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11-2



 ◆◇◆



「バルドの話だと姫様達は東に向かっているはずだが、どれだけの距離が開いているか」

 日の光を浴びた蒼白のレイ・ドールの操縦席で青年はため息を一つ吐いた。

 整った鼻梁はあまりに美しく、眉は凛々しく持ち上がっている。

 他人を甘やかさず、己はそれ以上に律する高潔のレイを宿した蒼の瞳には雲一つ見当たらない快晴の空が移る。

 王からの命令を旨にヒース国を飛び出しはや一週間。北轟連合の外へと既に来てはいるが、いまもって追いかけているリンダラッドの形跡と遭遇しない。

「結構来てはいるはずなんだが……」

 ふと頭のなかにあの無計画で欲望に塗れた男の顔が思い浮かぶ。

 あの横紙破りの男が世界を渡る行商の如く素直に街道沿いに歩いて東へと向かう姿が想像つかない。

 つまるところ──

「ひょっとして……既に通り過ぎたか?」

 言葉にしてジールはその可能性が最も高いように思えた。

 思索にふけっていたジールの意識を現実に引き戻したのはガリエンを覆った影だ。

「ジール=ストロイ、覚悟しやがれええぇぇ────っっ!!」

「その首にかかった賞金もらったぁぁっっっっ!!!!!」

 レイ・ドール。それも四体がライダーの粗暴な胴間声と共に各々武器を持ちガリエンを覆うように飛びかかる。

「ガリエンッ!」

 蒼白のレイ・ドール、ガリエンが背負った巨大なランスを握る。

 音を越え閃光と評しても(たが)わない速度で銀色の矛先は四つの線を空中に描き閃く。

 無害な民だけでなく、時に賞金首すら手に賭ける男達の眼ですらその軌跡すら捉えることはできない。(えが)き撃ちだされた連突が四体のレイ・ドールを慈悲の欠片なく、寸分の狂いすら無い精度によって穿つ。

