10-3
◆◇◆
夜の帳が下り風凪の静謐を守った草原。星の輝きのもとでときおり撫でるように過ぎる風が草原に波紋を描くがごとく草を揺らす。
「お誂え向きに二対二ってわけだ」
「お、お前らは昼間の──!」
土地を奪うために意気揚々と馬に跨り駆けてきたヴァスティモ達の前には二人の影が立ちふさがった。
一人は鳶色の瞳を夜闇のなかで輝かせ、不気味なほどに歪な笑みを浮かべた青年。
もう一人は赤い布巾で首を何重にも巻き口元を隠した青年。
どちらもヴァスティモには見覚えがあり、明らかな敵だ。
「やはり居たか」
馬から降りたスーツ姿の二人の大男は居を正すかのようの深々と被った帽子の唾に手を添える。お互いが意識せずとも歩調、歩幅を合わせて前に出る。
「あそこの殴られっぱなしの牧師と違ってな、俺様の辞書に『やられっぱなし』って文字はねえ。あるのは『倍返し』だ」
星明かりの下ではまるで見えない頬の傷跡に青年は触れると鳶色の瞳の輝きが一層強くなる。
「傷の借りはしっかり返させてもらうぜ」
「ヒュウ=ロイマン。こちらで調べさせてもらった。金を払えば何でもする小悪党だと。
とは言え、私もライダーでない者と無駄に争いたくはない。教会に雇われたらならそれの三倍の値を払おう。それでこの場はひいてほしい。悪くない話しだろ」
ヴァスティモは葉巻の先に火を灯すと、たっぷり吸い込んだ紫煙を吐き出す。
「確かに悪い話じゃねえな。俺様も別にあんな教会がどうなろうと知ったこっちゃねえからな」
「ヒュウ殿!?」
ヒュウの性格を考えるならば、金額の多寡で寝返りなど十二分に考えられる話だ。
輪蔵からすればそれは分が悪いなどと言う話ではない。
なにせ目の前にはライダーと思える大男が二人居る上に、味方だと思ったヒュウまで敵になれば三体一の劣勢を敷かれる。
「ならば交渉は──」
「けどな交渉ってなら条件が違うだろ」
「ん?」
ヒュウはにやついた笑みとともにレイ・カードを取り出し構える。
金色に輝く縁が月の光を吸い込み輝く。
「俺様が退く!? 馬鹿言ってんじゃねえよ。てめえらが金を払って退く立場なんだよ。
金を払ってこの件から手を退くなら見逃してやるってことだよ」
「ばばば、馬鹿にして! ガルビー兄弟っ!!!」
「さてボスを怒らせたからには貴様に退路はないぞ」
ガルビーとゴルビーの二人もレイ・カードを、全身を覆うトレンチコートの内ポケットから取り出し構える。
「てめえらこそ、俺様に手を出した時点で、金額で決着のつく段階をとっくのとうに超えちまってるんだよ」
──ガチャッ……
赤褐色の錆がところどころ浮き使い込まれた年期を感じさせる古びた取っ手が音を立てて回る。
ゆっくりと開いてく扉の隙間から透明な夜風がするりと入り込んでくる。
夜空をそのまま生地に織り込んだかのような黒の修道服を纏ったエドガーが扉からゆっくりと顔を出すと左右を伺う。
その手には鈍色に輝く長銃がしっかと握られている。長い銃身には夜空の星明かりが湾曲して映る。
「そんなものを担いで牧師様がどこに行くの?」
「聖書を持つ牧師の手には似合わないわね」
「お父様……」
扉から出てきたエドガーを待ち伏せていたのは三人の女性だ。
一人は目も覚めるような真っ赤なドレスを星空の下で輝かせ、白い太腿が露になる深いスリットから煽情的な肢体が伸びている。
一人は修道服に身を包み浅紫の髪をベールの下からちょこんと出した女性だ。本人の性格を表したかのように気弱な尻下がりの眉が印象的だ。
そして最後の一人は、女性と呼ぶには少々言葉に詰まるほど小柄で、人形のように整った顔立ちから今後の成長こそ期待は出来るものの、今はまだ大人として片足すら踏み入れてない子供だ。
「これはこれはこんな遅くに……それにステラまで」
「そんな銃一つでライダー相手と交渉するつもりなの?」
リンダラッドは風に揺れる草をさっと踏みしめて前に三歩出る。ちょうどエドガーの目前まで来ると、その碧眼の瞳が夜空の明かりのもとでエドガーをまじまじと見た。
