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15-2



  ◆◇◆



「歓迎のかの字もねえような場所だな」

 追いついてきた六人に対してヒュウは口を尖らせながら城内を闊歩する。

 あっさりと開いた門から城内へと入った全員の前に広がるは、容易に想像はできていたが既に人の気配のない城内だ。

 町同様にこの要塞のような城もその原動力である人を失って久しい。それを証明するかのように城内の中央を案内するような鮮やかな真紅の絨毯は埃をかぶり、かつては鮮烈なほどの豪奢な赤であっただろう絨毯に曇った白を化粧している。

「さて何事もなく行き止まりまで着いちまったな……けど」

 目の前に構える豪奢なレリーフを刻んだ扉をヒュウは険のある目つきで睨む。動かぬレリーフの獅子の双頭の更にその奥。そこから放たれる隠す気など毛頭にない殺意。

「いるでござるな」

「どうやら完全な(もぬけ)の殻というわけではなかったようだな」

 各々が懐や内ポケットからレイ・カードを取り出し構える。

 扉の向こうの存在。それに気がつくことに特別な力は必要にない。ただ純粋に人並みの危機管理能力があれば扉の奥から放たれた殺気を察知することは容易なことだ。

 重苦しく、心の臓を僅かだが締め付けるような空気。

「今更やけど、ここまで来て……退く……なんて選択肢は……」

「ねえ!」

 精巧に作りこまれた獅子の双頭の鼻頭をヒュウは力加減なしに思いっきり蹴飛ばし扉を開く。



「フフフ……ずいぶんと長かったように思える時間だったがそのときが来てしまえばその道程など大したことではなかったな」

 ヒュウ達が部屋に入ってくると男はどこか遠い目をしながら誰に語るでもない笑い声を交えて独り言を呟く。

 部屋の中央に二人の男がいた。

 一人は人並みはずれた巨躯を銅の鎧に覆い、岩のような顔をただ憤然とした表情で腕を組み立っている。

 その顔にはあまりに派手で決して見逃すことのない傷跡が横断している。

 大男、ブラクス=アンデ=グランズが殺意すら篭った視線を放つ横にはもう一人の男がいた。

 黒のマントに黒の鎧を纏った男はまるで不気味を病的なほどに白い肌が灯り無き城内の闇に決して溶けることなく浮かび上がる。

 ブラクスが持つ直線的な殺気とは違い、懐柔するかのように全身を舐めるようにして包む気配。

 目元に浮かび上がった隈が目立つ顔で、ブラクスとは対照的に笑みを浮かべて一歩前に出る。

「てめえが黒のオリジン使って俺様からレイ石を奪った奴かっ!」

 語る口が動く以上に素早くヒュウは腰から抜いたレイ式銃を構える。

 疑いはなかった。

 ゴールドキングのカードから伝わってくる気配。それは目の前に立つ男が紛れもなくオリジンのライダーだということ。

「お前は……誰だ?」

「……ラゼロ。あいつは以前話した黄金のオリジンのライダーだ」

 無骨な声でブラクスが言葉を継ぐとラゼロはぽんと手を叩いてみせた。病人のように生気の感じられない顔に更に喜色が孕む。

「そうか。お前が黄金のオリジンの……」

 まるで値踏みするかのように、銃を構えたヒュウを足元から髪までゆっくりと視線を動かす。

「ただの凡夫にしか見えないな。強欲のオリジンはどうしてこんな奴を選んだんだ」

 ラゼロの問いかけるような言葉にブラクスは返事をすることはなくただ腕を組んだまま微動だにしない。

