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7-1B



  ◆◇◆



 非合法と合法の境目を失い、ありとあらゆることが合法として起こりえる外の世界。

 ヒース国から東へと向かい数あるの大国の一つバスーノチェスの大通りを輪蔵とリビアは肩を合わせるようにして二人は歩いていた。

 女性は美しくも妖艶な容姿をし、真赤なドレスに身を包み大きく開いた胸元は、彼女とすれ違う者全ての視線を奪う。腰まで伸びたワインレッドの鮮やかな長髪と同色の瞳が燦然と輝く。

 もう一人の男は女性とは正反対に『忍者装束』と呼ばれている黒を基調とした服の下に覗く鎖帷子で全身を覆っている。口元を真っ赤なマフラーで隠し、背に流すその姿は語らずとも異邦の者だと告げている。

「しかし面白い街でござるな。

 レイ・ドールの武器や防具なんかもこれだけ並んでいるとは」

 まだ輪蔵が生まれ故郷である来蓮の里に居た頃、見たことも触れたこともない外の世界に強い憧れを抱いていた。そのときの想像図そのものの光景がここバスーノチェスには広がっている。

 忍と呼ばれる生業を表す特殊な装束に身を包んでいる輪蔵が目立たないほど、往来する人々の風体は様々なものだ。

「なんでお嬢様はあんな奴と一緒に旅をしようと思ったのかしら」

 先ほどから不満げに頬を膨らませ隠せない苛立ちを声にのせてリンダラッドはこぼす。

 一国の、それも聞けば誰でも知っているような大国、ヒース国の姫であるリンダラッド。その存在はリビアからすれば比肩するものがないほど愛らしく、眼に入れても痛くない存在だ。

 そのリンダラッドが最近執心になっているのが、これまた絵に描いたようないい加減で最低な男だ。

 金に汚く、目的のためなら嘘だって平気で吐く。

 リビアが思うところの最低を寄せ集めて形成したかのような人物だ。そのなかでも底なしの欲望はリビアの想像していた最低を遥かに上回った最低だ。

「だいたいあんた、あの最低男を監視するために里を出てきたんじゃなかったの?」

「いやーそうでござるが、拙者に負けず劣らずの逃げ足を持ってる上に、あの迷わず卑怯に手を染める潔さ。なかなか一筋縄でゆく相手ではござらなくて……おっ! この日本刀など示然丸の武器にぴったりでござらんか? なかなかの業物でござるよ」

 レイ・ドール用に並べられた巨大な武器のなかでも刃紋が妖しく輝く一本の刀に心を奪われる。

「……高いわね」

 おもむろにリビアは張られた値札を見るなり眉を顰める。

 貧乏旅を続ける四人の持ち金を寄せ合って何とか買える金額だ。

「拙者としては出来ることならば示然丸の装備をここで買い揃えたいところでござるが……」

 輪蔵の願望を嘲笑うかのような所持金だ。衣食住以上に費やせる金など持っていない。

「無い袖は振れぬでござるな」

 諦観めいた溜息をこぼす。

 後ろ髪を引っ張られるかのように未練がましく構えられたレイ・ドール用の武器を見る。

「私もお嬢様の服とか買ってあげたいんだけど、どっかの誰かさんが分配無視してお金使っちゃうし」

 強欲にして最低な男の顔が二人の脳裏に思い浮かぶ。

「働いて真面目にお金でも稼ぐしかないかな」

「働くと言っても、この街で短期で稼げる方法など拙者達には──」

「動かないで」

「リビア殿っ!?こんな街中で!」

 突然顔を寄せてきたリビアの静かな言葉に輪蔵は硬直する。

 甘い脳を溶かすような香りが鼻孔をくすぐり、装束越しに感じられる柔らかな肢体。

 目の前にはあまりにも鮮烈な赤い髪。

 輪蔵を見上げたその赤い瞳。その全てが輪蔵の理性を飛ばしかねない破壊力を秘めていた。

 ──修行修行修行修行修行……

 頭の中で呪詛を唱えるような『修行』の二文字を反芻する輪蔵に対して見上げたリビアの表情が口の両端を持ち上げ笑みを浮かべた。あまりに美しく輪蔵の脳を溶かす魅力だった。

