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14-4



  ◇◆



 連なる家と家の間を縫うような路地を駆け足で抜けたメルリアの目に飛び込んできた光景はあまりに凄惨ゆえに思わず言葉を失った。

 もはや原型を留めないレイ・ドール達の瓦礫の山を踏み抜き巨大な戦斧を構え歩く鬼の如き顔をしたレイ・ドール。血を全身に浴び錆びたとすら見紛う銅の鎧がその巨躯を包んでいる。

 その重装の鎧に覆われたレイ・ドールの体からは肉眼でもはっきりと捉えられるほどの太い紅の八塩の(いかずち)が蛇のように這い回っている。

 そしてその操縦席に鎮座している顔面に傷跡が横断している男の顔を忘れるはずなどなかった。

「……ブ、ブラクス……」

 息を切らし満足に叫ぶことのできないその体でメルリアは囁きにも等しい声をなんとかひねり出して男の名を呼んだ。

 かつてはロクサロス最強の将として名を馳せ、自身を守り、ときには教育係として厳しく、ときには相談係として親身に話を聞いてくれた男が、今、残骸と化したレイ・ドール達を踏み潰しゆっくりと前へと進む。

 その形相はもはやメルリアの知るブラクスとは別人に見えた。

 銅のレイ・ドールが向かう先にあるのは──

「あっ! ヒュウだ!」

「シャーロのやつ、何勝手にオリジン出しとるんや!」

 言葉が詰まっているメルリアの横を抜けるようにしてリンダラッドが純白の髪をなびかせ飛び出し、それに続く形でまるで似合わない修道服に身を包んだテアも草原へと飛び出す。

 ヒュウの操るゴールドキングにシャーロの操るレロンの二体が瓦礫と化したレイ・ドールの上に立っている。

「へえ。あれが僕が見たことなかったオリジンか」

 ゴールドキングの横に立つは、二対四本の腕を持ち、それぞれに同一の錫杖を構えた緑青色のレイ・ドールだ。

 リンダラッドからすれば初めて目にするオリジンを前に純然な好奇心だけが体を突き動かす。

「もっと傍に行こう──」

「ダメです。

 お嬢様、これ以上は危ないので私の後ろに」

「……ジール」

 その手にガリエンのレイ・カードを構えたジールが、今にも飛び出さんばかりのリンダラッドを制して誰よりも前に立ち銅のレイ・ドールを睨みつけた。

 カードのなかに収まるガリエンから拍動だけがその手を通じてジールの体へと語りかけてくる。伝わるものは言葉などではなく──警鐘。

 赤黒い雷を纏ったそのオリジンの危険性だけが伝わってくる。

「あっちのレイ・ドールも……オリジンです」

「ほんとに!?」

 ジールの一言にリンダラッドの碧眼の双眸がキラキラと輝いて銅のレイ・ドールを見た。

 この世に六体しかないオリジン。その一体が走れば触れられる距離にすらある。

「僕も運がいいね。いっぺんに二体も観たことのないオリジンをこの目にすることができて。ますます傍で見ないと──」

「そう暢気な話だとは思わないでござるよ」

 再び飛び出しかねないリンダラッドの前にわずかに眉根を寄せた輪蔵が、およそレイ・ドールと同等かそれ以上とも思えるほど巨大な戦斧を構えた銅のオリジンを前に肌が粟立つ。

 まるで血を吸い錆付いたかのような銅の鎧から放たれる生きとし生けるもの全てに敵意を宣言するかのように重々しく禍々しい纏わりついてくる殺気。

 それは輪蔵に限らず、その場にいる全員が感じ取れるものだ。そのなかでリンダラッドだけがまるで物怖じすることなく好奇心のためだけに今にも駆け出してしまいそうだ。



「ふふふ……」

 獅子の(たてがみ)のように逆立った髪をうつむかせ、ブラクスはその巨躯を震わせ小さく笑いをこぼす。

 天轟雷鳴──およそ集めたライダーとレイ・ドールを纏めて吹き飛ばすには十二分な威力と範囲を持つものだった。それどころか、その赤き雷は、かつて自分が護っていた街であるロクサロスまで破壊の牙は及んだであろう。

