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14-3



  ◆◇◆



 ──もはや誰にも俺を止めることはできない!

 男、ブラクスの赤銅色(しゃくどういろ)の双眸には揺るぐことのない更なる力への欲求があった。例えそれが自分の積み上げたものを全て失うことになろうとも。

 ただ一度の敗北。

 戦場で交えた蒼白のレイ・ドールに喫したたった一度の一敗がブラクスの歯車を全て狂わせた。

 強さこそ己の全てであり、その名が冠した『最強』の名が崩れたことに周囲の誰もがブラクスを咎めようとしなかった。しかしブラクス自身がそれを許すことができなかった。

 そんなときにまるで機を図ったかのようにあの男は声を俺に声をかけてきた。オリジンと呼ばれる特殊なレイ・ドールと共に。

 まるで底知れない闇を瞳の奥に抱え込んだ悪魔のような男──

 ──ラゼロ

 ブラクスは正体の掴めない悪魔と契りを交わした。


 ──生まれ育った地を裏切ることになろうとも

 ──まるで肉親のように自分を慕う者を傷つけることになろうとも

 ──世界を全て破壊することになろうとも。


 再び最強を取り戻すためならばブラクスに躊躇いはなかった。

 あの日、銅のオリジンであるグラズバーンをラゼロから受け取った日から求めるものは『最強』の座のみだ。


 ──俺に土をつけたあの男に復讐するためなら悪魔の計画にも手を貸そう。

 一度はこの手から失った『最強』の名を取り戻すために──



「本当にこんなところに仕事があるのかよ?」

「どうだかな」

 街の郊外。

 既に店や家などの建造物はなく、あるのは風を波紋のように映すただ広いだけの草原と頂きが霞がかっているほどの巨大な山々の光景だけがブラクスに案内された裏路地の者達を迎える。

「酒場に居た人たちはなんかのお仕事を請けにこの街に来てたみたいですね」

「みたいだな。そんな奴らをこんなところに集めてあの野郎はどうするつもりだ?」

 酒場に入ってきたブラクスの言葉によって男達は連れ出された。

 ──大金を望む者は俺と共に来るがいい

 そんな言葉を投げられたとあらば欲の皮が極限まで突っ張ったヒュウを始めとし、裏路地の住人達は着いていかないわけがない。

 そうしてブラクスの案内で集められた先は、何一つ凹凸のない草原だけが広がった郊外だ。

 快晴の日にでも来ればさぞかし心地良い場所だろうが、空は生憎の曇天模様のもとに男達は集められた。

「おい! 俺たちをこんなところに集めて本当に大金にありつける仕事があるんだろうな?」

「そうだそうだ! こっちはわざわざ遠くから出向いてんだぞ」

 誰かの非難するような声を皮切りに次々と声があがる。

 我慢などと無縁の者たちだ。己の欲望に正直に声をあげる者達を後目(しりめ)にヒュウは先頭から距離をとったところに立つ大男を見た。

 錆びついたかのような銅の鎧に身を包んだ大男からはいまだ背中を突き刺すかのような剣のような鋭い殺気が放たれている。

 向き合うだけで嫌な汗が背中を伝う。

 ブラクスは集めた男達の背中に見える街並みを一瞥し苦笑を浮かべるがすぐさまその僅かな笑みは厳格な表情の影に隠れる。

「大金に目が眩み集められた愚かなライダー達よ。貴様たちのレイ・ドールを俺に寄越せ」

「はっ?」

「……なんて?」

 突然の言葉だった。予測の死角とでも呼ぶような言葉に、ブラクスの言葉は声をあげる男達の耳にこそ入ってきたが理解できない。

「貴様らの持っているレイ・ドールを寄越せと言ったんだ。

 言葉の意味もわからないか。愚鈍なる者達よ」

 ブラクスの鷹揚がきき低く威圧する声を聞き逃した者は一人としていないが、まるで理解ができないかのように唖然とするしかなかった。

「これはこれは……」

 シャーロは変わらないにこやかな笑みと共に次第に肥大化する不穏な空気を全員が肌で感じていた。

 願いを請うなどと生易しいものではない。

 語るべくもない力を後ろ盾とした純然たる命令であり、それ以上でもそれ以下でもない。

「だ、誰がてめえにレイ・ドールを渡すかよ!」

 最前列立った男が拳を握り声をあげた。

「そそ、そうだ! ロクサロス最強の将だかなんだか知らねえけどここにいるライダーを全員相手に出来るわけねえだろ!」

 非難の声は瞬く間に広がると同時に男達は一様に懐からレイ・カードを取り出す。

 多種多様なレイ・ドールがカード内で輝き出すにもかかわらずブラクスは微動だにせず、ただ声を張り上げる男達を見た。

 ──マズイ!