「すぐに稼げる方法見つけたわよ」

「へっ?」

 予想外の言葉に輪蔵は間の抜けた声をこぼした。そのリビアの視線は輪蔵を見ていなかった。その後ろにいるなにかに向けられていた。

「な、なんかいるでござ──」

「後ろは見ない。こっちを見る!」

 振り向こうとする輪蔵の頬を両手で挟むようにしたリビアは強引に自分へと顔を向けさせる。押し付けられた胸元に輪蔵は耳まで赤くなり視線のやり場に困るが、リビアはそんなことお構いなしだ。

「これよ」

 どこからともなくまるで手品のようにリビアがその手に持っていたのは、無思慮に壁へ貼り付けられていた賞金首の顔が映った手配書の一枚だ。

 手配書の中央にでかでかと映ったのは、薄っすらと緑が見える黒の編み込まれたドレッドヘアー。右目から直線状に口元まで伸びた派手な傷が目立つ男。

 そしてその紙に映し出された賞金首、『殺戮者』ジャイルド=ゴードンが輪蔵の後ろを通り過ぎていく。



「ほんとうにやるでござるか? 賞金稼ぎを」

 ジャイルド=ゴードンの派手なドレッドヘアーを目印に一〇歩の距離を保ったまま尾行するリビアの横で輪蔵は渋面を浮かべる。

「なによ? 嫌なの? あの刀が欲しんじゃないの?」

「そ、それを言われると……辛いでござるなあ。とは言ってもあの賞金首、只者ではないでござるよ」

「そりゃそこいらの奴に一万ガルもつかないでしょ。えっと罪状はと」

 リビアはどこからともなく再び手配書を取り出してみせた。

「しかし便利な能力でござるな」

「オリジンだかなんだか知らないけど危険しか持ってこないあの黄金のレイ・ドールよりも私のアルリスの能力のほうが何百倍もマシだしお嬢様のタメになるわ」

 リビアのレイ・ドール、アルリス。倉庫のような見た目をしているうえに、そこに収蔵できるものならばありとあらゆるものをカードへと封じることが出来る。

 リンダラッドが旅のお供として彼女を連れているのも納得だ。様々な場所で役に立つ汎用性の高い能力だ。

「確かに拙者やヒュウ殿の力だと戦うことこそできても、それ以外のところがどうにもならんでござるな。これだけの長旅をなんの問題もなく行えてるのは一重にリビア殿の力が大きいでござるな」

「もっと感謝してもいいのよ」

 整った鼻頭を天へと向けてリビアは胸を張る。常に一緒に旅をしていたから麻痺していたが、改めて考えてみれば輪蔵が知る数ある能力のなかでもリビアのレイ・ドールはかなり特別なものだ。

