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12-1



  ◆◇◆



「まったく、ちと目を離すとすぐにどっか行ってまうんやから」

 情報屋兼賞金首と言う難儀な肩書を持ったテア=フェイラスは、印象的な先端がくるりとカーブした栗色の髪とその開いてるかわからない細い瞳を隠すように浮浪者もかくやの染みが目立つローブを目深にかぶりながら不満が口を突いて出る。

 ほんの数分、店のなかへと入る際に念入りに『ここで大人しくしててや!』と言ったにも関わらず、頷いた相手の姿は店から出ると忽然と消えてしまっている。

「こっちですよ~」

「ん? うわっ!?」

 黒に限りなく近い藍色のハットの唾で顔を隠さんばかりに深く被り、同色の修道服を身に纏った牧師、シャーロ=メアン=フランキスは積まれた人の山の上に腰をかけ酒瓶を煽るように飲む。

 整った顔立ちが柔和な笑みを浮かべている。

 あまりの異質な光景は、周囲の人々から遠慮のない好奇の視線を送送られることになる。

「なに目立つことしとるんや!」

「あっいた!」

 大股で駆け寄るテアは倒れている男達を容赦なく踏みつけてその山をのぼり、頂上で気持ちよさそうに酒を飲んでいるシャーロの頭を思いっきり叩く。取れた帽子から新緑の髪が露になる。

「いやいや、これも正当防衛よ。この方々はみんな賞金首でどうやら狙いは──」

「ちょっ!? こんな往来の道で出すんやない!」

 抱えた聖書から一枚のレイ・カードを取り出そうとするシャーロの手を無理やり抑えてテアはその開いているかどうかわからない細い目で睨みつける。

「とりあえず、いつまでもこんなところに居ても目立つだけで一銭の得にもならんわ」

「ととっ」

 ぐいっと手を引かれたシャーロはつんのめりそうになりながらも人の山を駆け降りる。



「目立つことは控えろ言うたやろ!」

 人気のない路地に入るなり長身痩躯のシャーロを壁に押し付け、小柄な体を目いっぱい伸ばしテアはぐいっと体を寄せる。

 怒りと呆れが混在したその言葉に対してシャーロはまるで意に介す様子も見せずに「そうでしたね」と笑みを浮かべたままぬけぬけと答えてみせる。何度目のやり取りか考えたことはないが両手できかないほど同じやりとりをしてるだけにテアはため息がこぼれる。

「それで、そちらはどうだったんですか? 情報屋さん同士、なにか面白いお話聞けました?」

「情報屋同士言うたってな、こっちは正体隠しながらなんやで。同業のよしみとはいかんわな。

 おかげでえらい金額ふっかけられたわ。うちの財布の中身はどっかの酒飲み牧師と今回の情報のせいですっからかんや。あんさんも酒飲んだ分だけこれからきっちり働いてもらうで」

「その様子だとよほど収穫を得られたみたいですね」

「金払った分の元は取ったで」

 空っぽになった財布をテアは逆さにして振って見せる。埃一つ落ちてこない財布を見せつけてテアは満面の笑みを浮かべる。

「西の大国から這い出で東て向かう無敵のライダー、ジール=ストロイ。彼に法外なまでの高額の賞金がかけた言うのが、不気味な動きが垣間見える極東の国ベルデガーレやって話しや。そして正体不明の黒のレイ・ドール。