緩く力みなく浮かべられ笑顔は神秘的でなにを考えているのかわからない表情の少女だ。
「この命に代えてでもこの教会とこの土地を守ることが私の使命ですから」
「ふーん。でもライダー相手にそんなちっぽけな武器で渡り歩くのはさすがに無茶じゃないの」
「お嬢様の言う通りね。そんな武器を握ったところで戦い慣れしたライダーだったら虫みたいに踏み潰されるだけね」
「無茶は百も承知です! しかしこの教会を守るためには……そう言えばヒュウさん達は?」
おもむろにエドガーは夜空の下に広がる草原を見渡した。
高い丘から見晴らしの良い光景は夜でも変わらない。星の明かりに映し出された漆黒の海とも思える草原にあの騒がしい青年の姿がどこにもない。決して口を閉じることをせず感情のままに動く青年だ。居ないことば酷い違和感をエドガーに与えると同時に嫌な汗が背中をつうっと流れる。
「も、もしかして──っ!!」
丘の向こうから響く地を揺るがす轟音。そして闇が広がる夜空を貫く一条の黄金の輝き。
「ライダーにはライダーが一番!」
にこやかな笑みを浮かべてリンダラッドは音のするほうへと向き直る。
兄のゴルビー=エルリック。
弟のガルビー=エルリック。
一卵性の双子として生まれた二人が歩いてきた道には幾多もの屍が転がっている。
要人の殺人から戦場の傭兵まで仕事は様々だが、彼ら双子の行くところには常に生臭い肉と奥歯にくる血の匂いが渦巻いている。
操るレイ・ドールは見た目から装備まで二体とも何もかも一致しているゼブラの如く派手な白黒のストライプの入った機体だ。
「ったく、こっちを助けやがれ!」
「それは拙者の言葉でござるよ」
二体一対。互いが互いの動きの隙間を埋めるように一糸乱れることのない鋭い拳が示然丸とゴールドキングを襲う。
「俺たち双子の攻撃を一分かわせた奴はいないんだぜ!」
「この肥沃な大地の下で眠るが良い」
二体一対のレイ・ドール『アシュレット』の拳につけられた鋼鉄球が大地に触れれば地が弾け緑を抉り、黒い土を跳ね上げる。
砕き、壊すためだけの純然な殺意を纏った拳と共にガルビーが先陣を切り、その後ろで周囲に気を配ったゴルビーが隙間を埋める。
言葉も交わすことなく、互いの動きを理解しあっている。
「ったく、気持ち悪い動きしやがるぜ」
不意に相手が入れ替わるアシュレットの動きは草原の上で、二体のレイ・ドールをあしらいながら舞踊を踏むかのような華麗な動きだ。
「俺たち兄弟の絆を見やがれ。兄貴と俺の前にいまだ立っていられたライダーはいねえんだよ。ヒュウ=ロイマン!」
「右と思えば左。左と思えば右。動きが絞り切れないでござるな」
「しょうがねえ。こっちも秘策だ!」
次第に、それも一方的に傷が増えていく戦場でヒュウが叫ぶ。
「な、なにか策があるでござるか!?」
「逃げる! お前は根性で何とかしやがれ!」
「──っ!!!! うぉっ!!」
一方的な言葉を残したゴールドキングは戦いを放棄するように大きく飛びのくと同時に手持無沙汰のガルビーのレイ・ドールまでもが輪蔵へと迷いなく向きを変える。
一体ですら捌き切ることが困難な拳の乱打に倍の拳が加わればしのぎきれない暴風のような乱打が示然丸を襲う。
「仲間が逃げ出しちまったな」
アシュレットの尽きるのことのない拳からガルビーの声だけが示然丸の耳朶へと入り込んでくる。
「残念だが拙者は仲間ではござらんよ」
「ということは完全に見捨てられたってわけだ」
「それはどうでござるかな。平気で人を見捨てるような卑劣極まりない男でござるが、欲しいもののためなら躊躇いなく命を賭ける男がただ逃げ出すなんて思えないでござるな」
「だが実際にヒュウ=ロイマンは逃げた。強欲とは聞いていたがさすもの奴でも命は惜しいか」
「どうでござるかな」
「奴を信じているのか?」
華楽刀と峰仙禾。両の手に握った二刀を閃かせた示然丸が一度大きく飛びのく。
「人間性は最悪でござるが、ヒュウ殿の強欲さだけは信じられるでござるよ」
──そうでござる。どんなに相手が強かろうとも自分の利益のためならばヒュウ殿は決して背を向けないでござる!
