7-2B
◆◇◆
「いやー……なんとかなったでござるな。紙一重でござったな」
躊躇い。思惑。迷い。ほんの僅かにでも華楽刀を振り切る腕が鈍れば、ゴードンの構えた大剣が確実に示然丸の放つ斬撃を塞いでいただろう。
一瞬の差。その一瞬の差が今の結果へと繋がっている。その差が無ければ残骸として転がっていたのはゴードンのレイ・ドールではなく自分の示然丸だったかもしれない。
「そんな呑気なこと言ってないでさっさと縛りなさいよ」
二つに斬り分けられたレイ・ドールの下敷きとなり気絶しているゴードンの横でリビアが高い声を出す。
「人使いが荒いでござるな……よっと」
輪蔵は丸めた綱を懐から取り出すとそれを解き、踊るような手捌きで瞬く間にゴードンの自由を縄によって奪う。
いかなる方法であっても縄を引き千切るか結び目を解く以外に方法のない来蓮の里に伝わる捕縛術。
「これならたとえ意識が戻ろうとどうにもならないでござるよ。しかしどうやって運ぶでござるか?
多額の賞金首でござるからな。依頼主に連れてくまでに狙われるかもしれないでござるよ。
示然丸で姿を消して移動するとどうしてもこの大きさでござるから街は通れないでござるし……」
「誰の前でそんなこと言ってんの?」
腕を組んで眉根を寄せた輪蔵にリビアが心底信じられないものでも見るかのような目つきで睨むと、胸の谷間から一枚のレイ・カードを取り出す。
「……そうでござったな」
「アルリス」
白桃色のレイが灯るとともにリビアのレイ・カードから長方形の物置のようなレイ・ドールが姿を現す。不細工な二対の足に支えられた倉庫のような見た目をしたアルリスだが、今の状況にこれ以上ないほどうってつけの能力だ。
倉庫のような形をしたレイ・ドール。開いた口から中を覗くとおよそ一〇畳程度の空間がある。
そこには長旅に必要なものから、リンダラッドが旅の際に持ち出してきた大量の本やらが収蔵されている。
「さてと」
気絶したゴードンを蹴り飛ばすように中に入れると再びレイ・カードへと戻る。そのカードを胸にしまい込んだリビアは白い歯を見せて艶やかに微笑む。
◆◇◆
非合法と合法の境目なく混在するバスーノチェスの街を包む喧騒のなかに一つの噂が流れた。
この街に居つく高額の賞金首が短時間で軒並み捕らえられていることだ。
その捕まえた方法がわからなければ、捕まえた者の顔も姿も知らないがゆえに噂だけが一人歩きしていた。
「なあ。凄腕の賞金稼ぎがこの街にいるらしいぞ。なんでもあの殺戮者のゴードンや百人切りのベルド。他にも高額なライダー達を一瞬で捕まえたって話だ」
「それだけじゃないぜ。その捕まえた賞金稼ぎってのが目も眩むほどの美女だって話だ」
「おいおい! 俺が聞いた話しだとそのライダーってのは凄腕で、しかも奇怪な恰好をした男だとか」
「なんだよ!? どれが本当の話なんだ……よ」
噂に踊らされている男達の横を通り過ぎたのは腰までの伸びた鮮烈な赤の長髪を揺らした美女だ。
男達は思わず継ぐ言葉を失い、生唾を飲みながらその美女の後ろ姿を目で追いかけてしまう。
細い腰つきから上下に見事な曲線で膨らみを描いたその後ろ姿は、人間と言う自分達と同じ種にカテゴライズされている生物には思えない。
「稼いだわね」
赤髪を揺らしてリビアは金貨の入った袋を袋を抱きかかえると堪えられない笑みを浮かべる。
「ひい、ふう、みい、よぉ……半日で五人。いやー、上出来ね。
これでお嬢様にも服を買ってあげられるわ。どんな服が似合うかしら?」
リビアの脳内では小柄なリンダラッドがまるで着せ替え人形の如く様々な姿をする妄想が浮かび上がる。
「拙者としては賞金稼ぎなどと言う危険な真似はなるべくはしたくないでござるよ」
横を歩く輪蔵は首を覆うように何重にも巻かれた赤の布巾で隠した口から不満そうな声をこぼす。
「でも、こうでもして稼がなきゃ、あんたの欲しかったものも買えないでしょ。もしまともに働くって言うなら、この街に相当の長逗留しなきゃならなかっただろうし」
「それを言われると……」
輪蔵は懐からレイ・カードを出してまじまじと見つめる。そこには華楽刀。そして先ほど買ったもう一本の刀、『峰仙禾』を背負った示然丸が構えている。
リビアの言葉通り、賞金稼ぎでもしなければすぐにこの刀を買うことはできなかった。
「でも私達って案外良いコンビなのかもね」
「こんなにあっさりと賞金稼ぎを捕まえられるところを考えるとそうかもでござるな」
賞金首。それも悪名高いライダーばかりを対象にしたにもかかわらず、リビアと輪蔵のコンビの前には敵などなかった。
リビアがひきつけ、輪蔵が後ろから斬りつける。それだけでこの稼ぎだ。
「さっそくお嬢様の服を買いに……ああっ!!」