 他にも情報は色々あったけど、気になる情報はこの辺やな」

「黒のレイ・ドールは、私のスレイ同様にオリジンの『ガーベラ』のことですね。役者は確実に東に集まってますね。ぷはぁっ」

 残った酒瓶の中身を一気に飲み干したシャーロは赤茶けた聖書を開く。そこには創世神話を描いた六つの幹とそして大地。そして人が描かれている。

「喜び、怒り、破壊、強奪、高潔、好事。予定通り始まりと終わりの地にそれらが集まろうとしてますね」

「そのためにもあんさんがウチをしっかり護ってくれなきゃ困るで。見せてくれるんやろ。世界の創世ってやつを」

「わかってますよ」



  ◆◇◆



「なんか最近変な夢ばっかり見んだよ」

 頭の真上まで来て加減も思慮もなく平等に人々を照らす太陽を眺めてヒュウはため息まじりに声を漏らす。

 普段ならば口を開いても「腹減った!」「疲れた!」の二種類以外まるで喋らないヒュウ=ロイマンが目元に深いくまを作って疲弊感を漂わせる。

「君がそんな顔してるなんて珍しいね」

 膝の上にちょこんと座った少年とも少女とも区別のつかないリンダラッドは目にかかる純白の前髪を少しかきあげてヒュウを見上げた。

「どうせいやらしい夢ばっか見てるんじゃないの?」

「うるせえな。どうにもそういう夢じゃねえんだよ」

 示然丸の操縦席で笑うリビアに怒鳴る声も普段に比べて力がない。

「どうにもその夢を見るようになってから体の疲れが寝ても取れねえんだよ。なんか起きても疲れが残ってるしよ」

「その妙な夢とはどんなものでござるか?」

「……なんか俺様が二人いるんだよ」

「うわぁ……」

「それは悪夢でござるな」

「考えたくもない」

 ヒュウの一言に全員が顔を一様に顰めてみせる。ヒュウが二人などまるで想像したくない。

 煉獄すらも生ぬるく感じるその光景を想像するだけで背筋が寒くなる。

「そいつがなんか色々言ってんだよ。こっちの話も聞かずに」

「間違いない。それはヒュウ殿でござるな」

「うん。確かに君だね」

「一方的に話すあんたが二人なんて話にならないじゃない」

「んで、もう一人の君はなんて言ってるの?」

「確か……オリジンがどうとか言ってたな。興味ねえからいっつも殴り合いになるんだけどな」

「その話面白そうだね。僕がもう一人の君に会えないのかな?」

 リンダラッドが思いっきりヒュウの言葉にくいつくようにぐいっと顔を寄せる。

 オリジンの『オ』の字も知らないヒュウ=ロイマンが夢のなかで一体どのようなことを語っているのかリンダラッドとしては興味が尽きない。

 顔を寄せると、リンダラッドの大きな碧眼にヒュウの疲弊感漂う顔と鳶色の瞳が映りこむ。

「夢だからお前が会えるわけねえだろ。たまんねえぜ。夢の中で自分と殴り合いするなんてよ」

 ヒュウは辟易とした声を漏らす。

 美女に囲まれる夢ならばともかく、何が悲しくて自分と殴り合わなければならないのか。



「あと二日くらい歩けば次の町だね」

 道から僅かばかり逸れた場所で夜空に浮かぶ星々と焚火の明かりを頼りにリンダラッドは広げた地図を見た。

「食料にも余裕があるし、まだ大丈夫でござるな」

「俺様はもう寝る」

 焚火に背を向け草原に躊躇いなくごろりと横になったヒュウは、顔をつつく草などお構いなしに目をつむる。

 連日、寝てもまるで疲れが取れない。それどころか疲弊が増している気がしてならない。

「じゃあ僕も寝る」

「……なんでこっちに来るんだよ」

 背を向けたヒュウのすぐ隣でごろんとリンダラッドも横になる。

 怒鳴ること一つすら満足にできないヒュウは疲れた声をこぼす。

「いやー……傍で寝れば君の夢の中に入れるかな~って」

「かな~、じゃねえよ。

 これ以上俺様の夢のなかに変な奴が増えてたまるか。俺様の夢は美女専用のキングダムなんだよ」

「夢と言うのはそんな簡単に入れるものでござるか」

「お嬢様! そんな奴の傍で寝たら一体何されるか。ささ。私の胸で安らかに寝てください」

 がばっと両手を広げたリビアに対してリンダラッドは頭を振ってみせる。

「だってリビアといっつも一緒に寝てるし──」

「ぐがぁぁぁぁーー」

「もう寝てる」

「なんという(いびき)でござるか」

 夢のなかで二人のヒュウが血まみれになって殴り合いをしている姿を全員が同じように想像する。なんとも暑苦しい映像が浮かんでくる。

「殴り合いなんて辞めて、今日はもう一人の自分と話し合ってほしいなあ。そんで話し合った内容を僕に聞かせてほしいな」

「ひっくり返っても話し合いなんてしませんよ」

「じゃあさあ、夢のなかの彼と、彼。どっちが喧嘩勝つと思う?」

「面白そうな賭けでござるな」

 不毛極まりない会話に割り込むようにヒュウの寝息が草原に響き渡る。



  ◆◇◆



「んで、やっぱりお前がここにいるわけか」

 夢のなかだと言うのを十二分に理解したうえでヒュウは大きなため息を吐く。

 自分の夢にも関わらず、見知らぬ闖入者……いや。よく見知った顔の闖入者に対して眉を吊り上げ睨む。

 地平の彼方まで遮蔽物がない空間に胡坐をかいて腰を下ろしているのはまさしくヒュウ本人だ。

