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13-3



  ◆◇◆



「なあ」

「……」

「はあ。だんまりかよ。まあ気持ちはわからねえでもねえけどな」

 決して広くはない木造の室内で銀色の鎧を全身に纏った男は、目の前の少女を見た。何も語ることなく小柄な体を丸めるようにぴたりと膝を閉じ俯いた女性。見るだけで気が滅入ってしまいそうな姿にため息をこぼす。

 ベッドに腰を掛けた少女はぴくりとも動かない。女性の艶やかな黒髪だけが枝垂桜のカーテンのように悲しみの顔を覆い隠している。

「こうも何も話さないんじゃちっと暇なもんだな」

「まあな」

 部屋の入口を挟むようにして左右にわかれた二人の男はそれぞれ木目が目立つ椅子に鎧のまま腰をかけて互いに顔を見合わせる。

「その年で身売りたあ気の毒だと思うけど俺たちも仕事だしな」

 男達にとっては気乗りのしない仕事だった。身売りされた女性の護送。

 レイ・ドールを操るライダーと言う条件のもとで集められた男達は破格の報酬と言う一点を除けば、この仕事は正直なところ背徳感がのしかかってくる。

「まあな。身売りもそうだけど、こいつを買った先ってのがまた……なあ」

「ああ。あのジュガラ=マスベだからな」

 二人の頭のなかにジュガラのその脂ぎった顔が思い浮かぶ。

 団子を二つ縦につけたかのような(たる)み切った体つきに、重い瞼の奥でいやらしく纏わりつくように不気味に光る瞳。依頼主だが、思い出すだけで男達は背筋に寒いものを覚える。

「金に物を言わせて欲しいものを手に入れる収蔵家(コレクター)

「それも、女に限っては良い噂はまるで聞かねえからな。買われた女達の死んだ目がまだ頭から離れねえ。何したらあんな瞳になるんだ?」

 依頼主であるジュガラの下へ依頼の仔細を伺いに一度だけ募った男達。そこで見た光景は、これから仕事を依頼しようかと思われるジュガラとその周囲を囲む女達。どれも眩いばかりの美女だったがその眼はまるで生きた瞳をしてなかった。

