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7-1



  ◆◇◆



「あいつはどこ行ったの?」

「そう言えば姿がないでござるな」

 衆目をひきつけるほど鮮烈な赤のドレスに身を包んだリビアは、街に入るなりさっきまで喧しかった男の姿がないことに気が付いた。

 普段ならば閉じることのない口から尽きることのない不平不満がこぼれるヒュウの姿が見当たらない。

 頭蓋を金貨によって割られた髑髏(されこうべ)が微笑む悪趣味なエンブレムを刻んだマントを羽織るヒュウ=ロイマンの姿がどこにもない。

「ああ。彼ならなんかお金握ってどっか行ったよ」

「あの男にお金を握らせたんですか!?」

「大丈夫だよ」

 目にかかる程度に伸びた、混ざりのない純白の髪の奥でリンダラッドの幼い表情がにやりと笑う。その凹凸のない体を包んだローブの下から小袋を一つ取り出す。

「お金ならここにあるよ。彼に渡したのはあくまで彼の働いた分だけ」

「よかった」

「ヒュウ殿に金銭を渡せばあるだけ浪費することが目に浮かぶでござるよ」

 輪蔵の言葉にリビアは腕を組んで激しく頷いてみせた。

 一度金を握らせれば無くなるまで遊び尽くす男であり、貯金などと言う言葉は頭のなかに皆無だ。

「でも、確かにどこ行ったんだろうね。

 僕も彼が何にお金を使うのかは聞いてないし」

「どうせ娼館か酒場に決まってるわ」

「それしかないでござるな。となれば当分は帰ってはこないでござるな」

 それ以外の選択肢など二人の頭には思いつかない。日頃から口癖のように『女』『金』『酒』と叫んでる男だ。

「まあヒュウ殿は放っといても大丈夫でござろう。それよりも……」

 おもむろに輪蔵はあたりを見渡した。

 街の入口となる正門を抜けそのまま大通りを歩いて来たが、実に巨大な街だ。

 大通りはレイ・ドールが闊歩し、道の脇ではレイ・ドール用の商品が雑多に並べられている。

「えらく色々なレイ・ドールを見かけるでござるな」

 街を往来するレイ・ドールはどれも輪蔵が見たことないものばかりだ。店先に並べられているものも生産性を重点とした汎用型には変わらないが、形に制限はなく様々だ。

 脚部の一点を比べても、輪蔵やヒュウの扱っている二足型のものから、四足、はては八足。更には脚のないものまである。

 輪蔵は好奇心からそれらの傍に寄るとまじまじと眺めてしまう。

「バスーノチェスようこそ! なにか欲しいものでもお探しで?」

「うぉ!? なな、なんでござるか!?」

 並べられたレイ・ドールの影から白い歯を見せつけるように大きく笑みを浮かべた男に

思わず輪蔵は一歩下がる。

 器用に髭がカールした男は、身なりは整い、眉は太くパッチリ開かれた眼は、一見すると作り物のように見えてしまうほど濃い笑みだ。

「いやいや。驚かせてすいません。

 なにかレイ・ドールでお探しのモノでも?

