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11-3



  ◆◇◆



「今、なんか影が通ったような……気のせいか?」

 高潔と守護を旨とした銀色の甲冑で全身を覆った衛兵は、槍を握りしめ庭園の片隅を見る。明かりすらない夜の闇に包まれた庭園はろくに何も見えない。見えるのは闇の中で不気味にその(さい)を誇る花々だけだ。

「そんなことよりも第三王子の妃になる相手が見つかったんだと。噂だと今日の舞踏会で一緒に踊ったらしく、なんでもとびきりの美人だとか」

 もう一人の男が、今、城のなかで尽きることのない噂話をこぼす。

 行われた仮面舞踏会以降、あらゆる衛兵達から口さの無い官職達までもがそのことを口にしている。

 この城で働き、その噂を耳にしていない者はいない。

 お嫁候補が幾人も手を挙げるなかでがんとして首を縦に振らなかった第三王子がついに首を縦に振ったその人物の噂が尽きることなく城を駆け巡っている。

「ああ。それなら見たぜ。

 顔は仮面で見えなかったけど、相当な美人だぜ。

 なんせ集まった高慢ちきな奴らの口を例外なく閉じさせちまうくらいだ」

「俺も見たかったな~。ん? 猫か?」

「どうした?」

「いや。そこを小さな影が走ったんだよ」

「こんな広い庭園だ。動物の一匹も紛れ込むこともあるだろう」



 見回りの視線をかいくぐるようにして男は隠密不向きな黒のマントをろくに隠そうともせずに城内の柱の影へと走る。

「ふう。あぶねえ。見つかるところだったぜ。

 さてと財宝のありかはと──」

「ねえ」

「のわっ!?」

 歪な笑みを浮かべたヒュウは柱の影からひょっこりと顔を出すと、そこには真っ赤な瞳があった。

 ルビーの玉石をそのまま瞳に詰め込んだような鮮烈な緋色の瞳にヒュウの驚いた顔が映る。

「何してんのよ?」

「見りゃわかるだろ。金目のものを探してんだよ。そっちこそ何してんだ? 便所にしたってここは見当違いだぜ」

「ほんと品がないわね。あんたの姿が窓から見えたのよ。あんたが変なことをするとお嬢様に迷惑がかかるでしょ」

「ぐぇっ!」

 ぐいっとマントを引っ張るリビアにヒュウは潰れた蛙のような声をこぼす。

「俺様は俺様のしたいようにすんだ。それで誰に迷惑がかかろうと知ったこっちゃねえよ。嫌なら大声出せばすぐに警備の奴が来るぜ。未来のお姫様よぉ」

 ヒュウは当てつけのような言葉と共に、リビアの手が掴んだマントを無理やり弾く。

 どこまでも我儘で、自分のためならば他人のことなどお構いなしの最低男だ。

「ここで騒いじゃ仲間と思われてるお嬢様にまで迷惑かかるでしょ。

 まったく、なんでお嬢様があんたみたいなのと一緒に旅ができるのか理解できないわ」

「俺様もだぜ。もう一人俺様がいたら間違いなくどっちかが死ぬまで喧嘩になるだろうな。ヒヒヒ」

 ヒュウは卑屈な笑いを浮かべた。

 二人のヒュウ……あまりに想像したくない地獄絵図にリビアは(かぶり)を振る。

 二四時間耐えることのない不満と愚痴だけがコーラスになると思うと頭が痛くなる。

「良かったじゃねえか。ガキのお守りから始まった旅も終わりに出来て。その真っ白なドレスで貴族まがいの恰好してよ、嫌な顔を見せずに踊りながら笑顔の仮面を見せてれば王子様の嫁よ。そうなりゃ金に食事、おまけに地位まで何もせずに手に入るんだ」

 歪な笑みを浮かべたままヒュウは柱の影から影へと、ときおり見回りで傍を通る衛兵から隠れ城内の奥へと進んでいく。

 舞踏会は終わり、夢幻(ゆめまぼろし)と思わせる華やかさは城から消え、静まり返った広い通路には、自身の呼吸音だけでもヒュウに騒々しく聞こえる。

 その後ろからドレスの裾を持ちながらリビアが追ってくる。

「……あんたが私の立場ならどうなのよ」

「ああ?」

「目の前に自分を好いてくれるお金持ちの王女がいたら差し出された手を握り返すかってこと。多少のことは我慢してでも」

 リビアからすれば今回の出来事は転機と考えるには十分すぎる出来事だ。

 ゴールの見えない旅に終止符を打つことすらも脳裏に(よぎ)ってしまう。頭では十二分に理解できてるがなにかが引っ掛かる。目の前の品性下劣にしてチンパンジー以下とも思える知能の男がその何かを握っているとは思えない。それでも理性とは裏腹に言葉が口を突いて出る。

