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  ◆◇◆



 夜は深くなるほどに空に浮かぶ星々の輝きが増し、世界は幻想的な色を強めていく。凱旋の宴の余韻は消え、国民達はみな夢のなかを泳ぎ静まりかえる深夜。

 ヒース国の広大な城下町を護るかのように囲った堅牢にして巨大な外壁。そこから一歩出ればそこは雄大な農地と果てない道だけが地平の彼方まで続いている

 地平の彼方から薙ぐ風に揺られた草の擦れ合う音すら騒がしく思えるほどの静寂を噛みしめながらヒュウはいまだ正体の分からない依頼人を待っていた。

「城門の裏って、ほんとにここで良いんだよな?」

 多少不安に思いながら頼りならない記憶を思い出しながら約束の場所を確認する。

「おっ。はやいはやい。感心したもんだ」

 あてにならない記憶だが、そこにレインが来た事でヒュウは安堵の息を吐き出す。

 正直美女の顔以外記憶しない頭だけに自信がなかった。

「んで護衛対象は?」

「こちらだ」

「ん?」

 レインの後ろに隠れるように立っていたそれはゆっくりと前に出る。全身ローブで覆い顔すらまともに見えないが小柄だ。

「こちらがあなた様をお守りする何でも屋のヒュウ=ロイマンです」

 依頼人である相手にレインは腰低く喋る。

「なるほどね。噂にはよく聞き及んでるよ」

 ──子供?

 声は高く少年か少女か判別のつかない声だ。

 思わずヒュウは眉を顰めた。

 大金のかかった仕事だ。どれだけの要人が出てくるのかと思えば出てきたのは子供と見まがうほど小柄な依頼人だ。

 この仕事から漂うきな臭さが一層香り立つ。

「仕事の条件は以前伝えたとおりだ。

 この方の護衛だ。

 これからある場所へ行って帰ってくるまで守る。それがお前の仕事だ」

「ある場所ってどこだよ?」

「そりゃ俺も聞いてない。直接この方から聞くことになるだろ。それじゃあ俺の仕事はここまでだ。実務はお前の仕事だ。じゃあよろしく頼んだぜ」

 レインは知ってる情報だけを口早かつ一方的に語っていくとその場を走り去るように闇に姿を消す。

「おーい……」

 残されたヒュウにはわからないことだらけだ。こんな得体の知れない奴と二人っきりなど溜まったものではない。


「で、どこに向かうんだ?」

 二人っきりになり風の流れる音に耳を傾けていたヒュウが焦れるかのように口を開いた。

「俺様はどこに行くか。なにからあんたを守るのか。全く何も聞かされずに来たんだぜ。その辺を是非聞かせて欲しいもんだな」

「ふっ」

 依頼人は鼻で笑うような声を小さくこぼして顔を上げた。目深に被った薄汚いローブの奥から青い双眸がヒュウを見つめてくる。

「仕方ないよ。仲介人の彼には何も伝えてないのだからね。ただの僕の護衛。それだけしか彼は知らないのだから。僕の顔すら知らないよ」

 少年とも少女とも判別のつかない幼い声。それでいて語調ははっきりとし、語る言葉には一切の濁りがない。

「さて、こんな暑苦しい恰好もいい加減やめようか……」

 喋りを続ける依頼人はおもむろに頭を覆うようなローブに手をかけ顔を星空の下に晒す。

 冷たく、澄んだ青い双眸と短く整えられた白髪は月の光を受ける。

 顔を見ても中性的で男か女かまるで区別のつかない。ただ、丁寧に紡ぎあげたかのような鮮やかな純白の髪に白い肌。そして薄桜色の唇。浮浪者などではなく、一定水準以上の生活をしている身分に見える。

