12-3
◆◇◆
「おい、この反応って」
極東の国、ベルデガーレの枢軸となるベルデガーレ城の窓に立った唸るような声と共に懐からレイ・カードを取り出す。
大男の体を覆う錆びついた赤褐色の鎧と同じく銅色の枠縁を持ったレイ・カードのなかで双角の頭部から足元までを重鎧で覆ったオリジンが輝いている。
「間違いないな。オリジン同士が戦っている」
怒鳴るような男に応え暗闇から出てきたのは漆黒のマントを羽織り黒のレイ・カードを握った痩躯の男だ。
マントで覆ってもわかるほど線が細く、目元には化粧のごとく深いくまが刻まれ、整った顔立ちはどこか影を落とし鬱蒼とした雰囲気を持つ男もレイ・カードを取り出し見つめる。
「紫黒の死神と呼ばれるこいつが震えてる」
「まさか……怯えてるのか?」
「武者震いだ。
オリジン同士が戦っているからな」
「戦ってるのはのジール=ストロイか?」
大男の顔面を斜めに横断するかのような生々しい傷跡が笑みとともに歪む。
その派手な傷跡を大男は指でなぞる。
「万緑も白妙も戦う性格ではないことを考れば消去法で蒼白と黄金の二人になるな。
どちらが勝とうともブラクス、俺たちも時が来れば戦うだけだ。オリジンに選ばれたライダーの運命のもとにあるんだらかな」
「言っとくがあの蒼白のオリジンは俺が倒すんだぜ! そういう約束でてめえの仲間になったんだ。もしも約束を破るようなら……ラゼルッ! てめえでも容赦はしないぜ」
「もちろんだ。俺は滅多なことじゃ約束はしないが、一度約束したら破らない主義でな」
いまだ正体のわからないライダーの姿を二人は想像するが、黄金のオリジンを操る者の姿がまるで想像できない。
ただわかっているのは、そのオリジンが、『最強』の名を持った蒼白のライダーと戦っていることだ。
「これで黄金のオリジンは落ちるだろうな。あの蒼白のオリジンはライダーもまさしく高潔と呼ぶに相応しい存在だ。
並のライダーがオリジンを手に入れたからと言って微塵も勝つ可能性なんてありはしない」
「あいつの話を聞くだけで傷が疼きやがる。早くここまで来いよ。ジール。てめえの無敗神話はこのブラクス=アンデ=グランズ様が終止符を打ってやる!」
ブラクスの握り拳が力任せに壁に叩きつけられ、衝撃となって罅が走る。
顔を横断する派手な傷の疼きを止めるためにブラクスが求めているものは、あの蒼白のライダーの臓腑をその手で引っ張り出し、苦痛に歪むその表情を前に酒を飲むことだけだ。
◆◇◆
「どうしたっ!? てめえの力はその程度かよ! ガァリェン!」
ガムディットが纏う黄金の輝きから尽きることなく創り出される武器が、蒼白のオリジンを襲う。
襲い掛かるのは武器だけでない。盾や槌。更には鍬までもが、人間が持ちえる処理速度の限界を要求するほどの速度と量で蒼白のオリジン目掛けて飛来する。
コンマ一秒で飛来してきた剣を一つ弾けば、その後ろには槍、弾丸、槌と三つの武器が飛来する。その武器を弾けば更に倍。そしてそれを弾けば更に倍。
人と人の闘いにおける常識など二体の前には微塵も介在できない。
二体のオリジンが疾駆してきた道には深々と突き刺さる武器の数々とそれによって派手に抉りとられた大地でまるで一本の道が出来ている。
人が生きてゆくことのできない道を創り出す闘い。
「派手な闘いだね」
もはや追いかける気のないリンダラッドは徐々に遠のいていく二体のオリジンを見ながら呑気な声をこぼす。
自分が非力なことなど百も承知であり、この闘いに割り込むことなどおよそ不可能なことも十二分に理解している。
ともなればやることなど一つだ。
『安全な場所で観戦。忘れないようにしっかり記憶すること』
これに尽きる。
「拙者の力不足でヒュウ殿を、いやガムディット殿を止めることが出来なかったでござるよ」
「落ち込んだってしょうがないんじゃないの。あんなん止められる人いないでしょ」
人の知覚速度を超えた動きであらゆる丁々発止をこなす二体のオリジンの戦いはまさに神の戦いと呼ぶにふさわしいものだ。
「示然丸……拙者はもっと強くなるでござるよ!」
輪蔵はレイ・カードのなかで手足がもがれ傷ついた示然丸の姿を見ると、胸に熱い決意が宿る。
振り上げられたガムディットの手からこぼれる金色の輝きが瞬時に四本の歪な剣を生成する。形から大きさまでもが様々な握られたその剣が振り下ろされ、轟音と共にガリエンの構えた円盾に刀身を砕かれる。
散った刀身の破片がガムディットの黄金とガリエンの蒼白を映し、まるで幻想的な雪のように二人の間を煌めく。
「相変わらず硬ぇ野郎だ」
「力とは何かを護るためにある。
その力を無差別に振るうその姿は醜悪そのものだな」
「流石はガリエンが選んだライダーだ。口を開くたびにムカつく言葉を吐き出しやがる。教えてやるよ! 力ってのは欲しいものを全て奪い、手にするためにあるんだよっ!!!」
──WWWWWWWWWWRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOO──────────!!!!!
