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4-8



  ◆◇◆



「あれって……大国の騎士達じゃないのか?」

 遺跡から吹き上がった蒼白の光に吸い寄せられるように町から一歩出た人々の眼に入ってきたのは、大国の紋様を背負ったレイ・ドール軍隊と、それらに護られるようにして列を作っている馬車だ。

「こんな夜に来たんだ」

「でもどうして町じゃなくて遺跡の方へと列を作ってるの?」

 怪訝な表情を浮かべた女性の言葉どおり列はこのディエロの町ではなく、街道から大きく道を外し、閑散とし、本来ならば観光資源としても使えないような遺跡へと向けられている。

「あの大きな馬車にもしかして噂の王様とお姫様がいるのかな?」

 一人の言葉に全員が列の中央に鎮座している馬車を見た。

 他の馬車とは違う。

 王族の威厳を豪奢なレリーフとし刻んだ馬車の周囲には剣を構えたレイ・ドールが四体。ネズミ一匹通さないほどの威圧感を放ち構えている。

「でもなんで、あんな場所にいるのかな?」

「馬車も遺跡の方へと向いてるしね」

 レイ・ドールに護られた馬車は間違いなく遺跡へと向いている。

「なんか遺跡で面白いことやってるんじゃないか? ほらさっきの光とか気になるしな」

「確かに有り得そう。

 あんな光見たら王様だってそりゃ興味惹かれるよね」

「それじゃあ俺たちもっ──ん?」

 列から飛び出すように数人の兵士がディエロへと向かって歩いてくる。

 腰に剣を携え、全身は重厚な鎧で覆い、兜の奥にある表情がまるでわからない。そのなかの一人が他の兵士から更に一歩前へと出る。

「すまないがここから先は通行止めとさせてもらおう」

 若く声変わりもしていないかのように若干高いが落ち着いた声だ。

「な、なんだよ! 王族だけで楽しもうって言うのかよ!」

「そうだよ! あの光の見せ物を俺たちにも見せろ!」

「我々としては穏便な形で済ませたいが──」

 高い声の男は溜息交じりの声でどこからともなくレイ・カードを取り出す。

 それに合わせるように他の兵士達も取り出す。

「げっ! レイ・ドールっ!?」

「貴君らの協力が得られないとなるならば我々はレイ・ドールを持って抑えることになるが、いかがかな?」

 その言葉に対してさきほどのように金切り声をあげる者は一人としていない。

 目の前に並んだレイ・ドール。それは誰一人として逆らうことを許さない圧倒的な力の象徴だ。

 本来ならば戦場を駆け巡るであろう剣が自分たちに向けられていると思えば町民達も騒ぐわけにはいかなかった。



  ◆◇◆



「これは見事な軍勢ね」

「逃げる場所は……なしだね」

 語るまでもなく、考えるまでもない。

 あまりに一目瞭然の光景だ。

 ぐるりと大げさに回転してみせた少年はあっけらかんとした声で笑ってみせた。

 すり鉢状の穴となっている縁を囲むようにレイ・ドールが並んでいる。

 左を向こうとも右を向こうとも大国のレイ・ドールが剣を構え立ち尽くしている光景は壮観の一言に尽きる。

「もうさすがに逃げ切れないわね」

 どんな奇跡が起きようとも今、この場を逃げ切ることはできないだろう。

 こっちは少年とろくに動けない足手まといの青年と娼婦の三人だ。

