熊と死んだふり
「ぎゃああああああ・・・・・」
背中に氷を入れられたかのような震えがはしり、俺は声の限り叫んでいた。
「なんだよ、あれ!聞いてないよ、女神様! 日本の熊だって危険なのにあれは、やばすぎるって。10m程ある電柱を殴って折るって、もはや怪獣だろ!」
よろけるように物陰に隠れ息を殺してじっと外を見つめる。
しばらくは折れた電柱を殴り付けていたが・・・・・
「ギャー キター!!」
巨熊?が一直線に俺のいるガラス窓に向かって走ってくる。その姿はみるみるうちに大きくなる。俺の頭には、民家や店舗に車が突っ込んだときのニュース映像がうかぶ。はたして、トラック並みのあの獣が突っ込んできたらどうなるのだろうか。
「にげ・・・にげ・・・ああぁぁぁぁぁぁぁ」
逃げることはできなかった。尻餅をついて手足をじたばたさせるのがやっとで・・・
俺が、凝視しているその先で、ついに巨熊は窓ガラスにぶち当たり、轟音と共にガラスが・・・
巨熊を弾き返した。
「はあああああああぁぁぁぁぁ????」
ガラスに弾かれた熊は高々と宙を舞っていた。結構な高さをクルクルと縦回転で回りながら飛んでいく。あれ?昔漫画で見たぞ、あんな感じで、なんとか抜刀牙とかいう・・・あれは熊狩りする犬が使う技だったはずだが・・・そして、巨熊はグシャッという擬音をあげそうな感じで頭からアスファルトに突き刺さった。一瞬ボクシングのリングが幻覚で見えた気がした。
「なんで?このガラスどうなってんの?」
熊を跳ね返したガラスを凝視しながら首を捻る。すると『鑑定を行います。鑑定対象を選択してください』という声がした。
なんか聞こえた・・・そして視界に文字列が並んだ。
対照を選択してください ガラス 結界 熊
「あれ?選択?さっきはステータスって念じたんだけどな」
とりあえず文字を見つめる。・・・・この虚空を見つめる男って他人から見たら不審間違いなしじゃね?
ガラス:異世界の技術で作られたガラス。現在の技術では再現不可能。
結界 :家と車両を守る障壁。あらゆる攻撃を反射する。
熊 :デスベアと呼ばれる巨大な熊。5mを越える体躯を持つものも少なくない。肉は固く食用には向かないが、毛皮は丈夫で下位の魔物を避ける効果がある。
選択じゃなくていっぺんに出た!これもしかして裏技か!でもって、原因判明。
「結界で反射!!ありがとう女神様。でも、できたら事前に説明が欲しかったです」
異世界生活早々に死ぬかと思ったけど、女神様のギフトのおかげで事なきを得た。こうして生き延びてみれば、女神様への感謝の気持ちが湧かないでもない。しかし、感謝の気持ちはあっても、同時になんとも言い様の無い思いも湧いてくる。俺は生き返った事を感謝し後々の苦行だか試練だかを甘受し、女神様に与えられた第二の人生を精一杯生きれば良いと思えるほど悟れていない。死んだ自覚もなかったので死の際の無念もなかった。自覚なく死んだ者が、気がつけば異世界で孤軍奮闘を強いられるのは褒美ではなく罰だと思う。
そんな思いに思考をめぐらせていると、デスベアに動きがあった。アスファルトに頭を埋めるように突き刺さっていたデスベアは四肢を震わせ立ち上がろうとしていた。
「嘘だろ。・・・まだ動けるのか?」
デスベアはふらつきながらも近寄ってくる。また突撃してくるのだろうか?
デスベアはガラスの前で立ち上がり腕を振り上げ・・・・そして、ゆっくり倒れ・・・・・ピクリともしなくなった。
夜が明けて既に数時間。商品棚を見てみれば昨夜食べたものや調理器具が補充されている。しかも、調理に使用した鍋などはそのまま残っている。つまり、消費分は追加されるが、食品のように消費で無くなる物以外はそのまま残る。箱から出してしまえば翌日には数が増えるわけだ。
という事は・・・商品が無限に使えるという事である。農業資材や建築資材も無限に使える。店内には育てれば食料になりそうな園芸用の種子も売っている。産直コーナーには無い野菜や果物の種子があれば食材が増える。まあ、旨く育つか分からないが、暇だけはありそうだから色々やってみるべきだろう。
「プランターでしか育てた事無いからなあ~~~うまくいくか分からないけど、折角だし建材で花壇風に畑作って育てたいよな~」
店内にあったフォークリフトで屋外園芸コーナーに置いてある物を移動し、畑用のスペースを作る。屋外園芸コーナーはフエンスで囲まれ出入り口は可動式の柵になっているので、ここも結界が作用するらしい。そして、フォークリフト運転中に思いついた。フォークリフトを使えば熊を移動できるのではないだろうか?