禍々しい牙を開き咆哮と同時にガムディットの口から凄まじい数の武器が突き出しそれらが右腕へと集中する。
絡み合う銃身、砲塔、刀身に日用品。ありとあらゆるものがお互いの凹凸を繋げ合わせうるようにして肥大化していき右腕は歪にして巨大な銃口を創る。
レイ・ドールすらも覆えるほどの巨大な銃口がガリエンに向けられる。
「こいつでてめえのライダーごと消し飛ばしてやるぜ」
「貴様の不浄の信念など私の前に通じると思うな」
ジールの声に応じたガリエンは向けられた巨大な銃口を前に腰を落とし、盾を構え、その奥でランスの先端を構える。
高潔の力である蒼きレイがガリエン全体に満ちていく。
「ヒュウ=ロイマン……」
盾を構えた奥からジールはその蒼い瞳で操縦席に座る男を見た。
ざんばらに切ったかのような橙色の髪に薄汚い服とマント。欲望にぎらついた鳶色の瞳も今は黄金の瞳と化している。
「オリジン如きに呑まれる程度の意思しか持たない男だったからには私が直接引導を渡してやる。
容赦も慈悲も油断も怒りもない。ただ邪念の塊であるそのオリジンをこの場で滅する。それこそが私、ジール=ストロイだ。
ガァリェェンッッッ!!」
胸に抱いた己が信念を疑わずに常に高潔であるジールの咆哮が地を揺する。
ありとあらゆるライダーから畏怖と羨望、尊敬を抱かれるライダー、ジール=ストロイと、彼が操るガリエンが蒼白の輝きに染まる。
構えられた巨大なランスと円盾に直線を軸とした幾何学模様が発し、それは瞬く間にガリエンの全身を這い、ジールの体にまで刻まれていく。
「私の全力を見せてやる」
顔まで模様が刻まれていくなかでジールは呟く。
「あちゃー」
思わずリンダラッドが声をこぼす。
全身に幾何学模様を這わせたガリエンが槍を構えると同時に大地が震える。
「ジール、彼を殺す気だね」
「あ、あの姿はなんでござるか!?」
遠目に見てもそれが異常であることは輪蔵にもわかる。
幾何学模様に覆われたガリエンから放たれる衝撃は地を揺らす。
「僕も一度しか見たことないけど、あの姿で戦場を駆けたときのジールには誰一人として傷をつけることはできないよ」
駆け巡る紋様は更に増え、いまやジールとガリエンの全身をくまなく覆っている。
ライダーでもなければ、輪蔵達の知るレイ・ドールの姿でもない。
「いまだ無敗のライダー……」
まるで二体で一つの怪物とすら見紛う姿に輪蔵は思わず背筋が寒くなる。
その力は想像していたものとはあまりに異次元のものだ。
──知覚範囲増大。処理速度向上。心拍数脈拍ともに加速
頭のなかに直接囁くような声。模様の刻まれた顔でジールは前を見た。
「貴様が、この世の全てを力ずくで手に入れるというなら私がその手から全てを護るっ!