欲しいもののためなら卑劣と呼ばれるどんな行為に手を染めることも躊躇いがない。
裏切りなんて日常茶飯事の非常識の権化。
そんな人間を信じるなど輪蔵は出来ない。ただ、一度向き合った相手に命惜しさに逃亡したヒュウの姿は一度だって見たことがない。
輪蔵は首を振り向かってくる二体のレイ・ドールに集中し両手で印を結ぶ。
白く霧のようなレイが輪蔵から放たれ示然丸へと吸われていく。
「多重分身の術っ!!」
示然丸が輪蔵の印を真似するように刀を握った手で器用に印を結ぶと同時に霧のような白のレイから幽鬼の如く不安定に揺れる示然丸が本体を挟み込むように二体現れる。
「あ、兄貴!?」
「焦るなガルビー。所詮幻に過ぎない。あんな霧を固めたような存在など俺たちの拳で容易に貫ける。焦らず相手を一体ずつ叩き壊せ。それが俺たちの必勝法だ」
「お、おうっ! くたばれ分身野郎!」
大地を跳ね上げ同時に駆けだしたアシュレットと、その前に立ち塞がる二体の分身。
「うおりゃぁっ──────!!」
閃光の如く突き出すアシュレットの右拳が分身の機体を容易く穿つ。
二対一体のレイ・ドールの名に相応しく、ゴルビーとがルビーのアシュレットは寸分違わぬタイミングで同じ右拳で分身した示然丸の胴体を貫く。
「兄貴! あいつの姿が──」
胴体を派手に貫かれ朧となり霧散する分身の影に輪蔵本体の姿がどこにもない。
「上だっ!!」
「もらったでござる!」
消えた示然丸の存在を捉えたゴルビーのアシュレットが一切の動揺を打ち払い拳を構える。
──早いでござる!
示然丸の振り下ろした二刀と渾身の右拳が轟音を鳴らし交差する。
静謐に包まれた夜空のもとでその音は響き渡った。
「兄貴っ!?」
「大丈夫だ。だが少々肝を冷やした」
右拳に入った派手な十字の傷。ただそれ以上の傷は一つとしてない。アミュレットの五体は問題なく動く。
ゴルビーはアシュレットの動きを確認し、ガルビーはそれを見て大きく安堵の息をこぼす。
「さて、今のが奥の手と見たが」
「御明察でござるよ。拙者が持てる最後の手でござる」
レイ欠乏の表れである目元に黒ずんだくまができた状態で輪蔵は息を整える。
本来ならばゴルビーのアミュレットは胴を中心に十字に切り分けられるはずだった。それをずば抜けた操作能力と緊急時の対応力でもってかわされたのならば、輪蔵にはかわした相手を褒めることしかできない。
「まさかあれを反応されて迎撃されるとは思わなかったでござるよ」
もう示然丸を満足に動かす力もない。
「いさぎが良いな」
「兄貴に傷をつけたことを後悔させてやる」
ぴくりとも動かない示然丸を前にガルビーのアミュレットが両の拳をぶつけ音を鳴らす。
レイの輝きが失われたレイ・ドールなどただの巨大な木偶に過ぎない。
これ以上動くことがないとわかればあとは破壊するのみだ。原動力となるレイを失ったライダーとなればもはや二人の敵ではない。
「確かに拙者の奥の手は尽きたでござるが、拙者達はまだでござるよ──」
──GGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRWWWWWWWWWWWWWWW────────
──吹き飛びやがれぇぇぇ──────────っっ!!
