15-7
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二色の燦然とした輝きが交錯し、白のレイによって生み出された幻の戦場を貫き疾駆する蒼き閃光と赤銅の双蛇。
ガランベルが生み出し、牙を剥き、目に映るモノ全てへ不動たる殲滅の意思を剥き出しに荒れ狂う双頭の雷蛇。その殲滅の意思は生み出したブラクス本人の体すらも灼熱の轟雷に呑み込む。
双頭の赤銅の蛇が見定めた相手。それは絶対の守護が約束された円盾を握り、蒼き光玉となったガリエン。
世界を形成する六体のオリジン。そのうちの二体が、御することすら難い力を引き出し、発揮することのできる操縦者のもとで微塵の躊躇いもなく限界の壁を超えていく。その様は人智及ぶことのできない領域の力の衝突だ。
「ジィィィィィルゥゥゥウゥウウウウ──────────ッッッッッッ!!!」
迫りくる赤銅の蛇がガリエンの円盾にその牙を突き立てる。
蒼白の障壁を食い破り盾へと突き立てた牙から赤銅色の雷がジールの全身を焼く。
尽きることのない無限の殺意と憤怒がジールの共鳴回路を駆け抜け蒼白のレイを侵していく。
「グァァァァ──────」
伝播する赤銅の雷は、蒼白の鎧に覆われたガリエンの体を神経から血液の一滴、更には細胞一つまで余すことなく容赦なく破壊する。
凡そ人が想像しえる苦痛を幾百度と繰り返すことで与えられるであろう痛みがジールの総身を瞬時に貫く。
「その盾もろとも消し炭となれぇぇぇぇ──────!!!」
蒼白の輝きを失い、目の奥の蒼白の輝きが雷蛇の毒に侵されるように炭化していく。力を失った円盾は無惨に焼き朽ち、炭となって崩れ落ちてく。勝ちを確信したブラクスは獅子吼をあげる。
「死ぬがいい────ジィィィルゥゥゥ──────!!!」
雷蛇に宿る赤銅の輝きが増し荒れ狂う。
炭となり崩れていく盾を握る左腕までもが、蒼白のレイを失い崩壊を始める。
「──────────────っっ!!!」
勢いづく赤銅の雷蛇を前にジールは痛みすらもどこか遠いものとなっていく、限界を超え神経が焼き切れるかのように突然目の前が暗転する。
「ちょ、ちょっと!? ジール! 本気出してさっさとそんな奴やっつけなさいよ!!」
赤銅色の轟雷に身を撃たれ、端から崩れていくガリエンを前にリビアは声を荒げる。
「これはちょっと不味いんじゃないんですか?」
シャーロの言葉を聞くまでもなく全員がそれをわかっている。
目の前で膝から崩れ落ち、腕が炭となり崩れていくガリエンは、その身に雷蛇の牙が喰い込み破壊されるのも一分もかからない。
「ああ、あんたがやられたら誰がお嬢様を助けるの……あれ? お嬢様は? お嬢様っ!!」
さっきまで確かに脇に立っていたはずの愛すべきリンダラッドの姿が忽然と消えている。
リビアは泣き出しそうな声でその名を呼ぶが、返事はない。ただ轟雷だけが響き渡る。
重くなる体……
遠くなる意識……
痛みすら彼方と……
指先一つ満足に動かないジールの輝きのない瞳。あらゆる痛みから解放された世界の浮遊感にジールはただその身を無力に泳がせる。
──負けたのか?
意識の残滓とも呼べるものがその言葉を呟く。
ブラクスの復讐に身を委ねた強大な力の前に負けた。
──僕を護ってくれるんじゃないの? ──
視界が暗転し、世界を視覚でとらえることのできないジールは確かにその後ろ姿が見た。
少年のようにして少女。
『思う』などと言う過程など必要ない。ただ目を閉じれば彼女の姿が自然と浮かんでくる。
濁りが一点すらない純白の髪を持ち、花のように可憐にして、己が好奇心のためならば踊るように駆け抜けていくお嬢様。命を賭して護るべき存在。三六五日、三一五三六〇〇〇秒、片時として忘れたことのない存在──
「ガァァリェェェェンンンンン!!!」
「なにっ!?」
一度輝きは消え、全てが赤銅色に呑まれたなかで、ジールにそしてガリエンの握るランスの先に灯る。
「閃けっ! 我が力ぁ──────我が主君を護るためっ────っっ!!!!!!」
赤銅色の雷が神経を焼き尽くし駆け抜ける。肉体を侵し、意識を奪われるほどの果てない激痛のなかで、ジールの双眸に揺らぐことの決してない蒼白の輝きが、浸食を続ける赤銅色を吹き飛ばす。
轟雷のなかでジールはただ凛然と、気高く声をあげた。
──全ては……お嬢様を護るために……!!
