15-4
◆◇◆
「おいっ!」
ラゼロの羽織ったマントと同色の黒く漆黒を想起させる黒髪越しの後頭部に銃口がごりっと音をたてて押し付けられる。
「てめえを殺せば俺様の世界が来るんだろ」
「……そうだ」
銃口の存在に気がついているにも関わらずラゼロは塔を見上げることを止めようとはしない。
「見ろ。もうじきに世界を作り出す輪転機構が完成する」
余裕の笑みが尽きることのないラゼロの言葉にヒュウも骨董品よろしくのレイ式を構えたまま天まで肥大化していく歯車の塔を見上げた。
「ん? あのガキ。あんなところで何してんだ?」
時間と共に巨大なものへと変貌を遂げていく塔の中央でその目立つほどの白い前髪で表情を隠したリンダラッドがいた。
「見えるのか? ずいぶんと目が良いんだな」
並みの視力ではリンダラッドどころか肥大化していく塔の中腹すら満足に見えない。
「こちとら五体満足の健康優良児だからな。んなことよりもなんであいつがあそこにいんだ?」
「あいつは白妙のオリジン、ベナグラだ。この輪転機構を動かすための大事な核だ。
俺の世界を作り出すためにあいつには死んでもらう。もちろん、お前ら四体のオリジンにもな。
そして新たな世界は生み出さず、この世界の終焉とともに世界の全てが終わりを迎える」
「へえ。ってことはなにか。世界を手に入れるために他のオリジンだけじゃなく、あいつの命が必要になるわけだ」
「そうだ」
ラゼロを優雅に一歩前へと出ると黒のマントを翻し踵を返す。目元に浮かぶ病的なほど深い隈が目立つ双眸でヒュウを見た。
瞳の奥に渦巻く淀んだ漆黒の渦。無際限に生み出される闇を凝固したような瞳には生きている者の輝きが感じ取れない。
睨むとも見るとも違う。舐めると表することが最も近い気色悪い視線を前にヒュウの歪な笑みが濃くなる。
「そうか。あいつ死ぬのか……」
塔に取り込まれている少女の姿を見上げながらぽつりとヒュウは呟いた。
「強欲のライダーが、まさかガキ一人に情が移ったのか?」
ヒュウのどこか間の抜けた表情にラゼロは挑発するように白い歯を見せてにやつく。
銃を構えたまま硬直しているヒュウのそれはどこか戸惑いにも感じ取れた。
「欲しいものはいかなる犠牲をもってしても手に入れる『強欲』と聞いたが、見ず知らずのガキの命一つで決意が揺らぐ情けない奴だったとはな。その程度の意思ならば俺の相手にはならない」
勝ち誇るようなラゼロを前にヒュウは塔を見上げ固まる。
「ヒュウ殿もやはり口ではなんだかんだ言ってもリンダラッド殿を心配してるでござるな」
輪蔵は腕を組みながら何度も頷いてみせた。
「あの強欲男に他人のことを思う心を与えるなんてさすがお嬢様っ!
そいつをやっつけてさっさとお嬢様を取り返しなさいっ!!」
拳を握りぶんと風を切る音を鳴らして振るリビアの声に反応するかのようにラゼロの前でヒュウは俯いてみせる。
ここまで長い旅だった。
全ての始まりはあのガキの誘いから始まった。
「ヒヒヒ……………………………………ヒヒヒヒッ!」
肩を震わせ声を漏らすヒュウは歪な笑い声を、精緻にして決して狂うことのない時を刻む音を遮り、虚空にその声を響かせる。
「やっとか!
やっとあのガキとおさらば出来るってわけだ。長かったぁ~~っ!!」
歪な笑みと同時にヒュウは喜びを噛み締めるように言葉の端々から喜色が漏れる。
「ちょ、ちょっと!? お嬢様を助けるんじゃないの!!!」
「なに寝言ぬかしてやがんだ!
何の理由があって俺様があかの他人の生死を気にかけてやんないといけないんだよ。俺様の世界を創り出すためにあいつが死ぬっていうなら、喜んで死んでもらうぜ」
「ちょちょ、ちょっと!? あんたお嬢様が死んでも良いって言うの!?」
リビアは大股で駆け寄るなりヒュウの胸倉を掴む。
愛しても愛しても飽くことのない、それこそ玉のようなリンダラッドを、こともあろうに目の前の男は、自分以外誰一人として幸せになることのない我侭を叶えるために倫理や常識など犬に食わせリンダラッドを犠牲にすると、悲しむでもなく声高らかに、それこそ歓喜のような声をあげて語ったのだ。
「当たり前じゃねえか! なんで俺様が、あんな美女でもないちんちくりんを助けなきゃならないんだよ。
せめて目も眩むような美女なら生きてることを許してやるんだけどな。もちろん俺様の世界にお前は生きてて許してやるよ。その代わり俺様に奴隷として従順に尽くせよ」
品性の欠片も感じられない笑みを浮かべている目の前の男が何を想像しているかなどリビアは微塵も知りたくない。
ただ沸きあがる怒りのみだ。
「人の生き死にを決めるなんて、あんたは神様にでもなったつもり?」
「これから神様になるんだろ。こいつを殺して、あの塔のなかにいるガキが犠牲になって俺様の世界を創るんだよ」
「そいつは許されない話だな。迎えるは終焉だ。未来には続かない」
既に勝ったつもりで歓喜の声をあげるヒュウに対してラゼロが割ってはいる。
「まあ、世界うんぬんはこの際置いといてもてめえには個人的恨みってやつがたっ────────────っぷりがあるんだ」
ヒュウは『たっぷり』の部分に肺の酸素を全て吐き出すほどの長さで声をあげる。
「恨み?」