鼻歌交じりの言葉途中でリビアはその赤い瞳を見開いて高い声を出す。突き出した指の先にいたのは、最低最悪でリビアからすれば視界にすら入れたくない男が何をどう間違ったか、眼に入れても痛くないリビアの宝とも呼べるリンダラッドを背負っている。
「あんた! お嬢様になにしたの!」
「よお」
眉根を寄せて苛立ちの声をぶつけるリビアに対してヒュウのどこか疲れた鳶色の瞳と気の抜けた声が返ってくる。
その背中でリンダラッドが小さく上下にしながら寝息をたててる。
剣幕を浮かべ寄ってきたリビアに対してまるで起きる気配がリンダラッドの寝顔は穏やかそのものだ。思わずその寝顔に見とれてしまう。
「天使……じゃなくてっ! お嬢様になにしたのよ!?」
「知らねえよ。文句があるならこいつを剥がしてくれ」
◆◇◆
「お嬢様は店に入るなりお酒飲んで寝ちゃったってわけ?」
「そうだよ」
「怪しいわね」
安宿の一室。一つしかないベッドにリンダラッドを寝かしつけたリビアは、ヒュウの言葉をまるで信じない目つきで睨みつける。
「お嬢様を酔い潰してよからぬことを考えてたんじゃないの?」
「馬鹿言ってんじゃねえ! こんなちんちくりんのガキなんて俺様の対象外だ! 俺様はもっとボンッ! キュッ!! ボンッ!!! が趣味だ!」
「こんなにカワイイじゃない!」
リビアからすれば今にも抱き着きたい衝動に駆られるほど愛おしい存在だ。
何度目になるだろう。この二人のやりとりに慣れ、飽きもした輪蔵は既に部屋の出入り口となるドアの前の椅子に座り腕を組んで船を漕いでいる。
「ん……」
不意に寝かしつけたリンダラッドが一つ声をこぼすと、ゆっくりとその瞳が開かれる。まだ酔いが残っているのか燦然と輝く碧眼の瞳がどこか濁っている。
「あっ、お嬢様! 御無事でしたか!」
整ったリビアの顔が覗き込む。視界が揺れるなかでリンダラッドは血が沸騰するかのように体が火照る。
「お。お水……あれ?」
起き上がろうとしたリンダラッドはふらりと体を揺らしてリビアの方へと寄りかかる。
──お嬢様ぁっ!
白い髪に鼻頭を埋めて、寄りかかってきたリンダラッドを全身で堪能するリビアは天にも昇る心地だ。
「僕、風邪かな? なんか変だ」
「そりゃ風邪じゃなくて二日酔いってやつだ」
「あんたがお嬢様に酒なんて飲ますから!」
叫びながらリビアはしっかりとリンダラッドの頭に顔をうずめてる。
──桃源郷……
「へいへい。小言は聞き飽きたつうの」
◆◇◆
「さてと。出発しようか!」
およそ一晩熟睡したリンダラッドは昨日までの疲れや酔いの気配が微塵もない。
満面の笑顔と、好奇心の光を宿した瞳を燦然と輝かして街の出口で叫ぶ。
「ふぁ~っ」
快哉な声をあげるリンダラッドとは反対にヒュウはひどく眠たそうな欠伸をこぼす。
「示然丸!」
東へと向かう街道に輪蔵をレイ・カードを翳す。現れたのは二本の刀を背負いマフラーをなびかせた示然丸だ。
「あれ? なんか刀増えてない? 僕の気のせいかな」
「気のせいではござらんよ。
刀とは多ければ良いというものではござらんが、華楽刀一本では少々頼りないでござるからな。この峰仙禾との二刀流が今後拙者の武器でござるよ」
「刀一本でそんな強くなるわけねえだろ」
嬉々とした輪蔵の声に割り込んだのはヒュウの張りの無い、それでいてどこか嫌味を言うような声だ。
「男ならよ……ゴールドキング!」
金色のレイ・カードを懐から翳すと同時に眩い輝きのなかからゴールドキングが顕現する。
「……」
「これは……」
「凄まじいでござるな……」
カードから出たゴールドキングの姿に三人が三人とも開いた口が閉まらないように呆れる。
あの金色の体に覆うかのような巨大な黒のマント。そしてそこにはヒュウ同様の金貨で頭蓋を叩き割られながらも嘲笑う髑髏が刻まれている。
「どうよ! こいつが俺様のゴールドキングだ!」
「そりゃ、こんなのにお金を使ったら一瞬で無くなるわ」
ヒュウの自信に満ち溢れた問いに対して最初に言葉を発したリビアはもはや笑い話として扱うこともできないほど呆れてしまう。
「何にお金を使ってると思ったでござるが……強さに全く関係ないところでござるな」
「君が良いなら別に僕は言うことないよ」
「なんだよ! このお揃いのカッコイイマントが目に入らないって言うのか」
三人の態度にどこか納得がいかないヒュウの言葉に対して三人はますます怪訝な顔となる。
──あのマントをカッコイイって思ってたんだ
──拙者はてっきり罰ゲームかなにかでつけてるものと思ってたでござるよ
──アホね
三人が三人、言葉せずともどこか通じ合うように互いの眼を見た。
「えっと……それじゃあ気を取り直して出発しよっか」
「気を取り直してって、意味間違ってんじゃねえのか?」
「間違ってないでござるな」
「そうね。お嬢様がいつも正しいわ」
「まだ見ぬお宝を見つけに東へゴー!」
上がってきた太陽を指さしリンダラッドの屈託のない声が地平の先まで伸びる街道に響く。




