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イリエの情景~被災地さんぽめぐり~  作者: 今田ずんばあらず
気仙沼市篇
51/110

食事のネタバレ禁止令

 部屋の真ん中にちゃぶ台と二台の座椅子があり、

 障子窓の角に不似合いなパイプのテレビ台と液晶テレビが置いてある。

 対面には布のかぶさった化粧台と扇風機が置いてある。

 見たところ冷房器具はこの扇風機だけみたいだった。


 荷物を隅に置く。

 文字通り重荷から解放された。



「今日もよく歩いたあ」


 背伸びをして、筋肉痛の太腿を撫でた。

 この旅を終えたらわたしの腿は二回り太くなっていることだろう。


「明日は一日気仙沼の予定だから、大きい荷物はここに置いておけるよ。安心して」

「なんか、長距離歩く予感しかしないんだけど」

「大丈夫大丈夫。漁港と南気仙沼駅周辺を歩くだけだから」


 その漁港と駅がどのくらいの距離なのか。

 死活問題である。



 明日への不安を募らせたところで床のきしむ音がした。

 そのあと布の擦れるような音と共に「お夕飯でございます」という女将の声が襖から聞こえた。


「ご飯、来たかな」


 三ツ葉が襖を開けると、発泡スチロールの箱と、その脇にアルミ製の魔法瓶が置いてあった。

 コードが付いてないから、保温専用だと思う。

 初めて見た。


 発泡スチロールの箱の中には固いプラスチック製の容器がふた箱入っていた。



「お弁当、ちょっと残念かも」


 こんな愚痴、洩らしても意味がないんだろうけど。

 ただ昨晩の食事が豪華すぎたのが尾を引いていた。


 今朝のご飯も絶品だった。

 ホテル大ホールを使った海鮮バイキング、

 あれ食べて、体重のこといちいち気にするのは身体に悪いとさえ思った。


 だから見た目のグレードが極端に落ちてしまうと、残念でならない。



 急須に湯を注ぐ。

 茶葉が広がるのを待つ。

 指先に触れた畳が毛羽立っている。


 湯気を揺らす扇風機はラジカセみたいなボタンスイッチだ。

 良くも悪くも、昔じみた旅館だと思った。


 風に乗ってやってきた雨音が窓を叩いた。


「雨、降ってきたみたいだね。ちゃちゃっと食べよう」

「うん」


 なんだか、強い雨になりそうな予感がする。



 ふたを開け、手を合わせる。

 ひと箱のお弁当。

 傍から見ればなんの変哲もない、あるいは貧相な食事と思うだろう。


 しかしそれは内を覗かぬ者の勝手な偏見であると言わざるを得ない。


 わたしにとっての気仙沼は、この貧相な見た目の弁当箱から始まったと言っても過言ではなかった。



「おいしい……」


 白身魚のフライを口にしたときだった。

 肉が歯に喰い込んだ瞬間、これはなにか違うと察知した。


 やわらかい。

 前歯で軽く噛んだだけでほろろとくだける。

 それに甘味のタレがとろり口内の体温で温められ、海鮮の香りを膨らます。


「おいしいよ三ツ葉! このフライ!」


 白身魚なんて、給食でもコンビニでも自宅でも、何度だって食べたことがあるけど、

 この白身魚のフライは、ここでしか出会ったことのない一品だった。


 そして、どのフライよりも強く舌の裏側が味を刻んだ。



「ああ、こりゃ驚きだ。しかもフライだけじゃない。脇役ですら、この通り――」


 三ツ葉は唐揚げに添えられた野菜炒めを取った。


「口元で漂う、タレが染みたモヤシの、スパイシーな風味。

 ひと噛みで実感、しゃきしゃきした歯ごたえ、破裂するパプリカの甘味……

 信じられない。この漬物だって」


「ああ、待って待って、ネタバレ禁止!」

「食事にネタバレもなにもあるか」

「気持ちの問題だよ!」


 夕食の時間は、あっという間に、そして充足感を後に残しながら、終了した。



 どうやらわたしは、いや三ツ葉も、弁当のことを見くびりすぎていたらしい。

 この箱は弁当の可能性を広げるに充分だった。

 観洋は素材と場と腕の味であるならば、こちらは親の味とでもいうべきか。


 割箸の袋に〈キッチンスペース夢の舎〉と書かれている。

 なんて読むんだろう。ゆめのしゃ?


 この割箸の名だけが頼りだった。



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