「己が信念で護ると誓ったからには……この身命賭して護ってみせよう」

「な、なに無茶言ってんのよ!」

 青年は、寄りかかった二人の体からゆっくりと離れると大きく深呼吸する。

 儚いほどの蒼白のレイが青年の手に宿る。

 考えることなどできない。ただ、自身が自らに与えた使命を裏切ることは死を前にしても許されない。

「この人数では時間稼ぎ程度しかできないだろうが──」

「構えーーーーーーっ!」

「ひゃっ!?」

 夜の静寂を打ち払わんばかりの勇ましい号令。

 穴の縁に立ったレイ・ドール達は一斉に剣を中央へと構える。その構えは戦うためのものではなく何かを迎えるかのような構え。

「な、なにが起きたの?」

 ぴたりと石像のように動かないレイ・ドールの軍隊を前に青年もレイ・カードを握ったまま動かない。

「ん?」

 レイ・ドールの間から二人の兵士に先導され一人がすり鉢状の遺跡へと降りてくる。

「あれってひょっとして、(くだん)の王様?!」

 先導されながらゆっくりと坂を降りてくる年かさの男は豊かな白い顎鬚を蓄え頭頂部には見事な金冠を飾っている。

「あっ、ちょっと!」

 ゆっくりと歩いてくる王に対して少年は何も言わずにオリビアから離れ、金冠を被った王に向かってゆっくりと歩きだす。

「ま、待ちなさいよ!」

 行かせるわけにはいかなかった。

 大国からレイ・ドールを盗んだ重罪者だ。

 王に近づくよりも早く、その間に立つ二人の兵士が素早くその剣を抜き放つ……はずだった。

「へっ?」

 兵士達は歩いてくる少年を前に左右によけ道を開く。

 まるで不思議な魔力でも働いているかのように信じられない光景のなか少年は王であろう男の前に立つ。

「何にも言わずに出ちゃって、ごめんね」

 少年は相変わらず屈託の笑みを浮かべてた。

「探したぞ。まさかとは思ったがやはりここへ来ていたか。心配したぞ!」

 少年をぎゅっと抱きしめた男は膝を崩し破顔する。

「お前が勝手に飛び出してから飯がろくに喉を通らない日々だった!」

「ごめんね。どうしても知りたいことがあって。お父様」

 ──お父様……

 オリビアも青年も目の前の光景、そして言葉が呑み込めないように頭にクエスチョンマークが浮かんでいる。

「ね、ねえ」

「ん?」

 オリビアはあまりに理解できないこの状態に救いを求めるかのように鎧に身を包んだ兵士に声をかける。

「もしかして、あの子って王様の息子なの?」

「息子……はっ!」

 兵士の一人は嘲笑するかのようにオリビアの言葉を鼻で笑う。兜で表情が見えないとは言え、見下されてるのは火を見るよりも明らかだ。相手が鎧でもなければ大国の兵士でもなければ一発、感情に任せて頬を平手打ちしているところだ。

「何を言っている。あの方は紛れもなくダライ=ロエスの娘であり、ヒース国の姫であるリンダラッド=ロエスだぞ」

「……ムスメ? ヒメ?」

「そうだ」

 兜を鳴らして頷く兵士を前に、オリビアは言葉の意味が理解できなかった。

「……」

 ──レイ・ドールを大国から盗んだ張本人は、大国の姫で、大国の姫と言えば傲慢で高飛車で下々を見下すような奴で、目の前の少年は女で、おまけに知りたいことのためなら命も平気で賭ける狂人で……