 しかし現実は違った。

 たった二体だがレイ・ドールが立ち尽くし、まるで街を護るようにして天轟雷鳴を受け止めた。

「ははははっ!!」

 湧き上がる笑みが堪えることのできないブラクスは大口を開けて笑ってみせた。

 その豪胆にして快哉な笑い声が曇天の空、そして破壊しつくされたレイ・ドール達まで響き渡る。

「な、なんだ!?」

「急に笑い出しましたね。あ、ちなみに私は何もしてませんよ」

「わかってるわ! んなことより何がそんなに面白えんだよ!」

「ははは……万緑の酔漢に黄金の猛獣。探していたオリジンが二体ともここで会えるとは」

 まるで収まることの知らない殺意を孕んだ笑み。地べたに瓦礫と化し転がっている幾多ものレイ・ドールの一つを銅のオリジンは拾い上げる。

 天轟雷鳴を直撃し操縦席にいたライダーは既に炭化し、骨を残し肉や臓腑だったものがぼろりと崩れ落ちていく。

「私にはまだやるべきことがある。残念だが今は貴様たちの相手はできない」

 そう言葉をこぼすと銅のオリジンから放たれた容赦のない貫手がかつてレイ・ドールだったものを容易に貫く。

 零れ落ちるレイ・ドールから引き抜かれた貫手には豆粒のような何かが握られている。

 ヒュウの距離からでは引き抜かれたものの正体が満足に見えない。

「なにやってんだ? 俺様と戦うためにゴミ掃除でもしてやがんのか?」

「なにかを抜き取ってるように見えますけど……なんでしょうね?」

 シャーロが目を細めるが銅のオリジンが集めているそれが何なのかまるでわからない。

 抜かれた直後はまるで生きているかのように多様な輝きを持っているが、それも銅のオリジンのなかで次第に失われ黒ずんだ結晶となる。

「あれは……」

 輝きの変化する結晶──

「レイ石!」

 ヒュウが考える間もなく思いついた言葉をそのまま吐き出す。

「そうだ。レイ・ドールの核になるレイ石の結晶体だ」

 瓦礫と化したレイ・ドール達から、その核となるレイ石の結晶体をあらかた回収し終えた銅のオリジンはゆっくりと体をゴールドキングへと向けると掌のレイ・ストーンを転がしてみせた。