「てめえ喧嘩を売ってんのか?」

「喧嘩? まあ喧嘩と言えば喧嘩だがこれから起こりえることを喧嘩と表するのはあまりに品が無く低俗だな。ここにいる六体のオリジンで次の世界を賭けた戦いをするんだ。

 それは喧嘩なんかじゃない。運命を賭けた聖戦だ」

 黒のマントを(ひるがえし)し歌うような声をあげたラゼロは緩やかな弧を描く天井や壁を見て僅かに眉根を寄せる。

「とは言っても世界を賭けたオリジン同士の戦いの場がこんな狭い玉座の間じゃ役者も不満だろ」

 銃口を向けられてるにも関わらずラゼロはマントを揺らし踵を返す。

「お、おい!?」

 ヒュウの言葉など耳に入らないかのように歩みを止めないラゼロの向かう先にあったものは……空席の玉座。

「邪魔だ」

 淡白な言葉とともにラゼロはそれを派手に蹴飛ばす

「ご覧あれっ!」

 蹴飛ばされ、無造作に転がる玉座に一瞥くれるでもなく、その裏で揺れる暗幕をラゼロは歪んだ笑みとともに引き千切る。

 その先に鎮座していたのは……


 ──レイ石の結晶体。


 それも一目でわかるほど巨大なものだ。

 規模もさることながら輝きも全員が知るところの結晶体などと生易しいものではない。

 それは虹色の輝きを放ち聳え立つ巨大な柱だ。

 ラゼロはまるで撫でるようにそっとその柱に触れる。

「お前らの墓を立てる場所は運命で決まっているんだ。さあゲートよ。俺達を運べ!」

「うぉっ!!」

「お嬢様っ!」

 ラゼロの声に反応するように虹色の輝きは強まり玉座全体を飲み込む。

 虹色の輝きが姿を覆い、視界までもを覆う。



  ◆◇◆



「真っ白なところだね」

 最初に虹色の輝きから目を開いたのはリンダラッドだった。

 平面世界とでも呼べば良いのだろうか。何の凹凸もないただ真っ白な世界だけが広がっている。およそ距離感が麻痺しかねないほどの異常な世界がリンダラッドには妙に懐かしく思えた。

「ここは?」

「不思議なところでござるな」

 距離感を失うほど白に包まれた世界でありながらその空間は不安定に揺らいでいる。

輪転機構(オメガ)……おまえらにわかりやすく説明するなら、天空に浮かんだ巨大な時計の中だ」

 真っ白な空間に遅れるように現れたラゼロが病的にして卑屈な顔に歪んだ笑みを浮かべて語る。

「あの時計のなかでござるか……」

「だから何なんだよ!

 時計のなかだろうと、マグマのなかだろうとてめえが俺様にすべてを奪われることは変わりねえんだよ」

 もって回ったようなラゼロの言い方に苛立つヒュウは再びおろしていた銃を構える。

「百聞は一見にしかずってところだな。ここはなあ……」

 おもむろにラゼロが何もない空間に手を翳すと同時に揺らいだ空間が収束していきご馳走が現れる。

「飯だっ!」

 突如現れたテーブル。そしてその上に飾られた満漢全席もかくやの眩いばかりの料理の数々。それらが沸いてくるかのように無際限に机の上に並べられていく。

 毒が含まれている可能性も決して無視できないにもかかわらずヒュウはその垂涎たる料理の数々に向かって飛び込んだ。

 ──ガツンッ

 料理、否、机にすら触れることができずヒュウの剥き出しにした歯が派手な音を立てて床と接吻をかわす。

「いへぇあっ!?」

 何が起きたのか一瞬わからなかったヒュウは口元を押さえたまま起き上がると今度はゆっくり並べられた料理に手を伸ばすが、触れることはおろか、匂いを嗅ぐことすらできない。

