20 森で使う貨幣の導入
「お館様、大変です!」
「・・・なんだ! 何があった?」
翌朝早くというほどでもないAM9時半過ぎに、俺は急報を告げるシデンの声に起こされた。大変だと聞いて、一番に思い浮かぶのは昨日の戦争だ。やはりまだ終わってなかったのだろうか?
「朝食を食べていたら、皆さんが急に・・・・・・・笑い出して! それがメチャクチャ怖いんです。苦しそうに悶えてるのに笑ってるんですよ? あれは何ですか!何かの病気ですか!?
「笑いキノコとか食べてなければ・・・・・・・・・・まあ、ある種の病気・・・・かな?」
案内されて、皆の下に行ってみれば、確かにこれは怖いね。黒足は変な立ち姿で顔を半分手で隠し悶えながら「くっくっくっくっくっ俺に新たな力を~~~~」とか喚いているし、レオノールは「うふふふふふふ・・・・」と、ひたすら笑っている。モーブに至っては「フロント ダブルバイセップス」だの「アブドミナル アンド サイ」とかつぶやきながら、笑顔で・・・大事な部分だからもう一度言うが、笑顔でポージングしながら合間に悶えている。
うん。総じてキモい。
「これは進化の過程だから問題無いよ。でも、あまり人に見られたく無いだろうから俺達は外に出ようか」
本音を言えば俺が見ていたくない感じだけどな。
「ケント殿、少々お願いしたいことがありまして、少し時間をいただけますか」
部屋を出たら村長に呼び止められた。村長には俺から松葉杖と車椅子を贈らせてもらった。村長には感謝されたが、俺の無神経な発言へのお詫びという自己満足なので便利に使ってもらえてむしろ感謝している。
場所を替えて村長と向き合うと一枚の紙を渡される。
「その者たちが、現在行方の分からない者達です。恐らくは既にこの世に無いと覚悟はしていますが、せめて遺品の一つでも見つからないかと思いまして、もし調べるてだてがありましたらお願いできませんか」
俺は鑑定を使い遺品や遺体の情報を求めようと、渡されたリストを見るが・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・あ!
「忘れてた!!」
「え?」
戦闘中に戦場から避難させたエルフとドワーフを呼び出し、村人に開放してもらう。
「あと、この人もだ」
つづけて、一人召喚する。この人は村長にギフトを見せて作戦許可を貰った時、送還した黄色表示の人だ。
そして。
「改めて確認したところ、5名が消息不明となっています。この者達の生死確認をお願いします」
「はい」
エルフ村長の息子夫婦を含む行方不明者5名(ヨルンは除く)を鑑定した結果、全員の死亡が確認できた。しかし、鑑定では遺体や遺品の所在までは分からず、そちらの捜索はエルフが行う事で話がついた。村長は先頭に立って指揮していたが、その姿を見るになんともやるせない気持ちにさせられた。
その後時間のできた俺はドワーフらしき髭の一族との面会に望んだ。
時間はできたが・・・あえて進化中の三人は確認してない。俺は建設業界に居たので工事写真などで前・中・後を確認し記録することが重要だと思っているが、進化途中については正直触れたくないので全力でスルーした。
「ドワーフ族の長をしておるドルトンじゃ。この度は世話になったの」
「森の中央付近で暮らしている奈良健人だ。今回エルフの村に来てスプリガンの襲撃に巻き込まれたのは偶然だし、あんたらを助けられたのも運がよかっただけだ、気にしないでくれ。それで、何でドワーフがあんなに大勢、スプリガンに操られて居たんだ?」
「う、うむ。あのスプリガンというのは少しわしらドワーフに似てるじゃろ?森で偶然であって同族と思って集落に案内してしまったんじゃ、そして気がついたらエルフの村前に居たんじゃ」
「・・・・・・途中がスッパリ抜けてるが、その部分に重要な話は無いのか」
「・・・・ないのう」
「本当に?」
「ない・・・・と思うぞ。わしらはただ歓迎の宴を開いただけで、それがどういうわけか、気がつけば奴らに操られておった」
・・・・・単純に酒で失敗する種族なんじゃねえか?
「そうか、じゃあこれから集落に戻るのか、集落は何処にあるんだ? 」
「それなんじゃが、集落への帰り方がわからん。知恵を貸してくれ」
「は?」
「じゃから、気がついたらここじゃろ、しかし、わしらはエルフと交流が無かったからエルフ村など知らん。だからここが何処かわからんので、帰るにはどちらに向かうべきかさっぱりわからん」
・・・・・・
うんまあ、森の加護のあるエルフの村は、普通他種族に見つからないんだったな。そうなると、ドワーフはエルフ村を知らないのも道理だな。俺はナビとMgr viewの併用でたどり着いたけど、これは裏技ということだな。
「何か目印は無かったのか」
「川が近くにあったが、他にはコレといって無いな」
・・・・あ
「俺達の村のものが白い岩というか、魔石の塊近くでスプリガンを見たらしいんだが、何か思い当たることは無いか」
「ある。それなら集落の近くで見たぞい。むろん同じ物とは限らぬが、魔石がそうホイホイあるはずもないし、同じ物の可能性は高いのう」
「なら、俺達が帰る時についてくると良い。それと、この鍵について何か分かるか?」
俺があの扉の鍵を見せると・・・・。
「むう、これはかなり高度な魔法が仕込まれた魔道具じゃな。それにこれは、鍛冶より彫金の分野じゃ、おそらく魔法王国時代にドヴェルグが作ったものじゃな」
「ドワーフは彫金しないのか?」
「いや、するぞ。しかしそれはどう見ても純金じゃろ?鍵を作るのに純金である必要は無いし、細工もまあ普通じゃから美術品や工芸品的な価値も無いように見える。その鍵は純金の魔道具であるから価値があるんじゃ、わしらドワーフの職人からすれば、鍵その物には全く価値を感じぬ。そんな魔法ありきの物を作っても、ちい~とも面白くないわい」
お?
