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15-1



  ◆◇◆



「ダ、ダライ王、いい、一大事でございます!!」

 正午と言う平和な時間をただ享受し漫然と玉座のうえで過ごしているヒース国王、ダライ=ロエスのもとまで臣下が転がりこむようにつんのめりながら飛び込んできた。

 青白く血の気のひいた顔色と動揺を隠すことのできない表情。

「そんなに慌ててどうした?」

 ただ事ではないことは臣下の顔を見れば一目瞭然だが、ダライはあくまでも威厳たっぷりの顔つきで純白にして豊かな蓄えられた顎鬚を撫でながら慌てる臣下を見下ろす。

「とと、時計──」

 息が切れ切れの臣下は満足に言葉も発することができずに玉座まで続く赤絨毯の上に屈みこむ。

「時計がなんだ? 落ち着いてゆっくりと話すがいい」

「はは、はい……」

 臣下はこれ見よがしに大きな深呼吸をした後に顔をあげ王であるダライの顔を見た。

「空に時計が」

 臣下の顔には動揺の色以外はなかった。

「空に時計? なんの夢の話だ? 空に浮かぶは月と太陽。そして星星と雲と決まっているだろう」

 まるで要領を得ない臣下の言葉にダライは首を傾げてみせた。

「……王様。無礼を働きますがどうかお許しを」

「ぬおっ!?」

 臣下は立ち上がると突然玉座に詰め寄りダライの手を引く。

「ダライ王の手を離せ!」

「無礼だぞ」

 呆気にとられた衛兵達が素早く武器を構えるなかで臣下は逃げるでもなくダライの手をひき窓際まで連れてくる。

「どうか空を」

「空を──」

 騒がしい声を無視して呟く臣下の言葉にダライだけでなく、周囲を囲む者たちも同様に窓越しの空を見上げ……言葉を失う。


 ──空に時計盤


 まさしく臣下の言葉がそのままの光景として浮かんでいる。

 碧空のキャンパスの大空は鈍色に染め上げられ、そこへ精緻の歯車を幾多も噛み合わせることで狂うことなく時を刻み続ける巨大な時計盤だけが動いている。

「……まさしく空に時計だ」



「バルド、空に時計が──!」

「今私も見ていたところだ」

 男と比べても勝るとも劣らない筋肉を携えた女性にして長身のリストン=アルカが扉を壊さんばかりの勢いで部屋に飛び込んでくる。女性の淑やかさなど微塵もない扉の開け方に普段ならば王立騎士団第三師団長バルドは口を尖らせ今はただ空に浮かぶ時計盤を見上げていた。

