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13-1



  ◆◇◆



「毎日毎日飽きねえ奴らだ……」

 呆れ顔で胡坐をかきながらヒュウが睨みつけた先には、蒼白の鎧を纏った高潔のオリジンことガリエンと、操縦するライダー同様に長く赤いマフラーを首に何重も巻いた示然丸の丁々発止があった。

 示然丸の振り下ろした華楽刀(からくとう)とその返しで閃く峰仙禾(ほうせんか)を事も無げに円盾と槍でガリエンが器用に弾き返す。

「ねえ、僕の話聞いてる?」

「ん?」

「あんた、お嬢様が話してるんだからきちんと聞きなさいよ!」

「全然聞いてなかったわ。でっ、何の話だっけ?」

 悪びれる様子もなくヒュウが振り向くと、緑豊かな草原の上に大きな地図が広げられている。

 およそ三分の二のところまで、今まで歩いてきたと思われる道が赤線で引かれている。

 その引かれた赤い線を見ていると不意にここまでの道中を思い出すが、何一つ良い思い出などないことにヒュウの顔がより不機嫌なものとなる。

「あと少しで極東の国に着くんだよ……ってやたら不機嫌だね」

「そりゃ不機嫌にならねえわけねえだろ。

 あ、の、や、ろ、う、が一緒の旅で俺様が機嫌良く居られると思うか?」

 ヒュウの不機嫌の原因はまさしくあの蒼白のオリジンを操るライダー、ジール=ストロイにあった。

 レイ欠乏から目覚めてみれば何一つ言わずに仲間面して旅についてきている。おまけに、この数時間ですら、ヒュウが右と言えばジールが左。白と言えば黒。何から何まで一挙手一投足真逆の二人だ。

 普段から遠慮のない我儘を押し通すヒュウにいちいち反目するジール。苛立ちが募るのも無理もない話だ。

「しかたないんじゃないの。だって強欲のライダーと高潔のライダーでしょ。そりゃ根っこから相性悪いんだから」

「だからイラつくんだよ」

 ごもっともな話しだ。

 人生で一度だって『我慢』などと言う行為をしたことのない傲慢にして強欲なヒュウからしてみれば、常に自分と反対を歩く人間がいるだけで苛立ちを抑えることができない。

「あんた、とことんあいつと相性悪いわね」

 リビアが呆れるように呟く。

 リビアも軽薄そのものの貞操観念や決して真面目とは言えない性格から四角四面のジールと相性が悪いが、目の前で歯ぎしりをたてて唸る男ほど相性は悪くない。

 犬猿と呼ぶも生易しいほどの二人の関係に呆れることしかできない。



「二人とも、そろそろ行くよ~」

 閃く二刀を苦もなく弾き、少年とも少女とも区別のつかないリンダラッドの目立つ純白の髪にガリエンと示然丸が向き直る。

「では拙者達も行くでござるよ」

 示然丸とガリエンが足音を立てながら戻ってくると、既にゴールドキングの操縦席に座ったヒュウの膝でリンダラッドが待ちくたびれたかのように本を読んでいる。それに僅かに眉根を寄せるジールをよそに示然丸にリビアが乗り込む。

「さて二人とも来たし出発~っ!」

 二人が戻ってきたことを確認して本を閉じたリンダラッドはゴールドキングの操縦席に立ちあがると、新たな日が昇るであろう東の空を指さし快哉な声をあげる。そのことにジールは僅かに眉根を寄せる。