まるで心当たりのない言葉にラゼロは目を丸くした。
「そうだ。てめえが俺様のレイ石を奪っていったんだろ。あの黒いオリジンでっ!」
たった一度だがヒュウにとっては忘れることができない。
──俺様の欲しいものを奪っていた。となれば……
「奪い返すしかねえだろ。
俺様の目の前であの巨大なレイ石の結晶体を奪った黒いオリジンのてめえからっ!」
「そうか。結晶を集めに行ったガーベラが誰に傷つけられたかと思ったが、ジール以外のオリジンか……クッ……ハハハッ!」
笑みを隠すように口元を手で覆うが我慢できなくなるように吹き出した後にラゼロは盛大な笑い声をあげた。
「俺が直接操ってないとはいえガーベラを傷つけるなんて……面白いな。
良いだろう。お前が俺の最初の相手だ。そしてこの戦い最初の人柱だ」
ラゼロが懐からレイ・カードを取り出す。
枠縁が黒によって塗りつぶされた不気味なカードのなかであのゴールドキングに瓜二つの黒のオリジンが佇んでいる。
「────────!」
背筋を突き刺すような殺意と恐怖。もはや具現化した剣を喉元に突きたてられているような感触にリビアは言葉を失う。
ラゼロから放たれる黒いレイはブラクスの剥き出しの殺意とは違い、どこか婉曲で艶かしく、まるで相手を絡み付いてくる粘液のような殺意。
少し気を抜けば意識が呑まれてしまいかねない不気味な黒のレイを前にヒュウが一歩前に出た。
金貨で頭蓋が割られたされこうべと同様の他人を見下す嘲笑とも取れる歪な笑みを浮かべて。
「てめえを殺して、ジールも殺して、全員殺して俺様の世界を創りだしてやる!」
粘液の殺意を前にヒュウの全身から朱金の輝きが放たれる。あまりに猛々しい『強欲』の輝き。
「奪うぜ! ゴールドキングゥッ!!」
「闇に誘え! ガーベラァ!!」
紫黒の輝きと黄金の輝きが空間を覆う。
◆◇◆
「さあ始めよう」
ブラクスがその巨躯を反転させ後ろを歩くジールへと振り向くと同時に、真っ白でなんの凹凸もない平面世界に戦場が生み出される。
風光明媚のはずの青草の上を男達の握った武器と滴ったなまぬるい血が侵した戦場だ。
「ここは……」
突如として切り替わった世界はジールにも見覚えがあった。
そして記憶を辿るように視線を動かせば、その先にはもう一人の自分がいる。
こちらの存在になど気がつく素振りも見せずにジールの駆るガリエンが比肩ない動きで敵の戦陣を大きく乱している。
「貴様と初めて相まみえたドナガロの国境戦か」
「そうだ。そして俺が敗北を喫し、称号を奪われた戦場だ。貴様と俺が戦うには相応しい舞台だろ。
安心しろ。この戦場は所詮幻。俺の記憶を映し出しただけの世界だ。殺すこともなければ触れることも出来まい」
そう言葉を放つブラクスの言葉を槍を握った兵士が通り過ぎていく。
「ここが貴様の望む世界か?」
「そうだ。血の風が包み、妄執にも近い信念に囚われた兵士たちの勇猛な声が断末魔とともに潰えていく戦場こそ俺の生きる場所であり、戦士としてそれを望むことは必然!
俺が望む世界は全てが戦場と化すことだ。
常に死の気配に満たされた緊張感だけが支配する世界。それこそが俺の望む世界であり、俺が生を感じられる世界だ」
岩のようなブラクスの口が初めて両端を持ち上げ大きく笑ってみせる。
「貴様もその手に入れた力を思う存分振るいたいと思ったことがあるだろ」
「手に入れた力を大儀もなく己が欲望のままに振るうために自分を信頼する主君を裏切り、敵国の配下となったのか?」
「……」
ジールの問いにブラクスの顔から笑みが消える。
若くして国を治めるだけの才気を持ち、人心から絶大な信頼を得た王女の姿がブラクスの頭に浮かぶ。
自分に戦士として『最強』の称号を与え、軍の統率すら任せた王女。
「本当のところを言えば俺に未来など要らない。この先に望む世界などない。俺にあるのは貴様から奪われた最強の二文字を取り戻すためだけに今日まで生きていた。
そのためならば人の道を踏み外すことに躊躇いなどない」
目に宿した茶褐色に近い赤銅の輝きが放つはブラクスの怒りそのものだ。
「さあ、舌戦で決着をつけようなどと考えているわけではあるまいな」
そういうとおもむろにブラクスが赤銅のオリジンが佇むレイ・カードを見せ付けるように構える。
「あまりゆっくりしていると貴様の守るべき者がどうなるか……」
「……」
ジールは目を瞑り一つ呼吸をしてみせた。
闇に浮かぶは護るべき存在。仕えると誓ったあの日から一日としてその存在を気にかけないことはなかった。
そしてリンダラッドは今、この輪転機構に白妙のライダーと言う名の部品の一つで取り込まれている。
騎士として、忠義を誓ったものとして、今が──
「このジール=ストロイ、リンダラッド様を護るためならば何者にもなろう。そして貴様に騎士としてのあるべき姿を示してみせよう」
蒼白のレイがジールの全身から放たれる。
強大な力を己が欲望のままに振る舞い、草葉の陰でその犠牲となっていく者達の声に耳を貸さないその厚顔無恥なブラクスの振る舞いを見過ごすことなどできない。
「強大な力を持つ者に伴う責務を今果たす! ガリエェンッ!」
「最強の力を俺に与えろ! ガランベルッ!」
赤銅と蒼白の輝きが記憶から作り出された戦場を覆う。