 ──カチ……カチ……カチ……カチ……カチ……カチ……カチ……カチ……カチ……カチ……

 ゆっくりと確実に、そして正確に時を刻む時計の音が酷く耳障りに聞こえ、バルドは金糸のような細い前髪に隠れた眉が僅かに寄る。

「あ、あれは一体?」

「私にもわからない。ただ、万が一にもこの国の危険であるならば我々は誰よりも早く武器を持ち立ち上がらなければならない。

 ジール様からこの国の留守を預かった身として、市井だけでなく、この領土全てを守ることが私の義務だ」

 天空に浮かんだ巨大な時計盤と言う異次元の光景を前にしようとも王立騎士団としての決意が揺らぐことなどバルド=ロー=キリシュには決してない。

 絶対の畏敬を抱いたジールから任された王国の守護だ。いかなることすら比肩することのできない優先事項だ。

「時計……」

 しかし得体が知れず、ただ見た目どおり天空で時を刻み続ける時計盤に言われも知れない悪寒を覚える。

 それはバルドに限った話ではない。

 巨大な歯車を幾百、幾千と噛み合わせて動く巨大な時計。一秒とずれることなく正確に刻まれるその音が人々の平常心を奪う。



  ◆◇◆



「これまたド派手なもんが出てきたね」

 リンダラッドは幼い顔つきに似つかわしくない笑みを浮かべて天空に浮かぶ巨大な時計盤を眺めた。純白の髪の下でくりっと開いた碧眼の瞳には好奇心の光が煌々と輝く。

 巨大な時計盤。

 それは空たる青を埋め尽くし端がまるで見えず全容を掴むことができないほどに巨大であり、時計はただ狂うことなく時を刻む。

「いやいや凄いですね。まさに人を超えた力」

 酒瓶をその手に握り締めたシャーロが天空に浮かぶ時計盤の下で踊りださんばかりの快哉の声をあげ両手を広げて見せる。

 強大にして絶対な時の進みが、人智を嘲笑うが如く想像のつくことのない力によって動いている。

 空に浮かぶ巨大な時計盤にシャーロは求めていた『神』の存在は今までで最も強く感じている。

 神に従い、殉ずる者が羽織ることを許された黒に限りなく近い藍色の修道服。それに身をまとったシャーロは紛うことなき神の僕だ。

「しかしこの時計盤を出したのがブラクス……そしてあの黒のライダーとなればこの先は……」

 最後まで言葉を語らずジールは街道が続く先を見た。

 曇天に遮られ頂が見えないほどの巨大な山々が連なり峰となっている。それは天然の壁だ。絶壁にして巨大な峰に挟まれ僅かな隙間を縫うかのように細く通った街道の先には構えているのは巨大な城門であり、東の果てにして大国、ベルデガーレだ。

 その重々しく構えられた鉄の城門の向こうに居るのは(あかがね)のオリジンを駆るブラクスであり、もう一人の紫黒(しこく)のオリジンを駆る未だ正体のわからないライダーだ。

「お嬢様。ここから先は私にお任せしていただけないでしょうか?」

「ん? なんで?」

 突然のジールの申し出にリンダラッドはただ首を傾げてみせた。

「ジール殿に賛成でござるよ。これ以上オリジンのライダーでもない拙者達が一緒にいてもいざというときに足手纏いになるのが目に見えてるでござるよ。情報屋殿もここが拙者達の立ち入れる限界点でござるよ」

「嫌」

 リンダラッドはジールと輪蔵の顔を見て即断即決。考慮する素振りすら見せずに応える。聞き間違いなどありえないほどはっきりとした声。

「わざわざここまで来て何もせずに帰る……この時計の正体も、六体いるオリジンも拝めずに?」

「お嬢様。この時計の正体もきっと私が聞きだして帰りますので、ここはどうか──」

「いやっ!!」

 まるで駄々をこねる子供のような口ぶりで純白の髪を乱しながら(かぶり)を横に振る。

 理屈ではない。ただ全てを見届け知りたいリンダラッドの感情だけが言葉となってこぼれる。

「はあ。リビア。お前からもお嬢様を説得してくれないか」

 お手上げと言わんばかりのジールがこぼした言葉を受け取ったリビアはゆっくりとリンダラッドの肩に手を乗せ顔を覗き込む。

 赤く、ルビーのようなリビアの瞳が、リンダラッドの幼くも決して譲ることのない意思を秘めた碧眼を見つめる。

 目に入れても痛くないほど愛してやまないこの少女はきっと自分の言葉で意思を曲げることなんてしないだろう。リビア自身それは百も承知だ。

 そんなお嬢様に向ける言葉など……

「お嬢様が行くなら私もついていきます」

「リビア!」

 後押しするかのようなリビアの言葉にリンダラッドの顔がぱっと花の如く開き明るい笑顔になる。

「おい! 無責任なこと──」

「ジール。私は、お嬢様が進む道を共に歩くために今日まで一緒だったのよ。例えそれが命を賭ける道になったとしても、お嬢様が行く道なら私は躊躇わないわ。

 それにあんたがその自慢のオリジンで私達を守ってくれれば良いんだから」

 挑発するような上目遣いでリビアはジールの胸元につんと立てた人差し指を当てる。

「うちもここまで来て、何も知らずに帰ったら情報屋としての看板を掲げる資格なんてないわ。

 シャーロ」

「ん?」

 修道服を纏い酒瓶を片手に天を仰いでいるシャーロをまるで躾のなっていない飼い犬のように呼びつけたテア=フェイラスは白い歯を見せつけるような満面の笑みを浮かべた。

 糸のように細い瞳が僅かに開く。

「ここまでの長旅であんさんが飲んだ酒代、結構な金額になるんやで。

 そのぶんはしっかり護衛として働いてもらわな」

「……お酒をご馳走になりました。守りませんでは、約束を違えることになりますね。一方的な大儀のない反故とあってはそれは神の御名(みな)の下に従事する者としては少々まずいですね」