「なら、面白いものを作ってみないか?俺の所にはあんたが興味を惹きそうなものがたくさんあるぞ」
「ほう?例えばどんなものじゃ」
「そうだな、こんなのはどうだ?」
俺は三輪自転車を召喚し、目の前でペダルを逆回転で回してやる。
「ほう!これはまた精巧な作りじゃのう。しかも、部品の一つひとつが実に美しい。で、これは何じゃ?」
「これは、乗り物だ。ここでは狭いから外に行こう」
俺は三輪自転車を押して、ドルトンと外に出る。
「しかし、乗り物といっても、少々半端では無いか?引かせる動物は小さくて済むかもしれんが、この森では小さい動物は外敵に襲われたら助からんぞ」
「いや、引く動物は必要ない」
俺は目の前で自転車に乗ってみせる。
「なんじゃとーーーーそうか、その特殊な歯車と鎖でペダルの動きを車輪に伝えておるのか!しかも、逆回転しても逆走せず、足を止めることもできる」
「正解。どうだ、乗ってみるか?乗って分かる事もあるぞ」
初めてでも乗れるように三輪を選んだし、サイズも小さめだからドワーフでも乗れるだろう。まあ、ドワーフでもといっても目測で140cmぐらいに見えるから、慣れたらママチャリの22インチぐらいは乗れるんじゃなかろうか。
「おう、是非乗らせてくれ・・・ふむ、ふむふむふむ、これを握ると車輪を押さえて止まるんじゃな。よし、よしよしよ~し、今こそドワーフの脚力を見せてくれる!」
「え?」
叫んでドルトンが自転車で走り出す。
「お、お、おおおおおお、これは速い!速いぞ!これなら、わしらドワーフも風になれる!うはははははは、これがあれば他の種族に遅れをとらぬぞ。もはや何人たりともわしの前を走らせん」
ご機嫌な様子で走り出したが、いきなり全速力とかなに考えてんだ! この世界初の自転車事故待ったなしじゃねえかよ!折角犠牲無しで戦争を終えたのに、ここで人身事故はやめてくれ。
「まてええええええええ!止まれや、おいいいいいいい! 危ねえから直ぐ止まれえええ!」
ぜえぜえぜえ。
「これは、素晴らしい。是非譲ってくれんか!むろん只でなどとは言わん。わしの打った剣100本と交換してくれんか?今なら同数のナイフもおまけするぞ」
「いや、あんた、なにいきなり暴走してんだよ!少しは自分の所業を気にしろよ」
全く反省の色が見えんぞ。
「何を言うか!この自転車とやらがどのように作られているか、正直わしには見当もつかん。しかし、これを見ればどんな職人でもその性能を全て知りたいと思うのは当然じゃろう!? この美しきフレームが、わしのパワーに耐えながらも決して折れず曲がらず大地に力を伝えられるのか!! 与えられたパワーを無駄に消費せず、推進力としているか、フレームの剛性は乗りやすさと安定性を両立できているのか!見るべき所は、いくらでもあるんじゃぞ!?」
「いや、これは工場生産で職人が作っているわけでは・・・」
「そんな事は関係ないんじゃ!わしらの技術でこれを再現し、そして超える事がどれ程胸躍らせるか、おぬしには分からんのか!」
いや、まあ確かにハンドメイド自転車は、職人の技術と経験で生み出される至高の品だとは思うけど、一方で単純に性能だけ考えたら大資本の大手メーカーが設計し工場生産された自転車の方が、空力にかなった速い物を作れるとも聞いたよ。ロードレースで大手工場製品が締め出されるのも、そうした裏事情があると聞いたけど、まさか手作りそのレベルを超える気なの?
「俺も物作りは好きだからそれは分かる。分かるが、それと事故の危険は別の話だ。物作りに携わるものとして、技術者の暴走を見過ごすわけにはいかない」
「ケントさん、その乗り物はまだあるんですか?我らの村にも分けてもらえませんか?」
騒ぎを聞きつけたガイアン達もやってきて、自転車を欲しがり出した。ドルトンは少しクールダウンし始めたようだな。正直助かったよ。落ち着いたらまた話し合ってみよう。
しかしまあ、自転車を譲るのはかまわないけど、少し思うところがあるんだよね。だから、ちょっと提案してみることにする。
「この乗り物を譲るのは構わない。これは俺の拠点で販売している商品なんだ。同居しているコボルトやリリパット達は俺の指示で開拓民として働いてもらっていて、その労働の対価として商品を自由にさせてきた。しかし独自の産業を持っているあなた方と交流が始まれば、俺を介さず直接取引を希望することも出てくると思うので、一つ提案なんだが、物々交換ではなく共通の貨幣を使って取引をしないか?」
次回12日20時予定です
作中の技術談義は登場人物の主観ですので、そのようにご理解ください。