 およそ一〇秒ほどヒュウの足が柱と柱の間で止まる。

 通路から丸見えのままヒュウはたった数秒の沈黙とともにその鳶色の瞳の奥に金色の輝きを宿して笑う。

「そりゃ結婚するさ」

「……へえ」

 返ってきた答えはリビアからすればどこか意外なものだった。これまで短い期間だった一緒に旅をしてきたヒュウからは想像もできない言葉だ。

「そんでもって──」

「そこにいるのは誰だ!?」

「やべっ!」

 言葉半ばで通路の向こうから明かりが向けられたヒュウは思わず大きくのけぞる。

 その姿は向けられた灯りの下に晒され衛兵の視界にとらえられる。

「ま、待て! 侵入者だぁっ!!」

 ──ピーーーーーッッ

 警笛が夜の城内に鋭く響き渡る。



「侵入者はどっちだ?」

「こっちに消えたはずだ。奥を重点的に探すぞ」

 通路に集まった衛兵達が再び四散し、次第に遠ざかるその足音が消えると同時に調度品として飾られた巨大な壺が二つ大きく揺れる。

「はあ、なんで私まで逃げなきゃいけないのよ!」

 壺から顔を出したリビアは隣の壺を睨みつけた。そこから栗毛色のざんばらな髪が飛び出す。

「知るかよ。むしろお前が捕まって囮になれよ。王子様のお嫁様です~、とか色目使って言えば大丈夫だろ」

「あんたはその間にどうするのよ?」

「もちろん宝を漁って逃げるだけだ」

「最低っ!」

「そんなこと言われなくても知ってるぜ。そんな言葉も言われ過ぎて耳にタコができるぜ。よっと」

 壺から出たヒュウは迷いなく来た道を戻る。

「どこに行くのよ!」

「逃げてる最中に見つけたんだよ。俺様の鼻が反応する部屋を」

 歪んだ笑みを浮かべたヒュウは自らの鼻を指さす。

「呆れたもんね。階段上ったり、通路走ったりしながらきちんと宝を探してるのね」



「ほれ見ろ!」

 扉を開くとそこには紛れもなく金銀財宝が眠っていた。その輝きにヒュウは思わず涎がこぼれる。

 壁に立てかけられた宝石を埋め込み見世物として機能する宝飾剣や、貴族の首元を飾るに相応しい宝玉を繋いだネックレス。

 どれ一つ手にとって見ても、ヒュウは興奮が高まる一方だ。

「あんたの鼻、どうなってんの?」

「金の匂いにはちと敏感なんだよ。よっこいせ」

「って、そんなに持ってくの!?」

 ヒュウは全身に装飾品を担ぎ、更にはパンツの中まで金貨を詰め込んでいる。

 ぶくぶくに膨れ上がった姿を見てリビアは思わず呆れ声をこぼす。

「持てるだけ持ってく! そんだけだ!!!」

 一歩進む度に全身で担いだ調度品がガシャリと重い音を立てる。雑に詰め込まれた金貨がズボンの隙間からこぼれる。

 隠密に動くことなど明らかに無理なほど盗品に身を固めたヒュウはふんと鼻息を鳴らして一歩進む。

「そう言えば、さっきなにか言おうとしてなかった? 兵隊の声が邪魔する前」

「何の話しだ?」

「金持ちの王女様に求婚迫られたらどうするかって話よ」

「ああ。それか。そら結婚を受けて……そんでもって、全部の財宝を根こそぎ奪ってやるんだよ! 他人から与えられるものだけで満足できるかっての。俺様は全部が欲しいんだ!