「リンダラッド様はどうか私のガリエンに。いつ体をオリジンに奪われて暴走するかわからないよう奴と一緒に乗るのは──」

「こっちの方が面白そうだからこっちがいいや」

「リンダラッド様っ!」

「わかるぜ。あんな頭が高野豆腐みたいにカテえ奴と一緒なんて息が詰まってしょうがねえ」

「貴様のような汚水を固めて生まれたような男にそういわれるのは心外だな」

 勝ち誇ったかのように操縦席で笑みを浮かべるヒュウに対してジールの眉根がますます寄ってみせる。

 事あればすぐに火花が散る関係だ。常時不協和音を奏でるような二人の関係が何かのエネルギーに変換できれば世界も救えるとすら思えてくる。

 それほどまでに、ぶつかる度に飽きもせずに罵詈雑言が飛び交っている。

「そっちの特訓とやらはどうなの? 成果出てる?」

「ジール殿に付き合ってもらってるおかげでだいぶ身のある訓練になってるでござるよ」

 苛立ち互いを乏しめ合う二人など見慣れただけにリンダラッドは構うこともせずに示然丸を操縦する輪蔵を見た。

「ジールから見て彼はどうなの?」

「なかなか筋が良く、鍛えれば師団長までは()ける逸材と思いますね。能力も素晴らしいですね。

 王立騎士団にはない類の隠密任務に特化したもの。この任が終わり彼の了承が得られるならば是非王立騎士団の門を叩いてほしいものです」

「へえ。お世辞なんて口曲がっても言わないジールがそんなふうに褒めるなんて凄いんだね」

「いやー、それほどでもないでござるよ」

 輪蔵は鼻を高くするが、同時にジールとの間に感じる埋まらない深い溝のような実力差を思い出してしまう。

 操作技術やレイ・ドールの能力差などではない。もっと漠然とした、刀を交えると伝わってくる決して崩れることのない余裕。

 どれだけ苛烈な乱撃で攻めたてようとも、清廉なジールの立ち振る舞い同様にガリエンは決して乱れることなく隙を晒さず一定の呼吸している。

 この日々の訓練を通して輪蔵はその埋まることのない差を感じている。

「あとどんだけ行けばいいんだよ。こちとら腹が減って死にそうだぜ」

 唐突に盛大に鳴る腹の音と共にヒュウはまるで力の入らない脱力しきった情けない声を出す。

 食事は日に三度。そして決まった時間に食事がないと、誰よりも正確な体内時計によって腹の音が静謐を突き破る。

「もうそろそろ次の街が見えるだろうし、一時間もかからないと思うよ」

 盛大に、そして断続的に鳴る腹の音に慣れたリンダラッドはまるで気にしないでヒュウの膝の上で地図を開く。

 日を浴び、時に雨を浴び変色の激しい地図上には目的地である極東の国まで街道沿いに点々と等間隔で街がある。

「街に着くまでの退屈しのぎになんか話してくれても良いんじゃないの? 話してれば気が紛れるし」

「俺様が話すのかよ。てめえが何か話せよ。山ほど本を読んでるんだし、こういう時に気の利いた話の一つでもするもんだろ」

「僕が……うーーーーん」

 まるで想像していなかったヒュウの言葉にリンダラッドは腕を組んで長い唸り声をあげる。

「リンダラッド様が御話しに困ってるなら私が代わりに一つ。

 そうですね。王立騎士団たるものいついかなるときも──」

「つまんない」

「つまんねえ」

「なっ!」

 ヒュウとリンダラッドの声が意図せずぴたりと重なりジールの言葉を断ち切る。

「空腹も忘れるような面白い話ね……」

「どうせならエロくて、聞いてるだけで興奮するような話しを頼むぜ。ヒヒヒ」

 笑みを噛み殺すがそれでも抑えがきかないような卑屈な笑みに対してリンダラッドは怪訝な表情を浮かべながらその細く長い両の指を組んで顎を乗せる。

「僕がするの? エッチなお話かあ……」

「ちょちょ、ちょっとあんた! お嬢様になんて話しをさせようとしてるのよっ!!」

 真剣に考え込んでしまうリンダラッドの姿を前にリビアは深紅の前髪を書き上げて眉を吊り上げて示然丸の操縦席から叫ぶ。怒りとも羞恥とも判別のつかない赤みが頬を差す。

「そんなこと言うならあんたがなんか話しなさいよ!」

「俺様のこと……別に構わねえけどなんか聞きたいことがあるのかよ? ないだろ。なあ」

 勝ち誇ったようなヒュウの言葉に全員が難しい表情を浮かべる。

「ドブネズミみたいな汚水のなかを生きる生活なんて確かに聞きたいものではないな」

 ジールが抑揚のきいた声で淡々と言い放つ言葉にヒュウは笑みを浮かべる。

「ドブネズミとは酷い言われようだな」

「社会の構造に混ざることが出来ず闇に潜み、人目のないところで弱き者から甘露を吸い上げる貴様のような害獣をドブネズミと呼んではドブネズミに失礼だな」

「そう言ってくれてありがてぇよ! こっちはてめえみたいにクソガキの御守りだけで旨い飯にありつける優雅な生活なんてしてなかったからな。命掛けのその日暮らしよ。

 たとえ罪ない人間を踏み台にしてでも明日に繋がなきゃならかったんでな」

 ヒュウとジールはお互いの瞳を睨む。

 ジールの落ち着いた端正な顔立ち。そしてヒュウのところどころに小さな傷が目立ち、相手を嘲笑うかのような笑みを浮かべた顔。互いが互い瞳に映るその男を受け入れることができない。

「ジールとは付き合い長いから過去のことも聞いてるけど、君は僕と知り合うまで何をしてたの。悪評は聞こえてきたけど、具体的に何をしてたのか僕達知らないし少しくらい話しても良いんじゃないの?」

