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11-1



  ◆◇◆



「うめぇぇぇぇっ!」

 明るい橙色のざんばらな髪を振り乱して青年は頬がはち切れんばかりに食べ物を放り込んで声をあげた。

 広大なダンスホールの片隅に置かれたテーブル。黒のテーブルクロスの上に用意された目も眩むばかりの料理の数々。

 ヒュウ=ロイマンは腕は止まることなく右から左へと流れるように箸をつけていくす。

「料理はうまいでござるが、拙者達にはどうにも居心地の良い場所とは言い難いでござるな」

 輪蔵は腕を組みながら広大なダンスホールを見た。

 紳士は黒のスーツに身を包み女性の手を引き、淑女は男の期待に応えるように華麗なステップを踏み、このダンスホールに楽団の奏でる音楽とともに彩を与える。。

 楽団が奏でる音に合わせ小気味良く床を鳴らすヒールの音。黄金のシャンデリアが与える輝きのもとで男女はろくに会話もせずにただ、手を取り、相手の呼吸を確かめるように影を揺らし踊り狂う。

「これが仮面舞踏会……でござるか」

 踊る者たちの顔には一様に仮面が設けられている。そのどれもが楕円形状の不気味なほどに白く塗られ目と口が僅かに覗く隙間を開けたものだ。隙間の奥で輝く好奇な視線が忍者装束を纏った輪蔵や、薄汚いローブを羽織っているリンダラッドに向けられる。

「まあまあ。リビアのおかげでせっかく美味しい料理にありつけるんだし、少しは彼を見習って僕たちも食べよ」

「そうだぞてめえら。次にこんな料理が食えるのはいつになるかわかったもんじゃねえんだ。タダなんだし食い溜めしとけよ!」

 仮面などまるで機能しないかのように首からぶら下げ、顔を晒したヒュウの皿にはこれでもかと言うほどの山盛りに料理が載せられている。

「この空気のなかでそれだけ食べられるのは大したものでござるな」

「これもリビアのおかげだね」

「そうでござるな。リビア殿がこのパーティに招待されなければ来れなかったでござるな。っで、その肝心のリビア殿はどちらへ?」

 普段ならば嫌でも目が向いてしまう下品でありながら煽情的な体を映えさせるぴたりと張り付くようなドレスに深いスリット、大きく開いた胸元。彼女の腰まで伸びた艶やかな深紅の髪。そして同色の深紅のドレスがこのダンスホールのどこにもない。

「おっ! 良い女っ!!」

 飯を食ってたヒュウの手がぴたりと止まる。

 純白のドレスの胸元に銀のブローチを差した仮面の女。

 奥から出てきた女性に目を奪われたのはヒュウだけではない。男達がそのドレスの下に隠された欲情を煽るような肢体を想像し生唾を飲む音が聞こえてきそうだ。

 ドレス越しにわかるふくよかな胸と耽美な曲線を描く腰つきに男達の眼が意思に関係なくその後ろ姿を追いかけてしまう。

「こんな踊りを眺めるよりも、ああいう女と一晩明かしてみたいもんだぜ。ベットでの踊りなら俺様の得意技よ」

「下品でござるなぁ」

「……あの女こっちに向かってきてないか?