「こいつが俺と奴の戦いの舞台を作り上げ──」

「ぶ、ブラクス!」

 突然の声が割り込んだ。

 決して聞き間違えることのない声にブラクスは驚くでもなくただ銅のオリジンの足元まで寄ってきた女性を見た。

 まだ少女と淑女の境目のような顔つきの女性は目尻に溜め込んだ涙が今にも零れ落ちそうな悲痛に満ちた表情で操縦席に座るブラクスを見上げた。

「……お久しぶりです。メルリア様」

 呼びかける女性に対してブラクスは一瞬の逡巡ののちに操縦席から一礼してみせた。

 無骨で礼儀作法など満足に知らないブラクスが見せる精一杯の敬意であり、メルリアもそれをわかっているからこそ、目の前にいる男が幻でなければ偽者でないことを実感した。

「どうして……」

 言葉に嗚咽に混じり満足に自分の意思を語ることすらメルリアにはできない。喉元までせりあがってくる感情をぐっと飲み下し再びブラクスを見上げた。

「ど、どうして私の元を去ったのですか?」

「それはあなたが一番わかっているはずです。私が私であるための支えを奪い返すためです」

 言葉数少なくしてブラクスはそれ以上語ろうとはしなかった。

 その視線はメルリアの更に先。蒼白の鎧を全身に纏った男へと向けられていた。

 純然たる殺意のみ視線に差された男はその整った鼻梁の顔で真っ向から視線を返す。

「ブラクス」

「ジール=ストロイ」

 言葉など必要ない。ただお互いが『敵』と理解し合い、それ以上のものはない。

「貴様に奪われた『最強』を奪い返させてもらおう」

 レイ・カードを構えたジールに対して、持っていた斧を担ぎ銅のオリジンが踵を返し背を向ける。

「だが決戦の地はここではない。ベルデガーレに貴様と雌雄を決するに相応しい場を用意して待つ」

 銅のオリジンがレイを放つと同時に雷が周囲を覆う。

「ブ、ブラク──」

「さらば」

「きゃぁっ!!」

 メルリアの言葉などまるで耳に貸さず銅のオリジンから雷が放たれる。

 鮮烈な赤の閃光が視界を奪う。



 銅のオリジンの姿が消え、残ったのは抉られ割れ、無惨な姿と化したレイ・ドールだ。

 各々吐き出す言葉を考えるかのようにその光景を前に黙したまま流れていく風を見つめた。

「あれが銅のオリジンか。凄い力だったね」

 最初に口を開いたのはリンダラッドだった。まるで面白い見世物でも見終えたかのように屈託のない笑みを浮かべているが、凄惨な光景を前に笑みを浮かべているのは彼女唯一人だ。

「ジールのこと、凄い敵視してたけど勝てる?」

「無論です」

 リンダラッドの問いかけに対してジールは考える素振りすら見せず即答した。

 およそ常識という言葉を逸脱した力をまざまざと見せ付けられながらもジールの瞳に宿る信念、覚悟に一切の揺らぎはない。

「守るべきものを失い人の道を外れた騎士など恐れるに値しません」

 オリジンを握りこんだその手に僅かに蒼白のレイが溢れる。

「ジールは大丈夫そうだね。肝心のもう一人の用心棒君は……」

 気がつけばゴールドキングをしまったヒュウは、レイ・ドールの瓦礫で作られた足場を眺めるように俯いたままぴくりとも動かない。

「大丈夫?」

 とことこっと不安な足場を気にしながらリンダラッドで小走りで寄ると俯いた顔を覗き込もうと屈んで見せる。

 この旅の先で待ち構えてるものは紛うことのない人外の戦いであり、それに畏怖の念を覚え逃げることを誰も叱責することはできない。とは言え、強欲を固めて作り上げたようなヒュウが恐れに顔を歪ます姿など誰にも想像できない。

「ねえ。聞こえてる?」

 更に顔を覗き込むように屈みこむリンダラッドを前にヒュウは僅かに肩を震わせる。

「……ヒ」

「……ヒ?」

「ヒヒヒッ!!!」

 俯いたまま肩を震わし奇声をあげたかと思うとヒュウは山まで轟くような快哉な笑い声をあげてみせた。

 赤い雷。巨大な戦斧。そんなものは笑い出すヒュウの頭には既に消えている。

「見たか!」

「わっ!」

 ヒュウは歪にして満面の笑みで屈んでいたリンダラッドの小さな肩を手でしっかと掴む。鳶色の目には黄金の欲望の渦が巻き、その中心には『金』の一文字が刻まれている。

「あいつの持ってたレイ石の結晶体!

 あんだけあれば何が出来るよ? 

 国が買える!

 奴隷も山ほど買える!!

 そんでもって伝説も作れる!!!

 それが更に俺様を潤す!!!!