 ヒュウは思わず体を上から下までゆっくり見た。売れば高くなる。などとふしだらなことを考えたが性別だけが判別できない。

「改めて自己紹介させてもらおう。僕の名前はリンダラッド。これ以上のことは言えないけどよろしく。命知らずのヒュウ=ロイマン」

 緩い笑みを浮かべたリンダラッドの差し出した手をヒュウは睨む。

「そっちは俺のこと知ってるみたいだな。ヒュウ=ロイマンだ。お前が何考えてるかわからねえし握手はしねえ。そんでどこに行くんだよ?」

「ヒース遺跡だよ」

「ヒース遺跡?」

 名前は知っている。

 街外れの丘に野ざらしとなった遺跡であり、オリジンと呼ばれる特別製のレイ・ドールがかつて発見された場所だ。

 しかしそれも遥か昔の話しであり、今では名ばかりの観光施設の一つとして扱われてる場所に過ぎない。

「そんな老人の散歩コースみたいな場所行くのに俺に護衛を頼んだのか?」

「そうだよ。何か不満でも? 僕が知ってるヒュウ=ロイマンは金にがめつい男だと聞いているから、楽な仕事なら何一つ不満のない話しでしょ」

「まあな。確かにそうなんだけど……」

 どこか釈然としないヒュウは噛み合わせが悪いかのように口をもごもごさせながら頷く。

 目の前に落ちてる金は有無もなくネコババするのがヒュイの信条だが、幾多もの死線を潜ってきた勘だけが、その大金の輝きの影に潜む見えない何かに警笛を鳴らしている。落ちている金が罠かそうでないか。その判別のつかない人間に与えられるのは死。そういう仕事をこなしてきた。