「あれは、死んでる・・・よなあ?」
あれだけ景気良く頭から突き刺さって生きてるのは少年漫画の中だけの話だろう。
「もう、危険は無い・・・よな。・・・無いよな?」
ここは異世界だ、命綱装備して石橋を10フィート棒でツンツンしながらゴーレムに先行させて様子見するくらいの慎重さが必要だ。
「・・・・もう少し放置して動かなかったら確認してみよう。そうしよう」
夜が明け半日過ぎているが、熊が全く動いて無い事から間違いなく死んでいるのだろう。だが、そのまま放置しては何れ死骸が腐敗し始め悪臭が発生するし、害虫や他の肉食性害獣を呼び込む原因にもなる。なんとか移動しなければいけない。
「実際フォークで持ち上がるのか試してみるか」
俺はフォークリフトに乗り熊の傍まで接近しフォークの爪を熊の体の下に差し込もうとした・・・・・・・その時・・・・・
「フゴッ!!」
ガン!
フォークの爪が横殴りに振られ結界がはじく大きな音がした。
「う・・・、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~」
そして、また俺の叫び声が森に響き渡った。
間違いなく熊が死んでいると思っていた。夜に倒れて翌日の中天を過ぎ、およそ16時間ピクリとも動かなかったんだ。その状況で『実は死んだふりでした。騙された?騙された?ねえねえ今どんな気持ち?』って、感じで熊復活とか普通は考えないだろ?まあ、単に気絶してただけだろうけどさ。
人生最速と思える速度で店内に逃げ戻りガラス越しに外の様子を窺う。すると、熊がガラスに近寄ろうとするが結界に阻まれる。しばらくは中空を叩くパントマイムのような物を見せたていたが、一度大きく吠えた後は森へと帰って行った。ああ、まるで海に帰るゴ○ラのようだ。
熊を見送った俺は、ただひたすら自分の生存を女神に感謝した。強固な結界がなければ確実に食われていたので、当然の感情だったかもしれないが、途中で昨夜からそんな事が続いているのだから本当に感謝すべきなのかと、微妙な気持ちになった。
「う~ん、四方全部森だな」
熊狸寝入り事件から数日たち、引き篭もりに飽きたので女神様から与えられた拠点とやらの周囲を確認するために、車で駐車場を回ってみているわけだが、森は鬱蒼としていて、俺のサ○バー・・・軽バンが4WDとはいえ走破は無理だろう。隙間が無いではないが、下草で地面が見えないため、地形の起伏や根、石などの障害物も分かりにくい。さらに、車高が低いとあっては、軽バンが立ち往生する姿が容易に想像できるというものだ。
「しかし、生身で森に入るのは自殺と同じだよ。異世界小説じゃ、主人公は剣一つでホイホイ森に入っていくけどさ、あれは無理だろ」
地球のジャングルにも危険な生物は居るだろうけど、現地の人には経験と知識という武器がある。単純な戦闘力で測れるものではないはずだ。
「だいたいさ、剣術や槍術の有段者に「山に入って熊か猪狩ってきてくれ」と言ったら9割の人が断るんじゃねえの?」
とりあえず、ここで迎撃を出来るような仕掛けと武器が必要だ。幸い車両には結界があるので体当たりでダメージを入れることは出来るだろう。さらに車両を改造すれば、より効果的だろうか。ボディーに突起物をつけた場合、突起物にも結界がかかるのだろうか?分からない事が多すぎて判断がつかない。
「何よりも情報が大事だ。この拠点の能力を徹底的に調べよう」
先ずは、消費の判断基準や復元について検証するべきだ。
「電柱はいつの間にか復元されてたし、今朝のゴミ箱についても調べなくちゃだな」
今朝、ゴミ箱のレトルトパウチが消えて、テーブルの空ペットボトルは消えなかった。空ペットボトルが残っていた理由として考えられるのは、容器としての価値・ゴミ箱に入れなかった・俺の認識の差だろうか。ゴミと思えば消えるという仕様なら色々と応用が利いて一番便利そうだ。
加えて建築工具売り場から武器になりそうな工具を増やすために、片っ端から持ち出し消費判定実験をする。
実験項目として思いついたものを手帳にメモしていく。
1.商品を店内から森に向けて等間隔に並べる。
2.商品に精算済みを示すテープをはる。
3.レジ袋に入れる。
4.砂や砂利などの計量売り商品を他の容器に移す。
5.店内や駐車場の数箇所でガラス瓶を割る。
6.缶飲料を、飲んで缶を放置。
7.建物を棒で叩く。
8.画鋲をさす。
9.アスファルトに杭を打つ。
10.割れたガラス瓶を二つ置き、右は必要、左不用と念じる
こんな感じだろうか。後は適時書き足し実験するとしよう。
結果としては、建物の結界から出た時点で消費済みになるので1は略全て消費済みになり2~4も同様だ。5は消えた6は残った。7は一定以上の力の攻撃が反射された。判定基準はダメージが通るか否かだろうか。8は普通に刺さったし翌日もあった。9普通に刺さり、翌日も残った。10都合よく片方消えた。