 うちでしたら、このバスーノチェスでも最も品揃えが良いと評判の店でして。

 農耕用、運搬用。それにここだけの話ですけど戦闘型は、それも能力保持のモノもありますよ。もちろん値は張りますけどね」

 男の屈託のない笑みと勢いの途切れることのない言葉にたじろぐ輪蔵の前にリンダラッドが割って入る。

「おや。可愛いね、僕」

「あのー、並べられてるレイ・ドールを見せてもらっても良いですか?」

「どうぞどうぞ。御自由に。

 なにか入用の際、私、店長のテルトまでお申し付けください。お客様、何かお探しでしょうか?」

 男は言い残すと、すぐさま別の客の元へと駆け寄っていく。

 残された三人は思わず目の前にあるレイ・ドールを見上げた。

 灰色のカラーリングされていない材質の色そのものの無骨なレイ・ドールだ。

「賑やかな街でござるな」

 煩雑な人々の声が街全体を包んでいるかのような音に輪蔵は呟く。

「今、認知されている国は五〇を超えてるんだ。そのなかでもヒース国が主となり西の果てに創設された連合に迎合しているのは僅か二割に過ぎないんだ」

 突然リンダラッドが喋り出す。

 巨大なレイ・ドールの太い脚に背を預けるように寄りかかる。

「ヒース国から離れれば離れるほど当然その大国の威光も届かず、連合とは別にそれぞれの思惑で動いてるよ。

 そしてヒース国から東にずっと歩いてくると誰もがこの大国バスーノチェスに一度は寄るってわけ。

 戦場で朽ちたレイ・ドールや、横流しによる違法性の高いレイ・ドール用の武器なんかを平気で売ってる街だよ」

 リンダラッドの説明を聞いてから輪蔵は改めて並べられたレイ・ドールを見た。

 確かに激しい傷を刻まれた中古品から、明確な殺傷能力を持ち本来ならば公の場で売ることを控える武器を握ったレイ・ドールまで散見される。

「ここ、そしてここから先は連合がこう言ったところで購入したレイ・ドールが山ほどいるからたぶん危険が沢山だろうね」

「そういうことを考えるとこの先の一人旅は危ないでござるな……そんな街でヒュウ殿一人で大丈夫でござるか?」

「大丈夫じゃないかな──」

「よお、お前ら」

「ほらね」

 まるでタイミングを計っていたかのように売り物のレイ・ドールの間から男は顔を出す。

 (だいだい)色の刈りあげた髪と鳶色の眼、年の頃はおよそ二〇前後だが、特徴的な険のある目つきとその派手なエンブレムが刻まれた黒のマントは、この雑多な街にあって一目でその男がヒュウ=ロイマンだとわかる。



「どこ行ってたの?」

「ちょっとな」

「お金は?」

「そりゃもちろん全部使いきった」

 全く迷いのない笑顔と共にヒュウは空になった小袋を逆さにしてみせた。

 綺麗に金貨一枚もない。

 個人差はあれど寝食に困ることのない生活が一週間は送ることのできる金額が綺麗に消えている。

 ──何に使ったのやら。

 逆さになった袋を見ながら三人が三人とも同じことを考え溜息を吐く。ヒュウの浪費はもはや手品や魔法の類だ。

「結構なお金があったと思ったんだけどなあ」

「……ヒュウ殿。幾ら金に余裕があるからと言って浪費してればキリがないでござるよ」

「あんたも少しはお嬢様を見習ったらどうなの。王家の御息女でありながらこの慎ましい旅に何一つ文句を言わない健気な姿。じつに愛らしい」

 リビアは屈んむとリンダラッドのその白い髪を撫でる。豊満な胸が服越しにリンダラッドの背中に当たる。

「なあに。金に困ればまた賞金首を捕まえれば良いだけじゃねえかよ。

 石を投げれば賞金首に当たるような街だぜ。ここは。それにここから先もな」

「おぬしは殆ど何もしないでござろう。

 戦うのは毎度拙者ばかりで」

 捕まえてきた賞金首はどれも輪蔵の示然丸による活躍が大きい。ヒュウはと言えば常にのらりくらりとサボタージュを決め込んでいた。

「それよりも良い店があるんだけどどうよ?」

「な、なんでござる!? 突然!」

 馴れ馴れしく首に手をまわして寄ってくるヒュウに輪蔵は露骨な警戒を示す。

「綺麗な姉ちゃん達がいて、おまけに派手な格好してるのよ。こう覗く艶めかしくて白い太腿とか」

「な、艶めかしくて……白いふ、太腿で……ござるか」

 ヒュウ同様に輪蔵も鼻の下を伸びしながら生唾を一つ飲む。

「いやいや。いかんでござるよ! このお金は大事なもの。色欲に負けて浪費するわけにはいかないでござる──」

「ちぇっ! なに気取ってんだよ。このむっつり野郎。それならお前、俺様と一緒に来い!」

「僕が?」

「そう。俺様は金がないわけ。このまま行けば無銭の客ってことで摘まみだされるか、もしくは揉め事になるわけよ。困るだろ?」

「困るね」

 ヒュウの言っていることに何かおかしなところを感じながらもリンダラッドは腕を組んで頷く。

 無銭で来た客を手厚く歓迎する商売なんてリンダラッドに知る由もない。

「それじゃあ俺様が店側と揉めないためにはどうすれば良いと思う?」

「そりゃ、店に行かな──」

「そう! つまりお前が奢れば良いだけの話よ! 日頃の護衛の疲れを労ってもらわねえとな」

 リンダラッドの言葉を無理やり遮るようにしてリンダラッドの小さな双肩に手をのせる。

「ちょっと! お嬢様をどこに連れてくつもり! あと汚い手で触らないで!」

「ったく過保護でうっせえな。よっと」

「うわぁっ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 リビアの言葉から逃げるようにヒュウはリンダラッドを無理やり肩に乗せると素早く人込みへと姿を晦ます。

「逃げられたでござるな……」

「ちょっと! お嬢様がいかがわしい店に連れて行かれそうなんだから黙って見てないで探してよ!」

「あの逃げ足を捕まえるでござるか……」

 忍ぶことを生業とした忍者の輪蔵から見てもヒュウの逃げ足は見事なものだ。



  ◇◆◇



「ちょいとそこを行く顔の似てない御兄弟や」

「ん?」

「兄弟って僕たちのこと?」

 おもむろにヒュウとリンダラッドを呼び止めたのは薄暗い路地裏に安普請の机と椅子を構えている老婆だ。

 兄弟と呼ばれたリンダラッドは思わずヒュウの顔を見た。

「ふえっ、ふえっ。そうだよ。お前さん達だよ」

 老婆は深い皺が何本も刻まれた顔で大きく笑う。抜けた歯と鋭い鷲鼻。全身を覆う紫のローブ。まるで絵本に出てくる悪役魔女そのものだ。

「ババア、俺様になんか用かよ?」

「どうだい。うちで未来を占っては行かないかい?」

 そういうと老婆は今にも折れそうな骨と皮だけの指でツギハギだらけの看板をさす。

「レイ占術……へえ。お婆ちゃん、こんなところでお店やってるんだ」

 そこに書かれた言葉をリンダラッドはぽつりと呟いてみせた。

「一回一ガル。どうだい? より遠い未来のことなら不鮮明なことが多いが、近い未来ならばより鮮明。当たると評判のこのレイ占術師のバドンが見てあげるよ」

 ──当たると評判の店がこんなボロボロで店構えてるかな?