「確かに。あんた自分のこと全く喋らないからね」

「聞かれねえから喋らないだけだし、喋ったところで俺様は何も面白くねえからな」

 確かに誰も過去のことなど聞いたことはない。ヒュウとしては語る理由などない。おまけに語ったところで一銭でも懐に入ってくるわけでもない。

「じゃあ改めて僕が聞くよ」

 膝の上に座ったリンダラッドの碧眼の大きな瞳がヒュウの顔に迫る。

「改めて君の過去を教えてよ」

「……まあそこの堅物よりは面白い話だろうし良いだろう。話してやるよ。俺様の壮大な人生の一端を!」

「わーい」

 ヒュウが芝居がかった口調で大仰な仕草をするとリンダラッドがまるで大根役者さながらの歓声と小さな手を合わせて拍手してみせた。

「俺様がまだヒース国に来る前だ……」

 不意にヒュウの言葉が止まる。

 一点。どこか遠くを眺めていたその目がぴたりと止まる。

「ん?」

 全員が、巻いた発条(ぜんまい)が緩み切り動きを止める人形の如くなんの前触れもなく唐突に止まってしまったヒュウを見た。

 さっきまで快哉の声をあげていたヒュウの顔が次第に曇っていく。

「……」

「話しの続きは?」

「よっと」

 ヒュウはおもむろに操縦席に腰を下ろす。

「この話は止めた。

 俺様が面白くねえ」

 不機嫌ともどこか違う。

 ヒュウにしては珍しく力のない声で呟く。

「あんたがそんな顔するなんてどんな話よ」

「拙者も気になるでござるな。ここで語るのを止めるのは些か酷でござらぬか?」

「俺様が面白くねえから話さねえ。そんだけだ」

 追及の言葉に対してヒュウはぶっきらぼうな言葉と共に口を尖らせそっぽ向いてみせる。

「君がそんな態度を見せるなんてどんな話なんだろう。僕としては凄く気になるなあ」

「うるせえな。本でも大人しく読んでやがれ。終わりだ終わり。この話は終わりだ」

 苛立つヒュウの声をよそにゴールドキングが地を揺らして進むと背中のマントが大きく揺れ、そこに描かれた金貨で頭蓋を派手に割られた髑髏が日の下で嘲笑う。



  ◆◇◆



 雨。

 天から降り注ぐその粒は、その空に下にいるものに平等に降り注ぐ。降り注ぐ雨に計らいなどない。

 裕福な者から貧困な者。老いも若きも関係なく打ちつける雨。

 普段から活気などありもしない片田舎の町だが、今は喪に服したが如く雨の音だけが町を満たしている。

「こいつで最後か。またどっかで盗んでこねえとな」

 激しい雨を凌ぐように軒先で座り込んだ男は、先日盗んだパンを頬張り天を仰いだ。

 今日と言う日まで旨いものも美女も酒も、罪を犯し奪うことで手に入れてきた。

 ざんばらに切られた橙色の髪の奥で、次の標的を考えると男の顔が自然と歪な形に綻ぶ。

「君か? この辺を荒らしまわってるクソガキってのは」

「だったらなんだよ」

 まだ青年と少年の境目にあるその顔は僅かに幼さが残るが険のある目つきとやつれた頬はどこまでも野性的だ。

 この街の人々が持つ平和慣れした表情とはまるで違う。血の匂いを全身から放つ平和から縁遠い顔つきをしている。

 手に握ったパンを頬張り嚥下した男は傘をさし寄ってきた声の主を、雨で張り付く橙色の前髪越しに見上げた。

 真っ先に目に入ったのは女性ということ。そして次の情報に服。体のラインを覆ってしまうゆったりとした黒のローブ。最後に持っている荷物の価値。大したものはない。およそ強盗をしたところで二束三文だ。

 その尖った目つきで青年は女を一瞬で値踏みする。

 ──賞金首……とも見えなくもない。

 ゆっくりと尻に敷いたナイフの柄に手が向かう。

 かかった賞金など大した金額ではないが、それでもごくたまに小遣い稼ぎ程度に狙ってくる賞金稼ぎはいる。

「良い目つきをしてるな」

 女が笑った。つんと尖った鼻とぴっとひかれたかのように凛とした眉毛。人目をひく顔立ちをした女の笑みは、貧乏人を見下し嘲笑う者達の慢心と油断を孕んだそれとは違う。ただ歪んだ好奇心が刺激されるかのような笑み。

 女は腰まで伸びた黒い髪揺らしながら踵を返す。

「おまえに仕事がある。ついてきな」

「……」

 ──罠か?

 女は水たまりを踏みつけ振り向くことなく歩く。

 このまま数十秒も待てば女の背中は雨のカーテンへと隠されてしまうだろう。

 男に敵は多い。今日まで生き抜くために一体どれだけの人間を傷つけ、奪ってきたか想像もできない。もはや男にとってそれが日常だ。

 弱い者から確実に奪う。

 ただそうやって奪い続けてきた男にかかった賞金はおよそ小遣い程度のものだが、狙う者は後を絶たない。

 ただあの女の僅かに影が潜んだかのような笑みが男の頭に印象的に残っている。

 消えていく女の背中を眺めていた男は立ち上がるとその背中を追いかけ水たまりを踏み抜く。

 まだ名を持たない強欲の男と、どこまでも闇に溶けるような黒い髪を持った女性との出会いだった。


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