表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/82

7-2



  ◆◇◆



「見当たらないでござるな」

「ったくどこ行ったのよ!」

 雑踏のなかへと姿を晦ませ完全に消息を絶ったヒュウとリンダラッドに対してリビアは握った拳で古い家壁を殴りつけた。

「ただでさえここは無法地帯にも近い街なのに。もしお嬢様が危険な目にあってたら承知しないんだから!」

「まあまあ。落ち着くでござ……ヒュウ殿」

 怒りがまるで収まらないリビアの肩に手を置こうとした輪蔵は家壁を見つめてぽつりとこぼした。

「どこっ!?」

 がばっと顔をあげたリビアの目の前には確かにヒュウ=ロイマンの顔があったが、それは張り紙に映し出された顔だ。

 禍々しい目つきに橙色のざんばらに刈られた髪。その下には……

「賞金が懸けられてるでござるな」

 その壁にはヒュウ同様に幾つもの顔が報奨金と共に張り出されている。

 罪状が書いてあるものもあれば、報奨金のみの張り紙もある。

「えっと、ヒュウ殿の賞金は二〇〇ガルでござるな」

「ぷっ……二〇〇ガルとはちんけな賞金ね」

 勝ち誇ったかのように笑みを浮かべるリビアはおもむろにそこに張り付けられた賞金首の顔ぶれを見た。

 老若男女。その顔ぶれに規約はない。

 そのなかに一つ。リビアにはよーく見覚えのある顔が一つあった。

 心の奥底まで見透かすような切れ長の瞳。青い髪をなびかせ、蒼白のレイ・ドールで幾多の伝説を持つ男。

「ジール……」

「ほお。これが噂に名高いヒース国最強のライダー、ジール殿でござるか。ご尊顔を拝見するのは初めてでござるが、拙者に負けず劣らずの美形でござるな」

 輪蔵もそこに映った顔をまじまじと見た。

 レイ・ドールの扱いにどの国よりも長けている西の果ての大国、ヒース王国。その大国のなかでもいまだ無敗であり、無敵と呼ばれるジール=ストロイ。戦場では恐れられ、日常では女性を魅了するほどの甘いマスク。そしてその下へと輪蔵はゆっくりと視線をずらす。