『ぐわぇ────────っ!』

 四体のレイ・ドール。その頭部が綺麗に貫かれ吹き飛ばされ、力が抜けるかのように動きを止め大地へと膝を着く。

「向こうから来るは賞金稼ぎばかり……か」

 おもむろにジールは操縦席の足元に手を伸ばし一枚の紙を持ち上げる。

「こんなものに踊らされるのか」

 握った一枚にはジールの顔が描かれている。そしてその下には小国すらも買い取れるだけの金額の『八〇〇万ガル』の賞金がでかでかと書かれている。

「これだけの賞金を私にかけた奴か……」

 心当たりがないかと言えば、思い当たり過ぎて逆に特定できない。

 ヒース国、そして主人であるリンダラッドの安全を脅かすものを容赦ないまでに叩き潰してきた最強のライダーだ。

「とは言えこの金額は看過できないな」

 だが掲示されている金額はあまりに途方もない数字だ。個人ではおよそ出すことができないほどの。

 国。それも大国が連合を成してこそ支払うことのできる金額だ。ともなれば、候補など自然と絞られてくる。

「いかんいかん」

 複雑化していく思考を振り払うかのようにジールは(かぶり)を振る。

「そんなことを考えるよりもリンダラッド様を早く見つけなければ」



  ◆◇◆



「ここに酒はねえのかよ? あんた知らねえか?」

 用意された料理をこれでもかと頬張ったヒュウは、黒スーツ姿で踊るでもなく佇んでいた男に片っ端から話しかける。

「お嬢様と一緒なんだから──大人しくしてなさいって」

「だいたい仮面舞踏会なんて踊るだけが目的なんだろ。酒が出ねえならこれ以上居たってやることねえだろ」

 紳士淑女達はヒュウとは違い。仮面を外すことなく踊り続けている。

 水を飲むときですら長いストローを用いて、その不気味な白塗りの仮面を外すことはない。

「踊るだけならこんな邪魔くせえ仮面を外しちまえよ」

「違うよ。仮面舞踏会ってのはただ踊るだけが目的じゃないよ。それならただの舞踏会で良いじゃん」

「じゃあこんな仮面をなんのために着けるんだよ?」

「興味深い話しででござるな」

 踊るでもなく広大なダンスホールの隅で、美しく踊る男女を眺めていた輪蔵も腕を組んで寄ってくる。

 その奇抜な民族的ともとれる忍者装束もまた、この舞踏会では一際は奇異なものとして見られている。

「仮面舞踏会の『仮面』ってのは本来与えられた身分や立場を隠すことを意味してるんだよ。

 本当の目的は階級に関係なく誰とでも踊り交流できる機会を与えられることだよ」

「その通りです。博識なお嬢さんですね」

 リンダラッドの言葉にぱちぱちと乾いた拍手を鳴らして寄ってきたのはイダルカ国第三王子のエルリン=スレイだ。

「あ、あんときの溺水王子!」

「ず、ずいぶんと酷い(あざな)がついたものですね」

 仮面をつけていてもわかる。

 線は細く、そしてその体を包んだスーツの胸にはイダルカ国の国章を差している。

「エルリン様だ!」

「相手を連れていないということはあの噂はやっぱり本当なのね」

 エルリンの登場によって囁くような声が幾多にも重なり大きな波となって、ダンスホールを満たす音楽に上乗せされる。

 周囲の視線や態度があからさまに色めき立つのがわかるなかで、エルリンは事も無げに立ち、そして白のドレスに身を包んだリビアを仮面越しにじっと見た。

「なんか騒がしくなったな」

「まあ、そうでしょうね。じつはこの仮面舞踏会って言うのは一つ大きな目的があったんですよ。

 先ほどお嬢さんが話してたように仮面の意味は階級を越えて交流できる機会を国民に与えること。そして普段は決して一般に開かれることのないこのイダルカ城のダンスホールが開き入城を許可している理由は一つ。

