」
「本当にそんな国があるのか?国名を聞いたことすらないぞ」
「恐らくは別大陸の国家ではないかと思う。それと、わかっていると思うが、聖光神なんて神は居ない。俺をこの世界に連れてきた前任の管理者ですらないし、モーブたちの例を見ても、この世界の人族は元々他の種族だったということもありえる。聖光神教の教えは妄想、もしくは自分達に代わり得る種族を、先に消してしまおうという身勝手なものだ。俺の鑑定では国の位置までは分からなかったし、スマホやパソコンで調べても分からなかった。地図にも国名は記載されていないのでお手上げだ。そもそも国といっても宗教がらみなので、自称国家の地下組織ということすらもあり得る」
「厄介だな、なにか打つ手はあるのか」
「しばらくはこの国の地盤を固めて、いざという時にまとまれるようにすることと、周辺地域の調査だな。可能なら別大陸の国も調査したいところだ」
とは言え、他の大陸にいくとなると船でいくしかないから俺もここを離れなければ成らないのが痛いな。
「水性種族で海を渡れる者や空を飛べる種族がいればなあ」
「リザードマンに聞いてみるか?ただ、そこまでの信頼はされてないから教えてもらえるかはわからんが」
「まだ無理でしょうね、こんな時にひょっこりと僕の両親が帰ってくれば良いんですが、そんな都合よくいきませんし」
シデンの両親!?・・・・居たの?
「シデンの両親とは? 済まないが今まで話題に上らなかったので俺は、てっきり熊に殺されたかと思っていたんだが」
「いえ、なんというか両親は自由な人たちで、何十年も前に『世界をみて回る』といって旅に出たんです」
「息子はじいさん子でのう、ワシ以上に影響を受け感化されとった。息子は仲間を募って冒険の旅に出てラピュータを探すと言っておった」
「ラピュータって俺が以前いた世界の創作なんだが・・・・いや待てよ、リリパットがいるんだからガリヴァー旅行記の世界に登場した天空都市ラピュータがあっても不思議じゃないのか?」
日本で作られたよく似た名前の有名なアニメは、ガリヴァー旅行記のラピュータから採られている。ガリヴァー旅行記は冒険小説でありながら、当時の社会を風刺した小説として、議会から子供部屋まで広く読まれる、大ヒット作となったと言われる。
「へ~世の中には似た人がいるもんですね、僕の名前を付けてくれた人も空飛ぶ町を探していたって言ってましたよ」
「いや、それは間違いなく息子じゃ。息子が妙な名前を着けて、すまんかった。・・・ちなみに息子に会ったのは、何年前じゃろう・・・ん、名付け親に会った?」
「いえ、半月程前ですよ。僕がノブタと名乗ったらノビ・ノブタにした方が縁起が、良いと教えてくれたんです。これがその時にもらった、命名の紙です。そういえば村がゴーストタウンになっていたから一族を探すと言っていたような?」
ノブタが懐からだした紙?には"野鼻・野豚"と書いてある。これが漢字名の原因か。しかしそれってつまり。
「馬鹿息子、念話位せんかーーーーーー」
「父さんは報連相ができない人だったから・・・」
長老の魂の叫びは、リリパットの念話ネットワークを通じ一気に拡散し、奇跡的に渦中の人物の耳に届いた。そして、二日後、海賊船長のような服装をしたリリパットが、空から俺の国へとやって来たのだった。