 理想の循環だぜ!」

 抑えきれない欲望を叫ぶヒュウを前に全員が一致したかのようにため息を吐く。

 いかなる恐怖も嘆きも、宝を前にした彼の物欲の足元に遠く及ばない。

 全てを手に入れなければ気が済まない『強欲』のレイを持った男。

「じゃあこの先に行くんだ」

「行かないでどうやってあいつの持ち去ったレイ石を奪うんだよ!」

 不純な物欲だけで満たされた純粋な感情がヒュウを突き動かす。

「こんな男を野放しにするのは拙者としては義に反するでござるよ。拙者もまだ旅に付き合うでござるよ」

「私としてはお嬢様が行くなら、たとえ地の底で茹でられようとも、極寒の地だろうとついていくつもりだし。頑固野郎のジールだけお嬢様の傍に置いておくのも不安だし」

 鳶色の瞳に滾る黄金の欲望が理性など無視してヒュウのその体を突き動かす。細胞の一つ一つがはっきりと見えた宝の山に躍動する。



「ジール様……」

「ん」

 街道が続く東の果てを見つめているジールに声をかけたのは憂いだけがその表情を満たしたメルリアだ。

 品のある顔立ちは悲しみだけを映している。

「ブ、ブラクスを止めてください」

「止める……か」

 メルリアの申し出にジールはあの派手な傷が顔面を横断している大男の表情を思い出す。

 強さの頂である『最強』の二文字に狂信的な感情を抱いた顔からはもはや理性など感じることはできなかった。

「奴の歪んだ信念が我々に牙を向くならば倒すまでです」

 容赦のない言葉。ジールの瞳にもブラクスとは違う狂信的な感情が映る。

 オリジンに選ばれたライダーならば持っている。決して人の言葉など動くことのない絶対の信念。

「私が守るもののないあの男に負けることはありません」

 怒りも喜びも何の感情もない。鷹揚のきいた平坦な声でジールはただ応えるだけだった。

 守るものがない。その言葉にメルリアは僅かに顔を曇らせる。

 かつては守られ今は捨てられた者としての現実。

 心のどこかでまだブラクスが自分のことを思っている。そんな淡い夢物語のような妄想にも近い考えを打ち砕くには十二分な出来事だ。



  ◇◆◇



「これで条件は揃うんだな」

「ああ。これだけあれば動き出す。

 世界を終わらせる歯車を」

 ブラクスは赤絨毯の上に担いできたレイ石の結晶体を置く。

 およそ人一人分の大きさになる結晶体は不気味に末紫(うらむらさき)に輝く。

 黒いマントをはためかせラゼロが歪な笑みを浮かべ結晶体を持ち上げてみせた。触れたところから漆黒へと侵され色を奪われていく。

「それから、黄金と万緑のオリジンとも遭遇した。奴らはジールと共に行動していた」

「それはまた面白い話だな」

 病人のような白い肌に酷く歪で陰鬱な笑みがラゼロの顔に浮かびあがる。

「それで感想は」

「万緑はわからないが、黄金のオリジンを操る男はお前と正反対に見えたな」

「俺と正反対……か。

 黄金のレイは『強欲』。確かにな」

 どこか淀んだ瞳で生きているか死んでるかすらわからないラゼロは小さく不気味ににやつくだけで反論などない。

 小さな肯定をすると同時にその手に握ったレイ・カードを見た。

 巨大な鎌を携えたガーベラが枠内で、闇に同化するような黒を輝かせている。

「六体のオリジンの全てがこの地に結集しはじめたな」

 玉座の裏で不気味に拍動する結晶体にラゼロは手に抱えた結晶体を寄せる。

 まるで継ぎ目などないように溶け合い結晶体は黒く輝き出す。

「さあ、世界の幕が降りる時が来た!

 そして新たな世界の幕を開く時だ!」

 ラゼロが高らかに声をあげて見せた。

 歓喜するように、歌うように、福音を告げるように。

 人の心音とは似ても似つかないほどの激しい拍動を始めた結晶体が虹色に輝きだす。

 幻想的な虹色の輝きは城を飛び出し、天空に幾多もの歯車を描き出す。

 精緻にして絶対の時の鼓動。

「時計……?」

 城を駆け抜けた虹色の光を視線で追いかけたブラクスは空に映し出された光景を前に思わず呟く。

 結晶体の輝きから生み出された光は鈍色の空をキャンパスとし、複雑に絡み合い、決して狂うことを許されない巨大な時計盤を描き出す。

 絶対の正確を誇り、世界の終わりへと続く時を刻む……

「今の世界を終わらせ、次の世界へと繋ぐ。あれこそが輪転機構(オメガ)

 天空に刻まれた時計盤の長針が不気味に一つ時を刻むのを見てラゼロは白い歯を見せつけるようににやつく。

 抑えられない高揚感を前にその細い両腕を、漆黒のマントから突き出し広げる。

「さあ舞台は整った!

 始めよう! 望んだ世界を手に入れる戦いを!

 黄金、万緑、群青、白妙。さあここまで来い!」



 ──世界は逃れることのできない時を刻む時計盤の音に包まれる──


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