 私、このイダルカ国第三王子、エルリン=スレイの嫁となる者をここから選ぶ手はずになっているからです」

 リンダラッドや輪蔵。そしてリビアも全てが合点がいく。

 人々がここで踊りながら待っていたのは互いの交流の機会などではなく、王族へと嫁ぐ唯一の機会をモノにするときだ。

 紳士は自分の愛娘を。淑女は自らを王族へと売り込む唯一のチャンスだ。

 王子であるエルリンへと向けられた仮面のなかの瞳の輝きはまさしく強い願望を孕んだ輝きそのものだ。

「ただの嫁さん選びにこんなデカイ場所を用意するたあ、王族の遊び心ってのはアホみてえだな」

「そうですね。本当はもう開く必要性はなかったんですけど、顔を知らない皆様に紹介する意味もこめて──」

 衆人環視の視線をまるで気にすることなくエルリンはリビアの前に膝を着き手を差し出す。

 その差し出された手は集まった人々の、王族へと駆け上がる望みを絶つものとして周囲に声を生む。

「どうか私と踊っていただけないでしょうか」

「この舞踏会は私の顔見せってわけね」

「その意味もありますが、やはり舞踏会なので踊らなければ何も始まりません」

「あなたの嫁になるかどうかはともかくとして、お嬢様が喜んでるみたいですからそのお礼にダンスのパートナーくらいにはなってあげましょ」

「それはご丁寧に」

 差し出された王子の手に、リビアは肌に吸い付くような白い手袋をした手を乗せる。

「こんな場所で踊れるのかよ? 恥かくだけじゃねえのか?」

「なめないでよ。私に踊れないものはないわよ」

 ヒュウの言葉に、仮面をつけ直したリビアは笑ってみせた。

「あの女はなんなの──」

「どこの家の者だ──」

 周囲の声などお構いなしにエルリンはゆっくりと手を掴んだままリビアをダンスホールの中心に誘い出す。

「さあ踊りましょう」

 リビアはエルリンの手を握ったままヒールの高い靴を踏み鳴らし一歩を刻む。

 乾いた足音がダンスホールに満ちていた声を吹き飛ばす。

 楽団の奏でる音と共に空気に混じる足音が全ての意識を奪っていく。白の豪奢なドレスを優雅に揺らし、眩い輝きのもとで影と共に踊るリビアの姿に人々は息を呑んだ。



  ◆◇◆



「エルリン様はこちらの部屋でお待ちしております」

「ありがとう」

「エルリン様、お連れしました」

 通路に敷き詰められた赤絨毯の上を歩き執事が案内したのは獅子のレリーフが刻まれた扉だ。

 開かれた扉にリビアは、あのダンスホールで注目を浴びた白のドレスのまま入る。その後ろに続くように薄汚い三人もなにくわぬ顔で続いて部屋に入る。

「エルリン様がお呼びしたのはリビア様だけで──」

「いいんだよ。その方達はリビアさんのお仲間だから」

「そういうわけ。俺たちゃあいつのバーターってわけ」

 納得がいかず怪訝な表情を浮かべた執事をよそにヒュウが勝ち誇った笑みを見せつけて扉のなかへと入る。

 男のマントに刻まれた頭蓋を金貨で割られ嘲笑う髑髏が執事の眼に映ったまま扉はゆっくりと閉じる。



「お待ちしてました」

 部屋に入れば長机に座ったエルリンが四人を出迎える。

 これでもかと言うほどの眩しすぎる輝きを放つシャンデリアのもとで手を組み待っていたエルリンの脇には老年の執事が一人、険しい顔を浮かべて立っている。

「こいつはスゲエ壺だな。さぞかし高く売れるぜ」

「ひゅ、ヒュウ殿!」

「オホンっ!」

 深い皺が目立つ執事の咳払いがヒュウの言葉を遮る。閉じかけたかのように細い瞳の奥から放たれる殺意にも近い感情を宿した視線がヒュウを睨みつける。

「リビアさん。僕はさきほどのダンスで改めてあなたに惚れました。

 あなたは職人が幾星霜の時間を掛け産み出した芸術品に及ばぬ美しい容姿を持ち、貴族ですら決して持ちえない厳格さを秘めている」

「ダンス一つでなにがわかるんだか……」

 壺を抱きかかえたままヒュウは口をとがらせて呟く。

「そんなあなたを僕は妃に迎えたい!」

 エルリンの言葉にリビアはため息を一つこぼす。

 整った顔立ちに疲れとも苛立ちともとれるような感情の混じった表情が浮かぶ。

「あのねえ、あんたは知らないかもしれないけど私は──」

「リビア=ジャールルイ」

 リビアの声を遮ったのはエルリンの横にいた執事だ。その手には一枚の紙が握られている。

「生い立ちまでは調べることができませんが娼館で生計を経て、そののちにヒース国王女の付き人とまでは調べがついております。そんな方がなぜ付き人の役職を放り、このような方々となぜ旅をされているか理由は存じませんが」

「このような……」

「方々……」

 リンダラッドと輪蔵。そしてヒュウの三人は思わず顔を見わせた。

「勝手に調べた非礼は詫びますが、これもイダルカ王国に不浄の輩を入れないための行動と思っていただきたい。よほど有名な娼婦だったのか、あなたのことを調べたらすぐに情報を得ることができました」

 詫びる気など微塵も感じられない執事の言葉だが、リビアは怒るでもなく小さく一つ頷いただけだ。

「そこまで知ってるなら言うまでもないと思うけど、私は娼館で働いてた女よ。

 あんた達みたいな貴族は真逆みたいな暮らしをしてた奴を王家に迎えて良いの? お隣の執事さんが言うような不浄な輩の最たるものじゃないの?」

「私は反対しました」

「それでも私が押し切った。それを知ったうえであなたを迎え入れたい!」

 エルリンの力強い言葉を前に執事はため息混じりで口を閉じる。

「その気高く、決して折れることのない野に咲く薔薇のごとく美しさを秘めたあなたと共に私は生きてみたい」

「だってよ」

「……」

 にやつくヒュウをよそにリビアはその端正な顔をまるで変えることなく僅かに俯く。

 求婚はこれまで幾度となくリビアは受けてきた。娼館時代には体を重ねた相手と。姫様の付き人となってからは体を重ねることこそないが騎士団や家臣からも言い寄ってくる者は後を絶たない。

 それらを全て袖にしてきたリビアだが即座に答えが出なかった。その様にエルリンはにこやかに微笑んでみせた。

「なにも今すぐに求めません。あなたの気が変わるまでどうぞ屋敷でおくつろぎ下さい。もちろんお仲間方の部屋も用意しておりますので。きっとここでの暮らしはあなたを満足させるでしょう。それも判断材料の一つとして考えていただければ光栄です」



「ここがリビア様のお部屋となります。

 何かご用命の際にはそちらのベルを鳴らしていただければ使用人が来ますので。何事もなければ明日朝食のお時間にお呼びしますので。それでは」

「はあ……出来過ぎた話しね」

 厳格な顔をした執事が扉を閉めたのを確認してからリビアが一つ息を吐くように呟いた。

 一時は娼館で体を売っていた女が、二転三転と繰り返した結果、一国の王子から求婚されるなど、サクセスストーリーにしてはちょっと面白みがないほど出来過ぎた話だ、。

「これくらいがゴールでもちょうど良いのかな」

 リンダラッドとの関係はもともと主従ではない。ジール同様に対等であり、どちらかと言えば年の離れた妹のような感覚に近い。

 ただその愛らしさから時折、姉妹を越えた感情が胸に湧くときがある。

「旅をやめるって言ったらお嬢様はなんて言うかな」

 リンダラッドが泣いて引き留める姿などまるで想像できない。それどころか結婚を喜んで祝ってきそうだ。

 相手は一国の王子。これまで求婚してきたなかでは最上のものだ。自分には出来過ぎた相手とも言える。

 そしてこんな幸運は二度と訪れないかもしれない。

「わかってるんだけどな」

 ──幸運の女神に後ろ髪はない。

 一度手放した幸運は二度とやってこない。

 これだけの幸運を、この人生に『次の機会に』などと楽観視はできない。

 ただ、二度訪れるかどうかわからないチャンスを手離して一体自分はどこへと向かうのだろうか。

 部屋に設けられた窓から外を眺めながらリビアは大きく息を吐く。

 そこから見えるのはよく手入れの行き届いた庭園だ。

「ん?」

 夜の闇に隠れるように庭園に蠢く影があった。

 隠密行動にはまるで向かない黒のマントを揺らしたその影は、植木の影から影へと素早く渡り移り、衛兵達の見回りの眼をかわし確実にダンスホールがあった城の方へと向かっている。

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