輪蔵の笑みと言葉を夜の闇と共に消し飛ばす黄金の輝き放たれる。
「ガルビー──っ!!」
「兄貴っ──っ!!」
星々の輝きすら呑みこむ強大な黄金の輝きは巨大な弾丸は強大の視界を覆う。
草原を抉り取り轟音を纏いて夜空を駆け抜け、その黄金の軌跡は再び夜の闇へと溶けていく。
「どうよっ!」
紫煙をくゆらせたレイ式銃を下ろしたゴールドキングは、倒れたままぴくりとも動かない二体のレイ・ドールを踏みつけ見下ろす。
二体いたアシュレットの中央を閃光は駆け抜け貫いた。触れた二体の半身は綺麗さっぱりに削り取られている。
「……逃げたんじゃなかったのか?」
まるで動かないアシュレットの操縦席でゴルビーは、自身のレイ・ドールを踏みつけ月明りのもとで神々しく輝く黄金のレイ・ドールを見上げた。
趣味の悪さが伺える全身金無垢に輝くレイ・ドール。
ゴールドキングの背中で揺れるマントの上で頭蓋を金貨で叩き割られた髑髏が動けない二人をあざ笑う。
「俺様が宝を前に逃げることはねえ。
一度目をつけた宝は死んでも奪うのが俺様の信条だからな。それが俺様、ヒュウ=ロイマン様よ」
「金でなんでもする小悪党と聞いてたが存外大した男だな。あえて言えば、ライダーだということを噂に付け加えておかなければな」
「そう言えば、ヒュウ殿の宝ってなんでござるか?」
「んなこと今はどうだって良いだろ。そんなことよりも……待てよ」
「ひっ! な、なんでしょうか……」
馬に乗って踵を返そうとしているヴァスティモは膨らんだ腹を揺らしてヒュウの方へと向き直る。
その顔には恐怖。肌には脂汗がべったりとついている。
負けるなど微塵も考えていなかったのだろう。
張り付いた恐怖が苦し紛れの笑みを浮かべたところで隠れることはない。
相手は金のためなら何でもする悪名高い小悪党ヒュウ=ロイマンだ。
何を要求されるかなどヴァスティモには予想もできないだけに恐怖だけが際限なく膨らんでいく。
◆◇◆
「ほらよ」
「これは……」
「暴力で他の人たちに無理やり書かせた契約書でござるよ」
紐でくくられた紙束を教会の前でヒュウは放り投げた。
地平の彼方から太陽の存在を感じさせるように空の端は藍色から茜色へとゆっくりと変化している。
「んじゃそっちの袋はなに?」
置かれた紙をエドガーが拾い上げ読んでいるが、リンダラッドとしてはヒュウが背中に抱えている大きな袋が気になっている。
人一人詰め込めそうな大きさのものだ。
「いやなに。ちょっとばかし痛い目見せてきたわけよ」
「うわ!? あんたこれ盗んできたの?」
リビアが袋の中を覗くと、眩いばかりの金貨の山だ。
「いや。ちょ~だい。って優しく言ったら快くくれたぜ」
「よく言うでござるよ。相手は泣いてたでござるよ」
「んなこと知らねえな」
レイ・ドールの操縦席で笑うヒュウと泣き顔を浮かべながら金庫を漁られるヴァスティモの姿が各々頭のなかに浮かび上がる。
「お二人ともありがとうございます!」
「そんな礼をするほどのことではござらんよ。義を見てせざるは勇無きなりでござる」
「カァー……歯が浮くような科白だぜ! 臭くてこっちまで匂って来やがる。金も手に入ったしさっさと行くぜ!」
「ちょ、ちょっと──!」
足早に教会を出たヒュウはゴールドキングを呼び出す。
「なにをそんなに焦ってるんだが。
それにしても食べものとかまで貰ってありがとうございます」
「いえいえ。礼を言っても言い足りないのは私の方です。
私に何かできることがあれば何でも言ってください。些末ながら力になりますから」
「それじゃあさあ、最後に一つだけお願いがあるんだ」
小柄なリンダラッドが一歩前に出てエドガーの前に立つ。含みのある笑みは実年齢に対してあまりにやらしく思慮深く見えたエドガーは思わず怪訝な表情で眉根を寄せた。
目の前の可憐な少女が何を要求してくるかまるで読めない。
「それちょうだい」
「……こ、この聖書ですか」
リンダラッドが指さしたのはエドガーが紙束と同様に脇にかかえた聖書だ。
「そう。もちろん駄目と言われて強奪するなんて真似はしないから安心して」
「構いませんよ。内容など他の聖書と変わりませんから」
「ほんとに良いの!?」
「はい。これで感謝の気持ちを表せるならどうぞどうぞ」
差し出された聖書を手に取ってリンダラッドはまじまじと見た。
その顔には笑みだけが溢れている。
「さて、あんまりのんびりしてるとあのヒュウ殿が怒ってしまうでござるな。拙者達も行くでござるよ」
「あいつら遅えな。何してやがんだ」
ゴールドキングの操縦席で茜色へと姿を変えていく夜明けの空を眺めながら息を深く吐いた。
夜の静謐の残滓とも思える風がときおり草原と、ゴールドキング、そしてヒュウを撫でる。黒いマントが大きく揺れる。
「ヒュウさんっ!」
「ん?」
することもなくぽかんと空を見上げているヒュウは突然の呼び声に体を起こす。
草原に立っているのは尼僧服に身を包んだステラだ。
「あ、ありがとうございます! 本当に」
「知らねえ神様信じるより、悪魔みてえな俺様を信じたほうがよかっただろ!」
白く尖った歯を見せてヒュウは莞爾とした笑みを浮かべてみせた。
「は、はい! そ、それで約束なんですけど──」
「今じゃねえ。いつか俺様の女として奪いに来てやる!