 ざんばらに切られた橙色の髪に汚れた服とマント。そして背中で嘲笑う髑髏のエンブレム。

 怒りに眉を吊り上げるヒュウとは逆に、腰を下ろしたヒュウは歪な笑みを浮かべる。

 それは間違いなくヒュウの笑みそのものだ。

「ようっ。てめを待ってたぜ」

「俺様はてめえが消えてることをどれだけ祈ったことか」

「そう邪見にすんなって。俺様はてめえに用があるんだよ。よっと」

「俺様はない!」

 腰をあげたヒュウは近づいてくる。

 睨み合うにしては近すぎるほどの距離に吊り上がった眉尻が一段と持ち上げる。向き合った顔は、一方は怒りに満たされたものと、一方は欲望の笑みを浮かべたもの。

「普段だったらここらで一発殴るだろ」

「たまにはてめえの話を聞いてやるよ」

「どういう心境の変化だ?」

「いい加減てめえと会うのも疲れたんだよ。こうも毎日夢の中で飽きずに殴り合いなんてできるかよ」

 ごろんと横になったヒュウは話す気など皆無で大きな欠伸をしてみせる。

「そんでてめえは何者なんだよ。俺様の夢に連日出やがって。話すだけ話したらさっさと俺様の夢から出ていきやがれ」

「俺様のことを教えてやるよ」

 歪に笑ったヒュウが懐から手を出すと、その手に握られたのは枠縁が朱金で彩られたレイ・カードだ。

「てめえが言うところのゴールドキング。それが俺様よ!」

「はぁっ?」



「まあそう言ったところで受け入れ難いだろうがこればっかは信じてもらうしかねえな」

「まさかレイ・ドールが直接俺様に話しかけてくるなんて。やっぱ夢だな」

「残念だが夢じゃねえよ。そこらの粗製のレイ・ドールなんかと違って、俺様、オリジン達にはそれぞれ意思があるんだ。つまりこうやって会って話すこともできるわけだ」

 正直なところヒュウは目の前に立っている自分がゴールドキングであろうと、そうでなかろうと関係ない。

 安らかな眠りを得るためにも目の前の男を、自分の夢の世界から排除しなければならない。

「んで、百歩譲っててめえの言葉を信じたとして、そのオリジンがわざわざ俺様の夢になんか用かよ?」

 まるで話しを信じていないヒュウは寝ころび鼻をほじりながら明後日の方向を眺めている。

「戦力外通告ってやつだ」

「はあ?」

「てめえが俺様に乗るには能力不足だってことだ。だからてめえの体は俺様が貰ってやるよ」

 ぐにゃりと歪んだ笑みはヒュウ以上により歪なものとなる。それは表情筋で形作れるものではなく顔の輪郭自体が大きく歪む。

「何言ってんだか。てめえの力が弱えから俺様が操作して今までの戦いに勝てたんだろ」

「ハハハ、面白い冗談だな。レイがかろうじて動かすのに及第点なだけの奴が何を言ってやがんだ。

 その辺のレイ・ドールならまず負けねえ俺様を使って毎度ボロボロの戦いしやがって。

 この先もあんな戦いしてるようじゃ話にならねんだよ。

 紫黒のオリジン。忘れてねえだろ。あの真っ黒のオリジンを」

 ゴールドキングの一言でヒュウはあの正体不明の黒いレイ・ドールの姿が即座に思い浮かんだ。

 ライダーもなく動いていた得体の知れないレイ・ドール。その底知れない不気味さだけがヒュウの脳裏に焼き付いている。

 全力を出しても倒すことのできず逃してしまった、あのレイ・ドール。

「あのガーベラの野郎とやるにはてめえは力不足なんだよ。他の五体のオリジンと同じ土俵に立つには、レイ以外何もかもが足りてねえから、俺様がてめえの体を奪って創世の戦いに参加してやる!

 意志の弱い者は大人しく指で咥えて、俺様の闘いっぷりを眺めてるんだな」

「冗談じゃねえてめえに体を奪われるなんて──」

「俺様を誰だと思ってやがる! 欲望のオリジンのガムディット様だ! 人間一人の魂で逆らえると思うなよ」

 何一つとして遮蔽物のない世界に黄金の輝きが満ちていく。

 色の無い大地に空。それらがゴールドキングから放たれる黄金の輝きに侵され支配されていく。



  ◆◇◆



「あれ。君が起きてるなんて珍しいね」

 空の端から夜が逃げていき朝が訪れようとしている時間にリンダラッドが目を覚ますと、黒いマントをなびかせたヒュウが東の空に向かって仁王立ちしている。

 普段ならば昼頃まで殴っても起きないような自堕落な男が今日に限っては自らの力で起き、夜明けの空を迎えようとしている。

「夢のなかの君とは話してこれた?」

「……」

「あっ、もしかして失敗して殴り飛ばしちゃったでしょ」

「……」

 語り掛けるリンダラッドに対してヒュウは東の空を見たまま微動だにしない。

「ねえ。どうだったの?」

「残念だが……」

 腰を肘で小突くリンダラッドに対して振り向いたヒュウは腰を曲げてその大きな碧眼をじっと見た。

「ん?」

 鳶色の瞳……ではなく、黄金を宿したの瞳。

 瞳を満たした欲望の輝きにリンダラッドは首を傾げてみせる。

「残念だけどあいつはもう帰ってこない。

 俺様は、お前たちのわかるところで言うゴールドキング様よ!」


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