 そんで全部奪ったら貴族の仮面なんてさっさと脱いで、次の宝を奪いに行くまでよ!」

 鳶色の瞳に宿る黄金の輝きが強まる。

 ありとあらゆるものを自分の手中に納めなければ気が済まない『強欲』のオリジンに選ばれたライダー、ヒュウ=ロイマン。

「ふふふ」

「なんだよ? なんか笑うようなところあったかよ」

 リビアは思わず口に手をあて笑い声をこぼす。

「ふふふ。ほんと最低な考え。あんたみたいに心の底から不幸を願いたくなるような男がいるなんて思わなかったわよ」

「満面の笑みでそんなことを言うか。まあ恨みを買うのは慣れてるけどな。俺様が生きてて喜ぶ人間なんて誰も思いつかねえけど、俺様が死んだら喜ぶ人間なんてぱっと思いつくだけでも両手で数え切れねえや」

 リビアは隠しきれない笑みを浮かべた。黙っていれば神々の彫った造形物に等しいほどの美しさを持つその端正な顔立ちも今は破顔し快哉な笑みを浮かべている。

 あるゆる人からの恨みつらみを一身に受け、これほど平然している男はリビアからしてみれば初めてだ。

 最低最悪で、自分のことしか考えない。おまけに他人がいくら被害に巻き込まれて平然な顔をしてられる。

 建前など微塵もなく欲望のままに振舞い生きていく。思わず腹を立てることすら馬鹿らしく思えてくるリビアはいまだに笑みが抑えられない。

「そんなクソヤロウが不幸になる様は見届けたいわね。心の底から」

「ひひひ! 玉の輿を蹴ってまで人の不幸が見たいなんて、てめえはとことん性根の腐った女だな! 取柄なんてその見た目くらいのもんだぜ」

「人に自慢できる取柄があるだけ、あんたよりかはよっぽどマシよ」

 満面の笑みで言葉がこぼれる。

 これほどまでに心の底から相手を罵ることはリビアの人生のなかでも初めてゆえに、高揚する感覚のなかに僅かながら戸惑いすらも覚える。

 リビアがこれまで会ってきた人間のなかで、目の前にいる男は間違いなく最低であり、疑う余地など微塵もない。

 ただ、最低な本心を隠そうともせずに『私が最低です!』と言う言葉が顔にでかでかと書いてある。

「さてとこんだけありゃ十分だしさっさと逃げ出すか」

「そこまでだ! 賊どもっ!」

 扉が激しい音と共に開かれると同時に大勢の足音が一斉に部屋を埋め尽くす。



 銀色の輝く甲冑で全身を覆った男達の握った槍が盗品塗れのヒュウとリビアを窓際まで追い込むまでおよそ数秒程度のものだ。

「とと。ずいぶんと手際が良いことで」

「う、動くな!」

「っとぉ!」

「ひゃっ!」

 突き出された槍を前にヒュウは両手をあげる。握っていた宝が派手な音をたてて床に転がる。

「待て! 槍を下げろ!」

 息を荒げて槍を構える兵士達の間から聞き慣れた声が響く。その凛然とした声に従い兵士達は構えた槍の穂先を下げ、隙間のない陣形にまるで道を作るかのように二つ割れる。

「あっ、溺水王子」

「ほんとだ。溺水王子ね」

「城内が騒がしいから来てみたけど……賊とはリビアさん達だったんですか……なぜ、このようなことを。もしや、その男に無理やり手伝わされたんですか!?」

 敵意を抱くスレイの視線をお構いなしにヒュウはにやついた笑みを浮かべる。

「てめえが戸惑った顔の一つでも作って嘘を吐いて俺様が連れまわしたことにすりゃ、王子様の横で踊る生活が手に入るぜ。ヒヒヒッ」

 ヒュウの言う通り。ここでヒュウだけを悪者にすれば様々なものがその手に転がり込んでくる。

 ──そのためには──

「ふう……」

 リビアは息を吐き出すとそのワインレッドのような深紅の瞳にスレイを映す。

「ほんと嘘の一つもここで平気でつければ貴族とか我ながら向いてると思ったんだけど──」

 髪を束ねて団子状にしている櫛を抜き、解き放たれた赫然の長髪が宙に舞う。

「……」

 リビアは身に纏った白のドレスすらも戦士たちの前で脱ぎ去る。

「リビアさん、その姿は──」

 脱いだその下には品位などなく、リビアの淫靡な肢体の曲線を十二分に発揮する深紅のドレス。

 深いスリット越しに覗く磁器のごとく艶めかしい肌。派手に開いた胸元や桜色の唇。そのなにもかもが戦士達の理性を蠱惑する。

「王子様ごめんね。仮面を被ってダンスパートナーを気取るのは舞踏会までなの。シンデレラとして清純気取って踊る魔法の時間は終わったわ。今はこの最低野郎の不幸が見たくてしょうがないし、お嬢様のことを愛してやまない、ただの付き人兼旅人のリビア=ジャールルイなの」