 もしかしてワイルドに飯を食う俺様に惚れちまったんじゃねえか?」

「よくぞそこまで楽観的な思考ができるでござるなあ。ヒュウ殿は人生楽しそうで羨ましそうでござるよ」

 輪蔵が呆れこそしたものの確かに仮面の女性はヒュウの方へと迷いなくゆっくりと向かってきている。

 声をかけ手を差し伸べた男性を袖にし、止まることなくただゆっくりと。

 山盛りの皿を抱えたヒュウの前まで来ると女性はピタリと足を止め、その陶磁器のごとく白い指をすっと持ち上げる。

「ほ、本当にヒュウ殿に惚れた……でござるか!?」

「いやー、モテる男はいるだけで罪を作っちまう──いでっ!? この女何しやがる!」

 ──よく皿を落とさないでござるな……

 その伸ばされた指が丸まり拳が作られにやけ面のヒュウの頭を叩く。

 料理が盛られた皿を殴られながらも落とさないところに輪蔵は思わず感嘆の息をこぼす。

「あんたねえ、お嬢様の前でもう少し品良くしとけないの!」

 仮面の女からは聞きなれた高い声だ。

「ま、まさか!」

「私に決まってるじゃないの」

 仮面を外すと見慣れたリビアの顔がそこにはあった。ルビーをはめ込んだかのような深紅の大きな瞳が驚愕するヒュウを怒り混じりの視線で睨みつけた。

 腰まで伸びた赫然とした長髪は団子のように後頭部で纏められ、ヒュウの知るところのリビアの像とまるで重ならない。

「綺麗だね。

 まるで別人かと思ったよ」

「私としてはこのようなドレスに身を通すのは些か不本意ですけど、お嬢様にそう言っていただけるならなによりです。さて、私にこんなものを着せた肝心の王子様はどこやら」



  ◆◇◆



 長い年月をかけて石の角を削り取っていく清流のわきには二体のレイ・ドールが止まっていた。

 一体は背に、優雅な線を描いた刀を二振り背に携え口元を赤い布巾で隠したものだ。

 そしてもう一体は、新緑輝く森とそれを映し出す清流には似合わないほど派手な全身金無垢のレイ・ドールだ。

「不思議ね」

「不思議な話でござるな」

 操縦席が空となり動くことのない二体のレイ・ドールの足元で二人の男女は今にも互いの顔に当たってしまいそうな距離まで寄せ合い一冊の本を覗き込む。

 牧師、エドガーから謝礼で貰った聖書を開き最初のページ。見開きの絵はこの世の創世を描いたものだ。

 赤茶けた表紙が目印の聖書は、今、世に普及している聖書が出回る前に作られたもの。

 牧師の言葉を借りるならば『旧聖書』と呼ばれていたその一ページに描かれているのはこの世界の成り立ちを描いた宗教画だ。

 巨大な六本の幹の上に創られた大地。そしてその上に立つ人。

「面白いでしょ」

 リンダラッドが顔を上げると、本を覗き込みぽかんとしている二人の顔を見比べてにんまりと笑う。

「オリジンって書かれてるわね」

「みたいでござるな」

 絵の中に刻まれた大地を支える六本の幹。六本それぞれに金、黒、緑、茶、青、白の六色で色が塗り分けられている。そしてその幹には『Origin 』の文字が刻まれている。

 他のページがどれだけ色褪せようともこのページだけは、今しがた製本されたばかりかの美麗な色が褪せることも変色もせずに生きている。

「このページだけ作りが違うし、なんか怪しいよね」

「んで、その絵が何なんだよ? 実は金銀財宝の隠し場所を秘めた地図とかか? よっ」

 まるで興味のないヒュウは地面に転がってる石粒を拾い上げるとそのまま河に向けて投げ込む。

 着水した石粒は小さな水柱を作り水中へと飲まれる。

「うーん……この絵のとおりならオリジンがジールと君のを含めて全部で六体あって、君のゴールドキングもそのうちの一体ってことだよ」

「そんなこと知ったって億万長者になれるわけじゃねえだろ」

 本の中身にまるで興味がないヒュウはおもむろにゴールドキングを見上げた。リンダラッドの言葉をそのまま受け取るならば、ゴールドキング、そして最も倒さなければならないライダー、ジール=ストロイのガリエンと同種のレイ・ドールが四体もいることになる。