「さて閑話休題ということで、あいつの罪状だけど」

 十歩先を歩くゴードンの罪状を見たリビアは僅かに眉を潜める。

「レイ・ドールによる殺人のみ……立派な悪人中の悪人ってわけね」

「殺人でござるか。レイ・ドールを使って悪事を働くとは許せないでござるな」

「そうそうその意気。でっ、どうやって捕まえるの?」

「拙者だけでござるか?」

「私は非戦闘担当だからね──っとぉ、良い感じに裏路地に入って行ったわよ!」

 戦闘担当の輪蔵を置いて行くかのようにリビアが小走りになって路地裏へと駆け込む。



  ◆◇◆



 傭兵として雇われ戦場に出た際に生き残るために敵味方問わずに目に映る者を全て虐殺した。

 それが戦場から生還したジャイルド=ゴードンに『殺戮者』として二つ名が与えられたときだ。

 そして『殺戮者』にかけられた多額の懸賞金につられて次々と群がってくる賞金稼ぎどもも容赦も情けもなく殺し続けてきた。

 多くの屍のもとで生き残ってきたことが『殺戮者』の名を更に有名なものへと押し上げていった。

「こりない奴らだ。出てこい」

 路地裏に入ったゴードンは開けた場で足を止めた。

 大通りの喧騒が遠くなった空地で懐からレイ・カードを取り出す。

 背中から剣を突き立てられるような寒気。高額の賞金につられて蠅のごとく集まる賞金稼ぎ達の視線だ。

「賞金稼ぎどもだろ」

「よくわかったな

「殺戮者。貴様の首を貰い受ける」

 路地裏から出てきたのはこれまた殺戮者の風体に負けず劣らずの四人の男達だ。



「拙者達以外にも殺戮者の首を追いかけてる方がいたでござるか」

「みたいね。このままだと先越されちゃうわね」

 いまだ壁に隠れて様子を伺っているリビアと輪蔵はおもむろに顔を見合わせてから、もう一度広間に集まった男達を見た。

 一触即発の空気が既に空き地に滞留し、とてもじゃないが今から横槍入れるような真似は出来ない。

「今日が殺戮者の最後だ」

「俺達のレイ・ドールを見せてやる!」

 男達の構えたレイ・カードが輝く。



  ◆◇◆



「……」

 目の前の光景に輪蔵は息を呑む。

 どれだけの戦いを潜り抜けてきたのか赤く錆びついた巨大な剣を背負った殺戮者のレイ・ドール。

 その剣として機能しない鈍器にも等しい刀剣が閃いたとき、四体のレイ・ドールが上半身と下半身でぱっくりと二つに斬り伏せられる。

 動くことのできないレイ・ドールの残骸の下で賞金稼ぎ達は皆一様に意識を失っている。

「一瞬だったわね」

「みたいでござるな」

「他にもいるんだろ。出てこい」

 殺戮者、ゴードンの視線は壁の向こうにいる輪蔵とリビアをしっかと見つめている。

「どうすんの!? あんな化け物と真正面から戦う気! 勝てるの!?」

「拙者に考えがあるでござるよ」

「嫌な予感がするわね」

「あの相手に正面切って戦うよりかはまともな……はずでござる」

 リビア以上にどこか不安な表情の輪蔵がぼそりと呟く。



「出てこなければ……こちらから」

「待った待った! 私は戦う気はないわ!」

 路地裏から恐る恐る両手をあげて出てきたのは鮮烈なほど真赤なドレスを纏った美女だ。娼婦と思うにはその女性はあまりに美しい。

 女性は切り伏せられたレイ・ドールの残骸と残骸の間をゆっくりと歩いてくる。

「何者だ?」

「えっと……ファン。みたいなものなんです」

「もう一人居たような気がしたが気のせいか?」

 怪訝な表情を浮かべたゴードンは警戒をまるで解く様子なく振り上げた剣を構えたままだ。

 仮に振り下ろされれば、既に射程圏内のリビアなど、その美しい肢体の原型を残さず肉塊と化すだろう。

「きき、気のせいです! 私は一人でしたから!」

 非戦闘員ゆえに、純粋な敵意と殺意を向けられることに不慣れゆえ、嫌な汗が白い背中をつうと流れたリビアの視線は大剣を振り上げたレイ・ドール……の背後。

 凝視すればわかるほど僅かな空間の揺らぎから突然這い出たぬらりと輝く一振りの刀。

「閃け! 華楽刀っ!」

「────────────っっ!!!????」

 刹那だった。

 条件反射にも近い速度でゴードンの操るレイ・ドールが咄嗟に大剣を構えたが、それをすり抜けるように反るような刀身が鋭い光を放ち空気を裂きゴードンのレイ・ドールを縦に深く二つへと切り裂く。


今回はおまけ話

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