 それは意思なき人形が如く、ジュガラの要求を躊躇いなく実行する乙女達。

 今、目の前で(うずくま)る少女も、いずれ自分がそうなるであろうことがわかっている。

 男達の言葉が聞こえてるのか少女の肩が僅かに震える。

 返済することの出来ない巨額の借金を抱え込んだ両親のためだなど幾ら思ったところで少女の胸の内には建前では拭いきれない悲しみだけが募っていく。

「……お姉ちゃん」

 連日泣き腫らし真っ赤に充血した目を隠すように俯いてた少女はわずかな声で呟く。もうこぼれる涙すら尽きた。

 したいこともやりたいことも山積している。それらの夢の輝きはジュガラから与えられる金銭によってくすんでいき崩れていく。

 身売りされる自分を見て最後まで身を案じ身代わりすら提示してきた実姉の姿が思い浮かぶ。

 常に凛々しく、何をするにも誰にも頼ることなく、決して己の信念を曲げない。妹であるアルカ=ロイマンにとって憧れの存在だ。

「そう言えばもう一人の奴は? なんつったっけか? ひゅ、ヒュウとか言う男だ」

 男の片割れがおもむろに部屋を見渡す。

 女性の護送を任されたのは三人。どれも耳障りの良い報酬につられた男達だ。そして三人が三人ともライダーであり、レイ・ドールを持っている。

 そのうち二人は部屋にいるが、最後の一人が見渡してもどこにもいない。

「……いないな。さっきまでこの部屋にいたはずだったんだけどな」

「ちょうどいいや。有名な用心棒だかライダーだか知らないけど、俺はあいつが苦手なんだよ」

「奇遇だな。俺もだ。どんだけ強いか知らねえけど調子に乗って──ウッ!?」

「ど、どうした──ぐっ!?」

 なんの前触れもなく嗚咽のような声と共に大きく男の体がぐらつき床に倒れる。それに続くようにもう一人も大きな音をたてて倒れる。



「よっと。えらくきく薬だな。これって死んだのか?」

「即効性の睡眠薬だ。まあ量が少々多いとは思うが、死ぬことはないはずだ……たぶん」

 がこんと天井の板が一枚外れるとそこから二つの影が倒れた男達を踏みつけて男が下りてくる。

 踏まれようともぴくりとも動かない二人を見て男は歪な笑みを浮かべた持っていた吹き矢を床に放り投げる。

「しっかしライダーったって、レイ・ドールを出してなければただの人だな」

「なるほどね。レイ・ドールもないお前が、海千山千集う裏街道をどうやって生き延びて来たかの片鱗が見えたよ」

「目的が果たさればなんだって良いんだよ。不意打ち、裏切り、なんでもござれだ」

「……お、お姉ちゃん」

 アルカがぽつりとこぼした声は天井裏から突然降りてきた男にではなく、そのあとに続いた女性に向けたものだった。

 アルカ同様の漆黒の艶やかな髪を腰まで伸ばした女性は凛々しく釣り気味の整った眉をその言葉にぴくりと持ち上げる。

「アルカ。お久しぶり」

 アルカの記憶のなかと何一つ変わらない凛々しい笑み。折れることを知らず、常に抱く信念を曲げないその姿。アルカは目の前の光景が白昼夢かと疑ってしまう。

「お、お姉ちゃん……」

 昼夜問わず呻くように泣いて腫れあがった目元と充血した瞳でアルカはゆっくりとベッドから立ち上がると、今にも倒れそうなほど不安定な足取りでゆっくりと前に進む。

 四歩進んだところでアルカのその手が姉であるケルカの頬にそっと触れる。

 幻などではない。間違いなく姉が目の前にいる。

 触れながらにしてアルカは目の前のことがまだ(うつつ)とは思えない。

「こんなに瞼腫らして。カワイイ顔が台無しね」

 優しい姉の手が今度は妹のアルカの小さな顔に触れる。

「ひぐっ……お、お姉ちゃんっ……」

「助けに来たよ」

 幻などではない。そう気が付いたときには嗚咽混じりの泣き声と共にアルカは目の前の姉にがっしりと抱き着く。

 尽きたと思っていた涙が溢れ出る感情とともにこぼれていくアルカは声をあげて泣いた。

「これで俺様の仕事は終わったのか?」

 アルカが泣きだしてから一分もすると男は声をこぼす。

 大量の武器を背中に抱えられるだけ抱えて来たのに、それが一つも役に立たない。

 薬一つで万事解決してしまったことには多少の不満も覚える。

「……そうね」

 しがみついて全身を震わすアルカをぎゅっと抱きしめたままケルカは男を見た。

「約束は攫うまでだから、きちんとここから逃がしてもらわないと。何があるかわからないし」

「んなこと言っても、用心棒はこの有様なわけだろ」

 倒れたまま動かない男達を容赦なく蹴り飛ばす。

「あとは扉を開けてこの宿を出れば、はい終了だ」

「何が起きるかわからないから君にいてもらうんだ。とは言え、際限なく君についてもらうわけにもいかないからな……外に出て妹を馬車に乗せて送り出せたら仕事を達成と言うことにしよう」

「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

「よしよし。怖かったよね」

 しがみつき、姉であるケルカの服に涙で染みを作る。泣くアルカの黒髪をケルカは優しく撫でる。

「そんじゃさっさと行こうぜ。こんなに武器持ってきたのに結局どれも役立たずかよ」

 男はマントの下に担いだ大量の武器を床に落とす。どこにそれだけの量が収納されていたのか疑問になるほどの数多の武器が床に重い音をたてて転がる。

「まだ依頼は終わってないんだけど」

「もう何もねえだろ。まあ、命綱の武器を全部捨てるほど俺様は間抜けじゃねえ。てめえが裏切る可能性だってあるしな」

 そういうと男は背中に背負った武器の一つで短刀を持ち、一振りしてみせた。

 白く鋭い光が空気を切る。

 仲間だと思っていた者たちがいつ背中から仕掛けてくる存在になってもおかしくない世界で男は生きてきた。常在戦場などと言う心構えなど男にはない。ただ生き抜くために身に着いた本能に近いものだ。