「一回一ガロ……たけえな。別にそんな無駄なことに金なんて使えるかよ」

「ちょちょ、ちょい待ち! 今回だけ特別価格で無料で占ってあげるよ」

 背を向けたヒュウに慌てるように鷲鼻の老婆は声をあげる。

「本当に無料なのか?」

「ああ。もちろんだよ」

「なんか胡散臭えな。いきなり無料にするなんて」

「良いじゃん。タダなら占ってもらおうよ」

 露骨に怪訝な表情を浮かべるヒュウの横をリンダラッドは飛び出して老婆の前まで行くとちょこんとその安物の椅子に座る。

 純白の髪を持った少女はいたずらそうな笑みで老婆を見た。

「妹さん? それとも弟さんかい?」

「さあて、どっちでしょう。それを占ってくれてもいいんだよ」

 いたずらそうな笑みを浮かべたリンダラッドの前に老婆は屈むと、机の下から大きな水晶玉を取り出す。

「面白い子だね。

 近い未来と遠い未来。どちらを占って欲しい? 近い未来は鮮明に。遠い未来は不鮮明なことが多いね。もちろん指定した方が見えるとは限らないけど。ふぇっ、ふぇっ」

 老婆は意地悪な笑みを浮かべて笑ってみせた。

 その酷く耳障りな声にヒュウは不機嫌な面持ちを作ってみせる。

「じゃあ近いところ。遠いことは知らない方が自分のこの眼でいつか見る楽しみがあるからね」

「それじゃあ水晶玉の上に手をおきな」

「はい」

 明るい返事とともにリンダラッドが水晶玉の上に手を置くと老婆は難しい顔でそれを見つめる。歪んだ老婆の顔が水晶越しに見える。

「ぬぬ。旅をしてるね。日の沈む方角から日出処へと行くための」

「へえ。当たってる」

 感心するような声を漏らしたままリンダラッドを前に老婆は呻き声をあげながら水晶に更に顔を近づける。鷲鼻の先が触れる。

「お前さんの傍にいる者が一生お前さんの人生にトラブルを与え続ける」

「一生って……」

 近くのことを頼んだのにえらく遠くのことまで出てきた。

「特に飲むことに気をつけること」

「飲むことって……お水とか?」

「それは私にもわからん。もっと詳しく知りたいのなら追加料金だね」

 水晶玉から顔を話した老婆はいやらしい笑みを浮かべる。じつに肝心なところを教えてくれないところが腹立たしくも商売上手だとリンダラッドは感心する。

「さて、次はそこのあんただよ」

「占いなんて興味ねえし、俺様が世界の全てを手に入れる未来でも勝手に見ろよ」

 ふんぞり返るように椅子に座ったヒュウが水晶玉に手をかざすと老婆は再び難しい顔をして唸り声をあげる。

「むむ……人智を超えた六つの力」

 老婆の険しい顔が更に険しくなる。

「黄金の猛獣。紫黒(しこく)の死神。(あかがね)の幽鬼。蒼白の騎士。万緑(ばんりょく)の酔漢。白妙(しろたえ)の賢人」

 ぽつりぽつりと読み上げられたその名にヒュウはぽかんとしたかのように口を開く。

 どんな占いが飛び出すかと思えば出てきたのは理解不能の言葉だ。

「なんだそりゃ? もっとこう愉快な未来じゃねえのかよ」

「私にもなんだかさっぱり。あまりに大きすぎる渦に巻き込まれていてお前さんの未来が何も見えないんだ」

「大きな渦な……まっ、基本的に占いなんて信じてないし、俺様の未来は明るいって決まってるからな。ったく無駄な時間を過ごしちまったぜ。

 ほれ。店に行くぞ」

 立ち上がったヒュウは傍で同じように老婆の言葉を聞いていたリンダラッドの肩を叩いて歩き出す。

「あっ、ちょっと……ねえお婆さん、彼に何が見えたのか他にわからない?」

 リンダラッドの言葉に老婆はゆっくりと指をさす。その指す方向は東だ。

日出処(ひいづるところ)に六つの力が集まりつつある。私にわかるのはそれだけだ。ほれさっさと行きな」

「日出方角……東か。お婆ちゃん、ありがとう!」

 リンダラッドは白い髪を揺らしペコリと頭を下げると幼い表情で満面の笑みを浮かべてヒュウの背中を追いかける。


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