閑話1 何処かの事務所
閑話で短いです。
「あなたの・・・忍耐に・・・感謝致します。っと・・・送信」
カチッ
「ふう。危なかったわ」
水晶モニターに映し出される元地球人の男性、奈良健人を眺めながら私は呟く。彼に関する経過報告を求める通知が、地球管理者の一柱から届いたのは、ほんの数日前の事。地球といえば業界では大手とまでは行かなくとも中堅で名の通った存在であり、うちのような零細とは比べ物にならない規模だわ。その地球から「うちの管理地が起こした事件の被害者保障」について報告を求められ、うちの事務所は大騒ぎになった。当初、私を含め事務所にいる殆どの者が事態を把握できていなかった。事務所の業務記録を調べ、担当女子社員を割り出したまではよかったんだけど、その娘は既に退職していた。しかも事件の直後に、引継ぎもなくいきなりやめて、以後連絡がつかなかったわ。まったく無責任にも程があるというものね。
「お疲れさん。ほらソーマだ、飲むだろ」
「あら、ありがとう。気が利くわね」
私は差し出されたソーマのカップを受け取り、同僚の男性社員に礼を言う。
「それで、奈良健人だっけ?様子はどんな感じ」
「良くも悪くも普通の人間よ。見知らぬ土地に一人で放り出され、命の危険にさらされ、ストレス性障害の症状が出ていたわね。」
「辞めた娘は何も対処していなかったのかい?確かギフトも与えてたろう」
「地球側に『安全な住居とギフトを与えた』と説明していて、確かにそれは間違っていないんだけど、凶暴な獣が徘徊する見知らぬ森に一人きりよ。その状況で家が安全で食べ物に困らないから、満足して生涯静かに暮らせというのは誠実な対応とはいえないわ。それに詳細なサポート記録を残してないからどんな説明や応答がされたかも不明よ。もちろん会話の録音さえも残って無かったわ」
「それは確かに酷いね。それで、今後の対応はどうする予定だい」
「そうね。とりあえず拠点付近で最も危険な生物を排除できたし、友好的な種族とも接触出来たからしばらくは静観かしら。もしくは、彼の近似種族と接触できるように何かしらフォローを入れるべきかしらね」
「へー近似種族か、どれどれ・・・・なるほど、それなりに森で暮らしているね」
端末を操作しながら、彼は森で生活する種族を確認していく。
「しかし、何故こんな森に居るんだい?この森が安全という訳でも無いだろうに」
「それなら・・・これが原因ね」
私は彼の手から入力端末を取って水晶モニターの表示を移動させる。森が無くなり少し進んだそこには巨大な都市が見える。
「ここが「奈良健人事件」の原因になった戦争をしていた国の残った片割れが居る都市よ。戦争相手が自滅しただけなのに『自分達は神に選ばれた』とか『逆らうものには神罰が下る』とか妄言を吐いて他国や他種族を弾圧しているわ。・・・いっそ、滅ぼした方が良いかしら?」
「流石にそれは・・・ちょっと待って」
同僚は再び端末を操作して何かを確認し始めた。
「この国は既に森まで侵略の手を伸ばしているね。たぶん数年もしないうちに奈良君と接触するんじゃないかな?でも、彼はこの国の思想と相容れないだろうね。その時どうなるか・・・僕らとしてはまだ奈良君への補償は十分とは言えないから、この国を滅ぼすか、別の形で奈良君を支援するか・・・本気で協議する必要あるね」
「はあ・・・・頭が痛くなりそうだわ」
「最悪あの国に軽く罰を与えておけば、彼への保障期間中くらい動きを止められるさ。それより、もう定時を大分過ぎてるぜ。今日は家にくるんだろ?何処途中で飯食べて帰ろうぜ」
「そうね。私は前に行ったアジ・ダハーカ料理のお店が良いわ」
「おう、いいね。じゃあ行こうか。あ、俺からも奈良君にギフト贈りたいんだけど良いかな」
「変なもの贈るんじゃ無いでしょうね?精豪とか、今の彼には酷よ」
「大丈夫、大丈夫きっと喜ばれるよ」
会話をしながら照明を消し男女は部屋を出る。誰も居ない暗がりの中、一台の水晶モニターに文字が表示される。
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次は明日の同じ時刻です。