 心から身を預けられる存在などこの人生のなかで一度として出会ったことがない。

「お姉ちゃん……」

 おもむろにケルカの胸から顔を上げたアルカは短刀を振るう男に僅かに不安そうな表情を浮かべる。

「彼は仲間だから安心しな。

 アルカは私が助けてあげるから」

「う、うん……」

 凛々しく、決して信念を曲げないケルカの言葉にアルカは小さくうなずく。

 憧れであり、仁義に反することのないケルカの言葉にただアルカは身を預ける。赤子のように無力である自分を救い出す姉の手をぎゅっと握りしめる。



 攫う対象を護衛していた用心棒はいまや夢心地であり、来た道を戻るだけの仕事となった。

 子供にすら容易に出来るお使いのような仕事を前に男は歪な笑みを浮かべて、妹と一緒に通路を歩くケルカを見た。

 女性らしい曲線がローブ越しにもわかる。胸から腰にかけての曲線に男はごくりと生唾を飲む。その体を好きにして良いと言われれば必然的に頭の中にはピンク色の妄想が浮かび上がってくる。

「ぐふふ……奴隷か」

 これまで欲しいものは力づくで手に入れてきた男でも奴隷を、それも女の奴隷を持つことなど初めてだ。

 ──何してやろうかな

 男の鳶色の瞳が舐めるようにケルカの体に視線を這わすと、それに気が付くかのように前を歩くケルカが振り向き、釣り気味の眉尻を持ち上げる。

「もう仕事が終わったと思っているのか? そう思うには些か気が早いんじゃないか?」

 ケルカはあくまでも気丈にして凛々しい声で語り掛ける。

 その喋りようはとてもじゃないが自身が報酬となっているとは思えない。

「あのー……」

 どことなく怯えが拭いきれない表情でアルカはとてとてと男の前まで歩み寄ると、ゆっくりと頭を下げる。

 ケルカ同様の黒く長い髪が垂れる。

「あ、ありがとうございます! 助けていただいて」

「別に助けたくて助けたわけじゃねえよ。こっちも報酬ありきの仕事だから。なあ」

 おもむろ男は前を歩いていたケルカを見てにやつく。

「報酬って言うとお金とかですか?」

「まあ、そんなところだ。こっちも善意で命をかけて助けてるわけじゃねえからな」

 どことなく世間ずれを感じる目の前のアルカに対して男の歪な欲望が言葉の端々から漏れ出る。

「お金ってそんなに大事なんですか?」

「金は大事だ。金があればなんだって出来るだろ。

 旨い飯も旨い酒も、目も眩むほどの女もなにもかも自由にできる」

 男は歪な笑みを浮かべて笑い声をあげる。

 この世に生を受けおよそ十数年。男にとって金が全てだ。

「お金よりも大事なもの。欲しいものはないんですか?」

「金よりほしいもの……ない! 考えてみろ。金があればお前だって借金の(かた)に売られることがなかったんだぜ。

 金があれば女も金も酒も何もかもが手に入る。わかるか? この世は金が全てなんだよ!

 金がなければそこらで残飯を漁る野良犬にだって冷めた目で見られる。

 人並の生活でこれまでの人生を送ってきた手前(てめえ)らにはわからねえだろうな。平和の上に成り立つ持論をぶつけられても俺様にはなんも響かね」

 金がなく泥水を啜り腹を下したこともあれば、金がなく食べ物にありつけず毒草と分かっていても餓死から免れるために腹に詰め込んで三日三晩寝込んだことすらある男の世界からすれば、目の前の女がこぼす『安心』と言う鎧に固められた世界での論理など何一つ心に届かない。