それこそが私の力なのだから!」
全身を纏うように放たれていた蒼白の輝きが刻まれた模様を駆け巡る。
「共鳴回路か……ライダーがオリジンの意思を完全に掌握したときに表れる証……ヒヒヒ、情けねえ奴だな、ガリエンッ! 人間如きにオリジンが言いように使われるなんてな」
ガムディットは操縦席で大きく口を開いて笑って見せた。
「違うな。私とガリエンは二体で一つ。互いの信ずるものが同じだからこそガリエンは私に力を授けた」
ジールの臓腑に灼熱が纏うような感覚と共に、音が聞こえるほどの鼓動を心臓が打ち鳴らし、限界を超えた造血機能が血脈に奔流を作る。
津液が沸騰するかのような感覚のなかで蒼白に染まる瞳が構えた円盾の向こうに立つ敵を睨みつける。
「ヒヒヒ、何が信ずるものだよ。
たとえグリスフが無かろうと俺様の力がてめえみたいなちんけなオリジンにやられるかよ! 残りの四体も全部俺様が蹴散らしてやる! 俺様を操作するライダーなんていらねえんだよ!」
ジールにとって疑うことのない敵が目の前にいる。ならばすべきことは一つだ。
刻まれた模様はまるで生きているように他の線と繋がり合い、模様を変え、構えたランスの先端に集中する。
「幾星霜と繰り返される日没と夜明けが永久に続く世界を崩す者を、我が高潔なる槍で一切の邪と共に貫くっ!」
世界の歯車を崩す存在に対して構えられたその槍は一切の加減を知らない。厳格なジールの声と共にガリエンが構える。
「ヒヒヒ。てめえの力が俺様に敵うと思うなよ! 吹き飛びやがれっ!! ──────────」
ガムディットがその巨大な銃口を照準を合わせ、躊躇いなく引き金のかかった指先に力を加える。
「ガァリィエエェェェン──────────」
放たれる光弾を前にガリエンが人の知覚速度などゆうに超えたそのランスは、音を超え、光すらも捉える速度で突き出される。
◆◇◆
「ここから出しやがれっ!」
無味乾燥と言う言葉をそのまま形にしたかのように何一つ見るところのない風景を前にヒュウは怒鳴る。
喧しい声は反響すらせずに彼方へと吸い込まれ消えてしまう。
もう一人の自分、ガムディットに体を奪われてからどれだけの時間が経っただろうか。
いくら叫ぼうと走ろうとも疲弊することはなく、喉も乾かなければ眠たくなることもない。
「残念だけど俺様を使いこなせねえお前に体を明け渡すわけにはいかねえな。
この永久の世界で死ぬことも生きることもなく大人しくしてるんだな」
「てめえ! どこから喋ってやがる!」
腰に携えたレイ式銃を抜き構えヒュウはあたりを見るが、殺風景な光景が広がるだけでもう一人の自分の姿などどこにもない。
「せっかくだから退屈しのぎにお前にも見せてやるよ。
俺様の本当の力を」
どこかで指を弾く音が空間に響く。
それを合図にヒュウの頭上に四角い枠が生まれる。
「なんだ?」
手を伸ばしてもまるで届きそうにないその枠に突然映像が映し出される。
「……あの野郎っ!!!」
そこに映った男を見てヒュウは思わず目を見開く。
他に厳しいがそれ以上に自分に厳しく、弱きものを助け悪をくじく。ヒュウがこの世で最も忌み嫌っている男、ジール=ストロイの整った顔立ちだ。
ガリエンの操縦席に座り全身に見たこともない模様を刻んだジールの顔を見ただけでヒュウの怒りが溢れ出る。
「さっさと俺様を出しやがれ! あの野郎は俺様が殺すんだっ!!!」
「残念だが、それはできない。俺様の真の力でガリエン諸共灰燼と化すからな。
それにお前が出て行ったところで俺様以上に戦うことなんてできないだろ。
ここに居れば最強の座が転がり込んでくるんだ。文句もねえだろ」
「おおいにあるっ!」
ヒュウは白い歯を突き出す。
鳶色の瞳に『強欲』を黄金の輝きが宿る。
「あいつを這いつくばらせるのは俺様だ! てめえじゃねえっ!!」
「いくら喚いたところにお前はそこで見てることしかできないんだよ。所詮オリジンと人じゃ勝負にならねんだよ。俺様に支配されて手も足も出ないんだからな」
ガムディットの言葉に対しヒュウはおもむろに目を閉じた。
──誰かが俺様のものを奪おうとしてる。許せるのか?
