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15-5



  ◆◇◆



「そろそろ皆さんが戦い始めようとしてるみたいですね」

「なんでそんなことわかるんや?」

 床にぺたりと座りこんだシャーロは懐からレイ・カードを取り出し突き出す。カードのなかで緑青色に輝くオリジンのレオン。それを輪蔵、テア、リビアが覗き込む。

「共振してるんですよ。他のオリジンの力に」

「ってことはシャーロ殿にしかわからないってことでござるか?」

「なんやそれ!? ずるい! うちらだって命張ってここまで来てるのに何が起きとるのかわからんのなら、来た意味ないやんか!」

「そうは言っても、オリジン同士の戦いだけに傍に寄ったらいくら私でも皆さんを護れませんよ」

 目と鼻の先で睨み合う黄金と紫黒のオリジン。そこから放たれる未曾有の気配は衝撃と化し何人(なにびと)の介入も許させない。それは三人にも十二分に理解できる。

「あっ、でも……もしかしたら……」

 不意にシャーロは腕を組んでうーんと声をあげて唸る。

 突然何が始まったのかわからない三人はそれの行く末を見届けることしかできない。

「う~~~~~ん……」

 シャーロの唸り声が次第に大きくなるが、緊迫感の欠片も見受けられない声だ。

 一分ほど唸り声をこぼした後に組んだ腕を解いたシャーロは「えいっ!」と間抜けな声と同時に掌を虚空に向ける。



「あれ? なんで僕が?」

「おお、お嬢様っ!?」

 輪転機構(オメガ)に部品として取り込まれたリビアがその碧眼をきょとんとさせて立っている。

 雪のような純白の髪に玉石を嵌め込んだかのような鮮やかな蒼の碧眼。咲き乱れる桜のごとく白桃色の口唇。

 リビアの目の前に立っているのは紛れもなく幾ら愛しても飽くことのないリンダラッドだ。

「お嬢様ぁぁ────────っいだい!!!」

 抱きつこうとしたリビアは、リンダラッドの小柄な体をすり抜け床に転がる。

 転び、擦った形の良い鼻先を撫でながら目尻に涙を浮かべ起き上がったリビアは理解できない顔で踵を返す。

「オリジンのライダーが望む世界を幻ながら生み出すことが出来るって言ってたので、もしかしたらと思いましたけど、やってみるもんですね」

「なるほどね。そういうことも出来るんだ。

 これだったら死者を蘇らせることもできそうだよね」

 緊張感などまるで感じられない弛緩しきった空気のなかであっけらかんとした口調で語り合うリンダラッドとシャーロ。

「それじゃあお次は……う~ん」

 再びシャーロが腕を組んで唸り声をあげる。

 全員の目の前に創り出されたのは戦場だ。幻とわかっていても蔓延する血の鉄臭い香りと怒号と悲鳴と雄叫びが区別のつかないほど入り乱れた空間。

「あれは……ジール殿!?」

「あれも幻ですね。

 二人の戦いを見ることを私が望んだら、幻で出てくるかな~って思ったんですけど、やってるみるもんですね」

 そこに立つは先細りしている円錐形のランスと体を覆うほどの巨大な円盾を構えた蒼白のオリジン、ガリエン。

 対峙するはガリエンと同等の規模を誇る実用性を犠牲にしたとすら思える巨大な戦斧を構えた赤銅のオリジン、ガランベル。

 戦場の雄叫びと断末魔が耳朶を打つなかで互いが、レイに満たされた瞳で視線を交錯させる。

「幻なのは都合良いね。目の前にいたら巻き込まれちゃうし」

 まるで花見見物でもするかのような陽気な声でリンダラッドは、血と屍で(けが)された青草の上にゆっくりと腰を下ろす。

 自身が死んでいるか生きているかすら定かでないうえに……体すら奪われてることに何の懸念も感じられないほどリンダラッドはリラックスしている。まるで観劇へと出向いたオーディエンスだ。