 狂気を宿した冷たい瞳が集団を射抜く。

 最後尾にいたヒュウはこれまでにないほどの寒気を背中に感じ、最も本能的な部分が最大級の警鐘を鳴らす。

 蒼白のオリジンや紫黒のオリジンと対面したときにすら覚えなかった命を脅かす気配。

 腕を組むブラクスからはっきりとした『死』の形がまるで映像のように見えた。

 巨大な剣を構えたかのような殺気に、最前列の男達は気が付かない。ただ数の利による狂乱に酔うかのように歪な笑みを浮かべブラクスに向けてレイ・カードを構える。

 男達が仮に一人ならば決して選択を誤ることはなかっただろう。逆らうことの許されない存在に武器を構えるなど。

「やるぜ──!」

「構えろ──!」

「現れろ──!」

 数多の掛け声と同時に最前列に複数のレイ・ドールが姿が顕現する。

 持っている武器から装甲、はては形まで様々だ。

 獅子を模したレイ・ドールから、正方形を組み合わせて作りだしたかのように角ばった体が特徴的なレイ・ドール。

 並んだレイ・ドールの数はおよそ両手ではきかない。

「これを見てもまださっきみたいに寝ぼけたことを言えるのかよ!」

 問い詰めるようにレイ・ドールで一歩前に出る男に対してブラクスは腕を組み深い息を吐く。

 ゆっくりと開かれた赤銅色の瞳は武器を構え並ぶレイ・ドールを左から順番に右へと見ていく。

「愚かな……」

 その重く冷たい呟きは誰の耳にも届かず風に攫われ溶けて消える。

「最終通告だ。

 貴様たちが今、操っているレイ・ドールを俺に寄越せ。さもなければ貴様たち全員を殺して奪うまでだ」

 苛立ちを表すかのように眉根を僅かに寄せたブラクスの言葉に一切の強がりはない。傲慢な物言いや表情には何一つ変化はない、

 決して虚勢などではないことはわかるが、数の利を得、優位性に酔った男達を従えるのならば言葉では不足だった。

「殺す……だって? 出来るもんならやってみやがれぇぇ!!」

 不遜なブラクスの言葉に青筋を立てて叱咤を放つ男が人型レイ・ドールの足を大きく持ち上げる。

「潰れちまええぇぇ!!」

 微動だにすることないブラクスをレイ・ドールの巨体の影が多い、大地を揺るがせる轟音とともに振り上げた足で踏み潰す。


 ──天に歯向かうか──



  ◆◇◆



「なんでござるか!?」

 ロクサロスを囲んだ山々にこだまするほどの轟音に輪蔵が身構えるレイ・カードを構える。

「いやー、凄い音だったね。揺れたし」

「地震とは違ったみたいね」

「音のした方向からすると……あちらみたいですけど、何か心当たりは?」

 ジールがおもむろに見た方向をメルリアも視線で追いかける。

 轟音が響いたのは、家々の流れが途絶えた更に先に広がる草原にして、街の郊外のはずだ。そしてメルリアの記憶が正しければこれほどの轟音が響くことなど決してない。

 冷たい汗が背中を流れる。

「わ、わからないですけど、今でこそベルデガーレの属国ですが元はロクサロス。そして私はロクサロスの王女です。この国で起きることをこの目で見つめ把握し対処しなければなりません!」

 幾ら王女の地位を剥奪されようともいまだ彼女のなかに根付くノブレスオブリージュが突き動かす。

 気弱な女性だが、ジールに、輪蔵に、そしてリンダラッドにそう語る姿には、最初の気弱な影は消え凛としたものが彼女の影に見える。

「私のこの身に危険が迫ることがあっても、この国で何が起きているかを私には知る義務があります」

「お待ちください」

「なんですか?」

 走り出そうとするメルリアの細い手首をジールは掴む。

「護衛もいない今のあなたが一人で向かうには危険過ぎますよ」

「百も承知です」

 メルリアの言葉は淡泊なものだが、決して揺らぐことのない決意が瞳に宿っている。

 彼女もまた王族であり、国のために尽くしてきた者であることはその瞳を覗けばジールにはすぐにわかった。

 言葉を幾ら並べようとも彼女は走り出す。確信めいたものがジールのなかにはあった。

「お嬢様……」

「僕たちも一緒に行こうよ。ジール。君が一緒なら彼女を助けてあげられるでしょ。力無き者を助ける。それが君の信条じゃないの?