「幻……」

「幻覚の類でござるか?」

「ほんとだ。全く触れられないや」

 ヒュウの行動を見て輪蔵やジール、リンダラッドまでもがその料理に手を翳す。

 同じようにただ、その像を歪ますこともできず手がすり抜けていくだけだ。

「て、てめえ! 俺様を騙しやがったな!」

「こいつは今は幻だがこれから現実になるんだよ」

「今は幻……」

 ラゼロの不明瞭な説明に対してシャーロとリンダラッドは顎に手を当てその言葉を反芻してみせた。

 その言葉が脳の片隅にひっかかる。



「わかった!」

 およそじっくり一〇秒数えたところでリンダラッドが声をあげた。

「ここって次の世界を視覚的に創造する場所なんだ」

「御明察。馬鹿ばっかじゃなくて説明の手間が省けそうだな」

 リンダラッドの快哉の声を聞いてシャーロも何か閃いたようにぽんと手を叩く。

「もう少し噛み砕いた説明をするとな、ここはオリジンに選ばれるほどのレイを持った奴なら幾らでも自由に、際限なく幻を作れる世界──」

「美女も、酒もか!? 出ろ出ろ!」

 ヒュウが空間にそう叫ぶと同時に造形の甘い、まるで粘土で捏ね上げる過程のかろうじて人に見えるものや、生理的嫌悪を覚える斑色の酒が空間に現れる。

「うえっ!? なんだこりゃ!」

 思っていたものとまるで別の姿にヒュウは吐き気を覚える。

「それぞれが頭に思い描いた理想の世界。それを現実化させる権利を六体のオリジンそれぞれを駆るライダーの誰か一人に与えるというわけですね」

 一人で騒がしいヒュウをよそに片手に握った酒を喉を鳴らして飲んだシャーロの言葉にラゼロは黄ばんだ歯を見せてにやついてみせる。

「白妙の賢人が核となり更に四体のオリジンを動力に輪転機構を動かし、最後にして最初の一体となった者の望む世界を現実にする」

「質問や!」

 大願が成就することが既に確信したかのようなラゼロの言葉にテアが背筋をぴんと伸ばして手を上げてみせた。

 その糸のように細い目が、生きているか死んでいるかもわからないラゼロの淀んだ瞳を真っ向から睨みつけた。

 見れば見るほど不気味な感覚を背中に覚えるテアは、喉元に白刃の先を突きつけられているような感覚が襲う。それでも意を決するかのように一度だけ唾を飲み込む。唾を嚥下する音と早鐘のように鳴る鼓動がテアにはうるさく思えるほどだ。

「オ、オリジンって六体なんやろ?」

 僅かに上ずったテアの声をラゼロは黙って聞いた。

 ──情けない。

 どんな修羅場でも冷静沈着に情報を集め、狡知極まった行動力で他の同業者達を出し抜いてきたうち、テア=フェイラスが、まるでいつ怒られるわからない子供のように相手の様子を伺いながらびくついて言葉を選んでいる。

 抗うことのできない恐怖を前に足は震え指先の感覚がない。今にも恐怖に負けてしまいそうだ──しかし

 ──面白い。面白い話やでっ!

 恐怖に胸が(ひびら)くと同時に抑えきることのできない好奇心が火となって胸の奥に明かりを灯す。

 テアは普段の笑顔を努めて変えずにラゼロを見た。

「ヒュウ、ジール、シャーロ。それにあんさん(がた)の二人。さ、最後の一体が足りないんとちゃうんか? そうやなあ……うちの見立てだと蒼のジールに金のヒュウ。ほんでもって緑のシャーロに黒と茶色のあんさん方。

 となると最後の白がどこにもおらんで?」

「……そういえば」

 相変わらず美女の想像に必死になって造りこんでいるヒュウを除いて全員の耳目がラゼロに集中する。

 ヒュウの『美女』はかろうじて人とわかるものに腰と胸のくびれが追加されていたが、まだ人と呼ぶにはおこがましいほどの出来であり、美女と呼ぶには相当な時間を要するだろう。そして誰一人としてそんなことに関心はない。

「くだらない心配だな。見ろ。お前らのすぐそばに六体目。白妙の賢人はここにいる」

 全員が互いに顔を見合わせるがまるで覚えがなく、互いに互いの浮かべた表情を探るような目つきになる。

「白……つまるところ何者にも染まるが決して見ることのできない無色の意」

「透明……」

 どこか卑屈でくぐもったような声でラゼロが呟いたその言葉を耳にした全員が輪蔵へと視線を寄せる。

 姿と気配を自在に消し、隠密行動においていかなるレイ・ドールも比肩することできない能力を持った示然丸。『透明』という単語に全員の頭に疑う余地なくそれが思い浮かぶ。

「せ、拙者がオリジンのライダーでござるか!?」

 驚いた輪蔵は思わず懐からレイ・カードを取り出す。オリジンのレイ・カードは全て枠縁が通常のものとは違う特殊な色を持っているが、示然丸を包む枠の色は通常のレイ・ドールとなんら変わらない灰色のものだ。

「そいつじゃない」

 ラゼロの淡白な言葉に驚き照れるような輪蔵はがっくりと肩を落としてみせる。

「この場に居るならいるでさっさと誰か教えなさいよ!」

 持って回ったような言葉に痺れを切らしたリビアが一歩前に出る。相手が黒のオリジンを駆るライダーなどまるで知ったことではないかのように勇ましい。

「彼女」

 その言葉にラゼロは隠すつもりももったいぶるつもりもまるでなく、なんら躊躇いもなく指差す。

 その先に居たのは……

「僕?」

 リンダラッドの碧眼の大きな瞳がきょとんと瞬きをしてみせた。

「お嬢様!?」

「お嬢様がオリジンのライダー!?」

「レイもない僕がオリジンのライダー?」

「レイが無いんじゃなくて見えないだけだ。白は透明だからな。まあ、うだうだ言ってみたところで見せた方が早いだろうな。百聞は一見にしかず。

 白妙の賢人!

 無限の好奇心によって生物と同化しその世界の行く先を眺める者。そして輪転機構を操ることのできる唯一のオリジン。ベナグラッ!」

 深淵から呼び覚ますかのようなラゼロの声。それはリンダラッドの内側に潜みあらゆる事象をみつめていたものを呼び出す言葉だった。


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