想像してはならない最大の恥辱を想像した。
誰かが自分のモノに手を出し、勝ち誇った面でそいつは語り掛けてくる。
深い憎悪と憤怒だけがヒュウの心を満たす。
千回その身を焼き、万回殺されることすら生ぬるく感じるほどの恥辱を前に抑えのきかない感情がわきあがる。
「……んな」
「ん?」
欲しいものを全て手に入れるヒュウの『強欲』が鳶色の瞳に黄金の輝きを宿す。
「ふざけんなっ!!!」
溢れ出る感情にブレーキなどない。
ただ一心。
純然なる強欲がヒュウの心から溢れると同時にその全身に、ジール同様の幾何学模様が刻まれる。
ヒュウの体に端を発した模様が地を這い、空へと伝わりあらゆるものを侵すまでに時間はそうかからなかった。
「貴様の──────力如きに────」
ガムディットの巨大な銃口から放たれた銃弾とガリエンのグリスフを刻んだランスの衝突。
衝撃と共に蒼白の輝きと黄金の輝きが地を割り、天の雲を裂き、轟音と衝撃を吐き出し続ける。
「ガリエンッ!!」
全身を刻んだグリスフを流れる蒼白の輝きがより強いものになると同時に突き出した槍に蒼白の輝きが纏う。
何者にも屈することなく、いかなるとき、いかなる状況であろうとその胸に宿した信念を歪ませることのないジールの『高潔』を形にした輝きが黄金の輝きを容赦なく喰らう。
「決着の刻だっ! 」
眩い蒼白の輝きが黄金を全て呑み、貫き、砕く。
弾丸を貫き、霧散する黄金の欠片の先にいるはずのガムディットすらもを構えたランスが貫く……はずだった。
──ギィン
戦闘において誰一人として受けることを許されない高潔の槍の先が黄金の輝きの向こうでピクリとも動かない。
「……勝負はここからだろ」
次第に薄らいでいく黄金の輝きから出てきたのは全身にグリスフを刻んだゴールドキングであり、その操縦席にはあの男が鎮座している。
浮かべた笑みは、マントに刻まれた金貨で頭蓋を割られた髑髏同様に、相手を見下し嘲笑うかのような見た者を苛立たせる笑み。
欲しいものは命を捨ててでも手に入れる。『強欲』と言う欲望を人の形にしただけの存在。
「ハハッ! 俺様の前にはオリジンなんぞ道具に過ぎねえんだよっ!
たかが神如きが俺様から奪おうなんぞ万年早えんだよ」
──WWWWWWWWRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO──────!!
全身に回路を刻んだヒュウは白い歯を見せて快哉な笑い声をあげる。
連動するようにゴールドキングも禍々しい口を開き咆哮をあげる。
「さあここからが勝負……だぁ……な、なんだ体が……」
目元に深いくまを作ったヒュウは、唐突に全身に重りを巻き付けたかのように手足の先から自由がきかなくなる。そのまま重くなる体に身を任せるように操縦席の縁に寄り掛かったまま動けなくなる。
沈んでいく意識に抗うことができずゆっくりと視界が閉じた。
「レイ欠乏症か。これだけ好き放題やれば当然だな」
動く気配がまるでないゴールドキングに刻まれた回路が黄金の体に溶けるように消えていくのを見てガリエンからも回路が消えていく。
ヒュウほどでないにしろ、レイ欠乏の表れであるくまが目立つ目でジールは戦ってきた草原を振り返る。
およそ街道を行く人達が心を奪われる十分な緑豊かな草原も、二体のオリジンが戦った結果、荒野以上に禍々しい大地と化してしまっている。
「意識があったらあったで迷惑しかかけない奴なうえに、倒れても世話のかかる男だな。その上、体を奪われても迷惑をかける……こいつは迷惑かけるためだけに生きてるのか? よっと」
死体と見紛うほど動きの少ないヒュウの体を背中に抱えゴールドキングの操縦席から飛び降りる。
「ジール、久しぶり」
「リンダラッド様。お久しぶりです」
派手に抉れた大地を不安定な足取りでとことこと歩いてきたリンダラッドを前にジールはヒュウを抱えたまま膝をつき拝跪してみせた。
蒼白の鎧に身を包んだ騎士は、男を一人背負っているにも関わらずまるで苦も見せずに構えをとってみせた。
「相変わらず堅苦しい奴ね」
「貴様は相変わらず軽薄そうな恰好をしているな。リンダラッド様の傍に相応しい恰好をしたらどうだ?」
命を託する主君を前に騎士となったジールに後から追ってきたリビアが口を挟む。