崩れ、塵芥と化す円盾に纏われた蒼白の光輝の残滓が失せる。
ガリエンの全身を覆うかのような蒼白のレイがが忽然と消える。護る力が消え去れば銅の雷蛇が二つの頭と鋭い牙をもってして容易く喰い破る。
盾を喰らい腕を喰らい、襲い掛かる赤銅の雷が、目元に深い隈を浮かべたジールの蒼白の輝きを奪う。
「この状況で護りのレイを捨てたかぁ!! ならばそのまま逝くが良いっ!」
憤怒と殺意で破壊の限り尽くす赤銅色の輝きに侵された瞳に再び高貴にして高潔の蒼き輝きに塗り替えられる。
「この命、我が主君のためにっ!!」
侵食不可能にして絶対なる高潔の意思による蒼白の輝き。
ガリエンは、ジールから放たれる蒼白の輝きの全てをランスの先端のさらに先の一点へと収斂させた白銀のランスを閃かせる。
蒼白の閃光となる矛先が、荒れ狂う雷蛇諸共ガランベルの頭部を刺し貫く。
「……………………まさか……………………命を護る盾すら捨てる……………………とは…………」
頭部を失い完全に動きを停止したガランベルが纏う赤銅の輝きは霧散し消え、その巨躯を巨大な戦斧と共に膝から崩れ落ちる。
ブラクスはレイ欠乏により視界すら満足に確保できない。身体の限界を大きく超えた歪を、胃の奥に溢れ喉元まで込み上げてくる血の鉄臭い香りと神経が切れたかのように動くことのない体だけが伝えてくる。
かろうじて見上げる形で視認できたガリエンの像すらもぼやけ、その凛々しく、敗北を知らない姿をとらえることができない。
「…………………………ふぅ………………」
およそ一分間、息を整えるように黙した後にジールは小さく声を出し息を吐く。呼吸を一つするだけで臓器が悲鳴をあげるように全身が軋む。赤銅色の雷蛇に与えられた激痛が髄の奥まで駆け抜ける。
常人ならば悲鳴をあげるか意識を失いかねない苦痛のなかでジールは顔を歪ませながらゆっくりと呼吸をした。
ガリエン、そしてジールが纏う蒼白の鎧。幾多の戦場を駆け抜けた先に無傷を常としたその美しくも畏怖すら覚える蒼白の鎧はいまや見る影もない。鎧の半身は赤銅の雷蛇によって美しき蒼白の色は奪われ高熱の雷により黒ずんでいる。その下のジールの体は、肉をも焦がし神経をもかきむしった痕を刻む。
「命すらも投げ出した貴様の一撃……見事だった」
「私は……」
言葉を吐き出そうと口を僅かに動かす。ただそれだけの動作にジールの顔が苦痛に歪む。
「自分の命以上に護るべきがあったからこそ、持てる力以上の力が出せた。それだけだ」
護るべき存在がいた。
自分の命など天秤にかけることもおこがましいほどの護るべき命があった。
「ふふ……ハハハハハハ────────!!」
咳き込むほどの激痛すらも歯牙にかけぬようにブラクスは大口を開けて笑ってみせた。
「自身の命も、護るべき主君のためならば道具の一つとして躊躇わず捨てることができるとは……生物に等しく備わる生存本能すらも凌駕した高潔の意思。まさに騎士としてあるべき姿を、強さを、まざまざと教えられたな」
血の香りが喉元に込み上げようともブラクスは喋ることを辞めようとはしない。
かつては自分にもあった。護るべき存在が。それを強さを追い求める過程で捨てた。
そして今、それを持つ者に討たれた。
命を賭けることまでは出来たが、命を捨てる捨てることまで出来なかった。ジールは、自分が至ることのできない未曾有の世界に踏み込んでいた。
「この身をお嬢様に捧げると誓ったあの日から、この命はもう私だけのものではない。
私一人の力ならば貴様には勝てなかっただろう」
焼け爛れた右腕でジールは胸に軽く触れる。
「一人より二人か……フハハハ。
至極単純だが、復讐という名の妄執にとらわれそんな当たり前にして簡単な計算にすら私は気がつけなかったか……」
赤銅色の輝きが瞳から溶けるように消えていく。憤怒と殺意を幾層にも重ね合わせた妄執にも等しい赤銅の想いがブラクスから溶けて消えていく。
至極単純にしてそれすら見えていなかった自分に嘲笑めいた笑いが漏れる。
長く心に纏っていた復讐の霧が晴れた心に思い浮かぶは、目尻に涙を浮かべた王女の姿だ。
市井に見せる毅然とした態度の裏に隠れた年相応の少女の顔を涙で汚したことがただブラクスの脳裏に反芻される。
「王……女様……」
ブラクスはぽつりと呟いてみせた。
「さて、お嬢様を助けに──」
爛れた腕に力を入れようとするジールの瞳に宿る煌々とした蒼白の色は失われ、力を失い白濁した瞳となり、視界が暗転する。
とうに限界を超えた体はレイの一片すら放つことができず、全身が沼に沈んでいくような重さのなかにジールの意識が闇に呑まれていく。
争いの渦中に立つ四体のオリジン。自分以外の誰が勝っても、護るべきリンダラッドの命が犠牲になってしまうだろう。
立ち上がり進まなければならない。躊躇うことなく。
しかし意思とは裏腹に体の至るところに力が、意思が届かない。
「────────────お嬢様────────────」
深い闇に沈んでいく意識のなかでジールが思い浮かべたのは白き髪を揺らし、自分の好奇心に素直に従い縦横無尽に動き回るリンダラッドの姿だ。