「いつまで話している。もう出口だ」

 二人の言葉にケルカが割って入る。

「て言ったって俺様にやることなんてねえだろ」

「まだ依頼した仕事は終わってないけど」

「ここまで来て何があんだよ? この扉を開けば……」

「ほらな」

「……」

 男は扉を開けた先の光景に思わず継ぐ言葉がなにも出てこなくなる。ただケルカが勝ち誇るかのように鼻をふんと鳴らして微笑む。

 扉を開けると雨音が三人を迎える。その雨に紛れるがように赤茶けたテンガロンハットを深く被った男が一人、微動だにせずに立ち尽くしている。

「用心棒って全部で……」

「三人だな」

「ってことは人違いって訳ではなさそうだな。悲しいことに銅像ってわけでもなさそうだし」

 雨に打たれながらまるで動かなかった男がゆっくりと顔を上げる。

「商品を返してもらおう」

 抑揚のきいた低い声が三人の耳朶を打つ。その声、そして帽子の奥から覗く獣のように鋭い殺意を宿した瞳に怯えるようにアルカはケルカの裾を握り後ろに隠れる。

「そいつはできねえ相談だな。こちとら仕事なもんで」

「私も仕事なので退くことは出来ないな」

「そうかい。それじゃあどちらかが泣きを見るしかねえ……なっ!」

 ゆっくりと持ち上げた手を言葉が切れると同時に懐に入れ、銃を抜き放つ。

 狙うは眉間。もしくは心臓。

 理想は相手に一切の猶予を与えない即死。

 最悪他の急所で相手の戦意喪失を──

「遅いっ!」

 ハットを目深にかぶった男は銃を抜かれるよりも早くその手に握ったカードを構える。

「レイ・ドール!? こいつもライダーかよ!」

「出でよ! マドジェスタっ!!」

 銃口から吐き出される轟音と硝煙を置いて銃口から吐き出された弾丸が雨の幕を穿つ。狙い定めた眉間へとその弾丸が吸い寄せられるように飛来し、届くかあわやのところでテンガロンハットの男の構えたカードから放たれる灰色の輝きが辺りを覆う。



「こりゃまた……」

 男はぽかんと口を開いたまま目の前で仁王立ちするレイ・ドールを見た。

 天から降る数多の粒が白と黒のみの法衣に身を包んだレイ・ドールの巨体を濡らしていく。

 操縦席からケルカ達を見下した男は僅かに黄ばんだ歯を見せつけるような笑みを浮かべる。

「どちらかが泣きを見ると言うなら、そちらが泣きを見ることになりそうだな。このヒュウ=コサージュと相棒のマドジェスタの前に敵はいない!」

 法衣を纏ったレイ・ドールがその体にも似つかわしくない巨大な十字槍を握る。

 雨が弾かれ槍の軌跡が描かれる。

「ここからが君の仕事だな。私は妹を逃がす」

「俺様一人であいつをどうにかしろって言うのかよ?」

「もちろん。それが君に頼んだ仕事だろ」

 屈託のないケルカの返事に男は橙色の髪を思いっきりかきむしる。

「わかったよ! やってやる! その代わり報酬忘れんじゃねえぞ!!!」

「ふっ」

 ケルカは鼻で笑うと目の前のレイ・ドールに呆気に取られているアルカの手を思いっきり引っ張る。

「お、お姉ちゃん!?」

「行くぞ!」

 有無言わせぬケルカの圧力に言葉を封じられたアルカは今にもつんのめりそうな足取りで引っ張る姉を追いかけるように水たまりを思いっきり踏みつけて走り出す。

 一瞬だけ後ろを見た。背中越しではわからない。レイ・ドールを前に銃を構えた男の瞳に歪な欲望の色が宿っていることを。

「護送対象をこのまま攫われるのを指くわえて見てるだけとはいかないな」

 レイ・ドールが大きく足をあげ一歩踏み出す。

 ぬかるんだ大地に深く踏み込む。

「っとお。ここから先は通さないぜ」

「わざわざ見逃してやってるのに邪魔をするか?」

「こちとらどうしても欲しいものがあるんだよ。ここを譲っちまったそいつが手に入らねえ」

 レイ・ドールを目の前に背中に抱えた武器を一息で大量に取り出した男の目に宿る歪な欲望の輝き。

 いかに武器を構えようと、目の前に立っているのは戦闘用のレイ・ドールであり、いくら上手く立ち回ったところで真正面から向き合えば所詮一人の力で勝ちなど転がり込んでくるはずもない。

 男にもそれはわかっている。しかし見下すコサージュの顔が気に喰わなければ、既に勝った気でいることも男は気に喰わない。その何もかもが気に喰わない。

「レイ・ドールを前に恐れることのない無謀さ……それにその橙色の髪に狂犬のような瞳。

 風の噂程度に聞いたことはあるが、欲しいものはどんな手段でも手に入れる男、『名無し』か?」

 賞金稼ぎ達の間に小さな噂があった。人でありながら無数のライダーを葬ってきた男と。

 そしてその男が関わる仕事は、関わった者全てが不幸になる。

 敗者しかいない結果だけが最後に残る。

 勝つのは誰も名前の知らない男」

「俺様の名前は誰も知らない。俺様自身もな。ただ手に入れると決めたものを一度だって逃したことはねえんだよ!」

 名無しの男は握った剣を思いっきり振り上げ操縦席に向かって投げると同時に銃を構える。

「面白い!」

 マドジェスタが十字槍を構えると同時に雨音を貫く銃声が辺りに響き渡る。

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