 頭のなかにまるで交わるはずのない答えが飛び回っている。

「結局どういうことだ?」

「いや、私にも何がなんだか」

 青年もまるで状況を掴めないままオリビアに救いを求めるが、オリビアも当然説明できるべくもなかった。

「しっかし家出などこれっきりにしてもらえないか。心配で私は(まつりごと)にもろくに手が着かないのだから」

「わかった!」

 リンダラッドは大きく頷いてみせた。その笑みはやはり一国の姫と呼ばれる存在のものとは思えないほど明るく、見栄のないものだ。

「それでそちらの方々は?」

「私の友達兼部下だよ。この町で出会って色々と良くしてくれたし有能だから是非私の部下に」

「ちょっ!?」

「そうか。世話になったな」

 王であるダラエは青年とオリビアに向かって一つ頭を下げる。

 大国の王が頭を下げる姿を拝めるなど、リンダラッドは間違いなく姫だ。

 それも過保護で溺愛されている。



「あんた女だったの?」

「隠したつもりはなかったけど聞かれなかったから答えなかっただけだよ」

 すり鉢状の穴を出てこぼしたオリビエの言葉にリンダラッドはなんの罪悪感も感じられない笑みで応えた。

「あんたが言ってた罪に問われない方法って私たちを部下にすることだったの?」

「いや。あれは方便に過ぎないよ。

 別に僕と一緒が嫌ならここでお別れかな。

 ああ。そのレイ・ドールは記念にあげるよ。もちろんあとで見返りを要求するケチな真似はしないから安心して。

 使えない人が持ってても宝の持ち腐れだろうし。ただし、何に使うも、使ってどうなろうとも自己責任だからね」

 杭を刺すようなリンダラッドをオリビアはまじまじと見た。

 言葉に裏がない。ただ思ったことをそのまま口にしているかのような純真無垢な碧眼の瞳が見つめ返してくる。

「あんたはどうするわけ?」

「……ん」

 ろくに体が動かずオリビアに全身を預けた青年はおもむろに顔をあげた。

 レイを使い果たしてろくに身動きもとれない、いまや邪魔な荷物に他ならない青年を自分のレイ・ドールに突っ込みたかったが、こうなるまで護ってくれたのもまた事実だ。

 せめて肩を貸して運んだのはオリビアなりの感謝の証だ。

「決して曲がることのない信念を持ち、守るに値する者を探すだけだ」

「じゃあ僕のところに来ない?」

 おもむろにリンダラッドは周囲を一度見てから二人に顔を近づける。内緒話をするかのように何度も周囲を見た後に二人の顔をじっと見てくる。

 人形のように整った顔立ちが近づく。

 あまりにも美しいその容姿にオリビアは思わず生唾を飲む。

「また知りたいことが出来たら城を飛び出すし、そのための仲間が欲しいんだ。知りたいものを知るって言う信念が僕にもあるから」

「ふっ」

 その返事に青年は笑ってみせた。

 わかってはいた。リンダラッドの言葉を聞くまでもなかった。

 自分の知りたいことのためならば何でもする少女がその信念を曲げることは決してない。それは一緒にいた青年とオリビアは百も承知だ。

「一国の姫に仕える騎士となるか。確かに、私同様に曲がらぬ信念を持った者こそ護りがいがあるというものだ。悪くない話だ」

「君はどうするの?」

 リンダラッドがオリビアの顔を覗き込む。

「私は……」

 町に思い入れなどない。

 どこにもなにもない。

 ただ一日を漫然と過ごしている。

 この眼の前の少女の誘いを受ければこれからの毎日は激変するだろう。

 見たものに言葉を失わせるほど美しく、かくも人形の如く整った少女。しかし、中身は狂人のごとく歪んだ信念を持った少女と共に歩む人生。

「まあ、面白そうな話よね。バクスターに喧嘩を売るような真似したからこの街とも離れなきゃならないだろうし、渡りに船ってとこかしら」

 オリビアは彼女の差し出した手を握り返す。

「ついてくるなら二人の名前教えてよ。これから先も君だの、ねえだの呼びかけるわけにもいかないし」

「ジールだ。ジール=ストロイ。それが私の名前だ」

 ろくに満足に動くことのできない青年が呟くように答えた。

「ジールか……らしい名前だね。君は? 確かオリビアって呼ばれてた気がするけど」

「私はオリビア。オリビア=ディエ……」

「ディエ……なに?」

 ──オリビア=ディエロ。

 この町で働く際に名乗った名だが、それは全て偽りの名。

 誰にも語ったことのない本当の名は──

「私の……名前はリビア。リビア=ジャールルイ。リビアで良いわ。お姫様」