ヒース城でもリンダラッドの付き人として仕えている二人だが、犬猿の仲は部下達にまで知れ渡っている。
「それで決着は着いたの?」
「こいつのレイ欠乏による自爆と言う形で……」
背中に背負ったヒュウを投げ捨てるように地面へと転がす。死体と勘違いされても不思議なほどに動きの少ないヒュウを前にリンダラッドは顔を覗き込む。
「これ……生きてるの?」
「重度のレイ欠乏で意識を失っているだけなのでしかる時間が過ぎれば起き上がると思います。それよりもリンダラッド様……」
「わっ!?」
前のめりに倒れたジールをリンダラッドは器用に避ける。
蒼白の騎士は、地面に転がっている強欲男の薄汚いマントの上に重い音をたてて倒れる。
「一分の全力は少々長すぎました。私も、眠らせていただき──」
言葉を言い切ることもなくジールはそのまま瞼を閉じた。
ヒュウほどでないにしろジールの目元にもレイ欠乏の表れであるくまが浮き上がっている。
◆◇◆
「んっ?」
おもむろに目を開いたヒュウの前に広がる世界は見慣れた殺風景な空間だ。
凹凸がなく、空と地平の境目まで何一つとして障害のない世界。
「よぉ」
「て、てめえ!?」
自分とまるで一緒の姿をした男が手をあげ笑みを浮かべていることにヒュウは思わず身構える。
もはやそれは意識を超えた条件反射に近い。
「まあそう身構えるなって。
ヒヒヒ、しかし驚いたぜ。まさか俺様の支配を逃れるどころか、奪っちまうなんてな」
金色の瞳をしたヒュウは白い歯を見せて卑屈な笑みとともに一歩距離を詰める。
「ハッ! 負け犬が何の用だよ? また俺様の体を奪いに来たのか?」
ヒュウも白い歯を見せて一歩距離を詰める。互いの鼻頭ぶつかりそうな距離で金色の瞳と鳶色の瞳の視線が交錯する。
「まあな。てめえが不甲斐ない戦い方ばっかしてるようならこのガムディット様がまた奪いに来てやるからな」
「上等だ。いつでもかかってこいよ! てめえは俺様の道具のゴールドキングなんだよ! 持ち主に逆らえると思うなよ」
欲望に塗れた二つの視線が睨み合うなかで金色の瞳がすっと横に逸れて踵を返す。
「しばらくの間だけはそのゴールドキングとか言うだせえ名前で付き合ってやるよ」
殺風景な空間に溶けるように、揺らぎ、次第に透明になっていく。
「ハハハ! 俺様の勝ちだ!」
◆◇◆
「なんか凄い寝相だね……」
「毎回思うんだけど、こいつは一体どんな夢をみてるのかしら」
空が茜色に染まった夕方ごろ。意識を失ったヒュウとジールを運び込んだのは近くの宿場であり、借りた部屋など一等安い、物置にベッドを置いたかのような部屋だ。
およそ一日の熟睡でジールは目を覚ましたが、ヒュウに至ってはいまだ夢のなかだ。にも関わらず大声を上げ突然拳を天井に向けて突き出したヒュウに対してリンダラッドは怪訝な表情を浮かべ、リビアはほんとに寝ているのかどうか確認するかのように頬を抓る。
「寝ていてもやかましい男だな」
「拙者達は何度も見たから慣れたでござるが、ジール殿は初めてでござろう」
意識を失っているときですら大声を上げる男だ。意識があれば更に喧しくなる姿が目に浮かぶ。
その姿が容易に浮かんでくるだけにジールは一つため息をこぼす。
「しかしリンダラッド殿がヒース国のお姫様でござるとは……」
「言ってなかったからね。別に隠してたわけじゃなかったけど。それでジールはこれからどうするの?」
「王の勅命とあって、リンダラッド様を連れ帰ると同時に、極東の国、ベルデガーレの不穏な動きを探る任を受けています」
「それなら僕たちと一緒に旅してけるね」
「リンダラッド様が迷惑でなければ、このジール=ストロイ。再び護衛の任に着かせていただきます」
「最強のライダーとは心強い味方でござるな。しかし……」
おもむろに輪蔵の視線が寝ているヒュウの方へと向けられる。それにつられるかのように全員の視線が同じ方向を見た。
どこまでも我儘なこの男が目を覚まし、ジールの姿を見ればまた喧嘩になってしまうだろう。
「そのときは私が再び抑えるまで──」
「──その飯は俺のっ! ──」
おもむろに叫ばれるヒュウの声に会話がぶった切られる。
本当に喧しい奴だ。
今後もこの声と共に旅をすることを考えるとジールは自然とため息がもう一度こぼれる。