「できればジールに勝ってほしいな。じゃないと僕は死んじゃうみたいだし」

 けろっとした顔でリンダラッドからこぼれた言葉にリビアは怒り、悲しみ、戸惑い、そのどれを浮かべていいのかわからない表情が最終的に困惑に落ち着いた。

「おお、お嬢様は死にませんよ! きっと助かります!!」

「ずっと皆の話は聞いてたからね。自分がやばいってことはわかってるよ」

 白妙のオリジン、ベナグラに体を奪われ意識を追い出された後の会話は一言一句漏らすことなくリンダラッドの耳に入っていた。

 自由自在に望んだままの幻を生み出す空間。そして唯一人だけその幻の世界を現実化させることができる。

 理想世界を現実化させる代償は輪転機構を動かすため動力源となる四体のオリジン。そしてそれを制御する白妙のオリジンであるリンダラッド自身だ。その命と引き換えに。

「たぶんジールが勝ってくれれば、世界を創造する権利を放棄して僕が生き残れる道がありそうなんだけど、他の四人は、ほら」

 ジールとリンダラッドを外した他の四人と呼ばれた面々を全員が頭に思い浮かべる。

 約一名。酒に溺れ早々にこの戦いから棄権。

 約一名。世界を終わらずだなんだと物騒なことを言っている。

 約一名。復讐を成すために狂戦士と化しているため言葉が通じるかどうかすら不明。

 最後の一人……人類史において類を見ないほどの我侭。

「語るまでもないわね」

「そうでござるな」

 他四人には微塵も期待できないだけに全員の視線がランスを構えたガリエンを操るジールへと集まる。

「しかしジール殿は最強にして無敗のライダーでござるから、無用な心配でござろう」

「理想は、あの黒い奴と傲慢男が勝手に殺しあって、二人とも死んで、あの赤銅のオリジンがあっさりジールに倒されれば早い話ね」

 幻とは言え巨大な戦斧を握ったオリジンから放たれる圧力を前に肌が粟立つ。

「まあ体のない僕にできることはせいぜいこの戦いを眺めることだけだね」

「体があっても参加へん奴もおるのにな」

「私は別に世界がどうなっても構いませんから。この戦いの果てに行き着くところを見届けたいだけですから」

 テアの不満な言葉を右耳から入れ左耳へと抜けていくように飄々としているシャーロはどこからともなく新しい酒瓶を取り出し栓を抜く。



  ◆◇◆



 ──パチパチパチ……

「ああっ?」

 不定形の闇に包まれるかのように紫黒で全身を覆ったオリジン、ガーベラの操縦席に座るラゼロはおもむろに手を合わせ乾いた拍手をしてみせた。

「何の真似だ? その拍手はよ」

「この空間はこういう使い方もあるのかと感心したことによる拍手だ。万緑の酔漢であるあいつに向けての」

 紫黒のレイが渦巻く双眸を歪めて笑みを浮かべたラゼロは、シャーロの望みによって周囲に投影されたガリエンとガランベルの戦場をぐるりと見渡すと同時にガーベラの姿が忽然と消える。

 残るはカードを構えたラゼロだけだ。

「最強にして無敗のライダーと、復讐鬼として狂った赤銅のライダー。どっちが勝つか興味ないか?」

「最強は俺様だ。雑魚どもの小競り合いなんぞ興味はねえ。それよりも俺の目の前でオリジンを消して、このまま踏み潰してやらぁっ!!」

 股が裂けかねないほど大きく脚を振り上げたゴールドキングの先には歪な笑みを浮かべたラゼロがいた。

「潰れちまえ──────っ!!」

 振り下ろされた黄金に輝く巨大な脚がラゼロを踏み潰す……はずだが、結果は否。

 ラゼロの髪先でまるで見えない壁があるかのようにゴールドキングの動きがぴたりと止まってしまう。

「せっかくだ。黄泉への土産にこの戦いを見ていけ」

「……………………」

 標的を見失ったかのように上げた脚をゴールドキングは下ろすと同時に一歩後退する。

 ゴールドキングがヒュウの意思に反して止まった。その一点だけがヒュウの頭を支配する。

 壁などと物理的なものではない。

 オリジンを通じてヒュウへと伝わってきたもの。それは忘れて久しい『恐怖』に近い感情だ。

 嫌な汗が背中に一つ流れるなかでゴールドキングをレイ・カードへと戻したヒュウは、シャーロによって映し出された戦場に一瞥くれた。

「しょうがねえ。あの野郎の無様な戦いを見てやるよ」

 最強にして無敗の(あざな)を持つジールを見ながらヒュウは嘲笑するかのような言葉を快哉な声で吐き出す。


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