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6-3



  ◆◇◆



「いやー、食った食った」

 ヒュウは膨れた腹を撫でながらあてがわれた部屋へと戻ってくると、窓に枕が来るように置かれた二台の隣接しあったベッドの一つ倒れるように寝転がる。

 晩御飯から泊まる場所まで全て町長であるファルケが用意してくれた。水源の奪還が仕事だけに水や酒が浴びるほど飲めないことがヒュウには不服だったが、出てきた料理の量はそれらすらも押さえつけるに十分過ぎるほどだった。

「腹は埋まったけど、酒が出ねえから物足りねえな」

「まあ水は貴重な資源だからね。お酒もそれは変わらないんでしょ」

 隣接するもう片側のベッドにリンダラッドは脚を曲げて体育座りをしながら本を読む。

 どれだけ古い本なのか表紙も色落ちし、ページの端も黄ばんでいる。

「それよりもこの部屋分けはなんなんだよ?」

「ん?」

 おもむろにリンダラッドは本から顔をあげた。

 一部屋に二つのベッド。ヒュウ達は必然的に二組に分かれることになる。その組み合わせがリンダラッドとヒュウ。輪蔵とリビアだ。

 部屋割りが決まった際にリビアとヒュウだけがひたすらに文句を言うが、リンダラッドの強引な決定だった。

「だって君は僕を護らなくちゃならないでしょ。宝の地図を持ってる僕を。騎士団が一緒の場所に泊まってる今、いつ連れ戻されてもおかしくないわけだし」

「……せめて地図持ってるのが生唾もんの美女だったら護る気もわくんだけどな。なんでこんなガキが護衛対象なのか……はあ」

 これ見よがしの溜息をヒュウは吐いてみせる。

 実際に宝の地図を持ち、その内容を理解できるのは体の凹凸すらもない年端もゆかない少女だ。

「むっ。こう見えても城内だと美人だって評判なんだよ」

「素材は悪かねえけど、美人なんて呼べるようになるのは少なくとも数年後だな。城のイエスマンどもの誉め言葉を素直に受け取ってんじゃねえよ」

「僕に好き放題言うけど、そう言う君こそ褒められた外見じゃないよね。ジールとかはモテてたけど、君、モテないでしょ?」

「なんであんな奴がモテるのか世界七大不思議だな。俺様の方が良い男だろ」

「…………」

「おい。黙るなよ」

 同意を求めるヒュウに対してリンダラッドは黙りこくって本へと視線を落とす。

 二人を並べてみれば違いも差も歴然だ。

 かたや一国の王に頼られ慢心することのない最強のライダー。かたや裏街道で金のためなら犯罪ですら平気で犯せる男。

 この説明だけでも差は明らかにもかかわらず、更に外見は傷痕が幾つも見受けられざんばらに刈られた明るい橙色の髪のヒュウと、均整の取れた顔立ちを持つジール=ストロイだ。

 ──どっからあの自信が出てくるんだろうか?

 リンダラッドからすればそれこそ不思議でしょうがない。ヒュウの言葉を借りるならば世界七大不思議に位置付けられるほどだ。

「ところであの金髪野郎もジールの部下なのか?」

「金髪野郎……って誰だっけ?」

「姫様っ!」

 大きな音を立てて力任せに開かれた扉からバルドが飛び出す。

「こいつのこと」

「ああ……バルドのことか」

 ぽんと手を叩くリンダラッドを前にバルドは速足で寄ってくる。



「姫様っ! 迎えに参りました。私と共に王国へ戻りましょう」

 暑苦しい鎧こそ纏ってはいないが堅苦しい言葉遣いはまるで変わらない。ベッドにちょこんと座るリンダラッドを前に膝を着いたバルドは手を差し出す。

「ん~……」

「勝手に話進めてんじゃねえよ」

 悩むように顎に指をあてるリンダラッドと拝跪(はいき)したバルドの前にヒュウが割って入る。

 金髪と同色の瞳が敵意を持って睨みつけるがヒュウからしてみれば、殺意を向けられることなど日常茶飯事であり慣れたものだ。

「どけ。本来ならばジール様の汚名を(そそ)がんために貴様の首を持ち帰りたいところだが、今は姫様を連れて帰るだけでそのことを不問にしてやると言うんだ。路地裏に住み着くゴキブリが」