 頭をひとつかいてシャーロも覚悟を決めるかのように喉を鳴らして酒を飲むと笑みをテアに返す。

「女性三人寄れば姦しいと言うでござるが……この女性方は……」

 戦いの場に身を投じてきた輪蔵ですら天空で不気味に時を刻み続ける時計盤に怯えを覚えるにもかかわらず、非力でこの先、決して自衛などできないであろう女性方が誰一人として震えのない姿で一歩前に出れば意を決するしかない。

「ジール殿、こうなったら観念するでござるよ。彼女達は止まらないでござるよ。拙者も微力ながら護衛に協力するでござるよ」

「感謝する」

 ジールは折り目正しい礼を一つしてみせる。

 誰一人帰り道を見ない姿勢にジールも覚悟を決めるしかなかった。

 この先にいる二体のオリジン。いまもってその力の仔細がまるで掴めない不気味な存在に、巨大な時計盤。この先に進むことで例え退路を失うことになったとしても、この身を賭して自らが道を拓く覚悟を。

「いつまでうだうだやってんだ!

 帰るなら手前らだけで帰りやがれ!」

 いつまでも前へ進まないジール達に痺れを切らすかのようにヒュウは黄金に輝くレイ・カードをその手に握ってベルデガーレの城門に向かって飛び出す。

「ヒュウ殿っ!?」

「怯えてる連中はさっさと引き返しやがれ。俺様が全て手に入れた武勇伝をしっかりと世界に広めてやるからよ!」

 輪蔵の制止の言葉すら走り出したヒュウには届かない。

 空に浮かぶ不気味な時計盤も、正体のわからない二体のオリジンもヒュウからすればこれ以上ないほどのお宝だ。

 宝を目の前にして止まるブレーキなど持ち合わせちゃいない。

 宝を求め続けるだけだ。

「俺様が全部宝を独り占めしてやるぜ!

 ゴォォルドキングゥゥ──ッッ!!」

 吹き上がる黄金の柱の中から現れたゴールドキングの蹴りがベルデガーレへと繋ぐ巨大な鉄の門を轟音とともに突き破る。

 中央からくの字に曲がった城門の吹き飛ぶ音だけがこだまとなって山々に響き渡る。

「行ってしまったでござるな」

「僕達も追いかけよ!」

「ですね。あいつ一人で行かせたらどんな問題ごとを起こすか」



 ジールのガリエンと輪蔵の示然丸がリンダラッドとリビアを運ぶなかで残されたテアがおもむろにシャーロを見た。

「なあなあ」

「はい?」

「ちと気になることがあるんやけど」

「どうしたんですか?」

 置いて行かれることもお構いなしたシャーロは糸のように細い眼を僅かに開いたまま空を見上げる。

「世界を創るためにオリジンが六体必要なんやろ?」

「最初の聖書にはそう書いてありましたね」

「ジールとヒュウにあんさん。そんでベルデガーレ城にあのごっついおっさんと、その上司のラゼロとか言う奴がライダーでおるんやろ?」

「そうでしたっけ?」

 酒で酩酊した頭でシャーロは満足に記憶を探ることすらできないまま、テアの神妙な顔つきを見た。

「あと一体って誰や?」

「……そう言えば」

「黄金、蒼白、万緑、赤銅、紫黒……最後は……」



  ◇◆◇



「なにもねえな」

 目の前に広がる光景にヒュウは思わず言葉が漏れた。

 意気軒昂と上がっていた眉が目の前に広がる光景で下がる。

 その言葉も無理はない。町の風体こそ綺麗に保っているが、町として機能するために最も重要なものが欠けている。

「人がいないね」

 横からひょっこりと顔を出したリンダラッドも町を覗いて呟く。純白の前髪の下で碧眼の大きな瞳がきょとんとしてみせる。


 ──何もない……否、人がいない。


 リンダラッドの言葉通りだ。

 建物や町を彩るオブジェの数々。軍事国家でありながらも大国であることを示すかのようなベルデガーレの町並みにはそれを動かす人の姿が一切ない。

 そして人のいない町は既に『町』と呼称するには違和感を覚える。命ある限りは『生物』だがそれが途絶えれば死ねば『モノ』になってしまうかのようだ。

「不気味でござるな」

「罠……という可能性も十分に考えられる──」

「んなことちまちま考えてんじゃねえよ!