 オリジンのライダーが自分の信じる道を曲げるわけにはいかないでしょ」

「はい」

 自分をこれ以上なく理解している主君の言葉にジールは一つ礼をしてみせてからその整った鼻梁でメルリアを見た。

 切れ長の眼に輝く蒼の双眸。

「姫様の言葉通り私があなたの護衛をしますので、どうか一人で無理をせず一緒に向かいましょう」

「あ、ありがとうございます……」

 予想外の申し出にメルリアはどう答えて良いのかわからず思わず言葉が詰まった。

 ただ実直にして誠実なジールの瞳だけが見つめてくる。

「ではいきま──」

 無造作にジールがメルリアの手を握った直後、天が咆哮をあげた。

 さきほどの轟音など比較にならないほどの鋭く大地を砕く音がロクサロスの街を駆け抜ける。

 爆薬と例えることすら適切とは思えないほどの激しい破砕音に全員が一斉に耳を閉ざす。

「ひゃっ!?」

「うわぁ!」

 その光景に、普段からは想像もつかないほど情けない声をあげるリビアに対してリンダラッドは喜色満面の顔で空を見上げた。

 あまりに不気味な光景だ。巨大な蛇が蠢くが如く曇天の空に銅の(いかずち)が這う。

 曇天を巣として舞うあまりに巨大にして肉眼でもはっきりと捉えられる銅の雷に全員が言葉を失う。

「どうやらただごとではござらんな」

「みたいだね。僕たちも見に行こう」

 目に映る光景が異常なことに異を唱える者などいない。



  ◆◇◆



「な、なにが起きた!?」

「げほっ! 土煙が邪魔でろくに見えねえ」

 確かにレイ・ドールの巨体がブラクスを踏み潰した。

 男達に見えたのはそこまでだ。

 突然の爆発が男達の視界を土煙で遮り、辺り一帯に混沌の渦を生み出した。

「……ゴールドキング」

 おもむろにヒュウは懐からレイ・カードを取り出し構える。

 いまだ晴れない土煙の向こうには……居る。

 具現しそうなほどの濃密な殺気を放ち、賢人のように落ち着いた双眸。そのなかに狂気を孕んだあの大男が。

 一陣の風が舞い上がった土煙を払う。

 そこに立ってたいのは自身以上の巨大な戦斧(せんふ)を構え仁王立ちしたレイ・ドールが立っている。

 一対二本の鋭い角を額から生やしたレイ・ドールであり、その顔はまさに鬼の仮面と言ってもよいほど不気味な表情をしている。

 その足元でさきほどブラクスを踏み潰そうとしたレイ・ドールは原型など微塵もない瓦礫と化している。

 斧を抱えたレイ・ドールの操縦席に鎮座しているのは

 ──ブラクス=アンデ=グランズ

「て、てめえ!!!」

「何しやがったか知らねえけど、くたばりやがれ!」

 狂乱の威勢だけを後ろ盾に武器を構えた残党達が声をあげるなかで、目の前で巨大な戦斧がゆっくりと持ち上がる。

 ──我が万雷の前、全てが地に伏す

 振り上げられた大斧にまるで血が通うが如く銅色の輝きが雷へと姿を変え錆びついた戦斧に纏われる。。

 ブラクスを覆う銅の重装備の鎧の上から幾何学模様が這う様に伝っていく。

 ヒュウにはその模様に見覚えがあった。

 オリジンを完全に従えた者にのみ現れる一体化の証拠である模様。

 ──共鳴回路(グリスフ)

「ゴォルドキングゥ!!」

「レロン!」

天轟雷鳴(てんごうらいめい)

 振り下ろされた巨大な戦斧から枝分かれする幾多もの銅色の稲妻が大地を抉り、閃光と共に迫りくる。それは武器を構えた残党達のレイ・ドールを容赦なく薙ぎ払う。

 あまりにも過剰な火力が大地を砕き残ったレイ・ドールを慈悲もなく砕く。


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