「えらい嫌われようじゃねえか。温厚な俺様だってそこまで言われて黙ってることはできねえぜ。それに俺様に勝てると思ってるのならそりゃお笑い(ぐさ)だな。へそで茶が沸くぜ」

 二人の瞳に一層強い敵意が宿る。

「貴様のようなゴキブリに名誉ある王立騎士団の我々が負けるはずがないだろう」

「その親玉が俺に負けたってのは知ってるか? お前がジール様とか呼んでる野郎が」

 ──いつ勝ったっけ?

 リンダラッドの記憶には少なくとも決着がつく前にヒュウが敵前逃亡したことしか記憶が無い。

 ヒュウの挑発にバルドは歯ぎしりをしてみせた。

 敬愛し崇拝する存在であるジールが、害虫とも思える男に卑下されることはあってはならないことだ。

 だが、バルドが遠征に出向いている間にヒュウはジールと向き合い、そして囚われることなく生きている。その事実は捻じ曲げることができない。

「親玉が勝てないのに、部下のお前らが俺様に勝てるかってんだ」

「そ、そこまで言うなら貴様に決闘を挑もうっ! 私自らの力でもってどちらが強いか白黒はっきりつけてやろう! そして勝った方が姫様を連れて行く」

 崇拝するジールを馬鹿にされ我慢の限界点はとうに超えていたバルドが声を荒げ立ち上がる。

「別にかまわ──────」

「ちょっと待って!」

「な、なんですか姫様?」

「んだよ?」

 レイ・カードを取り出した二人の殺意の間にリンダラッドの言葉が割って入る。

「僕が勝者の景品になるのは別に良いんだけどさあ、王立騎士団第三師団長バルド」

「はい!」

 リンダラッドの呼びかける声にバルドは背筋をピンと伸ばす。

「こんなところでレイ・ドールを使って戦ったら町の人たちに迷惑をかけることになるよ。それは王立騎士団として正しい姿勢なの?」

「……そ、その通りですね」

 バルドは握っていたレイ・カードをリンダラッドの言葉で引っ込める。

 幾ら目の前に憎き仇敵がいようともこんな町中、それも建物のなかでレイ・ドールを召喚するなど騎士団に属するものとしてあってはならないことだ。

 一時の感情に身を任せ罪なき市井の人々に迷惑をかけるとあってはそれこそ尊敬するジールに顔向けできない。

「あとヒュウ。ちょっと来て」

「なんだよ」

 手招きするリンダラッドに対して苛立った声と共にすぐ傍まで来たヒュウの耳元にその薄桜色の唇を寄せる。

「王立騎士団って半端なく強いよ。一人ならともかく彼ら三人で来てるんだし、下手に決闘なんてしてもこっちの戦力だと奇跡が百回起きなきゃ勝てないと思うよ。僕としては旅は続けたいし君に勝ってほしいところだからあんま分の悪い賭けはしないでほしいな」