「確かにお宝ってわけじゃないけど、よく考えてみなよ。一体でも生涯遊べるだけの金額で売れるオリジンがあと四体いるんだよ。

 つまりそれらを奪えば……」

「……一生遊べるってことか?」

「どんな一生を過ごすつもりか知らないけど、まあそうだと思うよ」

 ヒュウは体を起こしリンダラッドへと向き直る。

 生涯終わることがないと思っていた無限の欲望を満たすに足りえるかもしれない話だ。

「つまり五体全部のオリジンを俺様のものにしちまえば……」

「あっ、人だ」

「そう人! ……ん? なんだって?」

 肥大化していくヒュウの妄想に横やりを入れたのはリンダラッドの一言だ。

「いやほら、人が溺れてる」

「──わぷっ──た、助けて────っ!!!」

 リンダラッドが指さした先に居たのは間違いなく人だ。

「なんだよ。男か」

 溺れている青年を見るなりにヒュウは鼻をほじりながら石の上で肘をついて横になる。

 金になるかどうかもわからない男を助ける気など微塵もわいてこない。目の前の男が溺死しようともヒュウからすればどうでもいい話だ。

「何を言ってるでござるか! 溺れてしまうでござるよ!」

「がんばれ~」

 飛び出した輪蔵に向けてヒュウがひらひらと手を振る。



  ◆◇◆



「セっ!」

「────ッガハ!」

 輪蔵は連れ戻した青年を草の上に横にするなり胸部を押し込む。筋肉を通り越し臓器までも圧迫する衝撃に青年は咳き込むと同時に入った水を大量に吐き出す。

「服装とか見るからに身分は良いところに見えるね」

「こんなところで溺れてる奴がか?」

「エホッ────ん……」

「大丈夫でござったか?」

 時間とともにぼやけた青年の視界が晴れていく。

 琥珀色の綺麗な瞳を開いた青年は凛々しく、細い眉を持ち上げて、自分を囲むように見る四人を見比べる。

 どれも奇異な恰好をしているが青年の瞳に入ったのはワインレッドのドレスに身を纏った美女だ。

「あんた河で溺れてたんだよ」

「……是非! 妃になっていただきたい!」

「へっ?」

 あまりに突然だった。起き上がった青年は水で濡れた体などお構いなしにリビアの手を握る。

 さっきまで水面を無様にもがいて溺れていた人間とは思えないほど機敏な動きで男はリビアの前に膝をつき傅く。

 綺麗に切り揃えられた鮮やかなコバルトブルーの前髪からはぽたりと滴が落ちる。

 突然のことに手を握られたリビアはぽかんと口を開いたまま思考が停止してしまう。



「私としたことが物事の順序も考えずに失礼なことをしてしまった。しかし、それもあなたのような美貌の持ち主が居たからこその話。男と言うのは美女の前で普段通りの顔は浮かべられないもの」

「ほ、褒めてくれてありがとう」

 娼館で働いていた際に歯の浮くような褒め言葉などリビアは幾度となく聞いてきたが、これだけの言葉を照れの一つも見せずに語る男はさすがに初めてだ。

 笑顔を浮かべるリビアもさすがに若干ひきつったものがある。

「かぁー、気障ったらしい野郎だぜ。

 間違いなくすけこましだな。けっ」

 さぶいぼの立つ科白(せりふ)にヒュウは唾を吐き捨てる。

「それでなんで溺れてたでござるか?」

「えっとそれはですね……あっ自己紹介まだでしたね。これは失礼しました」

 青年は濡れた体のまま三人から一歩距離を離すと綺麗な笑みを浮かべて礼を一つしてみせる。

「私はイダルカ国の第三王子。エルリン=スレイと申します」

「イダルカ国……どこだそれ?」

「えっとね。リビア、地図頂戴」

「はい。お嬢様」

 どこからともなく出てきた地図をリビアから受け取りそのまま草の上に広げる。

 そこには今まで通ってきたであろう道が赤い線で、西の果てに位置するヒース国から地図の中心までずっと続いている。

「たぶん今この辺で、そのイダルカ国って言うのが……ここだね」

 大国と比べてあまりにちっぽけで、その名前は気を抜けば見落としてしまいそうなほど小さなものだ。

()っちぇえな」

「でも割と交易をするにあたっては良い場所にあると思うよ。街道を経由してるし。場所もここからすぐだね」

 地図だけで見ても、赤線の途切れている位置からおよそ丘を一つ越えた程度の距離だ。

「そこの王子でござるか」

「はい。正確には第三王子ですね」

「その王子様がどういうわけで溺れてたの? 僕が見たところ泳いでるようには見えなかったけど」

「実は私、泳げないんですよ」

「まあそれはわかるでござるよ」

「泳げる人は溺れないわね」

 腕を組んで首を縦に頷かす三人を前に青年は仮面を一つ取り出す。白塗りに不気味に微笑むかのような仮面だ。

 それをリビアの前に差し出す。

「どうか今夜行われる仮面舞踏会で私のダンスパートナーになっていただけないでしょうか? 私はあなたの美しさに一目見たとき、心臓を杭で打ち貫かれたのような衝撃が走りました」

「心臓を撃ちぬかれたら死んでるわよ」

「と、とにかくあなたを私のダンスパートナーとして招待させていただきたい!」

「えっと……仮面舞踏会?」

「はい。今夜イダルカ城で行われる舞踏会のパートナーを探すために、執事たちの目をかいくぐり城を抜け出し河に飛び込んだ挙句、私は溺れてたのです」

「つまり泳げないのに河に跳びこんだってこと?」

「アホだな」

 ヒュウの一言を誰も否定できない。

 顔つきは凛々しく、濡れてさえいなければそれなりに王子と思える恰好ではあっただろう。しかしスレイの話すことはどうにも間抜けだ。

「なあ。舞踏会ってことは飯とか出るのか?」

「それはもちろん。王宮の厨房が腕によりをかけて──」

「よっしゃ! タダメシだ。行くぞ!」

「私はまだ行くとも行かないとも言ってないんだけど」

「リビア、一緒に行こうよ。久しぶりにお腹一杯食べられそうだし」

「お嬢様が望むなら、このリビア=ジャールルイ、御指名の仮面舞踏会に参加してあげるわ」

 リビアはそのふくよかな胸を見せつけるがごとく胸を張り、腰まで伸びた深紅の髪を揺らして立ち上がると、スレイの持っていた仮面を受け取る。

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