「もしかして老人の散歩コースを往復するのが怖い?」

「馬鹿言ってんじゃねえよ」

「さて、仕事時間は半日の護衛だ。

 今から朝日が出るまでしっかり僕を護ってね」

「……ああ」

 幾ら考えてもしょうがない。

 金持ちの道楽と思い込む事で無理やり納得させたヒュウはリンダラッドのはきはきとしてそれでいてどこか緩い言葉に力なく頷く。


「着いたな」

 護衛と言うのはその対象が危険に晒されると言うことを予想し事前に配備されるものだ。

 そんなことをヒュイが考えているうちに遺跡の入り口まで到着してしまう。

 ──護衛とは……。

 当然と言えば当然だ。

 遺跡までの道は整備されている。ましてや夜だ。

 道を塞ぐ運送のレイ・ドールも居なければ、世間話しに興じてくる人々もいない。

 街外れの丘と言っても城門を出てから歩いて二〇分もあればついてしまう。

「なんだか呆気ない仕事だな」

「何を言っているの。君には僕を守ると言う大事な仕事があるから」

「て言ったって、こんな観光名所の遺跡に危険もくそもないだろ」

「仕事はこっからが本番だよ。さっ、行こう」

 高い声を出したリンダラッドは今にも壊れ崩れてしまいそうな石門を潜り、力なくため息を吐いているヒュイを手招きする。

 観光名所などと呼べば聞こえは良いが、それは既に風化したオブジェの塊であり、実のところはただの廃墟だ。

「こんな場所にわざわざ護衛なんて連れてくる必要ないだろ」

 レイ・ドール一体がゆうに通るほどの巨大な門を抜けるとヒュウは愚痴がこぼれる。

 遺跡と呼ぶには相応しく、理解不能な記号を刻んだ石碑が等間隔で奥まで並んでいる。

 星空の光で照らし出された遺跡はあまりに殺風景であり、ヒュウの興味をひくものは一片もない。

「何が悲しくて夜中にガキと二人で遺跡見学なんぞせにゃならんのか」

「君は知ってる?」

 リンダラッドはおもむろに振り向きヒュイの顔を見上げた。蒼く大きな二つに瞳が星空の下で輝く。

「人類がレイ・ドール製造技術を手に入れるための足がかりともなった最初のレイ・ドール。通称オリジンがかつてここには崇拝されてた」

「あー……こちとら教養を磨く生活なんて送ったことないんでな知らねえな……」

 人類が最初に手に入れたレイ・ドール。その始まりなどヒュイにとって興味のある昔話ではない。なぜならば、金の匂いがしない。この一点に尽きる。

 ヒュウにとって、金になるかならないか。この二極の答えで殆どの事物は大別できる。

「ここが一番最後か」

 かつてはオリジンが飾られていたであろう窪みの残った巨大な石壁が二人を迎える。

 入り口の門を抜けて数分も歩けば石壁であり、その後ろは遺跡の終わりを雄弁に語るかのように地平の彼方まで草原が続いている。

 見どころなど欠片もない。人々が飽き朽ちた遺跡となったのも然るべきだ。

 歴史学者ならばともかく、子供や他所の国の奴が出向いてまで見たいと思える場所ではない。

 大したスケールでもなく、壁や窪みを気持ち程度保護するかのような綱で区切ってある程度のものだ。

「こんな場所に来るだけなら別に俺なんて必要なかったな」

「なにを言ってるんだ。君の仕事はここから先だよ」

 リンダラッドはにっこりと笑うとその張られた綱の下を抜け巨大な石壁に触れる。

「こんな壁に何があるってんだ? まさか砂金でも取れる訳じゃあるまいし」

「それ以上のものが取れると思うよ。少なくとも僕にとってはね」

「へえ。じゃあ何を探してるのか教えてくれねえかな? 出来れば俺もそれにあやかりてえしな」

「行けばわかるよ。君は依頼通り、僕を護衛してくれれば良いから」

 巨大な壁を見つめたまま微動だにしないリンダラッドはヒュウの言葉に答えにならない返事をしながらその細く白い指先でそっと撫でる。

 付着した砂が払われ、その下からは幾多もの記号が露わになる。

 石碑に刻まれたものと同様の記号がうっすらとだがヒュウにも見える。

 星空の灯りだけを頼りにリンダラッドはその文字を追うかのようにゆっくりと指を横へと滑らせていく。

「確かこの辺に……あった!」

 細長い華奢な指が文字を指先で探ると僅かな凹みを見つける。リンダラッドはそこを押し込む。

 ──ズッ……

 何かが噛み合わせがずれるような音が遺跡に響く。

 ──ゴゴゴゴッ────────

「な、なんだ!?」

 突然の地鳴りにヒュウは咄嗟にリンダラッドの小柄な身体をマントで覆い、腰に携えた銃に手をかける。

 その振動の正体がわかるまでおよそ十秒。額に浮かんだ冷や汗を拭うヒュウの目の前で巨大な石壁はゆっくりと横へスライドする。

 そこに現れたのは深い闇の底へと続く石階段だ。

 正体を露わにした通路の左右に火が灯り二人を誘うように通路の奥までその火は等間隔で並ぶ。

「相変わらずお出迎えの準備が良いことで」

 小高い丘の頂上で野晒しとなりいまや観光施設としてすら機能しない遺跡の下にこのような階段があるだなんて誰が想像しただろうか。

 その底の見えない階段を前に思わず生唾を呑み込むヒュウのマントからリンダラッドは軽々と一歩飛び出す。

「さあ、僕をきちんと守ってね」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 にこりと屈託のない笑みを浮かべて階段を降りていくリンダラッドをヒュウは追いかける。


  ◆


 仕事内容によっては非合法であり、命を賭さなければならない場合が往々にしてよくある話しだ。ヒュウはそう言った仕事をこなし大金を稼いできた。

 羽織ったマントに刻まれた、金貨で頭蓋をたたき割られながらも嘲笑う髑髏は、金と命を天秤に賭けて仕事をするヒュウそのものだ。

「うぉっ!!」

 その髑髏の刺繍もいまや無惨と呼ぶに相応しく、狭い通路の両側から射出された幾多もの槍が貫いている。

「……」

 リンダラッドを抱いたまま床に伏せたヒュウの頭上を紙一重で槍が通過し反対側の壁へと突き刺さる。

 立っていれば、全身に隙間もないほど綺麗な串刺しが出来上がるだろう。

「こういう……わけか」

「こういうわけ」

 組み伏せられるように下敷きになったリンダラッドがにこりと笑う。

 命の危険をまるで感じていないかのような緊張感のない笑みだ。

「なるほど。こいつは確かに護衛だな」

 槍が両側の壁に収納されると立ち上がったヒュウは僅かにくぼんだ床を見た。

 先を歩くリンダラッドが床を踏みくぼませたと同時に左右の壁から大量の槍が突き出された。侵入者を殺すと言う明確な目的のもとで作られた紛れもない罠だ。

「いやー、ごめんごめん。興味のあるものを見るとついついそっちに意識がいっちゃうんだ。ほらあそこの文字なんてかつて繁栄していた古代文明のもの──」

「勝手に飛び出すな! また罠を踏まれちゃたまらねえからな」

 今にも走り出しそうなリンダラッドの首をむんずと掴んだヒュウは通路の奥を見た。

 誘うように等間隔に灯った火が揺れている。

「ったく、上等だよ。報酬分はしっかり働かせてもらうか」

 大量の槍によって見るも無残な布切れと化したマントをヒュウははためかせ歪な笑み浮かべ体に巻き付けられた数々の道具を晒す。

 それらはリンダラッドが判別のつくものだけでも日用品から武器まで多種多様だ。

「そんなに色んなモノを持ってきてるのか!?」

「わからんことだらけの仕事に裸一貫で来るほど他人を信じちゃいねえからな。なにが起きてもある程度対応しなきゃならねえだろ」

「さっきまでのやる気のない顔とは違って実に楽しそうだね」

「そりゃ……張り合いが出てきたからな」

 ──金。

 張り合いの裏に隠れたそれを言葉にしなかったがヒュウの頭の中はその一文字が支配していた。

 ──前人未踏の遺跡があり、罠があれば、その奥には『宝』が眠ってる。それがお約束ってもんだし、世の必然ってもんだ!