「賞金がかかっているでござるな。一……十……百……」

 指さしながらゼロを数えていく輪蔵の顔が次第に青ざめていく。

「はっ、八〇万ガルでござるか!?」

 里暮らしをしていた輪蔵からしてみればまるで聞いたことのない金額に危うく腰を抜かしかける。

 人一人の首に小国の国営費と並ぼうとする金額がかけられている。間違いなく常軌を逸している賞金額だ。

「これって……一桁数え間違えてない?」

 まじまじと見たリビアがゼロの数をゆっくりと指さしで数える。

「ど、どおりで。八万ガルならば高額でござるが納得でござるよ」

 努めて動揺を隠すように声を張る輪蔵だが、隠し切れない動揺が声を震わせる。

 数えてるリビアの顔まで青ざめていく。

「いや……その……数え間違いは数え間違いなんだけど、八〇〇……万ガル……」

 呟くリビアも信じられないことのように間の抜けた声と引きつった笑みだった。

「へっ?」



  ◆◇◆



「そう言えばさあ……」

「なんだよ」

 裾を掴むリンダラッドに対してヒュウは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

 大通りを一つ外れた通りは、途端に艶めかしい空気に包まれた世界へと様変わりしている。

「今、大事な品定め中だ。話しなら後で聞いてやるから」

 日が高いにも関わらず酒気と色香に満ちた幾人もの女性が手持無沙汰で店の前に立っている。

 その姿は艶やかで、大きく露出した胸元やすらっと伸びた脚、化粧の濃い顔。ヒュウは品定めするかのように店前に並ぶ女性達を凝視しながら歩く。

「どの女が良いかな……おっ!」

 ヒュウが目を止めたのは赤いドレスに身を包んだ長髪が目立つ女だ。浮かべた妖しげな笑みは煽情的でヒュウを誘うかのようだ。

「どことなくリビアに似てない?」

「確かに近いけどあいつには及ばねえな」

「あれ? ヒュウってリビアのこと嫌いじゃないの?」

「中身はな」

 ヒュウは苦い顔をして応えた。

「中身は最低だが、見た目は最高だな。何度犯してやろうかと思ったか」

 ヒュウのなかにある理想の女性像と合致したのはまさしくリビアだ。

 ただ合致したのはあくまで外見だけであって、ヒュウが望む従順でどんな命令にも従う女性とは銀河二つ分くらいかけ離れている。

「とりあえずあの女に決めたぜ!」

 そう言うとヒュウは早足で真赤なドレスに身を包んだ女性の元へと駆け寄る。



「おい! そこの女!」

 店前に立っていた真赤なドレスを呼びかけたのは身長二メートルをゆうに超えた大男だ。褐色の肌に太い腕。窮屈なシャツの下から膨らむ厚い胸筋。

 雑踏のなかでも一目でわかるほどの大男が女の前に立つ。

「あらこれは。大きなお客さん」

 女の浮かべた妖しげな笑みは一切動じることなく大男の顔を見つめ返した。

 太い眉を持ち上げて笑う大男は白い歯を見せる。

 太い腕には幾多もの傷痕が残っている。それすらも見せつけた男の瞳にはぎらついた光が宿っている。

「俺の相手を出来ることを光栄に思いやがれ!」

「どちらか知らないけどお客なら大歓迎だよ」

「知らないなら体の奥にまで教えてやるよ。

 東の国境戦争で一番の戦果を挙げ、壊し屋の二つ名を持つ傭兵ライダーのランバル様の凄さをよ」

 金貨の入った袋を見せつけたランバルは白い歯を見せて笑う。

 ぎらついた大きな瞳は娼婦を呑み込むような輝きを放っている。

「ちょっと待った! てめえにゃその女を渡せねえな」

「きゃっ!」

 ランバルの脇の下をくぐるようにして割り込んできた橙色の髪の青年は娼婦の腰に手をまわして抱き寄せる。

「俺様もこの女を狙ってたんだ」

 黒いマントに金貨で頭蓋割られた髑髏が笑う。誰よりも欲望に塗れたその鳶色の瞳で青年はランバルを睨みつけた。

 尖った八重歯を見せつけるような歪んだ笑みを浮かべた青年はそのまま懐の収まったレイ式銃を取り出す。

「ちょっと、あんたお金は持ってるのかい?」

 腰に回した手を弾いて娼婦は離れる。

「当り前よ。ほれ」

「うわっ!」

 女性の高圧的な問いに対してヒュウはリンダラッドの襟を掴むとそのまま小さな体を持ち上げて女性へと突き出す。

 女性の怪訝な表情とリンダラッドのぱちくりと瞬きした大きな瞳が見つめ合う。

「うちは現物払いはお断りだよ。おまけにこんな子供を身売りさせるなんて」

「ちげえよ。ほれさっさと金を出せ」

「うわわ! 言われなくても……これくらいあるよ」

 上下に激しく揺さぶられたリンダラッドは金貨の詰まった汚い小袋を全身を覆ったローブから取り出してにこりと微笑んでみせた。

 大きさから見てもランバルと勝るとも劣らない金貨だ。



 妖艶な空気が滞留している通り。その店前に人だかりができている。

 まるで何かに期待するような人々の瞳はその出来上がった渦の中央に向けられている。

「てめえ、大人しくその女をこっちに寄越せば痛い目見ずに済むぜ」

 店前から聞こえてきたのは殺意がこもった声だ。

 人込みの外からでも頭一つ抜き出た大男の頭が良く見える。

 褐色の大男はゆうに二メートルを超えている。

「失礼。これはなんですか? 祭りかなにかですか?」

 修道服に身を包んだ長身痩躯の男はにこやかな笑みで周囲の人々に問う。

 妖艶な通りに聖書を片手に握った牧師姿の男はあまりに似つかわしくなく、問われ振り向いた人々が一瞬ぎょっとするかのように目を見開く。

「なんだよ! 牧師の兄ちゃんも女を買いに来たのかよ」

 黒地の修道服の上に首から提げた金色のクルスが胸の上で揺れる。男はその緑青色の髪を後ろで団子に縛っている。

 手にはこの世の創生を説いた聖書が手に握られているが、この通りに置いて下手な武器を持つよりもよっぽど目立つ。

「喧嘩だよ! 喧嘩ぁっ!」

「ランバルに喧嘩をふっかけた馬鹿な奴がいるらしいぜ」

「賭けにもならねえ喧嘩だけど、ランバルのレイ・ドールが見られるなんて久しぶりだぜ」

「喧嘩ですか……失礼」

 修道服の男は一度礼をすると、まるで液体のごとく人と人の間を、一度として体が触れることなくすり抜け最前列まで来た。

 渦の中央では既に二人の男が麗しい女性を挟むようにして睨み合っている。よく見れば脇に純白の髪が眩しい少年もいる。

「この女は俺様のものだ。それを奪おうって言うなら死ぬぜ」

 青年は大男を前に怯え一つ見せずに不敵に笑ってみせた。明るい橙色の髪に特徴的な吊り気味の険のある目つき。

「偉い強気じゃねえか。このランバル様に逆らって無事な奴はいねえんだよ」

 どこからともなくランバルはその手に巨大な槌を取り出す。

 幾多もの戦場で酷使されてきた槌には無数の傷痕が見受けられる。

「上等だ!」

「はいはーい。喧嘩はいけませんよ~」

 優しく気の抜けた明るい声で牧師姿の男が一触即発の二人の前に立つ。

「今は喧嘩の真っ最中だぜ。牧師はこれから死んじまうその男の供養でもしてやるんだな!」

「落ち着いてくださいよ」

 優しく微笑む牧師の柔和な声はランバルの怒りを更に煽る形となる。

「うるっせえな!」

「落ち着いてください、よっと」

 振り下ろされた槌が地面を揺るがすが、牧師はそれをするりとかわすとそのまま大男の眉間に指先をちょんと当てる。

 指先に新緑の輝きが灯る。それはあまりに小さな輝きであり一瞬のことだった。

「邪魔だ。どきやがれ」

「もう大丈夫ですよ」

 牧師を無理やり横にどかしヒュウの前で槌を振り下ろしたまま大男はゆっくりと顔を持ち上げる。

「いやー俺としたことが怒ってすまねえな。女の奪い合いで決闘なんてアホくさい話だぜ。仲良くやろうじゃねえか」

「な、なんだ!?」

 笑顔を浮かべた大男のランバルはさっきまでの殺気に満ちた瞳の輝きは消え、ただた満面の笑みが顔に浮かんでいる。

「さて、和解もしたことですし、お店で親交でも深めましょう」

「よっしゃ今日は俺の奢りだ。牧師様もお前らもパーッと飲むぜ!」

「おや。これは運が良い。では私もご相伴に預からせてもらうとしましょう」

「ここにいる奴らも今日は俺の奢りだぁ!」

「うぉぉぉ~~! それなら俺も!」

「俺もお邪魔するぜ」

 さっきまでとはまるで別人の態度となったランバルの横を通って牧師が先に店へと入ると、他の者達も便乗するように声をあげ店へと我さきに駆け込んでいく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