「……そんなに強いのか?」

「うん。凄くヤバいよ」

「凄く……ヤバいのか?」

「凄く……ヤバイよ」

「………………」

 次第に苛立った表情から顰め面に変わっていくヒュウは握っていたレイ・カードをバルド同様に懐にしまう。

 冷静に考えれば勝ったところでヒュウに何の旨みものない話だ。それならば──

「姫様。そんな奴と何を話されてるいるのですか?」

 顔を寄せ合う囁く二人にバルドが近づくとヒュウが勢いよく立ち上がる。

「いやー、俺様も大人げないことを言って悪かった!」

 莞爾とした笑みを浮かべたヒュウはバルドの双肩にぽんと手を置く。

 さきほどまでの敵意を剥き出しにしていた男とはまるで別人と思えるほどの豹変っぷりにバルドは唖然としてしまう。

「考えてみれば、確かにここで戦うことは泊めてもらってる町長とかにも迷惑をかけることになるし、ここで戦うのはナンセンスな話だな」

「そこは貴様に同意だ。貴様にも人のことを考えられる頭があったのか」

「当たり前だろ。旅は互助精神だ! 助け合ってここまで俺達は来たんだ!」

 ──な~にが互助精神だか

 リンダラッドですら呆れてしまう言葉をヒュウは真摯な表情で吐く。付き合いは短いが、例え日が西から登ろうと(からす)が白になろうとも彼が吐き出す事のない言葉だ。

「ではどのような形で勝てば姫様を我々に引き渡す気になるんだ?」

「んなこと俺様に言われてもな……」

「僕に良い考えがあるよ」

「ん?」

 勝負の形式に頭を悩ます二人を前にリンダラッドはにっこりと白い歯を見せて微笑む。

 白く糸のように細い前髪が揺れる。

「王立騎士団として相応しく、勝負としてもぐうの音も出ないような決闘方法」

「それは……?」

「それはねえ」

 リンダラッドの笑みが一層濃くなる。

 ヒュウもバルドもどことなく嫌な予感を覚える。



  ◆◇◆



「本当にヒュウ殿一人で良いでござるか?」

 黄金の砂漠だけが続く地平の彼方から橙色の輝きと共に朝を告げる太陽が昇り始める。夜を越えたばかりの砂漠は肌寒い空気に包まれている。

 町の出口にはヒュウの朝日を反射させ輝く朱金のゴールドキングと、バルドが操る全身に鎧を纏いランスを背負ったサイラスの二体が立って、地平の向こうから顔をのぞかせる太陽の光を受ける。そしてその横には全身を重厚な鎧で包んだ第三師団の面々が揃っている。

「バルドも大丈夫?」

 サイラスに乗ったバルドにリストンが呼びかけた。

「なに。盗賊の一団程度私のサイラスの前では敵ではない。それよりも貴様!」

「んあ?」

 寝起きで頭がはっきりとしないヒュウは欠伸混じりの声でバルドを見た。

 まだ半開きの眼に、やる気のまるで感じられない表情。

「昨晩お嬢様が言った通り、盗賊団のレイ・ドールを倒した方が勝ちだからな!」

「あ~……そんなルールだったっけか」

 昨晩の夜、リンダラッドが二人に提案したものは恐ろしいほど簡単なものだ。

 町の人を助け、且つ勝負にもなる。それは(くだん)の盗賊、それも、盗賊のレイ・ドールを倒す事だ。

「さすがお嬢様! それならば勝負として王立騎士団として相応しい働きが見せられます!」

 とバルドは絶賛し

 ──直接戦わないならこんな頭の固い奴、ちょっと利用して楽に勝てそうだな

 と言葉にはせずヒュウは含み笑いを浮かべた。

 二人がその提案で納得する形で勝負することとなり夜明けを迎えた今、勝負開始の時間だ。

「じゃあ僕は見届け役として公平を期すために君のレイ・ドールに乗るからね」

「姫様っ! それなら私のレイ・ドールにお乗りください」

 審判としてヒュウのレイ・ドールへと乗り込もうとするリンダラッドをバルドは呼び止める。

「うーん、だってバルドならきっと正々堂々戦うでしょ?」

「当然です。いついかなる勝負であろうと正々堂々と叩き潰す。それこそが王立騎士団としての信念です」

 凛とした声が夜明けの砂漠を貫く。

 何を感心しているのか輪蔵が腕を組みながらバルドの言葉を聞いて何度も首を頷かす。

「それならズルをしそうな彼のことを見張るのが僕の役目でしょ」

「それじゃあ俺様が卑怯者みたいじゃねえか」

「みたいじゃなくて、卑怯者だと思ってるよ」

 ヒュウの膝上にちょこんと座ったリンダラッドがにこりと笑ってみせる。

「あー……」

 リビアと輪蔵はため息のような声を漏らして頷く。

 隙あらば不正をするであろうヒュウを監視することこそ確かにリンダラッドの役目だ。

「……わかりました」

 黙したのちに納得したようにバルドは厳かに頷くと、全身を包む鎧を一つ鳴らしてサイラスを動かす。

「それじゃあどっちが盗賊のレイ・ドールを倒すか勝負……始め!」

 リンダラッドの明るい声が次第に青くなりつつある空へと響き渡る。

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