 闇に潰れた通路の遥か奥から香ってくる金の匂いに心が湧き立つ。

 高揚が抑えられない。

「さて罠がなんぼのもんだ! 俺が片っ端から叩き壊してやるよ!」

 意気揚々と一歩踏み出したヒュウの鼻先を霞めるように槍の鋭い穂先が駆け抜けていく。

「君に死なれたら僕は大人しく来た道を帰らなきゃいけないし、しっかり守ってよ」

「わ、わかってるって……」


 宝を侵入者から守るためのトラップの数。そしてその豊富さ。リンダラッドはそれ以上に、その罠を全て適切に解除、もしくは有無言わさず破壊していくヒュウに驚く。

 疑わしきものは壁の汚れ一つ。転がっている石粒一つでも見逃さず歩く。異常なまでの猜疑心が結果的に罠を全て破壊することに繋がっている。

「君には罠の位置がわかるのか?」

「簡単な話しよ。泥棒が嫌がりそうな罠ってのは泥棒が一番わかってるだけの話しだ」

「つまり君は今までにもこういう真似を……」

「してきたさ。金を手にするためには墓荒しや強盗だってしてきたさ。こちとら地獄の釜の底にこびりついた垢を舐めとるような生活してきてんだ。金のためなら何でもするさ」

「さぞかし悪い事してきたんだね」

 罠を解除しながらゆっくりと進んでいくヒュウの言葉にリンダラッドは小さく頷く。

 穴だらけになりながらも尚もヒュウの背中で金貨で頭蓋を割られた髑髏が嘲笑っている。

 あれは紛れもなくヒュウを象徴したエンブレムだ。

「なんだ? そんな奴に仕事を頼んだを今になって後悔したのか?」

 ごくたまにだがいる。

 ヒュウのような罪を犯し道徳観念の薄いものに依頼したことを露骨に後悔してみる手合いが。煙たがるだけならばまだいい。場合によっては己の道徳観を押し付けるように説教を述べてくる輩までいた。

「いや」

 即答。

 試すようなヒュウの質問にリンダラッドはその小柄な顎に細い指を当て小さく頷く。

「この仕事は僕が頼んだものだし、君はあくまでお金のために僕の仕事を請けただけ。僕たちはそれだけの関係でしょ」

 わかりやすくも当然の利害関係。しかしそれをわざわざ言葉にするものは少ない。

 罪の意識を抑え込むような美辞麗句や行為を正当化する建前。それらを口に出す素振りのないリンダラッドへとヒュウは向き直った。

「お前ってすれたガキだな」

「それは僕を褒めてくれてるの? 貶しているの?」

「褒めてんだよ。見た目はガキだけど肝はそこらの奴より据わってやがる」

「僕としても君のがめつさは褒めるに値するよ。大金とは言えこんな秘密だらけの仕事を請けたのは君だけだし」

「暗に意地汚いってことか?」

「暗にじゃなくてそう言ってるんだけど」

「ほっとけ」

「褒めてるんだけどね」

 ヒュウは口を尖らしながら返事する。

 他人とは比肩することができないほどの金や酒、女への異常な執着。ヒュウを知る者はみな知っている。

 そしてヒュウ自身もそれを自覚しているが、それが悪いこととはまるで思っていない。

「ガキに褒められても何も嬉しくねえ」

「君は僕を子供扱いし過ぎてる節があるね」

「見たままガキだろ。それともなにか? 実はそんな見た目で大人だって言うのか? だいたい歳は幾つだよ? それも秘密か?」

「……一〇歳だよ」

「ほれみろ。見た通りじゃねえか」

 僅かに頬を膨らますリンダラッドの顔は少年とも少女ともつかないが、年齢相応の顔つきだ。

「っと。壁だ」

 不意に通路の奥へと進むヒュウの足がぴたりと止まる。

 この通路一面を覆うだけの巨大な壁が二人の前に立ち塞がる。

「罠は?」

「全部破壊してある」

「それじゃあ……」

 リンダラッドは再び壁に顔を近づける。

 既視感のある動きだ。

 この遺跡の入り口を見つけたとき同様の動きだ。

「もしかしてこの壁も動くのか?」

「どうだろう。ただ、前回はこの手前まで来てユーターンだったから」

 リンダラッドの目が煌々と光る。

 興味による探求。その衝動に満ちた大きな碧眼が壁を見つめてゆっくりと横へ動いていく。

「前回……ってことはここに来るのは二度目か?」

「正確には三度目だよ。

 一度目は少々事情があって、この通路を見つけた際に探索する間もなく調査打ち切り。二度目は個人的に人を雇って来たんだけど、その人は僕の目の前であからさまな罠に引っかかって重傷。ここの手前で調査は打ち切りなっちゃったってわけ。