忘れるな。俺様はヒュウ=ロイマン。一度奪うと決めた宝は絶対に奪う男よ」
ゴールドキングの操縦席で立ち上がったヒュウのマントが大きく揺れる。
金貨で頭蓋を割られた髑髏が地平の彼方から姿を見せた太陽に照らされる。
「俺様が奪うと決めたからにはてめえは今よりもっと綺麗に、ほんで強くなれよ! 神なんかに頼ってないで自身で強くなれよ!
奪う価値のない奴に俺様は興味ねえからな」
「はい! ずっと待ってます! 強くてもっときき、綺麗になってヒュウ様が奪いたくなるような人になってみせます!」
「よっしゃ!」
ステラは浅紫の髪を揺らし大きく微笑んでみせた。普段ならばどこか気恥ずかしそうにはにかんだ笑みを浮かべる彼女は、照れこそ隠せないが大きく口を開き白い歯を見せて微笑む。
その快哉な笑みはどこかヒュウと共通したものを感じる。
「ヒュウ殿。待たせたでござるな」
「遅えよ!」
「一人で勝手に出るからじゃない」
「さあてそれじゃあ行こうか」
「皆さんに神の御加護をあらんことを」
「神様ぁ? んなもん要らねえよ! 神様より俺様がいるからな!」
「ヒュウ殿らしいでござるな」
「行くぜぇ!」
ゴールドキングがその巨体をヒュウの声と共にゆっくりと動き出す。
「行ってしまったな」
示然丸とゴールドキングが影も形も見えなくなり草原の向こうへと消えたのを確認してエドガーは小さく呟いた。
既に空は白日となり、雲一つない青空が広がっている。
「お父様」
「ん?」
「教会に住んでる私だけど、神様以外にもう一つ信じてみたいものができました」
「私もだ」
二人は思わず顔を見合わせた。
あの我儘で我慢などまるで知らない青年が言っていた言葉が頭を過る。
「私達は神にすがり過ぎていたのかもしれない。努力しない者に神が微笑むはずもない。自身を信じて何事も解決にあたるようにしようじゃないか。あの青年のように」
「さすがにヒュウさんみたいにあそこまで自分を信じることはできないかもしれないですけど……」
二人は顔を見合せたまま苦笑いを浮かべる。
◆◇◆
「そう言えば君はどうしてあの教会を助けたの?」
「あっ。それ拙者も気になったでござるよ」
「うるせえな。ちょっと欲しいものがあったんだよ」
「欲しいものって何? 僕、凄く知りたいなあ」
「だぁっ! 鬱陶しいっ!!」
「ふぎゅっ!?」
膝の上で本を開いたリンダラッドの無作為に近づく顔をヒュウは頭から押さえつける。油断してればどこまでも図々しく近づいてくるうえに、この狭い操縦席だ。
ときにこの操縦席からぽいっと放り投げたくなる。
「あんた! お嬢様になんてことするのよ!?」
「リビア殿。落ち着くでござるよ」
「あんたあとで覚えておきなさいよ!」
「だ~れが。てめえの言葉なんていちいち覚えてられっか」
下唇を噛んだリビアは思いっきり示然丸の操縦席をガンと蹴とばす。
「つくづくヒュウ殿とリビア殿を同じにしないで良かったでござるよ」
二人があの狭い操縦席で一緒になれば間違いなく喧嘩を避けることはできない。
「それよりも……」
頭を押さえつけられひっくり返った亀のように無様にばたついたリンダラッドの襟を掴みヒュウは持ち上げる。
少年とも少女とも判別のつかない中性的な顔の中央にある大きな碧眼の瞳がぱちくりとまばたきする。
「おめえこそ古い聖書一冊大事に抱えて何考えてんだ?
ひょっとしてお前まで神がどうとか言う口じゃねえだろうな」
「ふふふ。聞いて驚け、見て笑えというやつだね」
リンダラッドは大事に脇に抱えた赤茶けた表紙が目立つ聖書をヒュウの前に突きだし笑う。
大きく笑うでもなければ、照れるでもなく、ただ含みのある笑みを浮かべるだけだ。
「何隠してんだよ。聖書なんてどうせためにもならねえことが書いてあるんだろ。そんなもの読むなら逃亡の仕方とか強盗のやり方を教本にしたほうが百倍世のためだぜ」
「ちょっと看過できない単語があったんでね。
これから面白くなるよ」
リンダラッドはそう言って旧聖書を開いた。