 気丈にして決して他人の背中に頼ることなど覚えないリビアの深紅の瞳が輝く。

 その瞳の輝きはダンスを踊っていたときに仮面の奥から覗いていたものはまるで違う。

 赤く、どこまでも燃えるような情熱の輝きの前にスレイは言葉を紡げずいると、ヒュウの歪な笑い声が響く。

「ヒヒヒッ。全く馬鹿な奴だな。

 そんなくだらないことで本当にお姫様になれる機会を蹴っ飛ばしやがったぜ!」

「あら、くだらないことじゃないわよ。

 だいたいあんたがお嬢様に迷惑かけるから私がきちんと監視してないといけないんじゃない」

「ではリビアさん。いえ、リビア=ジャルルーイ。多少強引な方法になりますが、盗賊としてあなたを捕まえ、檻のなかで気が変わるまで待ってもらいましょう。

 そちらの方の盗んだ宝も返してもらいましょう。槍を構えろ!」

「っとぉ、そこからは俺様も黙ってられねえぜ。

 こいつは居たら居たで便利な女なんだよ。盗んだ宝もんと一緒にこいつも易々と渡せねえな」

「ひゃっ!? ちょ、ちょっと──っ!」

 リビアの膝裏に腕を回しすくうようにして倒れるリビアをヒュウは力任せに持ち上げる。大量の盗品を背負った体に人一人だ。

 かなり無理をしてることが荒くなる鼻息に表れている。

「こんな囲まれた状態であなたに何ができるんですか?」

 兵士達の突き出した槍先がヒュウ達に詰め寄る。一歩でも前に出れば串刺しとなるだろう。

「こういうことができるんだ──ぜっ!」


 ──ガシャンッ


 足に力を込めて飛び上がったヒュウは窓を思いっきり蹴飛ばして外に飛び出す。

 一瞬の浮遊感の後に二人に襲い掛かる回避不可能の重力。

「ここは四階だっ──────っ!!」

 飛び出した窓を覗こうとするスレイの視界を覆った黄金の輝き。

 夜空の闇すらも容易に消し飛ばすほどの巨大な黄金の柱が天を突きぬけ噴き上げる。

「……レイ・ドール」

 輝きのなかから現れたのは全身眩いばかりの黄金で固めたレイ・ドールだ。その背中に纏った巨大なマントには髑髏が金貨で頭蓋を割られながら微笑んでいる。

「ほんじゃいっちょ逃げるか。宝も手に入ったしな」

 窓から放心してる衛兵達の顔を一瞥してからヒュウは操縦席に大きく腰を下ろし構える。

「ちょ、ちょっとお嬢様はどうすんのよ!」

「なんとかなるだろ」

「なんとかなるわけ──」

「なんとかしたでござるよ」

「のわっ!? 急に出てくんな。びっくりしたじゃねえか」

 金切り声をあげるリビアの言葉を遮ったのは輪蔵の言葉だ。

 白く、まるで靄のようなレイが放たれると同時に虚空から示然丸の姿がそこに現れる。

「城内が騒がしいかったでござるし、ヒュウ殿もリビア殿も部屋にいないからリンダラッド殿だけでも連れ出しといてよかったでござるよ。まあだいたいヒュウ殿のせいとは思っていたでござるが、その通りだったようでござるな」

「……ん~……むにゃ……」

 示然丸を操縦する輪蔵の膝を枕にするように頭を置いてリビアは穏やかな寝息をたてている。

「下にいるぞぉっ!!」

 衛兵達のバタついた足音が城内を駆け巡り、ヒュウ達を追いかけてくる。

「とりあえず……ここはさっさと逃げるぜ!」

「そうでござるな」



「追手の声も聞こえねえし、ここまで来れば大丈夫だろ」

「おや。街道に出たでござるな」

 レイ・ドールを降り、木と木の隙間を縫うようにして出てきたヒュウ達の目の前には、東へと蛇の道の如く畝って続く街道が現れる。

「何にも考えないで逃げてたけどちょうど東に向かう街道に出たみたいね」

「うん。さすが俺様だ。咄嗟に逃げるも東の方向へ逃げてるとは」

 遥か彼方へと続く街道と夜空の境界線を三人は眺めた。

「しっかし温かい布団でもう少し寝てたかったでござるよ」

「どっかの誰かさんが考えもなしに突っ走るから」

「宝の匂いがしたなら黙ってるわけにはいかねえだろ。奪った宝を明日換金して、豪遊よ!」

「はいはい」

 星と月がまるで姉妹の如く輝く夜空に向かってヒュウは声が響き渡る。

 誰一人見受けられない西と東を繋ぐ街道だけが三人の声と一人の寝息を聞いていた。


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