 罠だろうがなんだろうが、あいつら、黒のオリジンを持った奴があそこにいることには変わりねえんだから!!」

 ヒュウは再び吊り上げた眉と喧しい声でジールの言葉を遮るとびっと大通りが続く先を指差す。

 建物に挟まれた急勾配な上り坂を上がりきったその先に鎮座している巨大な城門。そしてそれですら隠し切ることのできない巨大な城。

 軍事国家の名に相応しいまるで要塞を思わせる巨大な城壁。この町の最奥(さいおう)にして目的地のベルデガーレ城が鎮座している。

「あの城のなかに宝が眠ってるんだよ!

 びびってる奴は帰りやがれ!」

『あっ!?』

 返事などまたず一方的に言葉を吐き出したヒュウはそのまま黒のマントをはためかせて走り出す。

 後ろなど振り向くこともないその背中に揺れるマント。そこに刻まれた金貨で頭蓋を叩き割られた髑髏の刺繍が足を止めた六人を嘲笑うかのように大きく揺れる。



「いっちばんのりだ! お宝は俺様が奪い取ってやる!」

 後ろに置いて来た者達のことなど構ってられない。

 ヒュウの両目には『宝』の一文字だけが刻まれている。

 天空に描かれ精緻の時を刻む時計盤。それを生み出す力に、ブラクスが多くのレイ・ドールのなかから奪い去ったレイ石の結晶体。

 ヒュウが思うところのお宝としてはこれ以上ないほどに魅力的だ。

 あとは美女が五、六人くらい城で歓迎してくれれば文句のつけようもないどころか賞賛の言葉さえ送ってしまうだろう。

 レイ石にオリジン。それらを手に入れれば一体どれだけの願いが同時に叶うだろうか。

 野卑な妄想が頭を流れるたびに口端思わずこぼれそうになる涎を拭う。

「さてと。お宝ちゃんにさっさと対面してえし、こんな門の一つや二つ、三つや四つで足止めをくらうわけにはいかねえんだよ」

 目の前に構える巨大にして守りの要となる鋼鉄の城門。その存在感は凄まじい。どれだけの戦を乗り越えてきたのかその扉の至るところに派手な傷跡が残っているが、どれ一つとして門を貫通するに至っていないところに、全ての戦いをこの城門で決着させた証だ。

「さあいくぜっ! ゴールドキ……」

 ヒュウが懐のレイ・カードを構え、天空まで届く声をあげると同時に巨大な門扉(もんび)は軋んだ音をあげてゆっくりとだが開く。

「ん? 開いちまったぜ。

 ヒヒヒ、幾千の戦いを勝ち抜いた門も俺様に恐れをなしたか?

 まあ開けてくれたんならわざわざ壊す必要なんてねえな。そんじゃお邪魔するぜ」

 楽観的なヒュウは口元に卑屈な笑みを浮かべると開いた門のなかへと躊躇いなく足を踏み入れる。



「勝手に一人先走って……中で死んでたら思いっきり笑ってやる」

 リビアは腰まで届くルビーのように鮮烈な赤の長髪をかきあげ底意地の悪い笑みを浮かべる。

 十中八九が罠。

 ヒュウ以外の誰もがその考えで合致したが、かと言って死んだ町を眺めての観光などで茶を濁しこの場を去る者など一人としていない。

 この歓待の意を表すように開いた城門へと全員飛び込むしかなかった。

「お嬢様。この先は私から離れないでください」

「もちろん。僕は戦えないしね」

「あんた、絶対にお嬢様のことを!」

「無論。最優先すべきはリンダラッド様の安全だ。この命に代えてもあなたをお護りします」

「鬼が出るか蛇が出るか……と言ったところでござるな」

「シャーロ、あんさんがうちを護るんやで」

「わかってます。飲んだお酒分はきちんと働かせていただきます」

 喧々囂々の声とともに全員が開かれた門のなかへと飛び込む。


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