結果をメモに書き加えながら考察もメモに記す。
結界は攻撃の意思と危険度で判定かも。
缶は10の割れガラス瓶実験とあわせて考えると利用価値があるかどうかだろうか。
壊れたら直るけど、意図して破壊した場合は修復しない。
こんなところだろうか。
駐車場で罠を作る。すぐ横に軽バンがあり、運転席のドアも開けてあるし、エンジンもかけてある。「いつでも逃げられる。抜かりは無い」
駐車場の一角に延長コードを引き、先に電気コンロをつなぎカセットガスボンベを設置して動かないように軽く粘着テープで固定し、周囲に釘やビスを配置した。ボンベの爆発で直接的なダメージを与えられる可能性は低いが、音での威嚇と飛散物によるダメージに期待する。
アングルを大きな口の字に組んで内側にネットを張る。化学繊維のネットでもゆるめに張っておけば絡みついて引きちぎるのは難しいはずだ。これの一辺にロープを結び照明電柱を使って網を斜めに引き上げ固定する。ロープの反対側は先端に結び目を作りその上に押せば崩れるように重石を置いた。
エクステリアコーナーからログハウスを運び駐車場に設置する。窓が少ないので各所にのぞき穴を兼ねた銃眼を作り。武器類を置いて、結界効果付で前線砦として使用する。
ついでに火炎瓶を作成する。敷地内にGSは無いが、発電機や農業機械の試験用に僅かに保管されていたガソリンと灯油で2種類作った。
「罠か・・・いやアレはだめだ」
アレ・・・トラバサミは多くの猫が犠牲になって、足を、命を失った。狩猟では全面禁止になったし、害獣退治で使用する場合でも行政への届けと許可が必要だ。例え異世界に猫がいなかったとしても作るわけにはいかない。
「罠はとりあえずこんな物か?次は武器か」
アングルに尖らせた鉄筋をスパイクとして溶接し針山のような物を作る。車に取り付け武器とする。大物相手用は、H鋼にタンカン杭をUボルトで取り付けた。これはフォークリフトの爪に装着できるようにした。結界が効いた場合この杭は杭形状で結界になるのだろうか?相手に刺さらなくては意味が無いので事前に実験できればいいと思う。
「そうだ、熊用の破城槌を作ろう。魔物は人の姿を見れば襲ってくるんだ、遮蔽物を作り視界を制限すれば、こちらの思惑で誘導できるはずだ。そして結界で止められた熊に中から強烈な一撃を入れてやれば安全確実だな。よし、これなら勝てる」
熊用の罠と兵器を作り、次なる物を考える。
「きっと、熊以外にもゴフリンとかオーガとか、ファンタジーの定番がいるはずだから、そいつら用の武器も作らなきゃ」
長柄の斧と手斧があったので軽く刃を研ぐ。鉈もあったがマチェットタイプではないので短剣代わりにはならない、包丁や刈込み挟を加工し金属パイプの先端につける。
「初心者が持つ武器の定番はショートスピアだって、昔何かでよんだな」
固定は差し込んでパイプをつぶし、パイプにビスを打つ。つるはしの柄を長くしピックを尖らせる。当たれば大ダメージだろう。
「そういや、昔ウル**マで、ハルバードもって裸族やってたなあ。今の俺は服着てても紙装甲だから、いっそ脱ぐか?」
昔遊んだゲームを思い出しながら、その他の武器候補を用意する。ガス管、鎌、電池式草刈機等も使えるだろう。
「チェーンソーはチェーンが外れやすいからなあ。知り合いが生木を切るのに何度も外れて中断してたから除外だな」
後は、近接戦で俺が戦えるかが問題だろう。身体能力、精神力、技術、全てにおいて戦いに向いているとは思えない。用意だけはしておくが生身戦闘はギリギリまで避けたい。
「それと、やっぱり飛び道具だよな」
飛び道具といえば、銃、弓、スリングショットが基本だろうか。
「まあ、現実的な話として銃は作れないし、ネイルガンもだめだ」
ネイルガンは釘の射出口を対象に接触させて打つから銃のような長いバレルが無い。釘は弾丸のように回転もしないから、当然真っ直ぐ飛ぶ距離が短い。ろくに音がしないから外れたら威嚇にもならない。
「作るなら弓系とスリングだな」
確か塩ビ弓なら簡単に作れたな。幸い材料も道具もそろっているし、練習がてらセルフボウから作り、コンパウンドボウ、コンパウンドクロスボウと作っていく。
「弓矢とボルトの2種類は面倒だな、いっそボルトを弓矢サイズで使えるようにするか? いやそれはもう携帯サイズじゃないな」
「あ、飛び道具といえば投擲武器も入るな」
ハンマーピック、手斧、催涙弾代わりの薬品等を用意した。
気がつけば時間も忘れて武器作りに没頭していた。正直いって武器の自作がこんなに楽しいとは思わなかった。
「よし、今日はここまでにしてDVDでも見るか」
防災用品コーナーの缶詰パンと酒コーナーの赤ワイン、ビーフジャーキーを食べながら古いコメディ映画のDVDを見る。久しぶりに見たせいか、げらげら笑ってしまった。この場に家族がいたらきっと呆れたに違いない。