 遥か昔に、今は顔すら覚えていない両親から貰った名。久しく口に出さなかったが、一度として忘れたことのないその名を聞かされリンダラッドは首を頷かす。

 わざとらしくリビアはリンダラッを『お姫様』と呼んでみせた。

 この町に留まるのも終わりだ。

 ディエロの名を捨て新たな世界を歩むも、この狂人のごとく奇想天外なお姫様とならきっと楽しめるはずだ。

「リビアにジール。二人ともよろしくね。それから僕は仲間が欲しいだけで部下が欲しいわけじゃないからお姫様ってのは勘弁してよ。背中がくすぐったくなるよ。

 改めて自己紹介するけど僕の名はリンダラッド=ロエス。せいぜい僕の知識欲を埋めることに協力してね」

 この街道沿いの町、ディエロから一人の美女が消えた夜、大国の姫である少女の半身となりえる存在が二人加わった。



  ◆◇◆



「ってなわけでお嬢様と私が知り合ったんだけど……人が話してる最中に寝るなんて失礼な連中ね」

「少し長い話だからしょうがないよね」

 ヒュウは当然のことながら、気が付けば輪蔵も草の上に横になったまま寝てしまっている。

 起きていたのはリンダラッドだけだ。

 記憶の中から多少の成長こそあれど、浮かべた笑みは出会ったばかりのあの頃と何一つ変わらない。

「お嬢様はあれから何も変わりませんよね」

「それを言うなら君だって。その白々しい言葉遣いくらいじゃないのかな。

 立場だけなら一番変わったのはやっぱりジールかな」

 ジール=ストロイ。ヒース国最強のライダーにして、オリジンを操る者。

 リンダラッドに認められ城へと入り、その後、いかなる状況でも戦果を挙げ、気が付けば民からの信望は王以上のものとなっている。

 しかしどれだけのことがあろうと決して表舞台で特権を誇示することなく、いかなる者であってルールを守る者には平等に。破る者へは罰を処断する秩序の象徴。

「まさかあそこまで立派になっちゃうなんてね。最初が奴隷だったなんて多くの人たちは想像もつかないだろうね」

 最初の出会いがまさか奴隷小屋から始まろうとは、ジールを信望している者たちの多くは知らない。

「僕としては本当は彼もこの旅に連れ出したかったんだけどね」

「あいつがいたらそれこそそこで不細工に寝てる男と喧嘩の毎日じゃないですかね」

 大口を開き、口の両端から涎を派手に溢しているヒュウ=ロイマンを見た。

「確かに。オリジンを操るライダーのなかでもあの二人ってとびきり相性悪そうだしね」

 他人に厳しく、それ以上に自分に厳しい騎士道を持つジール。

 他人に厳しく、自分にはただひたすら甘いヒュウ。

 この二人の相性など考えるまでもない。

「まあ、ジールのことは残念だけど僕としてはやっぱり色んなことを知りたいんだよね」

「そういうところは出会った頃から変わらないですね」

「僕はいつだって自分の知識欲が最優先だからね」

「ふふ」

 それも聞くまでもなくわかっていた、あまりに予想通りの答えだけにリビアはつい笑みがこぼれる。

「その旅もまだ始まったばっかりだし、彼らには頑張ってもらわないと」

 まだ地図の大半は白紙で、財宝の有無の確認すら取れていない。

 リンダラッドとしては死んでもこの地図を埋める。それ以外頭にない。さらに言えばそのためにいかなる犠牲を払おうとも突き進むのみだ。

 そのためのオリジンを操るライダーだ。

「お嬢様の無茶ぶりで死んじゃうかもしれませんよ」

 含み笑いを浮かべながらリビアが語るがリンダラッドもそれにまた笑みを返す。

「きっと死んでも死なないよ。殺そうにも死なないからこそ選んだんだから」

 派手に涎を垂らしながら寝ているこの男はきっと死なない。

 その確信はリンダラッド、それにリビアにもあった。

 これからの長旅もきっと彼の人並外れた強欲に振り回される。

 それもまたリビアにもリンダラッドにも確信としてあった。だからこそ二人は顔を見合わせて笑うしかなかった。

「だあっーーー! 宝をよこしやがれっ……んがっ」

「なに!? 寝言?」

「みたいだね」

 虫の声すら響きそうな静寂の夜にヒュウの怒声が響き渡る。

 これから先の長くなるであろう旅のなかで、この強欲に対しての気苦労が容易に想像できた二人は互いに苦笑を浮かべるしかなかった。


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