 三度目の正直が君ってわけ。

 君が有能でほんとうに助かったよ」

 小回りのきいた動きでリンダラッドは壁の端から端までは何度も往復する。

「しっかしまあ、こんな厳重な罠まで仕掛けられたここに何があるのやら。金銀財宝だったらありがてえけど……」

 壁の奥に山積みの金貨や宝石、などと都合の良い未来を脳内で描いたヒュウは口端からこぼれそうになる涎を袖で拭う。

「金銀はたぶんないかな。僕が調べた限りだとオリジンって呼ばれる最初のレイ・ドールがここにあるはずなんだ」

「ああ。入り口だった遺跡から発掘された奴だろ」

「そう。量産型のレプリカとは違って、その絶対的な力を持ったレイ・ドールがなんでも複数存在するらしくて」

 左右へと動き回るリンダラッドはおもむろに足を止めヒュウへと向き直る。その碧眼の双眸には好奇心に満たされた輝きだけが映っている。

「そんなもんが本当にこんなところにあるのかね?」

「僕も最初の一騎以外見たこともないんで真偽は定かじゃないけど、面白い話しだと思わない?」

「……」

 ヒュウは満面の笑みになりそうな顔を隠すかのように口元を抑え踵を返すと来た道を眺める振りをしてみせた。

 抑えきれない高揚感から笑顔以外の表情が浮かべられない。

 リンダラッドの話しの九割九分九厘が信じられない。だが、残りの一厘。

 それが本当の話しならばこの仕事の報酬である十万ガルなど子供のお小遣いにもならないほどの宝だ。

「そ、そいつがあるかどうかの確認ってわけか?」

「そうだよ。確証が無いわけじゃないけど、本当なら僕のこの目で直接見たいしね。

 僕は何でも自分の目で見たいんだ。本で得た知識は実験しないと気が済まないし」

「へえ」

 ヒュウは務めて冷静な声を出すと一度だけ腰に携えた銃に手をかける。

 もし、この壁の向こうに言葉通りのドールがあるならばリンダラッドを殺してでも奪い取る。

 宝を前にすれば老若男女、誰が邪魔だてしようとヒュウ=ロイマンが止まることはない。

「それで、この壁は開くのか?」

「うーん、どうだろう。一応調べてきた文献とかを参考にすれば開くもののようには思えるけど……」

「まどろっこしいな。ちょっとどけ」

「うわっ!」

 壁に刻まれた微小の文字を眺めるリンダラッドの首をむんずと掴んだヒュウは後ろに放り投げる。

 壁に手を触れ一度叩いてみせた。

 壁の向こうへ音が響く。それは間違いなく向こうに空間のある音であり、道がある。

「この程度の壁なら……ちょっと後ろ下がれ」

「な、なにすんの?」

 ヒュウに指示されるがままにリンダラッドは来た道を僅かに戻り壁から離れる。

 何かを確信するかのようにおもむろに腰に携えたレイ式銃を取り出し構えたヒュウを前にリンダラッドは眼を丸くする。

「ちょ、ちょっと……嘘だよね?」

 ここは青空の下に広がる遺跡ではない。長い階段をおり、罠だらけの通路を歩いた先の壁だ。四方は当然壁であり土に囲まれている。そんな場所で目の前の壁を破壊など正気な人間が取れる選択肢ではない。しかし銃を構えたヒュウの眼は真剣そのものだ。

 黄金の輝きがヒュウの体からじわりと滲み出る。

「レイ……」

「こいつの出番だな」

 使い込まれた銃に弾丸を詰め込むと同時に繋ぎ合わせたかのようなバレルが黄金の輝きを注がれ、弾丸へと詰め込まれていく。

 目の前の光景にリンダラッドは思わず見惚れてしまう。一介の何でも屋が見せるにはあまりに異質なほどの色を持ち具現化したレイが空間を満たす。

「道を開けやがれっ!」

 唸るヒュウに呼応するかのように構えた銃は無限にそのレイを吸い込み駆動を響かせる。己の魂であるレイを原動力として打ち出すレイ式拳銃。

 時代の進化の過程で消えていった代物だが、根本の技術はレイ・ドールと同じだ。

「ぐぅっ!」

 体から力が奪われていく感覚。

 ヒュウの全身から放たれる黄金のレイが光となり銃に吸われていく。その光を余す事なく込められた弾へと詰め込まれ、音は更に激しさを増す。

「うおりゃああぁぁ────ッ!!」

 声とともに引き金が引かれ弾は閃光となり射出される。

 リンダラッドの視界が真っ白になると同時に爆発による轟音が遺跡内に響き渡る。

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